「おそらく夜は動かないだろう」
イタチは静かにそう言った。
「オレや鬼鮫との戦闘も視野に入れて、隊は1小隊ではないはずだ」
チームワークの良いスリーマンセルが2チーム。
それぞれにつく上忍が二人。
多少編成の違いがあっても、最低でも8人だと。
頭の中でメンバーを思い出してその数がぴたりとはまることに水蓮は驚きながらもうなづいた。
「その人数だと闇の中で攻撃を受けたとき全員の位置を把握しずらい。動くのはおそらく夜明け前だ」
それに合わせてこちらも動くと、イタチはそう言って深い息を吐き出した。
まだ下がらぬ熱が、負担を与えているようであった。
「ナルトは多重影分身の術を使える。おそらくそれでオレとサスケを探すだろう。だがナルトにあれを託すには、本体に接触する必要がある」
イタチは「できるな?」と、熱に揺れる瞳でまっすぐに水蓮を見つめて言った。
「大丈夫」
その力は十分につけた。
それはもとよりこの時の為にと身に着けた力。
サスケとの終焉間近、イタチがナルトと接触していた事を水蓮は覚えていた。
タイミングから見てかなり重要な内容。
それならばイタチは影分身よりも本体に接触しようとするはず…。
そう考えて、そのために力になりたいと水蓮はその力を磨いてきたのだ。
少しでもイタチの負担を減らせるように。
それがようやく発揮できることに、緊張と士気が混じりながら高まって行く。
「本体を見つけたら足止めして、この巻物を開け」
手渡された巻物には複雑なチャクラの流れを感じる。
「これは?」
「開くと同時にオレがそこへ飛べる仕組みになっている」
「わかった」
うなづき、中忍試験の様子が思い出された。
2次試験に合格したナルトたちの巻物からイルカが現れた光景。
あれと同じ仕組みなのだろう。
イタチにしては回りくどいやり方だと思った。
行動を共にし、ナルトに接触すればいい。
だがそれができないのだ。
必要最低限の動きしか、もう…。
水蓮は巻物をぎゅっと握りしめて強くうなづいた。
「私に任せて。イタチはもう横になって休んで。何か動きがあったら起こすから」
イタチは素直にそれに従い目を閉じた。
すぐに寝息が聞こえてきた。
少し苦しそうな呼吸。
和らぐようにと、水蓮はゆっくりとしたしぐさでイタチの髪を撫でた。
ふと、枕元に置いたイタチの額あてが目に入る。
里のために…
イタチはその想いでずっと戦ってきた。
里を守り、変えてゆくことが平和につながると。
「里…」
それはいったい何なのだろうか。
生まれた場所。過ごした場所。生きた場所。守るべき場所。
水蓮は自身が生まれ育った世界を、町を思い出す。
自分にとってのその場所は、確かに大切な物で思い出もたくさんある。
その場所がこの世界のように争い耐えない環境であったなら、自分はどうするだろうか。
イタチと同じように生きることができるだろうか。
そこにどんな信念を持って、誰のために戦うだろうか。
その町を救うために、守るために、家族や友達を殺せるだろうか。
できない…
平和と呼べる世界に生まれ育った自分には、きっとできないだろう…
その上たった一人残った身内に恨まれ、憎まれ、殺される。
そんな事に耐えられるはずもない。
だけど、もしそれがイタチの為だったら…
イタチが生きるために、幸せになるためになら…
イタチのした全てを同じようにはできなくとも、そのためならイタチに恨まれても憎まれても構わないと、そう思える。
この世のすべての闇を引き受けても、この人が生きていてくれるのなら耐えられる。
そのために自分が死ぬことなどたやすいことだと、そう思える。
守りたいと、そう思える。
イタチもきっとそうなのだ。
だからそうしたのだ。
自分がイタチを想う気持ちと同じ…。いやそれ以上の気持ちでサスケを愛しているからできたのだ。
どんなに苦しくても、その身が、心がぼろぼろになっても、それでも愛する者のために生きて、死ぬ。
きっとイタチの中でそれが自分の人生の完成なのだろう。
それを目前にして、恐れよりも安堵を感じているかもしれない。
ようやく…と。
イタチにとって、最期のあの瞬間が最も幸せな瞬間なのだろう。
『これで最後だ』と伝えたときの笑顔。
それこそがその証拠。
あの笑顔にそれを感じたからこそ水蓮は支えようと決めたのだ。
イタチの幸せのためにと。
「でも…」
眠るイタチの衣をぎゅっと握りしめ、顔をうずめる。
こんなにもそばでこぼれた言葉に、イタチは少しも気づかない。
静かな空間にイタチの苦しげな呼吸が響く。
「イタチ…」
名を呼ぶ声にも、気づかない。
状況も、イタチの命ももう最期へと向かって動き出している。
そのためにここまで来たのだと、どんなに自分に言い聞かせても…
それがイタチの望む幸せなのだと、どんなにそう繰り返しても…
幾重に覚悟を重ねても…
…やだよ…
その言葉を必死の想いで飲み込んだ。
「…っ…」
それが零れ落ちないように手で口元を抑え込む。
あふれ出る涙。手の震え。こらえきれない嗚咽…
だがやはりそのどれにも、イタチは気づかず眠り続けた…
翌朝。
日が昇る少し前から水蓮は地下から出て、広い範囲に感知をめぐらせナルトの気配を探っていた。
しかし昼を前にしても感知できず、それを聞いたイタチはしばし考え込んで八雲を口寄せした。
現れた八雲はいつもイタチが使うカラスよりもずいぶん小さく、遠目に見れば色の良いインコのようであった。
「これでもやはり目立つか…」
小さいものの派手な色合い。
使うには目立ちそうだと思案したイタチの様子に、八雲は小さく鳴いた。
その声と共に八雲の体の色が変わりだし、ふるり…と体を振ったのを終わりに、薄い緑色の鳥へと姿を移した。
「便利だな。お前」
イタチが小さく笑いながら八雲を撫でると、八雲は嬉しそうにその指に体を摺り寄せた。
「八雲、鳥やほかの動物から情報を収集してきてくれ」
八雲はイタチの命を聞き、すぐに外へと向かって羽ばたいて行った。
「この辺りはカラスが少ないからな…。もし隊にカカシさんがいたら感づかれるかもしれない。あいつがいてよかった」
イタチは八雲の飛び去ったほうを見つめて少し深い息をついた。
熱はまだ下がらない…
体調が不安なうえに、早くしなければ鬼鮫が戻ってきてしまう。
早く見つけないと…
水蓮の胸中には焦りが渦巻いていた。
「焦るな」
イタチの手が水蓮の髪を撫でた。
「焦らなくていい。もしこれが成すべき事なら、必ず成せる」
イタチは「そうだろ?」と柔らかく笑った。
水蓮はただ黙ってうなづいた。
地下に戻るとイタチはまたすぐに眠った。
ほんの少しでもと体力を温存しようとする今までにない行動。
それは水蓮に言いしれぬ恐怖を与えた。
「大丈夫…」
何に対してなのか。自分に必死にそう言い聞かせる。
「大丈夫」
繰り返しつぶやきながらイタチの額に濡らしたタオルを乗せる。
その手は昨夜からずっと震えが止まらぬままであった…
この日、結局ナルトの気配を感知することはできず、夕方になって戻った八雲から受け取った情報によると、木の葉の隊はまだ少し離れた場所にいるようであった。
隊の編成はやはり原作の通りで、八雲の見た物をそのまま受け取ったイタチはその動きを分析するためにしばらく考え込んだ。
割り出された予測は、明日の午前中には近くに来るだろうという物だった。
「まぁそれでも、こちらに向かって真っすぐにくれば、だがな」
苦い笑いを浮かべたイタチの言葉に水蓮は考え込む。
原作でナルトとイタチが無事に接触できているものの、間違いなくそうなるかどうかはやはり不安がある。
確実に、最短距離でナルトをここまで導くことができれば…
そこまで考えて水蓮はハッとする。
「そうか…忍犬」
つぶやかれた言葉に今度はイタチがハッとする。
「そうか」
顔を合わせてうなづき合う。
それに隊にはキバがいたはずだ。
それをうまく利用すれば…
水蓮はクナイを取り出し、イタチが寝ていたソファの生地を切り取った。
このソファは以前サスケが寝ていたもの…。
これに残るサスケの匂いを感じ取ってくれれば、ナルトたちの動きを誘導できるかもしれない…。
水蓮は切り取った生地を八雲の足にくくりつけた。
「八雲、木の葉の隊を、ナルトをこっちの方角に導いて。影分身でも構わないから」
もしも八雲が導いたナルトが影分身なら、イタチかサスケの名を出してうまく本体を誘い出せばいい。
同じように考えたのか、イタチも八雲にうなづきを見せる。
その姿を目に留めて、八雲は小さく鳴いて外へと向かって羽ばたいた。
見送るイタチの瞳には、少しの不安も見えなかった。
まるでこの先を知っているかのように、落ち着いた空気を身にまとっている。
聞かないの?
口にしかけてその言葉を飲み込んだ。
この先を知っているのかどうか…
イタチは何も聞かない。
今までもそうであった。
それは、自分自身を信じているから…
何があってもやり遂げてみせると、深く心に誓っているから…
そう。
イタチならきっと何も聞かずとも、何も知らずとも必ず…
水蓮はただ静かにイタチを見つめた。
その視線に気づき、イタチも水蓮を見つめ返し…
聞かないのか?
その言葉を同じように飲み込んだ。
この先を知りたくないのかと、そう聞かないのかと、心で問いかける。
水蓮はおそらく自分が考える以上の事を知っているのだろう…
おそらく今回の木の葉の隊の編成も。
その態度からイタチは間違いなくナルトがいることを知り、自分の策が間違えていないと確信することができたのだ。
だが水蓮は決して言葉にはしない。
今も、そして今までも…
それは自分の事を信じてくれているから…
合わせた視線がそれを伝えてくる。
あなたならできると。
知らず手をつなぎ合わせていた。
…信じているから…
何も言わない…
何も聞かない…
ただ前に進もう…
一緒に
止まらぬままであった水蓮の手の震えが、静かな波の引きのように消えて行った。