いつの日か…   作:かなで☆

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第百十六章【問いかけ】

 驚くほどにあたたかく優しい空間であった。

 吹くはずのない風がそよいでいるような、そんな心地よさ。

 

 だがその心地よさの中にまざまざと感じる…。

 

 もうこの命を引きとめることはできない。

 

 死へと向かう流れが止めようのない物だというその事が、自来也の意識下にいるからこそ、わかる。

 嫌と言うほどにひしひしとそれが伝わってくる…

 

 「……っ」

 胸を締め付ける痛み。 

 それを和らげようとするように春の木漏れ日のごとく光が溢れ、立ち尽くす水蓮を柔らかく包み込んでいく。

 

 その光の中、水蓮はゆっくりと歩き出した。

 

 出雲の導きによって入り込んだ自来也の意識の中。

 そこはその人柄を表す様な優しい居心地。

 死に直面してもなおこの穏やかさを保てるその人格に触れ、これほどまでの人を救えなかった悔しさと、死を静かに受け入れている自来也の強さに何かが救われたような、複雑な心境になった。

 しばらく歩くと、より明るくあたたかい光が溢れる場所が見えた。

 その中心に、静かにたたずむ自来也の大きな背中。

 

 「自来也様」

 

 限られた時間。

 ためらわずに声をかける。

 出雲の力が強いのか、自来也の生命力が弱っているからなのか、その呼びかけはすんなりと届き、自来也の肩がピクリと揺れた。

 ゆっくりと振り返り、水蓮を捉えて目を見開く。

 「クシナ…?」

 赤く染まる水蓮の髪を見てそう勘違いし、すぐに「いや、違うな」と水蓮の纏う暁の衣を見て瞳を厳しく色づけた。

 「…見た顔だな」

 数秒考え、記憶の中にその姿を見つける。

 「イタチと鬼鮫と共にいたおなごだな。髪の色は違うが。確か…水蓮」

 確かめるような物言いに、水蓮はうなづいた。

 「はい」

 自来也は大きく息を吐き出し、距離を保ったままで水蓮を見つめた。

 「ワシの意識の中に入り込んでくるとはな。暁には厄介な能力を持つ者が多いな」

 ハハ…と笑いを交える。

 だが決して警戒を解かぬ佇まい。

 死に際とは言え、意識の中から追い出すくらいの事は出来るのかもしれない…と、水蓮も自来也の様子を注意深く見つめる。

 「で?こんなところまで何の用だ。悪いがくれてやる情報はない」

 はき捨てて背を向けようとする。

 その動きは自分からわずかに残った時間を捨てる物。

 「待ってください!」 

 水蓮は慌てて呼び止めた。

 ここは自来也の意識の中。本人が生きることを手放せば、それは一瞬で消える。

 「お願いします!少しだけ時間を下さい!」

 切羽詰まったその様子に、自来也は今一度水蓮に向き直った。

 「なんだ?わざわざこんなところまで来てとどめを刺さんでも、ワシはもう死ぬ」

 「違うんです。そうじゃないんです」

 他にどんな理由があるのかと、自来也が顔をしかめる。

 水蓮はまっすぐに自来也を見つめて言った。

 

 「あなたの想いを預からせてください」

 

 静かに発せられたその言葉に、自来也は「ん?」とさらに顔をしかめた。

 

 「なんだそれは…」

 真意をつかめない自来也に、水蓮は言葉を重ねた。

 「あなたの中にある、ナルトへの言葉を、想いを。私を信じて私に預けてください」

 「………」

 自来也の表情がすっ…と静寂に染まった…。

 何もかもを見抜くような鋭い眼光が水蓮を捉えて見定める。

 

 何も後ろめたいことなどない。

 それでもなぜか恐怖を感じ、水蓮はごくりと喉を鳴らした。

 だが目をそらすことはしない。

 何が何でもこれだけは成し遂げたい。

 

 これが自分にできる最後の事であり、自分にしかできない事なのだと、水蓮はその想いで自来也をまっすぐに見つめた。

 

 「どういうつもりかわからんが…」

 

 いくばかの沈黙を自来也が終わらせた。

 「それはできん」

 グッと水蓮がこぶしを握りしめる。

 「ナルトに近付けるわけにはいかん」

 頑として受け入れる気配を見せない自来也に、水蓮は一歩足を進ませた。

 

 ほんの少しの進み。

 

 だがその数センチで、水蓮は自来也の間合いに入る。

 自分の間合いには数歩足りないその距離。

 それは、もしも自来也が水蓮をはじき出す何らかの手段を持っていたとしたら、十分にそれを成し得るもの。

 そこに、この身をなげうってでも…というせめてもの誠意を込めた。

 

 「お願いします」

 「無理な願いだ」

 

 即座に返される拒絶の色。

 水蓮はもう一歩だけ近づき頭を下げた。

 「お願いします」

 言葉の終わりと同時に水蓮の髪が黒く戻りだす。

 自来也の命を何とかつなぎとめている水蓮のチャクラが尽きはじめていた…

 「お願いします。もう時間が…。私のチャクラが、もう…」

 必死の表情に自来也の表情も揺れる。

 「お前…。ワシの体を治癒しておるのか?」

 ほんの少し集中するそぶりで自身の本体の様子を感じたのか、自来也は目を細めて思案した。

 「その髪の質…。以前にも見たことがある。うずまき一族と他族の血を持つ者が術の発動時にそうなるのをな」

 お前もうずまき一族か…との自来也の問いに水蓮はうなづきを返した。

 自来也は「それに…」と続けて目を閉じて集中し、水蓮のチャクラを探って鋭い眼光を発した。

 「お前、九尾のチャクラをもっておるな」

 

 自身の体を回復する水蓮のチャクラの中にその存在を捉えて、自来也は警戒を強めた。

 「何者だ…」

 死に際だというのに自来也の体からはびりびりと体がしびれるほどの気が発せられている。

 水蓮は思わず後ずさりろうになる足を必死にとどめて返した。

 「今はそれを話している時間はありません」

 自身の生い立ちを話したところでかえって怪しまれる。

 それにそれを信じてもらえたとしても、【想い】を預けられる人間としての信頼を得られるわけではないのだ。

 ただただ頭を下げるほかなかった。

 「お願いします。私を信じてナルトへの想いを預からせてください!」

 改めて必死に願う。

 その様子に自来也は再び考えをめぐらせる。

 

 うずまきの血を持ち、自分に接触しナルトへの想いを預かりたいと言う…

 しかもその身に九尾のチャクラを宿している…

 

 目的は何か…

 

 ふむ…と一つ息をつく。

 「ナルトに近づくための口実にするつもりか」

 「違います!そうじゃないんです!」

 「だがお前の持つ物はどれもナルトが接触せざるを得ない物ばかりだ。あいつをおびき出すための材料がこれ以上ないほど集まっとる。暁にこんな隠し玉があったとはな…」

 「違うんです!そうじゃないんです!」

 必死に反論して、水蓮は「信じてください」となおも頭を下げた。

 「ならなぜ…」

 自来也の低い声が響いた。

 「なぜわざわざその衣をまとってここへ来た」

 見上げた自来也の瞳には赤雲が揺れ映っていた。

 「あの二人に捕われていた…。この組織の事を知らなかった。色々と取り繕う事は出来たであろう。なのになぜ言い逃れのできないそれを身に着けてここへ来た」

 

 確かにそうであった。

 

 結果的には自来也をそんな言葉でだますことはできないであろう。

 それでも言われたようにすることはできた。

 それでもそうしなかったのは…

 

 「それは、卑怯だと思ったからです」

 

 自来也は何も返さず水蓮の言葉を聞く。

 

 「この衣を脱いで。隠して。何もしていない、知らないふりをして何かをしようとするのは、卑怯だとそう思ったからです」

 

 これまで、イタチがよほどの事がない限りこの衣を脱がずに過ごしてきたのも、きっとそうなのだと水蓮は自分の想いを口にしながらそう思った。

 どんな目的があったとしても、自身の犯した罪を隠さず背負いゆく、覚悟の現れなのだと。

 

 「お願いします」

 

 こぼれそうな涙をグッとこらえ、水蓮は静かにその場に膝をついて深く頭を下げた。

 

 「私を信じてください」

 

 もう何もできないままで終わりたくない。

 

 「お願いします」

 

 ギュッと両手を強く握りしめる。

 いつの間にか髪は全て黒く染まり、その先が薄れ始めていた。

 

 水蓮と自来也をつなぐ出雲の力も限界が近かった…

 

 「お願いします!」

 

 強いその懇願に、自来也は「よせ」と大きく息を吐き出した。

 「女に土下座させるなど男の死に際として最低だ。死んでも死にきれん」

 だが水蓮は身を起こさない。

 その様子に自来也はもう一度深く息を吐き、水蓮のそばに姿勢を落とした。

 「ひとつ聞かせてくれ」

 ピクリと水蓮の肩が揺れる。

 それでも顔を上げないままの水蓮に自来也は言葉を続ける。

 「その返答で決める」

 

 何を聞かれるのか…

 

 少しも予想がつかない。

 それでも、何事にも真実を語ろうと水蓮はうなづきを返した。

 

 これが、最後のチャンス…

 

 緊張で体を固くする水蓮に、自来也が静かに言葉を投げかけた…

 

 「あいつは…。イタチは何をしようとしている」

 

 「……っ!」

 

 はじかれたように水蓮の顔が自来也に向けられた。

 

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