名古屋市栄駅から歩いて十五分程。季節は夏。立っているだけでも汗が滲み出し、体を吹き抜ける風すらも生温い。そんな夏も真っ盛りだと云うのに仲良く手を繋いだ俺と彼女は、とある一つのビルの目の前に立っていた。
「やっと着いたね~」
「この建物って前に水着買いに来たビルでは……?」
この日は彼女との幾度目かのデート。俺と彼女は名古屋市期間限定で開催されていたアクアリウム展に足を運んでいた。ビルの中の美術館フロアを利用して開催されたアクアリウム展。俺は初めて聞く、金魚鉢と金魚限定の水族館みたいなものだ。
「来る人は来るもんだねぇ」
「私も初めて来たけど凄い人だね」
想像の何倍もの人でごった返している人の列をじりじりと進み、並び始めてから十分程待って券販売のお姉さんから入場券をそれぞれ買う。後ろを見れば途切れる事が想像出来ない程の長蛇の列。彼女の言っていた通り、出待ちをしていて正解だった。もぎり役の別のお姉さんに入場券を渡し、アクアリウム展の中に入る。
「うおぉ……これはすげぇな」
「凄い……」
普段は美術館や博物館を好まない俺が思わず声を上げる程に、その景色は余りに幻想的だった。
明かりを落とした部屋の中、様々な形の金魚鉢と金魚。色とりどりのライトに照らされて優雅に泳ぐ。冷房が効いているのか美術館の中は少しひんやりとしていた。
「もっと奥も行ってみよう」
「待って、写真も撮りたい」
幾つもの丸い形の金魚鉢をぼんぼりに見立て、中に一匹ずつ金魚を泳がせ火種に見立てるもの。その姿はまるで影絵の様な、不思議な儚さを感じさせる。
「屋台にしかいないイメージだったけどこうして見ると迫力あるなぁ」
「綺麗だねぇ」
金魚を上から見る事に適している円柱型のアクアリウム。常に内側から溢れ出ている水が水槽である事を感じさせず、まるで水の塊ごと水中から金魚を取り出して見ているかの様。
「上から見た金魚ってあんまり見ないけど可愛いね」
「この金魚丸っこくて可愛いな~めっちゃ可愛い」
「もしかして私にも丸いから可愛いって言うの?」
「違う違う! ぷりぷりするなって」
縦長の水槽に着物を埋め込み、その上を金魚が泳ぐ事で、生きた金魚ごと着物の柄にした作品。
「映像と合わせて一つの作品に落とし込んでるのか」
「ビニールの服に水と金魚入れたら出来そう」
「是非金魚なしで見せて欲しいもんだね!」
他にも、プリズムの様な形をしたアクアリウムを泳ぐ沢山の金魚、凸レンズや凹レンズ、二重レンズなど、様々な見え方のレンズをアクアリウムに施した作品など、数えきれない程のアクアリウムを彼女と見て回った。
俺達がアクアリウム展を出たのは、入ってからギリギリ二時間経つか経たないかの瀬戸際だった。一時間程だと思っていたから自分自身予想以上に楽しんでいた事が分かった。出口から続く通り道で、先程見ていた丸っこい金魚のぬいぐるみがあったので手に取ってみると、彼女が頬を膨らませて此方を睨んでいた。
「やっぱり丸いの……」
「違うから。飼ってる犬みたいで可愛いからってだけで」
「犬!?」
「似てるとかじゃなくて俺は君だから好きになったんであってね?」
ぬいぐるみを元の棚の上に置き、頭をガシガシと撫でると、彼女の気分はちょっと落ち着いた様だった。
それからは名古屋をぐるぐると回りつつ、昼飯と晩飯を食べてその日は解散になった。
次はプールに行きたいね、なんて話をしながら。