いつの日か…   作:かなで☆

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第百一章 【最も重要な事】

 時空を渡る時間はほんの一瞬。

 瞬きほどのかすかな時間。

 その一瞬のはずの時間の中で、水蓮とイタチはここに来るまでの事をそれぞれに思い出していた。

 いや、正確には見ていた。

 自分たちが渡りゆく時空の中。

 周りの空間にこれまでの事が映像のごとく浮かび上がっていた。

 初めて出会った日。初めて行った町。暁からの初めての任務。

 これまでに出会った人。離れ、別れた人、命。

 

 イタチと共に歩んだこれまでの全てがそこに流れた。

 

 闇、痛み。悲しみ、苦しみ。

 

 様々な物が渦巻き、その中を必死に進んできた。

 いくつもの涙を流してきた。

 だけど、そこには確かに存在していた。

 

 確かに溢れていた。

 

 

 一緒に見た美しい景色。

 優しい時間。

 

 そして、笑顔と幸せが…

 

 

 

 互いの柔らかいその笑顔を見た瞬間。まばゆい光が視界を消した。

 

 

 そして二人は最後の地へとたどり着いた。

 

 

 

 「来たか」

 目を開くと同時に声がした。

 静かな声の主は長い黒髪の女性。

 水蓮と同じ年頃の見目。グリーンを基調にしたやはりアオザイのような服。

 サヨリとタギツが持つ笛と同じものを帯にさして携えている。

 「待っていたぞ」

 美しい顔立ちで、柔らかいまなざしを浮かべて水蓮とイタチを見つめる。

 「ようやくだな」

 ふわりと笑みを浮かべたその女性にサヨリとタギツが歩み寄る。

 「姉者。久しいな」

 「元気だった?」

 3人はよく似た顔立ちで笑みを並べる。

 「この前会ってからは30年ぶりか。二人とも変わりなく過ごしていたか?」

 色白な手を妹たちの頭に乗せる。

 そして水蓮とイタチにスッと身を寄せた。

 「わらわの名はタゴリ。よく来たな。イタチ。水蓮」

 「なぜ…」

 「私たちの名前を…」

 タゴリは柔らかく笑んで返す。

 「折々のお前たちの姿は見てきた。夢の中でな。お前たちの事は大体知っている」

 「姉者は夢の中で人の世の、重要と思われる出来事を見る力があるのだ」

 サヨリの言葉にタゴリが小さくうなづき、スッと水蓮に手を伸ばした。

 「辛きを乗り越え、よくここへたどり着いたな。水蓮」

 美しい指がそっと水蓮の髪を撫でる。

 そのしぐさがあまりにやさしく、思わず涙がこぼれた。

 その涙をそっとぬぐい、タゴリはイタチに言葉を向ける。

 「痛みに耐え、良くここまで来たな。イタチ」

 イタチはただ静かにうなづいた。

 タゴリは二人を改めて見つめ、フッと笑みをこぼした。

 「とまぁ、堅苦しいのはここまでだ」

 「え?」

 「ん?」

 突然空気を軽くしてあげられた明るく大きな声に水蓮とイタチが戸惑う。

 「いやぁしかし、お前たちがここへたどり着けてよかった」

 ガハハ…と見た目に似合わぬ豪快な笑いでタゴリは水蓮とイタチの背をバシバシとたたいた。

 「お…おい」

 「ちょ…い…痛い」

 そこそこな力でたたかれ、二人は軽く咳き込む。

 「ん?いやぁ、すまんすまん。嬉しくてついな」

 「変わらんな姉者」

 「二人とも大丈夫?姉者はバカ力だから」

 なおも背を叩こうとしたタゴリをサヨリが止め、タギツが水蓮とイタチを少し引き離した。

 「でもさ」とタギツがため息交じりに言う。

 「本当によくここまで来れたものだよ」

 「ワシも同意見だ」 

 腕を組んでサヨリも同じく息を吐き出す。

 しかしタゴリは一人落ち着いた様子で笑っていた。

 「何事もなるようにしかならず、なるようになるのだ。そう言うものぞ。心揺らすことはない」

 また、ガハハと笑う。

 「そうやって姉者は何でも楽観的に」

 「姉上、言うだけ無駄だって。前に100年ぶりに会った時も変わってなかった性格だよ。そこからたった30年。変わるわけないだろ。ボクはもうあきらめたよ」

 「しかしだなタギツ、ワシは」

 「そうやってしつこく追及するのが姉上の悪いところだよ」

 「なんだと、お前のそういうすぐあきらめる所の方がもっと悪いだろう」

 「ほっといてよ」

 「お前の方こそ」

 グッと顔を突き合わせ、今にも掴み合いをはじめそうな二人の間に、タゴリがすっと身を挟みいれた。

 「まぁまぁまぁ。お前ら、今は時間がない。下らん言い合いをしとる場合ではないぞ」 

 

 二人の妹をなだめた姉は「誰のせいだ!」との叱咤に肩を少し竦めた。

 「相変わらず怖いのぉ、お前らは」

 タゴリは二人の視線から逃れるように水蓮の肩を抱いて歩き出す。

 「これ以上あいつらを怒らせては厄介ぞ。早々にはじめるとしよう」

 「あ…う、うん…」

 

 

 長い廊下を静かに進む。

 広がる景色は何とも不思議な光景であった。

 

 

 立ち並ぶ木々は美しく紅葉しているが、ある個所を境に雪景色へと変わっている。

 そしてまた少し進むと赤や黄色の木々が並び、また白い景色に変わる。

 その境目はきっちりとまっすぐ、定規で線を引いたように区切られていた。

 「ここには秋と冬が同時に存在している。サヨリの空間は春。タギツの場所は夏だ」

 庭を見回してタゴリは「面白いだろう」と小さく笑う。

 「気温は特に差がない。過ごし良い状態が保たれている。まぁ、少し飽きるがな。ずっとこうだから」

 浮かべたままの笑みが少し切なげに見えた。

 だがすぐにその色を消して、タゴリは水蓮の周りをくるりと楽しそうに回って目を細めた。

 「しかし良く似合っておるのぉ」

 「え?あ、さっき借りて…」

 少し身を揺らした水蓮の動きに、ふわりと裾が揺れる。

 タゴリはうんうんと満足そうにうなづいて「かわいいのぉ」と、うれしそうに笑った。

 「姉者がこの間ボクのところに置き忘れていったのを使わせてもらったよ」

 「二人とも出雲のしぶきでぬれてしまったからな」 

 タギツとサヨリの言葉にタゴリはまた大きく笑う。

 「そうか。出雲め、わざとやりおったな」

 「わざと?」

 水蓮が首をかしげる。

 「あいつも随分お前を待っておったからな。いじけていたのだろう。まぁ、八雲はそんな事はないだろうがのぉ」 

 「ああ。とくに、そう言った事はなかった」

 荒れた様子を見せはしたものの、結局は何も攻撃して来なかった。

 イタチがそれを伝えると、タゴリは「そうだろうな」と答えた。

 「八雲は冷静にやるべきことをこなすタイプだが少し固い。出雲はまっすぐで純粋だがどうにも感情的だ。お前たちそのものだろう」

 図星を突かれたような気になり二人は言葉に詰まる。

 そんな二人の後ろからサヨリとタギツが『確かに』と声をそろえた。

 「この度のお前たちを見てもそうだったが」

 「変わらないよね。そう言うところ」

 

 …変わらない…?

 

 その問いを水蓮が口にするより早く、タゴリが静かに告げた。

 

 「ここだ」

 

 一同の目の前には、大きな白い開き扉がそびえていた。

 

 タゴリが右手をかざすと静かに扉が押し開かれた。

 中はこれまでと同じように特に何もない広い空間。

 

 その中心に一人の男性が立っていた。

 「市杵とハヤセの兄、八尋(やひろ)だ」

 サヨリの言葉に、八尋が美しく辞儀をした。

 ダークブラウンの短い髪。少し細い目の奥に見える瞳は赤く、黒一色のシンプルな着物姿。

 見た目にイタチよりいくつか年が上に見える。

 「お久しぶりでございます。サヨリ様。タギツ様」

 「うむ」

 「久しぶりだね八尋」

 八尋は再び二人に頭を下げた。

 「市杵とハヤセはご迷惑をおかけしておりませんか?」

 「よくやってくれている。市杵はまぁ、相変わらずバカまじめだがな」

 「ハヤセもちゃんとやってるよ。こっちもまぁ相変わらず…なんでも楽しんでる過ごしてるよ」

 苦笑いを浮かべた二人に八尋は「そうですか」と静かに笑みを浮かべた。

 「何かありましたらいつでもワタクシをお呼びつけください。お二人にご迷惑をおかけするようなことがあってはいけませんから」

 ニコリと笑みを重ねる。

 だがその笑みが何か凍りつくような気配をまとっていて、思わず水蓮が喉を鳴らした。

 「あ、わかる?」

 タギツが少しいたずらな笑みを浮かべた。

 「八尋は怒るとめちゃくちゃ怖いんだ」

 「前にワシのところで市杵に切れたときは、崖が何個か消えた」

 「それでもほんのちょっとの力だよ。本気出したらボクたちのいる空間だって消し飛んじゃうかも」

 軽い口調の二人に水蓮とイタチは小さくつぶやく。

 

 「空間が…」

 「消し飛ぶ…」

 

 

 それはいったいどういう物なのか…

 そもそもここはどういう場所なのか…

 

 水蓮は、はたと思う。

 

 自分達はいったいどこにいるのだろうかと。

 

 

 そんな根本的な事を今の今まで考えずにいた。

 必死で考える間がなかった。

 

 だがよくよく考えてみれば、時空間移動し、不可思議な景色溢れる空間にたどり着き、神の力を受け継いでいるという人物に出会う…。

 

 あまりにも…

 

 「現実離れしている…か?」

 

 水蓮の表情に心を読み取ったのかタゴリがフッと小さく笑った。

 うなづきを返した水蓮の隣でイタチも同じようにうなづく。

 「そうだな。今まで目を背けたくなるような厳しい現実を生きてきたお前たちには、ひどく非現実な事であろうな」

 「だがワシらは現実にここにこうしている」

 「それ以外の事なんてそう気にする事じゃないよ。ボクたちがこうして出会えたことが最も重要な事なんだからさ」

 タギツはそう言って「というか…」とくすくす笑ってイタチを見た。。

 「非現実的の塊みたいな剣を手に入れようとしているお前が、何をいまさら」

 「その通りだ。いかなるものをも永久に幻術世界に閉じ込める最強の剣なのだからな。ワシらのその度合いなど可愛らしい物だ」

 

 確かにそうかもしれない…

 

 水蓮とイタチは顔を見合わせた。

 

 「ところでお前たち。無駄話が過ぎるぞ。そろそろ始めんと間に合わんぞ」

 「そうだな」

 「うん」

 

 3姉妹は強くうなづき合って水蓮たちの前に歩み出て背を向けた。

 タゴリを中心に横一列に並び、静かに一つ呼吸をする。

 

 「飛ぶぞ」

 

 タゴリの一言に水蓮とイタチはとっさに手をつなぎ合わせた。

 

 すっ…と掲げられたタゴリの右手からまばゆい光が放たれ、全員の姿が一瞬でその場から消えた。

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