次に出る時の成長に期待してこの作品の彼女らを見守っていただければ幸いです。
公孫賛のさんの字は環境依存文字であったため、真・恋姫の公式で扱われている賛の字を使用いたします。
「捕らえた賊から情報を引き出せ。長居は出来んから手短にな」
「心得ております! しばしお待ちを!!」
数名の部下を引き連れて賊を捕縛した場所へと向かう麟の言葉は実に力強く頼りがいを感じさせる。
自分の力を制御できず、自分自身に怯えていたという過去があったなど今の彼女からは想像もできないだろう。
「他は出立の準備だ」
「「「「はっ!」」」」
ここは幽州。
本来、我々が介入する事が出来ない土地である。
勅命によってある程度、融通が利くようになったとはいえ、この辺りの領地を任された者たちからすれば俺たちは存在しない、もっと言えば存在してはいけない立場となる。
何度となく隊の皆に言い聞かせ、厳命してきたようにあちらの目に留まれば面倒な事になりかねない。
軍と鉢合わせなど持っての他だ。
故に速やかな移動を心掛けていた。
それにだ。
今までの結果を鑑みるに望み薄ではあるが、何か黄巾党に関する有力な情報が得られた場合を考えれば早く動けるに越した事はない。
体感で数分と経たないうちに移動の準備は整う。
あとは今回叩き潰した黄巾党の処遇を決めるだけだ。
「隊長!」
そんな事を考えていた時、タイミングよく駆け寄ってきたのは弧円だった。
「どうだった?」
「今回は一人だけです。それももう邑は滅び、ただ一人食い扶持を求めて黄巾党に入ったようです」
「そうか。裏を取る。故郷の場所は聞き出せたか?」
「捕まって自棄になっているみたいで、こっちが問い質すまでもなく話してくれました。……それで、なんですが」
声を潜め、身振りで耳を貸すように訴えられ、俺は請われるまま弧円に左耳を差し出す。
周囲に素早く目を光らせてから彼女は口元を両手で覆い、差し出した俺の左耳だけに届くよう小さめの声が告げた。
「そいつが黄巾党の、親衛隊? 近衛?……まぁつまり親玉たちに特に心酔している連中がいる場所を吐きました」
「なにっ……? 場所は?」
思わぬ情報に思わず声を上げてしまった。
それが本当ならば、いや『今も変わらない正しい情報』であるならば張角たちに肉薄する足掛かりになる貴重な情報だ。
俺は波だった頭を即座に落ち着かせると意識して声を潜め、弧円に続きを促す。
「冀州の中央付近に特に熱狂的な黄巾党が集まる砦があると話していました。情報をくれた奴は若くて体格にも恵まれていたので使いっぱしりとしてそいつらにこき使われていたらしいです。ただ信奉者のような熱意は無かったから張角たちに近づけてはもらえなかったらしくて、三兄弟の顔は知らないと言っています」
俺の記憶には残念ながら黄巾党の根城などの情報はない。
それなりに三国志は読んでいたが、代表的な人物や有名な出来事は覚えていても、その詳細すべてが頭に残っているわけではなかった。
故にもたらされた情報の正しさを現段階で判断する事は出来ず、自分たちの足でそれが正しいのか間違っているのかを調べなければならない。
まぁ仮に前世の記憶の中にこの情報があったとしても、この世界でそれが通用するかはわからないから裏を取らなければならない事なんだが。
「……賀斉とお前を含めて数人、足の速い者を選抜しろ。それとは別に建業と曲阿に伝令を出せ。ただし現在、情報の確度は調査中だという点は念押しさせろ」
「御意……!」
弧円は一礼して足早に去っていく。
俺は無言のまま今後の行動をどうするべきか考え始めた。
この場から離れるのは決定事項であるから、まずは冀州への移動する。
その後、手配した弧円と麟が選抜した偵察隊を出し、俺たちは冀州のどこかに身を潜める必要があるな。
伝令や弧円達の偵察部隊との合流場所について頭に入っている地理情報から候補を思い浮かべるが、さすがにこれだけの人数が身を隠せるような都合の良い場所は出てこなかった。
彼らが役目を終えた後の合流場所を決めなければ入れ違いになってしまう。
携帯電話やら、トランシーバーの類があればこんな懸念は不要なのだが、あんな便利な代物はこの時代で求められたものではない。
となれば俺たちがその土地の駐屯軍に目を付けられないような息を潜められるような場所が必要だ。
いやいっその事、伝令は無しにして偵察隊以外は揚州に帰還するのもありかもしれない。
どこかで一度戻らなければならないとは考えていたのだ。
完全に身を隠せるような場所がない以上、無理をして他所の土地に留まるよりはリスクが少ないだろう。
「もし身を隠すなら冀州のどこがいいか……」
幸いにも偵察隊を出す冀州も、建業や曲阿のある揚州も南だ。
途中までは同行する事も可能。
それまでに良い隠れ家が見つかれば、そこに身を隠す事も候補に入れられるが……。
「隊長殿……少々お耳に入れたい事がございます」
これから先の行動を思案している俺に気難しい顔をした副官が声をかけてきた。
「宋謙殿? 何か?」
鸚鵡返しに聞き返すと厳めしい顔が困ったように顰められる。
「先ほど賊に襲われていた少女たちについてです」
話を聞くと彼女らは自分たちへの同行を申し出ているという話だ。
「同行? 我々が軍事行動の真っ最中であると知った上でですか?」
「はい。ならば尚更、と言わんばかりの様子でしたぞ」
であるならば。
「彼女らは襲われた旅人ではないと?」
「自分たちは義勇の徒であり、今の黄巾党の無法を許せず立ち上がったと言っておりました。近隣の邑で有志を募り、百人程の仲間がいるとの事です」
「百人? 先ほどは三人しかいませんでしたが……」
「偶々、付近の情報収集に三人で出ていたところを襲われたそうです。仲間たちはここから程近い場所で訓練に励んでいると聞いております」
「なるほど」
その志は立派な物だ。
たった三人と募った百人で大陸を蹂躙しようとする暴威に立ち向かうなど並大抵の決意ではない。
しかし『どうやって立ち向かおうとしていたのか?』という点が俺には引っかかった。
それは目の前で渋い顔をしている宋謙殿も同じなのだろう。
「……問い質す方が早いか」
「お会いになるのですか?」
暗に自分から断りを入れると言ってくれている彼に、俺は肯定の意味で頷いた。
「志は認めますが……俺たちに同行しようとするあちらの意図次第では物騒な事になるかもしれません」
「では尚の事、私だけで行くべきでは?」
引き留めようとする彼に首を横に振る。
「面と向かって話を聞きたい。これは俺の我儘です」
言いながら俺は、宋謙殿の先導で彼女らがいる場所へと向かった。
三人は俺が宋謙殿を引き連れて現れると、俺をこの部隊の責任者と見なしたのかまず頭を下げてきた。
「この度は助けていただき本当にありがとうございます!」
そして桃髪の少女は開口一番で礼を言われる頭を下げる。
「ご助力、感謝いたします。あなた方の介入が無ければ数に押し切られていたかもしれません。単独での奇襲からの本隊突撃、実に見事な戦術と感服いたしました」
続くのは美しい黒髪の青龍偃月刀の少女の堅苦しい賛辞。
しかし言葉の端に「かもしれない」などと自分たちだけでも対処出来たのだという意図の言葉を使っている辺り、自分たちの武力への自信が窺える。
「助けてくれてありがとーなのだ!」
もう一人の蛇矛使いの少女に関しては、含むところなど何もないと言わんばかりの笑顔での感謝の言葉を頂いた。
並んでみればしっかり者の長女、天真爛漫な次女、腕白な三女と三姉妹のようにも見える。
「感謝の礼、確かに受け取った。申し訳ないが軍事行動の最中故、時間が押している。本題に入りたいのだが構わないだろうか?」
俺の言葉に三人は居住まいを正した。
「私はこの部隊を預かる者で『刀功(とうくん)』だ」
現在、我々がやっている軍事行動は非公式のものだ。
勅命ありきで多少緩くなっているとはいえ、この地の軍隊にばれれば余計な諍いを招くというのは何度となく反芻している事でもある。
俺の名は有名になり過ぎた事もあり、記録に残さない今回のような行動では偽名が必須。
故に部下たちには姓名字を含まない『隊長』呼びを厳命し、己が名乗る時は予め決めていた名を名乗る手筈となっている。
「は、初めまして。義勇軍を率いている劉元徳です!」
「元徳様の義姉妹、関雲長と申します」
「元徳姉者の義妹の張飛なのだっーーー!!」
あれほど探しても見つからなかった劉備たちとのまさかの接触に、俺は引きつりそうになる頬を必死に抑え込む羽目になった。
「それで同行したいという申し出を受けたが……」
「はい!」
実に元気のよい返事を返してくれる劉備だが、俺が求めた応えはそうじゃない。
「理由を聞かせてもらえるか?」
俺はあえて場に緊張感をもたらすよう高圧的で硬い口調で問い質す。
横の関羽(黒髪)が俺の態度に警戒を露わにするが、そうしてもらおうとした事なのだから気にするような事ではない。
俺はただ真っすぐに劉備を見つめ、問いの答えを待った。
「私たちは黄巾党に襲われて邑や街に住む人たちが傷つくのを止めたいんです!!」
「真っすぐな言葉だ。だがそれならば自分たちで立ち上げた義勇軍を率いて村々を見回り、襲い来る脅威から守ればいい」
決意の言葉をすげなく受け流されて劉備は怯んだ。
だがそれも一瞬の事。
「黄巾党の本陣を、首魁の人たちをなんとかしないとこの乱は終わらないと思います!」
「その通りだ。故に正規軍は必死に張角たちの行方と正体を追っている」
あえて煙に巻くように言葉を返すも、彼女はめげずにすぐ次の言葉を紡ぐ。
「だから私たちもその手伝いをしたくて!」
「どうやって手伝うんだ?」
俺は圧力を増して問いかけた。
関羽が劉備の前に立ちはだかり、鋭い目で俺を睨みつけるがそんな事は知った事じゃない。
「どうやって手伝うんだ?」
もう一度、ゆっくりと噛みしめるように同じ言葉で問いかける。
「私たちと義勇軍を戦列に加えていただきたいんです!」
「貴方方の澱みない戦闘を拝見し、一角の武将とその配下の方々と見込んでの事です。おそらくあなたがたは敵の首魁に近づける可能性が最も高い」
劉備の言葉足らずを関羽がすかさず補足する。
敵の首魁に近づける云々は、あからさまに俺を持ち上げる甘言だ。
それ以外にも所々に世辞が混じるのはこちらからの心証を少しでも良くしたいという気持ちの表れだ。
どうにかして同行したいが、なるべく自分たちにとって有利な条件にしたいという思惑があるんだろう。
「た、戦える人数が増えれば黄巾党と戦う時に一人一人の負担が減りますよ!」
反応が鈍い事に慌てて関羽を押しのけて前に出た劉備が付け足す言葉。
圧力が増した俺に見据えられても、多少つっかえながらでも自己主張が出来たというのはいい。
だがその内容はあまりにも的外れで、俺の目は自然と鋭さを増していた。
「そもそもお前たちの義勇軍は俺たちと足並みを揃えられるのか?」
「その為の訓練をしております。劉備姉者の志に共感した彼らは士気も高い。正規軍相手でも易々と遅れは……」
口出ししてきた関羽の言葉を遮り、部隊の行軍速度を告げる。
「夜明けから日没まで足を止めずに鎧を着たまま走り続ける我々に遅れず同行出来ると? 言っておくが睡眠以外に休みなどないが、義によって立ち上がったとはいえ元々は鍛錬など無縁だっただろう民にそんな事が出来るのか? 我々とて日々の厳しい調練を経て可能になった事なのだが?」
関羽は押し黙る。
俺の目と、口調と、そして僅かにでも部隊の力を見た彼女は俺の言葉が見得でも誇張でもない真実だと察したようだ。
そして選んだ沈黙の意味が、同行が不可能であるという事を言外に示している。
「ついてこれない兵を引き連れて何をどう手伝うというのか。そもそもお前たちは百人もの人員を動員して参戦するだけの蓄えはあるんだろうな?」
「そ、それは……」
「ない、などとは言わせないぞ。軍事行動する隊に同行しようというのならば、自軍の維持など言われるまでもなく最低限出来なければならない事だ。よもやこちらが兵糧を提供する事を期待しているわけではあるまいな?」
疑念をわかりやすく言葉にし、視線に込めると劉備は慌てて否定する。
「ち、違います!!」
「それは良かった。あれは我が主の領土の民たちが払う税によって賄われた物。それを無償で提供させようとするなど賊徒の略奪となんら変わらない。義侠を語る者がそのような事を期待していないと知る事が出来て安心したよ」
皮肉を交えた俺の言葉に関羽は視界の端でそっと目を伏せた。
劉備はそんな事を考えていなかったのだろうが、関羽は口に出さずともそうなることを期待していたという事。
明らかに腹芸など向いていない善性の塊のような劉備では出来ない打算的な部分を彼女が受け持っているという事か。
だが仮にも義勇軍の頭領は劉備のはずだ。
それが打算もできず、汚い部分に目を向けていないと言うのは……。
「だが我々の行軍速度についてこれないのならば足手纏いだという他ない。君たちを抱え込んだ結果、行軍が遅れれば助けられていた民が黄巾党の餌食になるかもしれないという事を理解してほしい」
「そんな……」
尚も食い下がろうと視線を右往左往させて言葉を探す劉備に俺は止めを刺す事にする。
「もっと厳しく言おう。百害あって一利無しだ、と。同行は断る」
にべもない回答に劉備は言葉を失った。
善意で立ち上がり拙いながらも自分たちの軍隊を作り上げた事には敬服する。
しかし俺たちと行動を共にするには、彼女たちはあまりにも力不足であり、自分たちを売り込む内容もお粗末に過ぎる。
「お待ちください!」
話は終わりだと、俺は彼女らに背を向けようとしたところで関羽が俺の前に立ちふさがる。
無視する事も出来た。
だが武器を地面に突き立てその場に膝を付き、あまつさえ首を差し出すように頭を垂れるその姿を見れば俺は足を止めざるをえなかった。
「私とこの張飛の武力を貴方のお好きなようにお使いください! 我らは腕が立ちます故、決して貴方がたの足手纏いにはなりません! それでどうか我らの同行を許していただきたいのです!」
あまりにも必死に訴えかけるその姿は、気高く美しいだろう。
見る者が見れば胸を打たれ、絆されたかもしれない。
しかし俺が彼女に向ける視線は冷ややかだ。
「話を理解していなかったのか? 俺はお前たちが『足手纏い』だと言ったんだが? まさかお前たち義姉妹は『自分がその中に入っていない』とでも思っているのか?」
「なっ!?」
思わず顔を上げる関羽の顔には『信じられない』という言葉が浮かび上がっている。
「お前たちの実力は一人当たり、うちの隊員三人~四人程度。劉玄徳に至っては賊と打ち合う事すら難しい実力しかない。俺や副隊長ならばたとえお前たちが三人で来たとしてもさほど手間もかけずに制圧可能。その程度の戦力を売りに足手纏いを抱え込めなどと交渉とも呼べない。笑いを取るための言動ならば笑ってやろう。真剣にやっているのならば実に腹立たしく不快だ」
俺はあえて厳しく汚い言葉を選んで彼女たちを罵る。
「百歩譲って、いや千歩譲って同行を許可したとしよう。お前たちがいたせいで救援が遅れ、民が傷つく結果になった場合の責任をどう取るつもりだ?」
だんだんと語調に熱が籠っていくのがわかった。
「彼らに謝るのか? それで事が済むはずがないだろう。『お前たちが遅れなければ』と、『もっと早く来てくれれば』と罵声を浴びせられ、石を投げつけられる。殴り掛かられるかもしれないな。我々は既にそれを経験している。自分たちに出来る最大限の事をしていても、嘆き苦しむ民から罵声を向けられる事もある。しかし勘違いをするな。それは我々からすれば『当たり前の事』だ。民に安全を約束する代わりに税を頂いているのだからな!」
関羽は膝を付き俺を見上げたまま目を見開いて動かない。
視線の矛先を移す。
視線を向けた劉備もまた何も語らない。
口をはくはくと動かし、何かを言おうとしているように見えるが結局何も言葉に出せない。
張飛は話に加わることもなくじっと俺を見つめている。
出会った当初に腕白な三女と評した少女の姿はそこにはなかった。
俺が劉備や関羽に無体を働くようなら、その蛇矛が俺に向けられていたのは火を見るより明らかだ。
最初からこの子は自分の役割を理解していた。
話し合いにおける役割などないと割り切り、ただひたすら二人の護衛のためにここにいるのだ。
この場における自分の立場を最も理解していたのはこの子だろう。
「民を守る為に立ち上がったと嘯くならば、言及するまでもないと思っていたがあえて問おう。自らの失敗の責任を取る覚悟くらいはあるのだろうな?」
その言葉に明確な回答は返ってこなかった。
「あまりにも愚かしい。劉玄徳、お前は既に百人もの同士の上に立つ立場でありながら、自らの行動に伴う責任を理解していないのか?」
「あ、う……」
意識して怒りの形相を作り、彼女を睨み付けると怯えて言葉が出てこない。
それでも足が後ろに下がる事だけはない点だけは評価しよう。
「その百人をお前がどのように勧誘したかは知らないが……彼らは個々の思惑は別としてお前に従う事を良しとした。お前の行動の犠牲となる事を覚悟した。彼らの決意を無駄にする事だけは許されないと心得よ」
俺は膝を付いたままの関羽を押しのけ、宋謙殿を引き連れて今度こそその場を後にした。
引き留める声はなく、俺たちも彼女たちの話題を出す事はなく。
俺たちは冀州への移動を開始する。
結果を見れば当初の予定通りとなった。
それ以上、言葉にする事は何もない。
「中々強い言葉を使われましたな。何か彼女たちに期待するものがありましたか?」
「さて……どうでしょうね」
宋謙殿の言葉に俺はとぼけて答えを濁し、彼女たちの事を頭の片隅に押しやると冀州での作戦行動について宋謙殿、麟、弧円たちと話し合い始めた。
彼女らと再会するのはこれから半年後。
幽州の公孫賛(こうそんさん)の客将となっていた彼女らと黄巾党の首魁に肉薄する戦場での事となる。