旧魔法王国からの転生譚   作:秋野よなか

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 うっかりミスが多くてチマチマ修正を行っていたら
すっかり一日が終わっていたですぞー!(困惑)


資金は十分かのぅ? 寧ろガッポリ稼いでウハウハ行くのじゃー! ……ハハッ

 寝苦しさでぼんやりとした意識のまま、目がしっかり開く前に肌に触れる感触に違和感を覚えながら寝台から身を起こし、寝起きの肌寒さに普段使っていたはずの上掛け毛布は? と脳裏を過るが、薄暗い辺りを見回し“いつもの部屋”では無い事を思い出す。

 

「……ふぁふ。そう言えばここはもう、ワシの屋敷じゃ無かったんじゃな」

 

 欠伸を噛殺しながら独り言を呟く。

 昨日はワシの初弟子となるメリイと夜遅くまで古代語魔法とその有用性について話し合い、結局寝床に着いたのは日を跨いだので起床もそれなりに遅くなり、既に日は登っておる様じゃ。

 日の光を入れようと窓を開こうとした途端軋む音を立てる事に、この宿舎がそれ程使われてない理由と古さの訳を思い出すと、開いた窓から入る光に目を細めながらもう一度寝台に腰掛けた。

 

 この宿舎はオルタナの中央から少し端に建てられておる。

 今は義勇兵専用として使われてはいるが、元は正規軍の兵達が寝起きする為に作られた場所だったらしく、多少老朽化してようと作りは確りとしていて随分と設備が整っているのもなるほどと納得の思いじゃった。

 これ程の規模の建物に加え、その収容可能人数の多さからしてもっと利用者が多くても良さそうにも思うが、義勇兵団員に領主が“貸し出している”と言う名目なので残念な事に一般の者を泊めることは本来無いそうじゃ。

 ここを管理する者にユメ殿が支払いをした訳じゃが、明日からは借りられないと既に告げられており、この部屋はほんの僅かな短い期間の拠点であったな。

 

 ただ、今この宿舎を利用している者がほぼいないと聞いて、ワシはとても勿体無いと思うたのじゃが、その理由を知ると困った時の癖であった髭を撫ぜる手が同じように、今はつるりとした滑らかな顎に触れた。

 最初は広い台所や風呂まであるのに何故じゃろうと不思議に思うたが、多少稼げる腕と強さを身に付けるようになると皆直ぐにここを出てもっと良い宿や下宿へと移るそうで、そう言えばメリイが宿に使っている場所も随分ここから離れていたと記憶を辿る。

 戦いの後で宿舎まで戻り食事を疲れた身で作ると言うのは、思うよりもしんどいのじゃろうと最初は考えたが、そんな呑気な話では無かったのじゃ。

 

 その理由はとても簡単で少し物の道理を考えれば分かるものじゃった。

 敵との戦闘で勝利を重ね生きて出て行く者は幸いじゃが、敗北し二度とこの部屋へ戻らず死んで消え逝く者も当然おるわけで、そう言った悲喜交々様々な仲間との思いが残ってしまう(・・・・・・)この宿舎に、だからこそ長く留まる義勇兵が居ないのだと言う話を聞いたワシは、たった一日寝るだけに使ったこの寝台の柱に残る傷に触れ、ここでの生活を余儀なくされた義勇兵達が過去にどんな思いで眠りについたのか想像を馳せた。

 

 少しの間黙祷を捧げた後、今迄(・・)のワシは朝起きてから普段であれば神殿へ赴きお勤めをする所じゃが、この地にはワシの所縁の場所など無いので、部屋の中を丁寧に掃き浄めた後ファラリス神に今日一日の始まりの感謝と祈りを唱える。

 それから暫くして空腹を覚えたワシは、少々遅い朝食を取ろうとメリイと待ち合わせ場所に指定した、顔見知りになった屋台に行く為に宿舎を後にした。

 

 日は既に昇りきり宿舎と街を分ける橋を渡る頃には人々の騒めきや、行き交う人の波にもまれる事になる。

 兎角日の入りから昼前までは特に忙しいようで、既に鼻孔を擽る食べ物が焼ける香ばしい匂いをさせる屋台や、商品が入った籠や箱を運ぶ鳥に似た家畜らしき動物までが、大きな通りを雑多な狭い道へと変える様に塞いだりしていた。

 それらを縫う様にして歩きながら、時折貼られている広告や宣伝の為の引き札や張り紙等を眺め、一番上に張られている目新しい物に目を通すと仲間の募集が書いてある。

 

「ほほう、我戦士又聖騎士求に神官転職費用負担とな? 初心者歓迎? 何じゃこの呆れた内容は!! 足りぬ前衛を求めるのは分かるが、だからと言って軽々しくも神官への転職じゃと!? 信仰厚い聖職者を馬鹿にしとるのか? これは神々の怒りをも恐れぬ所業ぞ! それともこの地で崇められる神とは信仰の移ろいに対しそれほどに寛容な心を持ちあわせとるのか? ……単にワシの受け止める器が狭いのじゃろうか?」

 

 張り紙に書かれた余りの内容に一瞬頭に血が上りかけたが、直ぐに冷静になりワシが元居たラムリアース王国とは違うのだと切り替え、張り紙に書かれた募集場所である「シェリーの酒場」へ足を踏み入れようと、近くの露店の端で日を遮る様に小さな天幕を張った場所で、布を被り蹲る様にして転がっていた者に声を掛けた。

 

「ちと尋ねるがよろしいか? 主はシェリーの酒場とやらへの道は分かるかのぅ? ワシは此処に来てまだ日が浅くて場所を知らぬ。手間でなければ教えてくれぬか?」

 

 そう言って暇そうに感じた者に訊ねたつもりじゃったが、よく見ると顔色が悪く無精髭が伸びてはいても他はそれほど汚れてもおらぬ男は、ゆっくりと顔を上げ目ヤニが残るまま拭いもせずに怠そうにして睨むでも無くジッと此方を見ると、疲れたように声を吐き出す。

 酒臭い。顔色が悪くこんな所で寝ていたのは、まだ飲んだ酒の酒精が抜けきってないからじゃろう。

 

「……俺には用は無い。シェリーの酒場に行きたきゃその辺のガキでも捕まえて、小銭でも握らせりゃ喜んで連れてってくれる。分かったらもう構うな」

 

「ワシは別に小銭を惜しむわけでは無いのじゃが、その口ぶりと漂わせる酒臭さじゃと主は知っておるじゃろ? そう邪険にせず教えてくれぬか?」

 

 どんな理由でこの場所で寝ていたかは分からぬが、余計なお世話じゃろうがワシ以上に水と食事が必要なのはこの者であろう。案内の礼の代わりに何か一食馳走するくらいは手持ちもあるし、何より傍に置いてある脚絆や被っている布から隠れ見える槍らしき石突部分や、他の装備からして戦士じゃろう。

 だから序にこの地に関しての事を、メリイ以外にも聞いてみる良い機会だとも思うての返答じゃった。

 しかし――

 

「……教えろ、だと? いいさ、なら教えてやる。だから俺の質問に答えてくれるなら案内してやるさ!! シェリーの酒場はこの街の義勇兵なら見習いだって知ってるさ。だけどな、この、俺の、今の姿を見て、まだあんたを酒場まで案内する理由(・・・・・・・・・・・・・・・・・)が有るなら言ってみろよ!」

 

 先程までの酔い潰れ覇気のない様子から一転して、言葉やその態度から嫌でも分かる様に苛立ちを露わにして話す男は、被っていた布を勢いよく剥ぐとその先に続く筈の右足が膝から下が欠けておる。先程見た近くに置いてあった脚絆が片方だけだったのと、槍だと思っていたのは歩行に使う為の杖の様じゃ。

 傷自体は既に塞がっているようで、上から巻かれている包帯には血の滲んだ後もなく土が付いたのか多少汚れはしていても、それが原因で体が病を併発させることは無いじゃろう。

 じゃがそれが分かったとして今のこの者に、どんな意味があろうか。

 ワシの信仰する偉大なる神ファラリスの力を借り、神聖魔法<リジェネレーション>を行使出来れば一週間程の時間をかけ、失われた肉体の欠損をも再生させる事も出来るのじゃが……。

 一つ深呼吸をして挑むように一歩踏み出すと、布を剥いだままその傷を見せつける男に聖印を切って近寄る。

 

「偉大なる神ファラリスよ、この者に癒しを! 失われし肉体を再生させたまえ! <リジェネレーション>」

 

 男の剣幕に対し思うことが無かった訳でもないが、助けを求める者に応えるのは神に仕える者の役目じゃ。

 ワシは本来支払う筈の治療費の取り決めもせずに、そのまま勢いで男の足に触れファラリス神に祈り神聖魔法を行使しようとしたのじゃが、確かに加護を受け精神力が消費される感触を覚えても、一瞬光を伴いはしたが正常に発動した感じは無く、男も一瞬驚いた顔をしはしたのじゃが一向に変化が訪れない事を見て軽く鼻から息を吐く。

 

 その結果を見て、心の何処かでいざ必要だと言う時であればできる(・・・)のでは、と言う否定できない期待と甘い考えがあったのじゃが、やはり今のワシじゃと高度な神聖魔法の行使が出来んと思い知った。ファラリス神の加護は失われてはおらんのが唯一の救いじゃが、今のワシの状態を強いて例えるなら、上着のボタンをそれと“気付いたまま掛け違えている”かのような違和感を、どうしても拭い去る事が出来ず焦りを覚える。

 

「無駄さ、ルミアリス神殿で上級神官から最高峰の治療魔法<光の奇跡(サクラメント)>を掛けて貰い死にかけた傷は塞がったが、見ての通りもう俺は前線で戦う事も普通に両足で歩き酒場に行く事だってできやしないのさ!」

 

「……済まぬ事をした。ワシの持つ術では、お主に答える事など烏滸がましいにも程があったわ」

 

 まるで売られた喧嘩を買うような風にして、神聖魔法を人目の在る街中で使うなど未熟者の若い神官のようではないかと、自らの迂闊な行いに愕然とし僅かな一瞬とは言え期待を持たせてしまったこの男には、とても酷い事をしてしもうた。

 謝罪で済む問題ではないのじゃが、ワシには他に出来る事はなく又頼れる別の高司祭も紹介する伝手さえもこの地には無い。本当に根無し草のような冒険者的立場になっているのじゃなと、今更ながらに己の置かれた身の危うさも自覚した。

 

 偶々傍でワシと男との成り行きを見ていたらしい人垣を割り、不甲斐無さに打ちひしがれていると中年の女性や義勇兵らしき恰好の者に、「気にするな」「仕方が無い」「今は放って置いてやれ」等声を掛けられ逆に慰められる始末。

 本来慰めが必要なのはワシでは無くあの男の方なのじゃ。

 挙句に「お嬢ちゃん、昼間から酒場に何のようか知らないがその格好、もし仕事を探して困っているなら良い店を紹介するぞ」とまで言われ、その気持ちは嬉しいがワシは酒場で女中などする気は全くなく苦笑いで首を振ると、「大丈夫だ、誰だって始めては不安なもんだ」とイイ笑顔で肩を掴まれ、ワシは慌てて這う這うの体で逃げ出すのじゃった。

 

 歩きながら改めてあの者に何か出来ないか考える。

 思い付くのはゴーレムの技術を応用した義足の作成じゃったが、まだまだ上澄みのような知識のみを記憶から汲む事は出来ても、実際に作るとなれば経験とこの地で用意できる素材との噛合わせや、足り無い物の特定等に加え何より自由に使える資金が圧倒的に足りないのじゃ。

 

「たった6シルバーしか持っとらん今のワシには、己どころか他人を気に掛ける余裕もましてや救うなどとても出来よう筈ないのぅ」

 

 ズボンの物入れに入った硬貨を握り締めていると、腹が空腹を訴えるべくグーと音を立て抗議する。気を取り直し先ずは何をするにしても何か食べてからにしようと、メリイとの待ち合わせを半ば忘れていた事も思い出し、頭の隅に行う計画の一つに先程の事を書き加えると足早に屋台へと向かった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「ふーむ、この様な味じゃったか。よく考えてみればワシが起きてから(・・・・・)まともに何かを口にしたのは二度目じゃが、なかなかに美味いな」

 

 別段約束した訳では無いが、あの肉を巧みに焼いていた店主の屋台に顔を出し昨日は1カパーさえ持って居なかったので、仕方なくその香りと店主の会話だけを堪能させて貰ったのじゃが、1シルバーを払い早速焼きたてを一本所望し食べてみたのじゃが、なるほどちょくちょく買い求める者がおるのも分からんでもない味じゃ。

 

「うむうむ、決め手はこの一見濃いだけに思えるタレじゃな。程好い塩加減に含まれとる果物か何かの仄かな酸味と辛さを演出する薬味が肉の臭みを消し、一串分の肉を最後まで飽きさせない秘訣となっておるんじゃのぅ」

 

 もぐもぐと口を動かし感想を呟きながら、ついついワインではなく安いエールが欲しくなる味じゃったので、近くに酒を扱う店は無かったか記憶の底を探るがシェリーの酒場は場所が分からぬし、昨日聞き込みをした際はその様な事を一切考えておらんかったから他はさっぱりじゃった。

 店主にも聞いてみたのじゃが、酒を出すには専用の許可証が要るそうで露店ではあまり販売して無いそうじゃ。

 酒が欲しい場合は露店を探すよりも、さっさと酒場へ行くのが当然早いと言われた。

 

 それにしても銅を硬貨に見立てて利用するとは考えたものよ、確かに加工しやすくラムリアースでも装飾品や道具として使われてはいたのじゃが、この地では銀よりも採掘量が多いのじゃろうか? 実際にこうして手に取ってみると不思議な感覚を覚えるわい。

 シルバーと言いこのカパーにしても打刻されている文様が、生前慣れ親しんだガメル硬貨と違うのも余計にそう感じさせる原因なのじゃろうな。

 そんな如何仕様もない事を頭の隅で思い浮かべながら、一応昨夜の別れ際にこの店の前で弟子とは待ち合わせをしたつもりじゃったが、ゆっくりと一串食べ終わる頃になっても一向にメリイが現れん。

 

 どうしたものかと食べ終わった串を店先にある屑籠へ投げ入れると、一串肉を買った際に返された釣銭が多すぎて、左右両方にあるズボンの物入れを限界近くまで圧迫したカパーがジャラリと音を立てる。激しく動けば簡単にこぼれ落ちそうで気を付けんとな。

 串を持ったときに指に着いたタレを舐めとりながら屋台から少し離れ、道の左右に視線を移した後次に買う物は財布と酒じゃなと独り言ちていると、突然ワシの頭を誰かが後ろからぽかりと叩きおった。

 何事かと思い驚きつつも叩かれた頭を触りながら振り返る。

 

「痛っ、ワシの明晰な頭を叩くとはいったい何処の誰じゃ! ってメリイじゃったか。何故にワシが叩かれなければいかんのじゃ? ……うん? そんなに息を切らせてどうしたのじゃ? 寝過ごしでもしたのか? それにしても随分来るのが遅いではないか、待ち草臥れてもう一串店主に所望するところじゃったぞ」

 

 屋台の店主はそんなメリイとワシの様子を見て「嬢ちゃん、ついに仲間が出来たみたいで良かったな。ぼっちは寂しいもんな!」と首に掛けた汗を拭う布で、涙を拭く仕草の真似までする事に軽い怒りを覚えるが、一つの視線がワシを捉えるのを感じる。

 メリイは店主の言う事を聞いて「は? あなたぼっちだったの?」とワシに聞いて来るが決して目を合わさぬよう逸らし無言を貫く。

 自分では気付かぬが、ワシはそれ程に“ぼっち”に見える姿でもしとるんじゃろうか? ワシは忘れぬよう買う物の目録に鏡も入れようと確り心に書きとめた。

 

「……まあ、いいわ。随分探し回ったわよトオル? 私も、きちんと確認しなかったのが悪いけど、昨日待ち合わせを約束した、“肉を焼いた一串屋台の店”って、このオルタナに似たような屋台が何軒、あると思っているのよ? お蔭で、午前中ほぼ街中の屋台を回ったわ」

 

 よく見ると息を切らせているだけでなく、メリイは片手に持った袋から一串焼きの肉やその他の料理などを覗かせていて、確かに沢山の屋台を回ったであろう戦利品の数々をその袋に納めているのが膨らみ具合から嫌でも分かる。

 きっとメリイは律儀に声を掛けた屋台で一品ずつ買ってはこのような多さになったんじゃろう、簡単にその情景を想像できてしまい嬉しさが込み上げるがここは我慢じゃ。

 メリイの表情は怒りよりも疲れと呆れの方が勝って居るように見えたので、下手に言い訳をするよりもワシを探し回った事を素直に感謝し、十分に労う方が良かろうと頭を巡らす。それに説明不足で悪い事をしたとは思うが、ワシの空いている腹はお蔭で十分膨れそうじゃとニヤケてしまう。

 

「うむうむ、ワシをそんなに探し回ってくれたとはこの通り謝るのじゃ! まことに済まんかった。それと、師匠を持て成そうとその様に沢山の土産を集めて来るとは嬉しい限りじゃ。ささ、折角お主が買ってきたのじゃから冷めきる前に有難く頂くとしよう」

 

「……はあ、もうそれでいいわ。よく考えなくてもトオルには怒るだけ損だって分かったから、着いてきて」

 

 ワシの返事を聞いて一気に脱力したようにそう言うと、持って居た袋をこちらに押し付け溜息を吐きながら一瞬眉を顰めるが、こうして不機嫌さを隠さずにいるのは信頼の証じゃといいのだがのぅ。……ん? 昨日出会ったころから機嫌悪そうなのは変わらんか。

 まあ昨日の時点でワシは街には不慣れじゃからと、メリイに色々と任せられる所は頼むと予め言っておいた事も利いたのか、それともまだ他人行儀なのかは分からぬが、兎に角一応今の所納得してくれた様じゃし、屋台の店主に馳走になったと右手を上げて告げた後、何処か座れる場所へ移動するのにワシはメリイの案内で後を付いて行く。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 背凭れの無い簡易的な長椅子に袋を挟んで二人で座り、メリイと食事をしながら毎朝の神への感謝と祈りを捧げ、寝床と部屋の掃除をしていた為に遅れたと正直に話すと、不機嫌そうだった表情を変え感心したように「そう、トオルも神官だって事、昨日の光と弟子の件ですっかり忘れていたわね。ごめんなさい」と素直に返され、何とも尻の座りが悪く何度かもぞもぞと座る位置を変える事になる。

 待ち合わせに遅れた半分の理由である、シェリーの酒場探しについては黙って置こうと近くの壁に張ってある張り紙を見て思う。

 

 足をぶらぶらと揺らしながら、義勇兵の証とも言える団章を持って居ないワシは今日から本格的に宿無しになった事、シルバーを崩しカパーを貰って服の物入れがぱんぱんな事を話すと、「トオルは存在自体が理不尽なのに、団章も買わずにいてその貧乏加減はどうなの?」と不機嫌そうに呟いていたが、先ずは身の回りの物を揃える為にやはりメリイの案内で市場をぐるりと回る事が決まった。

 確かにワシの恰好はお世辞にも良いとは言えぬし、今も昨日から着ている服のままじゃし、替えの下着や予備の服さえ碌に持っておらず、メリイが言うには贔屓目に見ても良くて(・・・)“家出少女”に見える評価じゃとはっきり言われてしもうたわ。

 やはり早急にワシは鏡を買う必要性を感じるのじゃった。

 

 実際住む所も無ければ普通の暮らしも送れるか危うい状態じゃったので、思う所は色々とあるのじゃが否定する要素が見つからず、メリイに勧められるまま日用品を選び買い足して行く。

 何処の店もメリイは顔馴染みなのか、後を付いて回るワシの姿を見ては店の者は軽く驚く表情を見せながらも、会話の端々で「よかった」「安心した」「頑張るんだよ」等の声が耳に届く、皿やカップなどの食器や服に関しても結構な値引きをして貰えたのは、昨日聞いた特定の仲間を持たず他のパーティを点々と渡り歩いていたと言う話と、何処か放って置けぬ儚げな雰囲気を出していた事と全く関係無いとは思えず、こうも周りに心配をかけていた弟子の余りの不器用さに軽く溜息を吐く。

 

 ワシも少しくらいは儚げさを演出した方が良いのじゃろうか?

 ジーッと弟子の様子をみて、頬に手を当て「ほふぅ」と呟くとメリイと話していた店の店主には「お嬢ちゃん、歯でも痛むのかい?」と言われ、ワシには儚げさよりも威厳が必要じゃと胸を張ったのじゃが、全く伝わった様子はなく親身になって話し込んでいるように見える店主を見て、やはり中古のチュニックではダメじゃなと上着の裾を軽く引っ張った。

 

 しかしまあ、メリイの人気と言うか神官だからか相手の話を聞き信用も確かな筈なのに、何故他の義勇兵との仲が悪いのか不思議でならぬ。

 これだけ行く店の先々で愛されとる娘が、少しのズレで死ぬかも知れぬ殺伐とした世界で生きる時世に対して、遥か天空に浮かぶ岩石を呼び寄せる古代語魔法<メテオ・ストライク>(恨み言の一つ)でも放ってやろうかとふとそんな考えが浮かんだのじゃが、もう一度店の者と僅かだが楽しそうに話すメリイの後姿を眺め、ワシの気が少しばかり晴れるだけで何の救いも齎さず弟子とて喜ばぬじゃろうなと考えを改める。

 それに偉大なる神ファラリスも『やっても良いが、どうなろうと知らぬぞ』と、行いを咎めず許しはしても呆れたような声が聞こえた気がしたからじゃ。

 

 何軒かの店を経由し、ワシの両手を塞ぐ代わりにズボンの物入れに入れていた5シルバーと96カパーもあったお金は、首から下げ懐に仕舞い込んだ財布に1シルバーと68カパーと減ったのか今一分からぬ額が残り、装備の無いワシの為に立ち寄った武具店では武器と防具のどれも結局手が出せず値段を確かめ眺めるだけで終わり、仕方なく手頃な長さの木の杖を一本選び購入した。

 これは後でメリイに渡す古代語魔法の発動体にするつもりで選んだ物じゃ。

 

 そうしてメリイの後をきょろきょろと見回しながら付いて歩くワシは、今も所狭しと道を塞ぐ数々の露店の一角で、義勇兵が買い取りを行っているらしい店の店主と交渉をしていた獣の牙や敵との戦いで得た拾得物等、他にもワシの知っている物と似ているようでどこか違う品達を眺め、比較しながら少しずつ情報を集めていく。

 知らぬ事を知ると言う作業がこんなにも新鮮で、ワシの欲を満たしていく心地よさは半ば夢現な酩酊感にも似たような気持ちよさで、酒も飲まずにワシは酔っていた。

 

 途中装飾品を並べる露店に飾られている輝石や宝石を眺めてはみたが、ワシの知る魔晶石は不思議な事に全く見つからず、店主の許可を得て古代語魔法<センス・マジック>も唱え調べて視はしたがそれほど価値のある物は無く、辛うじて付与魔術師の記憶に依る知識で魔力を蓄えるに足る石もあったが、残念ながら全く手の出せる値段の品では無かったので出所や、産出する地域などを聞いて始終質問ばかりしておったのじゃ。

 

 こうして色々と回ってみて魔法道具と思えるものは一つとして見つからず、上手く簡易的な共通語魔法(コモン・ルーン)――こちらで使われている言語――で発動する魔法道具を作る事が出来れば、既存の店の客層が被ることは在っても扱う商品が被る事は絶対に無い為、競合もせん筈じゃから成功すれば需要も供給も独占状態で一財産出来上がるの待ったなしじゃ! そうなればワシ個人の研究室どころか立派なファラリス神殿を建てる事さえ可能じゃろう。

 この溢れるばかりの精神力と付与魔術の知識に依る魔法道具作成法で、まさにワシの夢は広がるばかりじゃな!

 

 先ずは簡単な物から試作し、徐々に本格的な物を作って行こうとニヤニヤしながら歩いていると、偶々こちらを振り返ったメリイに「気持ち悪い」と言われ師匠に向かってそんな口の利き方は無いじゃろうと言い掛けたところで、昨日から全然師匠らしい事を出来て無いのを思い出し今更ながら頭を抱える。

 慌てて上位古代語(ハイ・エンシェント)下位古代語(ロー・エンシェント)を書き写し、弟子がこれから使う事になる呪文書となりえる様な白紙の本を探したが、値段が高くて購入できず己の経済力の無さに目頭が潤む。

 大儲けの素案は在っても、それを成す資金が全然足りて無いと今更ながら気付き、手足を縛られているかのような錯覚を覚え、自称高司祭現無職はこんなにも不便なのかとお金の必要性と有難味を身に沁みて感じた。

 

 買い物が一通り済んだ後手を繋がれ俯いたままのワシを見て、首を傾げるメリイに今日の宿となる昨日訪れたあのテラスのある建物へと連れて来られ、メリイが契約している部屋へと通される事となる。

 部屋の中の様子は主人の性格が現れるとはよく言うが、整理整頓が行き渡り塵一つ落ちて無いように見える床に、日当たりが良く硝子の入った大きく取られた窓の傍にはテーブルと二つの椅子が用意され、帰って来た者に清潔さと温かさを演出し居心地のよい空間を作り上げていた。

 

「今日からこの部屋で寝泊まりね。家具はそこそこ揃っているから好きに使って、足り無い物は後で買い足していきましょ」

 

「うむうむ、よく掃除が行き届いておるな。ふむ、どうやら奥の部屋が寝室のようじゃが丁度良い、そこの席で師匠たるワシから弟子へ魔術師(ソーサラー)の要となる魔法の発動体である杖を渡そうかのぅ」

 

 部屋の中をざっと見回し椅子に座り、早速発動体として買ったばかりの杖を手渡そうとしたのじゃが、元々メリイは使い慣れた戦闘用の杖を持っていたのであっさり断られ、結局買った杖は使わずメリイの杖を古代魔法<クリエイト・デバイス>によって発動体へと変化させるだけで終わってしもうた。

 これは流石のワシも考えが足らなかったので、恥ずかしくて顔から火が出そうじゃ。

 

「ぐぬぬ、ワシが師匠として弟子に渡す最初の贈り物が、ただの発動体(中身)だけとは情けなくて涙が出そうじゃ。ワシがまだラムリアースに住んでいた頃ならばもっと色々と出来たじゃろうに、本当にワシは情けない! 情けない師匠じゃのぅ」

 

「トオルそろそろ正気に戻って、そんな風にごろごろ転がっている方が一緒にいて恥ずかしいし情けないわ。別に高価な物を贈る事が重要な訳じゃ無いでしょ? あなたが私を弟子だと認め昨日話してくれた魔術師(ソーサラー)として、師匠らしく私に指導してくれることに意味が在るはずよ」

 

 至極落ち着いた声音で言われて「はっ」と起き上がる。

 生前のワシならこんな風にぐだぐだと悩む事はせず、今出来る事を行った筈で今のワシのように床に転がり弟子に慰められる事など無かった筈じゃ。やはりワシの心は肉体が若返り……と言うよりは新生された事で、本当に“若者”になってしまったのじゃろう。

 昔、古代語魔法<シェイプ・チェンジ>で姿を子供に変えた事が在るのじゃが、その時は中身が年寄りのままで不気味な子供になっておったからのぅ。

 神殿ではできない無料の治療を領地の施療院で行う際、姿を子供に変え患者となった子らと目線が同じくなる様に試してみたのじゃが、逆に怖がられて意味が無かった事を思い出す。

 何かの文献で精神は肉体に依存するとは、このことじゃった訳じゃな。

 なるほどと理解が進むと頭の奥の靄が取れてすっきりした気持ちになる。

 

「ふむ、ちょっとばかり恰好を付けたい師匠の気持ちを分かって欲しいものじゃが、確かに今のワシの態度こそ師匠として情けないものじゃったな。なんせこれまでの人生でメリイが初の弟子になるわけじゃし、ワシの中の師匠と言う幻想があったのじゃよ。けどそれも一気に崩れたのじゃ」

 

「恰好だけ繕う師匠なんて必要ないし、私が弟子だったら願い下げよ」

 

 何とも怜悧で頼りになる弟子じゃ、簡潔且つ至極尤もな意見じゃった。

 ワシは取りあえずメリイに伝えたい事はそれこそ山のように沢山あるのじゃが、何事を成すにも今の経済状況では成す事は難しいので、今日の市場を見た限りではワシの知る魔法道具は一切無かったので、簡易的な魔法道具を作成しそれを販売しつつ資金を貯め必要な物を揃えて行きたいと提案する。

 が、あっさり却下されてもうたのじゃ。

 

「何故じゃ? 以前とは違いワシの所属していた魔術師ギルドはこの地には無いから、共通語魔法(コモン・ルーン)を鍵として発動する簡易魔法道具であれば、それほど苦労なく作れる筈じゃしギルドと取り交わした規約や規制(ギアス)ももうワシに関係無いから作り放題じゃぞ!」

 

だから(・・・)でしょ? よく考えてみて、油の要らない昨日の光る魔法があればランプや高価な蝋燭の業者はどう思うかしら? それとあの光の魔法、結局朝まで光っていたそうで随分と目立ったそうだから、突然光り出した燭台を是非調べたいから譲って欲しいって好事家も居たようだけど、結局後から来た“正規軍の者”が持って行ったらしいわ」

 

「ほほう、何とも動きの速い奴らじゃのぅ。しかし、それなら売る相手を変えれば良いだけじゃろ? 商売相手が大きければ入る収入も比例する訳じゃしな」

 

 ふむ、売る相手が個人でなく大きな組織となれば店を持って客を相手にする手間も無くなり、魔法道具作成や研究に使う時間も取れるし良い事尽くめじゃろう。

 道具を作った先からシルバーの山に換わる妄想を思い浮かべていると、向かいに座るメリイはあからさまに大きく溜息を吐いて頭を左右に振る。

 

「……馬鹿ね。そんな風に事が上手く運ぶなら、誰も苦労なんてしないでお金持ちになっているわ。そうね例えばあの光は周りを騒がせたから、あんな物を作り出した輩は軍で取り調べをした後このオルタナの領主がその罪を公にする。何て言って犯人捜し(・・・・)をし出したとしたら、トオルはどうするの?」

 

「何じゃその暴論は!? そんないい加減な事が許される訳が無かろう!! 例え領主が許そうとも偉大なる神ファ「そう領主だからこそ(・・・・・・・)、その暴論は適当な理由を付けて通すだけの力をこの地では持っているわ。つまりトオル個人の幸せよりも、もっと多くの人の利益や領地に役立つと考えたなら投獄する事だって躊躇なんてしない筈よ?」……ぐぬぬ、悔しいがメリイの言う通りかのぅ」

 

 そうじゃった。ワシも立場を変えて考えればメリイの言う通りの事をするじゃろうな。王命に逆らわず己の領地を潤し益になる様な技術など見つかれば、他に漏らす事無く研究を重ねより一層の発展を目指すじゃろう。

 一目で分かるような効果を発する魔法道具の作成は、取りあえずは保留じゃな。

 労せず資金稼ぎができると思えば、作成を開始する以前に躓いたのじゃ。

 

 残念じゃが仕方が無い。ここは地道に義勇兵のように、ゴブリン共は殺さず適当に脅して金目の物を奪い、逃がした後に又捕まえて暫くは貢がせるべきかのぅ? ファラリス神も神話の時代ゴブリン達妖魔を作り使役し、他の神々の作り出した妖精や人間族と戦った訳じゃしな。

 ……まあ一応ワシは人間じゃが、暗黒神に仕える神官でも在る訳じゃしその先兵じゃったゴブリン共から搾取するのは、当然の権利であって至って普通な事なのじゃ。

 

「ふーむ。魔法道具作成の為の資金も何とかせねばならぬが、差し当たっては当座の生活費よな。ちなみにこの部屋の家賃は幾らなのじゃ?」

 

 少しだけ椅子から出窓へと身を乗り出し、外の景色の眺めを堪能しながら訊ねる。

 昨日泊まった宿舎よりも少しだけ広く、寝室も別じゃが同じ四人部屋で一日20カパーじゃったから高くてもそれほどせぬじゃろう。

 まだ1シルバーは残してあるワシは、これでもしっかり者なのじゃ!

 

「この部屋は元々二人部屋でまだ安い方ね。毎日朝食が付いて一月で13シルバーだけど、二人分になれば16シルバーね」

 

(んん? 一月? 一月とはなんじゃ? 月と付くくらいじゃし月の満ち欠けが一巡りする十四日間か? 賢者(セージ)としての技術を習う学問で占星学は習うたが、その様な数え方は聞いた覚えがないぞ!? しかし困ったのぅ、十四日で16シルバーじゃと最低でも8シルバーが必要じゃ!)

 

「そ、そうか。えとな、ワシはその残り1シルバーとちょっとしか持っとらんのじゃ。それでな、えと、足りない分は少しだけ待って欲しいのじゃよー?」

 

「ええ別に構わないわ。トオルが本気で稼ごうとすれば10シルバーくらい簡単に稼いできそうに思うけど、今直ぐは無理として魔法道具を作るつもりなら資金にゴールド以上必要だと考えるのが妥当でしょうからね」

 

「ま、まあワシの実力じゃとそれくらいぱぱぱぱーっと稼いでみせるのじゃよ。大した額でもないし10シルバーくらいの金子を稼ぐのに心配は要らぬ、メリイは安心しておるがよいぞ!」

 

(ゴ、ゴールドじゃと!? そうか、すっかり忘れておったがゴールドもあったんじゃな。1ゴールドは50ガメル(・・・・・・・・・)じゃったが普段ゴールドなど商人や信用取引等にしか使わぬし、額が大きい場合は宝石や魔晶石での支払いもしておったしのぅ……)

 

 くっ、兄上が冒険者になって一人暮らしで自由に過ごしているのを聞いて羨ましく思ったものじゃが、決して楽ではないと言っていた理由。

 これがあの時兄上から噂に聞いた“知らなかったでは済まされない借金と逃げられない厳しい取り立ての現実”と言うものなのじゃろうな。

 神殿での神聖魔法による治療や石化や呪いの解呪は中々に潤う資金源じゃったが、この地ではどうなっておるのかメリイに聞くとともに、街で見かけた引き札や張り紙に軽々しく書かれていた“神官の転職費用(・・・・)”についても問いたださねばならんであろう。

 

 こうして午後は10シルバーと言う額の重さの焦燥感に駆られながら、メリイから聞きだした光明神ルミアリスを崇める神官ギルドの話で潰れるのであった。

 




 当作品を読む事で、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 旧ソードワールドの内容は色々うろ覚えで書いた部分もあるので、誤字脱字、感想、ツッコミ等お待ちしております。

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