乱世を駆ける男   作:黄粋

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遅くなりましたがあけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。


第六十九話

 桂花の件で俺が落ち着くのを見計らって激から面白い三人組が来ているという話を聞いた。

 

 程立、趙雲、そして戯志才。

 どれも俺の知る三国志において有名な人物であり、そして戯志才という名は俺にとってその中でも特別なものだ。

 激はもちろんその事を知っている。

 だからこそ桂花の件の動揺から立ち直るまで時間を置いてから俺に教えてくれたんだろう。

 

 三人について激の知る限りの情報を教えてもらい、接触を図るべく動き出す。

 主に歴史に名を残すかもしれない名将、智将がどういう人物かという興味が理由だが、戯志才に関してはやはり桂花と共に人攫いに遭い唯一その生死が確認できていない子と同じ名前であるという点が強い。

 もしも本人であるならば、事情を説明した上でどうにかしてあの子と引き合わせてやりたい。

 

 

 三人の中で最初に接点を持ったのは趙雲だった。

 激に聞いたところ趙雲は最初こそ自分が強いという自信から来る慢心があったが、初日に建業の兵士三人に容易く制圧された事を切っ掛けに今ではずいぶんと謙虚な姿勢を取るようになったという。

 人との距離の取り方が上手いというべきか、仕官は最近だと言うのに配属された巡回部隊の人間たちとは軽口を叩き合う程度には打ち解けているらしい。

 どうやら付き合いやすい性格と言えばいいのか、気難しい人物とも生真面目な人物とも時間さえかければ打ち解けられる人種のように思える。

 その腕前は天狗になっていた期間があるせいで俺たちとはかなりの差があるらしい。

 しかしそれは裏を返せば伸び代がまだまだあると言う事でもある。

 ここでの経験で彼女の実力が上がりその上で仕官してくれれば最高なんだが……残念ながら趙雲には今のところうちに仕官するつもりはないらしい。

 

 

 そんな彼女との接触は例の朝の儀式が、皆による朝の鍛錬に変わってそう経っていない頃の事だ。

 

 朝の鍛錬に精を出し、気の済むまで正拳突きを繰り返した後。

 俺は周りで素振りをする者やその場にいる者と組み手に励む者たちを見回した。

 俺の自己満足とも言える行為に付き合ってくれる者たちに恩返しをしたいと思った。

 集まった面々を観察し、俺がわかる範囲で鍛錬方法について指導していく。

 必要であれば組み手を交え、実戦でのイメージを付けやすいように相手をする。

 

 変節棍のお陰で俺は剣から槍まで様々な間合いに対応出来る。

 どのような距離の武器であっても間合いの再現が出来るのだ。

 流石にその間合いの本職には適わないが、仮想敵として緊張感を持たせる事くらいは可能だ。

 俺自身が様々な間合いで変節棍を振るう事に慣れる意味合いもある。

 

 この鍛錬を経て俺たちはそれぞれに力を付けていければいい。

 『昨日の己に克つ』という表題の通りに。

 

 この日の最後から二番目の組み手の相手が趙雲だった。

 他は全員一度は顔を見た覚えがあったから尚更、見知らぬ彼女については印象に残っている。

 声をかけられて妙に動揺している姿を俺は訝しんだが、彼女の方はすぐに落ち着きを取り戻し組み手を了承した。

 

 そこからは集まった他の面々と同様にひたすら組み手だ。

 

 最初は素手で戦った。

 次は変節棍を一本だけ両手で持つ、剣道で言うところの正眼の構えで嵐のような槍の連続攻撃を受け続けた。

 次に雪蓮嬢や蘭雪様から学び取った片手剣の動きで翻弄した。

 変節棍二本を両手で持っての我流二刀流で攻め立てた。

 二本の棍を連結して槍の間合いを侵略し、さらに三本目の棍を連結して間合いの外から打ち込んだ。

 四本目の棍を連結し、対処出来なくなった彼女を薙ぎ払った。

 

 俺の変化に追いつけず趙雲は何度となく吹き飛ばされる。

 しかしその度に立ち上がり、気炎を吐いて武器を振るう姿は兵卒たちと何も変わらない『強くなりたい』という意志が垣間見えた。

 

 特徴が激の言っていた物と一致している事に気付いたのは鍛錬終了後に崩れ落ちて呼吸を整えている彼女を同じ隊だという兵士が名前で呼びかけているのを聞いた時だった。

 なんとも間抜けな話だ。

 

 彼女はこれ以降の朝の鍛錬に必ず現れるようになり、それなりに談笑する程度の仲になった。

 このさらに翌日からなぜか殺気立った思春が鍛錬に参加するようになる。

 声をかけるわけではないんだが、俺が趙雲の相手をする時の視線には彼女への殺気が滲んでいるのが見て取れる。

 二人に別々で理由を聞いたんだがはぐらかされてしまっている状況だ。

 蒲公英と思春でも似たような事があったが、いつの間にあの二人は接点を持ったのだろう?

 

 それはともかくとして俺自身が関わってみた所感はとぼけたような、ふざけているような人をからかう言動を良く取る。

 しかしそれはどうやらポーズのようでその性根はなかなか真っ直ぐのようだ。

 とはいえ人を煙に巻くような言動も相手の反応を見る手段として意識して使い分けているようで強かな面も強い。

 礼儀などを堅苦しいと語りながら飄々と振る舞い、武人としての誇りや力を重んじているがさりとて敬う相手を軽く見る事はない。

 相手との距離の取り方が上手いようで巡回部隊の面々とは既に打ち解けている。

 入隊してからそう時間は経っていないはずなんだがなかなかに馴染んでいるようだ。

 美人ではあるんだが武人気質が強いせいか隊の人間も女性として意識している者より戦友、同僚だと思っている者の方が多い。

 なかなか得がたい人材だと思う。

 ただ雪蓮嬢や小蓮嬢とは会わせたくない。

 おそらく相性は良いのだろうが、逆に良すぎて何をしでかすかわからなるだろう。

 

 

 程立と戯志才は激の他政務に携わる文官たちが口を揃えて本格的に仕官して欲しいと思う程に優秀で彼らの負担軽減に貢献してくれているそうだ。

 二人とも与えられた仕事はきっちりこなし、態度も至って謙虚。

 貴族出身だとか親や親戚などの血の繋がりだとかで能力もない奴が賄賂で文官になるような昨今で、彼女らのような者は非常に珍しい。

 

 程立と俺の出会いは中庭の日の当たる場所で寝ている姿を目撃したのが最初だ。

 癖の強い長い金髪を揺らしながら日向ぼっこする姿はまるで猫のように見えたが、しかし無防備に過ぎたので思わず俺は声をかけていた。

 肩を掴んで揺すり起こすと案外、彼女はあっさり目を開ける。

 

「おおっ……どちら様ですか~?」

 

 寝ぼけ眼を装っていたが彼女は俺を警戒していた。

 無防備そうに見えて心配したが、どうやらいらない心配だったと気付いたものの見た事の無い娘だったのでそのまま会話をする。

 

「貴方が噂の凌刀厘殿でしたか~。失礼をいたしました。私は程立(ていりつ)と申します~~」

 

 間延びしたのんびりとした口調で名乗る少女。

 別にサボっているわけではないらしいが、俺が出会う時には大抵昼寝しているところだ。

 それからは寝ている彼女を見つける度に起こすのが日課になった。

 

 このどこでも眠る癖だけが規律が緩む要因になり得ると言われている。

 批判的な意見と言ってもその程度のもので、その評価は概ね良好と言えた。

 とはいえ彼女らもまた仕官先を見定めている最中で、今までの姿勢からここに仕官する気は薄そうだという話だ。

 それだけ優秀ならば多少無理をしてでも抱え込みたいと思うのが普通なんだが、蘭雪様はそこまでしてこの子たちを欲しいとは考えていないらしい。

 

「無理矢理仕官させて十全の力が出せなくなるんじゃ意味がない。おまけにそんな事して反感を買えば内部に不和の種を抱え込む事になる。そんなのはごめんだ」

 

 という事だ。

 俺たちが仕官する時は半ば強制だったと思ったが、あの時の蘭雪様は自分の命を対価として提示していた。

 つまるところ蘭雪様は彼女らにそこまでするほどの価値を見出していないという事なのだろう。

 建業の頂点がそんな調子なせいか、逆に文官たちの方がやたら積極的に登用に動いているらしいとも聞いた。

 それでも望み薄だと言うのだから彼女らの仕官基準が相当高いか、何か損得とは違う特別な拘りがあるのか。

 いずれにしても一筋縄ではいかない者たちなのは間違いない。

 

 戯志才との接点は激によってもたらされた。

 ある日、書類を片付けて休憩がてら激と中庭に行こうとしていたところ、良い機会だからと彼女らが共同で使用している執務室に案内されたんだ。

 幸か不幸か程立はおらず、戯志才が一人で政務に励んでいるところで激は雇った縁もあってか気さくに彼女に声をかけた。

 

「よぉ、戯志才。今ちょっといいか?」

「これは徳謀殿。はい、何か御用でしょうか?」

 

 俺にちらりと視線をよこしてから深々と頭を下げる眼鏡をかけた少女。

 思い返すとその名前もあって俺はかなり不躾な視線を向けていたと思うが彼女はそれに言及する事はなかった。

 

「おう、刀厘。この子が戯志才だ。中々優秀な文官候補だってあの婆さんが褒めてたぜ」

 

 わざとらしく感じるくらいに持ち上げながら激が俺に水を向ける。

 話す切っ掛けを作ろうとしてくれるのはありがたいんだが、あまりにもわかりやす過ぎるだろう。

 

「あの老先生に褒められるとは。それは結構な有望株だな。初めまして、この建業で武官の末席に加わっている凌刀厘だ」

「わ、私のような流れ者に頭を下げないでください! わ、私は戯志才と申します!」

 

 激の紹介に乗っかって挨拶するとものすごく慌てられた。

 それでも名乗り返してくれる辺り、生真面目で律儀な子のようだ。

 これだけでも趙雲とは正反対と言って良い性格なのは感じ取れる。

 

「ははは、今は落ち着きないけど仕事中はすげぇてきぱき書類を捌いてくれてな。俺らが仕官したての頃とは比べ物にならないぜ」

「いえいえ。私などまだまだです」

 

 謙遜しつつも俺にちらちらと視線を向けてはそらす戯志才。

 どうやら彼女からも俺に思うところがあるらしい。

 これは良い機会かもしれない。

 

「俺たちはこれから休憩なんだが戯志才もどうだろう?」

「え? お、お誘いは光栄なのですが私がご一緒してもよろしいのですか?」

 

 遠慮気味だがそれでも食いつく戯志才に俺たちは目配せして意思疎通をする。

 

「俺は全然構わないぜ」

「で、ではご一緒させていただきます」

 

 緊張した様子で俺たちの後に着いてくる戯志才。

 

「そういえば戯お嬢ちゃん。程お嬢ちゃんはどこ行ったんだ?」

 

 緊張をほぐす意図で激は彼女に軽く話題を振る。

 

「程立は老先生に連れられて先に休憩に行きました。あの方はどうやらあの子の眠り癖をどうにかしたいらしく……」

「ああ、なるほど。あの婆さんは規律に厳しい方だからな。あの子の癖が目に余ったか」

「あの人自身が気になったというのもあるんだろうが、おそらくその子の今後を考えて良くない癖を矯正しようとしているんだろうさ。ここならば仕事をしっかりしていればそこまで気にされる事じゃないが、彼女の求めた仕官先がその癖に寛容かどうかはわからないからな」

 

 建業は個人の趣味趣向に関して寛容だ。

 主と第一後継者が戦場で血に酔う悪癖持ちの為か、政務や軍務に影響しなければ良いだろうというのが暗黙の了解となっている。

 『妙な性癖持ちであっても一番質が悪いのが主たちのあれだから問題ない』というこの時代にあるまじき緩さだ。

 とはいえ流石に政務の最中に昼寝などされては本人はもちろん他の面々の気の緩みに直結しかねない。

 だから老先生自ら矯正に乗り出した。

 目に余る癖を持つ彼女の身を案じるが故に。

 そこまで面倒を見ようと思うほどに彼女は老先生に気に入られているという事だ。

 

「なるほど、その通りですね。しかし言ってはなんですがあの方はなぜそこまで正式に仕官したわけでもない我々に肩入れしてくださるのでしょう?」

 

 困惑した様子で聞く戯志才の様子に俺たちは顔を見合わせて笑う。

 

「あの人は面倒見が非常に良い。ただその反面、非常に厳しい人でもある」

「あの人の厳しさは目をかけているって事の裏返しなんだよ。それだけお前らを買っているって事なんだろうな。仕官先がここかどうかなんてどうでもいいくらいに。だから癖やらなんやらの能力とは関係ないところで潰されたくないって世話焼くわけだ。俺たちの時もそうだったからな」

「それは……光栄です」

 

 俺たちもあの人には政務に必要な事柄についてそれはもう厳しく仕込まれたからな。

 そしてそれが期待の裏返しだって事も分かっている。

 

「ん?」

 

 他愛の無い談笑をしながら中庭に向かっていると前方から女中がやってきた。

 あれは確か塁の側仕えをしている人だ。

 

「徳謀様、義公様がお呼びです」

「義公が? わかった。ちょっと行ってくるから戯お嬢ちゃんは頼んだぜ、刀厘」

「え?」

 

 間の抜けた声を上げる戯志才。

 しかし俺は意味ありげに視線をよこす激の行動からこれが俺と彼女を二人きりにする為の仕込みだと理解した。

 

「わかった。任せておけ。彼女が嫌じゃなかったら、だがな」

「おう。……この子を頼むぜ」

 

 小声で頼まれた俺はしっかり頷いて激と別れ、事態の推移に混乱する戯志才を連れて中庭に向かった。

 

 この後の会話で俺は『凜(りん)』の目的を聞き出す事に成功し、特徴を教えてもらった『本物の戯志才』についての情報を集める事になる。

 俺の為であり桂花の為だった捜索の理由に凜の為という新しい理由が加わった、それだけの事だ。

 

 騒がしい日々は同盟している西平から翠、蒲公英、鉄心殿たちがやってくる事でさらに加速する事になる。

 


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