いつの日か…   作:かなで☆

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第百二一章【里のために…】

 深い森の中。3人は木を伝い駆けていた。

 日はすっかり沈み、あたりには闇が落ちていたが、大きな満月の光が木々の隙間から差し込み足場を守っていた。

 急ぎ移動する場合は鬼鮫の背に乗っていた水蓮も、今となっては自身の足でそれなりに二人の速度に並べるまでになり、少し息が上がってはいるものの月の光を選び進む。

 が、不意に後方を守っていたイタチのペースが落ちたことに気付く。

 何か意図があるのかと速度を落とすと、先頭の鬼鮫がちらりと振り返り…

 「イタチさん!」

 着地した枝を蹴り水蓮の脇を猛スピードで横切った。

 ギクリと胸を鳴らして水蓮が振り返ると、イタチの体が大地へと向かって落下していた。

 「イタチ!」

 慌てて踵を返す。

 鬼鮫がさっとイタチの体を抱きとめ地に降りる。

 次いで着地した水蓮が駆け寄った。

 イタチの顔を覗き込むが暗くてよく見えず、そっと頬に手を当て、息を飲んだ。

 「すごい熱…」

 ここ最近続いていた微熱がここへきて一気に高まったのか、かなりの熱さであった。

 「移動を急ぎすぎましたかね」

 暗いうちにと思ってのことであったが、負担になったのかもしれないと鬼鮫は息を吐き出した。

 とはいえ、ただ移動しただけで熱が上がるような事態になるとは考えていなかった。

 

 イタチの体は、水蓮や鬼鮫が思う以上に重い症状を抱えていた。

 

 

 「…大丈夫だ」

 黙り込んだ二人に代わって、イタチはつぶやくようにそう言い鬼鮫の腕を払おうとしたが鬼鮫がそれを許さなかった。

 「ここで無理をして後に響くと困る。一度どこかで休むべきだ」

 「そのほうがいい」

 イタチは何かを言い返そうとしたが、二人のきつい口調に諦めたように息を吐き「わかった」と答え、次の瞬間には意識を眠りに沈めていた。

 

 ふる…と、水蓮の体が小さく震えた。

 

 こんな状態であの戦いをしていたのかと。

 

 サスケとの戦いを思い返して恐ろしくなった。

 ほんの少しの気の緩みで意識を失うような体の弱まり。

 とてもまともに戦えるとは思えない。

 それでもイタチはサスケとあのすさまじい戦いをやり遂げたのだ…

 

 「水蓮」

 

 鬼鮫が闇に声を発した。

 「大丈夫…」

 そう返したがその声は今までになくか細く、体の震えが止まらない。

 

 「大丈夫」

 そう。大丈夫なのは分かっている。

 無事にイタチがやり遂げることを知っている。

 それでも…

 

 あまりにも辛い…

 

 「水蓮」

 

 顔を上げない水蓮に、鬼鮫が再び声をかけた。

 「なに…」

 

 視線を上げぬまま答えた水蓮に、鬼鮫は静かな声で言う。

 

 「泣いても何も変わらない」

 ポタ…と、夜の中に涙が落ちた。

 「わかってる」

 ギュッとイタチの衣を握りしめた手が震える。

 「わかってる」

 「分かっているなら泣くな」

 今までにない厳しい口調だった。

 水蓮は少し荒い動きで涙を拭い顔を上げた。

 鬼鮫は強い眼光でしばし水蓮を見つめ、落ち着いたのを見計らって背を向けた。

 「どこか使っていない小屋を探しましょう」

 「うん」

 うなづきふと思い当たる。

 「ある」

 鬼鮫が顔だけで振り返る。

 「なにが?」

 「身を置ける場所がある」

 

 

 

 夜が静かに更けてゆく。

 日中景色に色を添える鳥のさえずりもはばたきも、騒がしい蝉の声も存在をひそめ、静寂が広がっていた。

 その静けさの中に、しとしと…と、少しずつ音が聞こえだす。

 「雨…」

 「そのようですね」

 小さな灯りをともしたのみの薄暗い空間で、水蓮と鬼鮫は上を仰ぎ見た。

 そこにあるのはコンクリート製の無機質な天井…

 「ここに来て正解でしたね」

 「うん」

 うなづきを返したものの、水蓮は不安を表す。

 「でも、本当に大丈夫かな…。ここで」

 見回すその光景は見覚えのある物。

 そして脳裏には見覚えある顔が浮かんでいた。

 

 サスケの顔が…

 

 

 今いる場所は森の中の地下に造られた空間。

 以前サスケと共に過ごした大蛇丸のアジトであった。

 「大丈夫でしょう」

 鉢合わせの危険を懸念した水蓮に鬼鮫は小さく笑みを向けた。

 「うちはサスケはおそらく今イタチさんのアジトを探し回っているはずだ。それに今や消えた大蛇丸の事を気にする理由も必要性もない。彼がここに立ち寄る確率は極めて低い」

 加えて過去に目的を持ってこの場所を訪れ、それを果たしているならなおのことだと鬼鮫は付け足した。

 「そうだよね」

 自分もそう思いここを選んだ。

 それを改めて鬼鮫が口にした事で、水蓮は安堵した。

 「それより、どうですか?彼は」

 過去にサスケが眠っていた場所で眠るイタチ。

 その表情が時折痛みに揺れていた。

 「よくない…ね」

 力ない声で水蓮はそう答えて額あてを外し、濡らした手ぬぐいを載せた。

 「そうですか」

 「でも」

 今度は力のある声だった。

 「でも大丈夫」

 グッと体に力を入れてチャクラを練り上げる。

 溢れたオレンジ色の光の中で、水蓮はイタチの手を握りしめた。

 「大丈夫」

 

 もうイタチに施せる治療はそう多くない。

 炎症を抑えても、すぐにまた炎症が起こる。

 下手に抑えようとすればその繰り返しに苦痛が生じ、体力を削る。

 できることは痛みの緩和と、症状を遅らせるために免疫細胞の働きを助ける事。

 そのためには痛み止めで痛覚を意図的に鈍らせ、チャクラを流し込んで体内温度を加減良く保つ。

 

 そうしてその時々に応じて調整する。

 それが今できる最善だった。

 

 「大丈夫。イタチはちゃんと戦えるから」

 

 鬼鮫に言ったのか、イタチに言ったのか。それとも自分への確認なのか。

 水蓮はそう言ってさらにチャクラを練り上げた。

 しかし、結界を張ってはいるものの強い九尾のチャクラ。

 サスケやナルト。もしくはカカシに気づかれる危険性がある。

 抑えざるを得ない。

 もどかしさが水蓮を襲った。

 

 ぽん…と、不意に水蓮の頭に大きな手が置かれた。

 「彼はそういう人ですからね」

 以前にも聞いたことのある鬼鮫のその言葉。

 水蓮は黙ってうなづきを返した。

 少しの沈黙が落ち、鬼鮫が身をひるがえした。

 「私は先に行って様子を伺ってきます」

 目指していたのは、かつて使われていた【うちはのアジト】の近くにあるイタチのアジト。

一旦そこで態勢を整えようというのがイタチの考えだった。

 見つかりにくい場所にあるとはいえ、サスケや木の葉が見つけて待ち伏せしていては厄介。

 いずれ相まみえるとはいえ、今のイタチの状態では避けたい。

 鬼鮫はそれゆえ先に行って確かめておくと言っているのだ。

 「大丈夫だと思いますが…」

 「わかってる。感知は怠らない」

 きびとしたその口調に鬼鮫は満足げにうなづく。

 「48時間以内に合流できなければここへ戻る。もし行き先が変わるようなら」

 「合図を残す」

 鬼鮫は再びうなづき、さっと姿を消した。

 「すっかり板についてきたな」

 鬼鮫の姿が消えてすぐ、イタチが小さく笑った。

 「起きてたの?」

 イタチは「ああ。今な…」と答えてゆっくりと体を起こした。

 背に手を添えて支え、水蓮はイタチに水を渡した。

 一口含んで息をつき、イタチはあたりを見回す。

 「ここは…」

 「大蛇丸のアジト。前にサスケと一緒に」

 言葉半ばにイタチは「あの時の」と思い当たる。

 「そうか」

 つぶやくその顔色は白く、熱のせいか頬だけが薄赤く染まっている。

 水蓮はそっと手を取りチャクラを流し込んだ。

 熱が下げられるわけではない。

 それでも体力だけでもと、回復の力を注ぐ。

 が、イタチがその手を外して小さく笑んだ。

 「いい。チャクラを残しておいてくれ」

 気になる言い回しだった。

 「何をするつもりなの?」

 策を含ませた言葉に水蓮は思わず問う。

 イタチはじっと水蓮を見つめて口を開いた。

 「うずまきナルトに接触したい」

 「え?」

 

 ドクン…と鼓動が大きく波打った。

 

 

 そうか。ここでナルトに…。

 

 思い出されたのは、サスケとの戦いの前にイタチがナルトに接触していた場面。

 それは水蓮が待っていた機でもあった。

 

 なかなかその場面に触れられず、知らぬ間に過ぎていたのだろうかとも思っていた。

 だがそれが今なのだと知り、水蓮は安堵した。

 「会ってどうするの?」

 自分の知る記憶の中でもその内容は明確にはなっていないため、水蓮はイタチに尋ねた。

 「これだ…」

 イタチは静かに集中して瞳の模様を変えた。

 チャクラが蠢き、すっと掲げたイタチの手に一羽のカラスが姿を現す。

 その目を見て水蓮が息を飲んだ。

 イタチとは少し違う赤に映える黒い手裏剣のような模様。

 「この目…」

 「シスイの瞳だ」

 言葉に合わせてカラスがすうぅ…ッと消える。

 「この瞳をナルトに託す」

 「ナルトに?」

 イタチはゆっくりとうなづいた。

 「この瞳には強力な幻術が宿っている。以前お前にも話しただろう?」

 うちはのクーデターを止めるために使われるはずであった幻術。

 【別天神】(ことあまつかみ)

 水蓮はうなづきで答える。

 「この術を、シスイの瞳をどう使うべきか、オレはずっと悩んできた。どうすればあいつの想いに報いることができるのかと。だが、やっとわかった。自来也様の言葉で答えを見つけた」

 

 『里を頼む』

 

 イタチに残された言葉が優しい声と共に脳裏によみがえる。

 

 「里のために、ナルトに託す」

 

 穏やかな笑みが浮かんでいた。

 そこから里を想う気持ちがあふれ伝わってくる…。

 

 

 この人は、どこまでも、どこまでも里のために。

 

 

 つ…と、涙が零れ落ちた。

 水蓮の瞳から。そしてイタチの瞳から。

 

 

 「オレが里のためにできる最後の事だ」

 

 「…………」

 

 何を言えばいいのか分からなかった。

 だけど何をすればいいのかは分かる。

 水蓮は静かにうなづいてイタチの涙を拭った。

 

 「任せて」

 

 強い瞳でそう伝えた。

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