さらに数日が過ぎた。
最も多くを過ごしてきた高台のアジトに身を置き、水蓮たちはただイタチが動くのを待っていた。
鬼鮫は時折外へと出かけることがあったが、イタチが欲しないこともありこれといった情報を持ち帰るようなことはなかった。
今日も朝から食料を買いに行くと出て行ったが、本当にそれだけで何かを調べてくるつもりはないようであった。
イタチが動かないゆえの時間つぶしなのだろうと、水蓮はほしい物をいくつか言づけて送り出した。
ジャァジャァジャァ…
アジトの周りには激しい蝉の声が鳴り響いている。
木々から聞こえるその鳴き声はいつからか種類が変わっており、日の経過をぼんやりと感じながら水蓮は空を見上げた。
今この世界はどの局面を迎えているのだろう…
イタチの死はどこまで迫っているのだろう…
サスケは、そしてナルトは…
二人の顔が浮かぶ。
と、同時に背中に視線を感じてゆっくりと振り返る。
アジトの奥。
壁に背をつけて座るイタチがこちらを見ていた。
ドキリとする。
何かを言うでもなく、ただこちらをじっと見つめるその佇まい。
それはここ数日よく見る姿であった。
静かに、鋭く、深く
薄く、細く、冷たく
それでいて重厚な存在感。
…諸刃の剣…
鬼鮫はその言葉を当てはめた。
両刃のその剣は、相手を切ろうと振り上げると自身も傷つく恐れがある。
そのようだと。
そして、それよりも強い危うさを感じると。
触れた側も、触れられた側も意図せず傷つき血を流すのではないか…
まるで全身が鋭利な刃物のようだと。
それでいて脆く、一度傷つき傷つけたなら砕けて壊れてしまうのではないかと。
危険で、脆い。
今までになく近寄りがたいと。恐ろしいと、そう言った。
だからと言って本当に近寄らないわけではない。
今までと変わった様子を見せず話しかけている。
それでも時折、声をかけようとして言葉を収める鬼鮫の姿を水蓮は見ていた。
水蓮はそんな鬼鮫に言った。
自分も同じだと。
鬼鮫は見せたことのない表情で驚きを表した。
これまでにどんなイタチを見ても、聞いても、怖いと感じたことはなかった。
それでも今のイタチを取り巻く空気に、水蓮もまた何か恐ろしい物を感じていた。
ほんの少し視線をはずしてイタチに戻すと、そのほんの数秒で鋭さを増す。
それは寝て起きればなおのことで、日一日とイタチを取り巻く空気は変化していた。
水蓮ですら時に近寄りがたいと思うほどに。
そして今も…
だが、そうである時ほど水蓮はイタチに身を寄せた。
もしも鬼鮫の言うようにイタチが諸刃の剣でも。
触れるだけで傷つき傷つけるのだとしても。
そんなイタチのそばにいられるのは自分しかいないのだ。
水蓮はイタチのもとへと歩み寄り、静かに手を差し出した。
その手をつかもうとしたイタチの手が水蓮の指先をかすめる。
どこかうつろなその動き。
「見えない?」
イタチは「いや」と答えて水蓮を見上げた。
「少しかすむ」
それでも赤い光を決して収めない。
「痛む?」
今度は「ああ」と答えた。
水蓮は宙に置かれたままのイタチの手に自身の手を重ねて指を絡め、もう片方の手をイタチの目に当てた。
ぽぉ…
両手からあたたかい光が溢れ、アジトの中を穏やかなオレンジ色に染めてゆく。
もう気休め程度にしかならない。
瞳に、体に巣食う痛みには。
それでももう他にできることがない。
瞳にこもる熱が少し引いたのを感じ、水蓮は一度手を離してギュッとイタチを抱きしめた。
イタチもまた強く水蓮を抱き寄せた。
愛おしくてたまらない。
「大丈夫」
水蓮が静かにささやいた。
「大丈夫」
まるで子供をあやすように。
「大丈夫」
繰り返されるその言葉に、イタチはただ小さくうなづいた。
絶えずあふれる光りが、二人を包み込んでいった。
日が少し沈み始めた頃、鬼鮫がアジトへと戻った。
変わらず鋭い空気をまとうイタチに小さく息をつき、目を細める。
「眠ってるんですか?」
身をかがめて覗き込む。
「ああ」
答えたイタチの腕の中で水蓮が小さな寝息を立てていた。
「ここ最近よく居眠りしますね」
「そうだな…」
二人の言うように、この数日水蓮は中途半端な時間にもかかわらず、こうしてよく眠っていた。
「九尾チャクラの扱いに慣れないんだろう」
そのための疲労だろうとそう言うイタチに、鬼鮫もうなづいて同意を示した。
「それで…」
一体これからどうするのかと鬼鮫が問うとしたとき、イタチの肩がピクリと揺れた。
「どうかしましたか?」
「影分身から情報が来た…」
少し前にここを発たせた影分身。
桔梗の姿で薬屋へと向かわせていたその存在が、情報を得て姿を消した事で内容が伝わり来た。
イタチは受け取った情報を噛みしめるように目を閉じて黙し、静かに告げた。
「木の葉が動いたようだな」
誰がいつどんな目的でどこへと言うような細かな事は、万が一のことを考えていつも伝えられない。
ただ特設の隊が里を出たことが伝えられただけ。
だがその最後に、事がサスケに関係しているとの情報が暗号化されて記されていた。
サスケを連れ去った大蛇丸が死んだ今、木の葉がサスケの事で動くという事は…
サスケの奪還。
イタチは口元に手を当てて考えをめぐらせる。
サスケを里に連れ戻す気か…
里としては、里を裏切った自分をサスケが討つことを反対はしないだろう。
だがそれをサスケが成し遂げる前に動いたとなると、サスケに自分を殺させまいとしているという事…
ふとはたけカカシの顔が浮かぶ。
任務のためなら仲間をも殺すと言われていた人物だが、実際には違っていた。
仲間を守り、命を救う事に深く心を向けていた。
復讐などと言う闇にサスケを渡しはしない。
彼ならそう考えそうだ。
なにより、カカシや周りがそれに反対の意を見せたからこそサスケは里を出たのだろう。
イタチは様々な考えをめぐらせ、まとめてゆく。
自分を殺そうとするサスケ…
それをさせまいとする木の葉…
導き出されたのは…
どちらもこちらに向かってくる。
その結論であった。
「やりますか?」
どこか高揚した様子でそういう鬼鮫にイタチは少し思案して返す。
「木の葉が動けば、おそらくサスケも動き出す」
サスケを追う木の葉にはナルトがいるであろう…
ナルトがいるのであればカカシがいる。
カカシの使う忍犬はかなり厄介だ。
水蓮の感知であちらの動きを読みながら動いたとしても、忍犬の足にいずれ追いつかれる。
サスケとの戦いに木の葉がなだれ込んでくるのは避けたい。
ましてそこにナルトを狙ったペインが来れば事態は最悪だ…
どちらをどうしたものか…
イタチは決めかねていた。
「木の葉…」
イタチの腕の中から声が上がった。
「水蓮?」
顔をしかめたイタチから視線をはずし、鬼鮫とも目を合わせぬまま水蓮は身を起こした。
「起きていたのか…」
「木の葉…」
イタチの声に言葉をかぶせて、水蓮は言葉を続ける。
「木の葉は放っておけばいいよ」
鬼鮫とイタチが顔を見合わせた。
「だが、木の葉は追跡力が高い」
「大丈夫」
「動いているのがはたけカカシの小隊だとしたら厄介ですよ」
「大丈夫」
二人を見ぬまま水蓮はそう断言した。
大丈夫な事を自分は知っているのだ…
「木の葉は構う必要ない」
イタチも鬼鮫も水蓮の有無を言わさぬ雰囲気に息を飲んだ。
「だけど、もし木の葉がイタチの邪魔をするようなら…」
静かに立ち上がりようやく二人に視線を向ける。
「邪魔をするようなら?」
鬼鮫が問いかける。
水蓮は低い声でそれに答えた。
「私が止める」
来ないことが分かっているから言えた言葉でもある。
だがもし原作と内容を違えてカカシの隊が接触してきたら、自分が止めてみせるとそう思った。
方法など分からない。
それでも、この身を賭してイタチを守って見せる。そう思った。
流れる沈黙。
しばしの後、「ククク」と鬼鮫がこぼした笑いがそれを終わらせた。
「面白い」
鬼鮫は笑いを含めたまま水蓮を見つめた。
「あなたは本当に面白い人だ」
そう言いながら鬼鮫は思った。
目的を取り戻し、覚悟を見つけたのだろうと…
そして、諸刃の剣はもう一つあったらしい…と。
笑いおさまらぬ鬼鮫に水蓮もイタチも何も返さない。
鬼鮫は一つ息を吐き出して、やはりどこか高揚した様子で水蓮に言った。
「その時はあなたに任せるとしましょう。それで構いませんね?」
ちらりとイタチを見る。
イタチは水蓮に視線を向け、しばし見つめた後ゆっくりとうなづき立ち上がった。
「行くぞ」
アジトの外へと足を進ませ、沈み始めた夕日を背負い振り返る。
強い風が吹き、イタチの髪を、身にまとう赤雲を大きく揺らした。
その風が水蓮と鬼鮫に吹き付け、壁にぶつかり外へと押し戻されてゆく。
再びイタチのその身を風が包み、空へとふき流れ消えて行った。
イタチが静かな声を響かせた。
「サスケを迎え撃つ」
燃えるような逆光にその表情は隠されたが、それにも負けぬ瞳の赤が強い光を放っていた。