いつの日か…   作:かなで☆

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第百四一章【想い。役目】

 静かに、ゆっくりと、水蓮はイタチとの出会い、そして共に過ごした3年間を伝えた、

 

 

 それらを話し終えた後には長い沈黙が落ちた。

 その静けさの中には、異なる世界から来たという事への戸惑いがもっとも色濃く感じられた。

 

 「別の世界か」

 

 沈黙を破ったのはカカシであった。

 「流星群が時空をつなぎ、ここへ来た」

 水蓮はうなづきで答える。

 「確かに、年に一度多くの星が流れる」

 今日はそれを見ようとこの面子を呼び出したのだとカカシはそう言った。

 

 「どう思う?サスケ」

 問われてサスケは一度水蓮に視線を向け、静かにカカシに答えた。

 「ありえない事ではないだろうな。今夜のように空に変化があるときは時空にゆがみが生じやすいし、そうでなくとも世界にはオレが行き来するような異空間がいくつもある。中には人が存在しているような空間があるかもしれない。それに…」

 サスケは今度はナルトとサクラに目を向けた。

 視線を受け二人がうなづく。

 「マダラによるものであったとは言え、私とナルトは一度別の世界へ行ったことがあります」

 「あれがどういう物だったのかわかんねぇけど、皆本当に普通に過ごしてた。全く違う世界だけど、オレ達と同じように生きてたんだってばよ」

 カカシはそれぞれの言葉を聞き、一つ息を吐いて考え込んだ。

 そんなカカシにサスケが言葉を投げた。

 「カカシ…。あんた知っていたのか?」

 

 水蓮が二つの名を持っている事。そのうちの一つをイタチから授かった事。

 先ほどの水蓮とのやり取りを見るに、カカシはその事を知っていた様子であった。

 サスケと同様にそう感じていた水蓮も、カカシを無言のまま見つめて答えを待った。

 カカシはそんな二人に小さく笑った。

 「んー。知っていたと言うか。しらされていたと言うべきか…。まぁ、見てみろ」

 懐から巻物を取り出し、カカシがサスケに手渡す。

 「これは…」

 静かに巻物を開き、サスケが息を飲んだ。

 「イタチの字」

 グッと巻物を持つ手に力が入った。

 「それに、ここに書かれているのは…」

 「そ。お前の任務に関係している事だ」

 カカシのその言葉に、サスケは無言を返してただ巻物を、イタチの字を見つめた。

 

 火影室に再び沈黙が落ちる。

 

 その静けさに耐えかねて、ナルトが声を上げた。

 

 「どういう事だってばよ」

 

 首を傾げたその動きに、金色の髪が揺れた。

 

 

 

 忍界大戦が終わり、カカシが六代目火影に就任して数日後、その巻物が届いたのだとカカシは語った。

 

 差出人が記されておらず、怪しまれた。それでも自分にはすぐに分かったのだという。

 巻物がイタチからの物だと。

 

 「その巻物には封印が施されていた。少し珍しい種類の物でね、かつてオレがイタチに教えたものだ」

 火影の椅子に座り、カカシは巻物を懐かしげなまなざしで見つめた。

 「暗部時代、決してほかの者に知られてはならない情報のやり取りの為、オレが教えた。イタチ以外に教えたことはない」

 だから分かったのだとカカシはそう言ってサスケから巻物を受け取った。

 「これには幾人もの名前が記されている」

 「名前?」

 水蓮のつぶやきにカカシはうなづく。

 「ここに書かれている人物が木の葉に救いを求めてきた際には、協力を願うとの言葉を添えてね」

 「…っ!」

 息を飲んだのは水蓮だけではなかった。サスケもまた驚きカカシを見た。

 カカシは二人にうなづいて答え、言葉を続けた。

 「これは、イタチの嘆願書だ。オレはそれを叶えるために、ここに書かれている人物をサスケに探させていたんだ。内容は伝えてはいなかったけどね」

 「なぜ言わなかったんだ」

 少し声を荒げたサスケに、カカシは静かに返した。

 「イタチという先入観を持たず、お前自身の眼で見たその人物を知りたかった。木の葉にとって害を成さぬか。不安要素がないか。それを見極めるためだ」

 イタチの真実を知っているとはいえ、イタチの嘆願を無条件に受ける事はできない。

 里を守るためであったとカカシはそう言った。

 サスケはどこか不満げではあったが、それでも納得したのか何も返さなかった。

 その様子にカカシは小さく笑い、水蓮に目を向けた。

 「君の知る名もあるんじゃないかな」

 差し出されて、水蓮は少し戸惑いながらも巻物を手に取り広げる。

 「…………」

 懐かしいイタチの字に、手が震えた。

 書かれていたのは…

 

 【つむぎ榴輝】五良町

 【天羽弓月】夢隠の里

 【カロン】花橘町

 

 「…っ」

 

 涙がこぼれた。

 

 良く知る名はそれだけではなかった。

 かつて自分が薬草について教えた【イナホ】

 サソリが残した薬屋の【ハルカ】

 

 他にも共に過ごした中で関わった人物の名がいくつも記されていた。

 

 「オレにこれが送られてきたという事は、オレがイタチの真実を知っているという事を知っていたという事だ」

 「という事は、イタチが穢土転生されて昇華するまでの間か」

 カカシとサスケの話に、水蓮はその流れを思い出す。

 

 おそらくカブトとの戦いの前。

 

 あの緊迫した状況で、イタチはこれを書き残したのだ。

 

 「イタチ…」

 

 どこまでも、誰かのために生きるその想いに、水蓮の胸の奥が切なさに締め付けられた。

 

 優しく微笑むイタチを思い出しながら、再び巻物に視線を落とす。

 ゆっくりと懐かしい文字に目を通し、読み終え、瞳が疑問に揺れた。

 

 どこにも自分の名は記されていなかったのだ。

 

 「どうして…」

 カカシは自分の事を知っていたのだろうか。

 水蓮はその問いを浮かべてカカシを見つめた。

 「君の事に関しては別の巻物に書かれていたんだ。確認したのち、すぐに処分してほしいとの記述があってね…」

 読み終えてすぐに燃やしたのだとカカシはそう言った。

 「そこに書かれていたんだよ。香音と水蓮。二つの名を持つ者がいずれ木の葉を訪れ来たなら、里に受け入れてほしいと」

 「………」

 「君と、その子供を守ってほしいと」

 「………っ」

 傍らに置いたベビーカーで静かな寝息を立てる子供たちに目を向ける。

 涙で滲んだ視界の先。

 イタチによく似た二人がどこか嬉しそうに笑った。

 

 何を想い、どんな気持ちでイタチはそれをしたためたのか。

 

 あまりにも、悲しかった…

 

 流しても流しても絶えぬ涙が、はらはらと落ちた。

 

 「姉ちゃん大丈夫か…」

 「あの、これを…」

 肩にナルトの手が置かれ、サクラがハンカチを差し出す。

 その様子を見て、声が一つ上がった。

 

 「ちょっといいっすか…」

 

 今までただ黙って話を聞いていたシカマルであった。

 皆の視線がそちらに向けられる。

 シカマルは頭をかきながら息を吐き出した。

 

 「うちはイタチが『そういう事であった』という事も今の今まで知らなかったし、他の世界から来た人間なんて言う話もそうそう信じられる事じゃない。だけど…」

 カカシに向き直り、シカマルは厳しい表情で言葉を続けた。

 「今重要なのはうちはイタチのその事でもなければ、この人物がどこから来たのか…でもない」

 シカマルは水蓮をちらりと見やり、再びカカシに向き直った。

 「今ここにいる水蓮と名乗るこの人物が、うちはイタチの言う水蓮と本当に同一人物なのかどうか。それが重要事項ではないかと思います」

 その言葉にカカシは「そうだな」と、うなづいた。

 「いや、でもよ。確かにこの人は前にイタチと一緒にいた人だってばよ」

 「変化している可能性もある」

 ぴしゃりと言い放ったシカマルの言葉に、ナルトは何かを言い返そうとしたが、カカシの言葉に遮られた。

 「確かにその通りだ。イタチの言う『水蓮』の記憶を幻術で読み取り、変化してここにいる可能性もある。そうそう簡単に信じる事はできない。まぁ、君の様子を見ていると、疑いたくはないんだけどね。確たる証拠が必要だ。我々は里を守らねばならないからね」

 「はい」

 水蓮はそう答えて涙を拭った。

 巻物をカカシに返し、一つ静かに呼吸をする。

 何をすればいいのかは分かっている。

 その様子にカカシはうなづいた。

 「君が本当にイタチの言う水蓮ならば、君は持っているはずだ。ナルト以外に持ちえない物を」

 「へ?」

 突然名が上がり、ナルトが気の抜けた声を上げた。

 水蓮は戸惑うナルトに笑みを向けてカカシに向き直る。

 「今ここで見せてもらえるかな」

 佇まいを直し、カカシが水蓮を見つめる。

 「はい」

 キレよくそう返し、水蓮は目を閉じて力を練り上げた。

 体の奥深くに揺らぐ大きな力。

 それはオレンジ色の光を放ち、水蓮の体からあふれ出た。

 「な!」

 「これってば!」

 シカマルとナルトが声を上げ、サスケとサクラが目を見開いて息を飲んだ。

 戸惑いと驚きが入り混じる火影室の中、カカシだけが落ち着いた様子で静かに微笑んだ。

 その表情に、水蓮は力を収める。

 「ナルト。どうだ?」

 「どうって…」

 カカシに問われ、ナルトは戸惑いおさまらぬまま水蓮を見つめて答えた。

 「今のは九喇嘛のチャクラだってばよ」

 「そうか」

 大きく一つうなづき、カカシは水蓮に視線を向けた。

 「どうやら、君は間違いなく水蓮のようだね」

 「はい」

 そう答えた水蓮の隣で、ナルトが声を上げた。

 「一体どういう事だってばよ」

 困惑の言葉に、水蓮は静かに答える。

 「ナルト。あなたにこの力を渡すのが、私の受けた役目なの」

 

 

 胸の奥で、九尾のチャクラがふわりと静かに揺れた。

 

 「役目って…」

 困惑した表情のナルトに、水蓮は母が九喇嘛のチャクラをその身に封印し、それを自分が受け継いだ流れを説明した。

 「母ちゃん以外に九喇嘛のチャクラを封印できる人がいたなんて」

 驚きの色を交えてそう言ったナルトの言葉をカカシが引き継ぐ。

 「かなりの実力者。それに、血筋もそれ相応の物だろう」

 カカシの言葉に水蓮は一瞬戸惑ったが、それに答えた。

 「私の祖母はうずまきミト。祖父は千手柱間です」

 「なっ!」

 その場にいる皆の声が重なる。

 さすがのカカシも同じく声を上げて固まった。

 

 

 

 千手柱間とうずまきミトの間に生まれた母【楓】が九喇嘛のチャクラをその身に封印し、後に自身がそれを引き継ぎ今この場にいる。

 

 その流れを改めて話し終え、驚き戸惑いながらも皆がその話を受け止めた頃。

 空は静かに白みはじめていた。

 

 「ナルト。あなたに九喇嘛のチャクラを返します」

 

 静かに差し出した水蓮の手を、ナルトは取ることができず戸惑う。

 「でも、そんなことしたら姉ちゃんが…」

 「大丈夫」

 ニコリと笑い、水蓮はナルトに歩み寄る。

 「私は人柱力なわけではないから、それで死んだりはしない」

 戸惑ったままのナルトの手を取り、水蓮は優しく包み込む。

 「だから、心配しないで」

 ナルトはしばし考え、「わかった」と一言そう答えた。

 

 母から伝え残された印を組み、自身の中にとどめていた九尾のチャクラを解放する。

 再びナルトの手を取ると、水蓮の体からオレンジ色の光が溢れ、それはまるで吸い寄せられるかのように、ナルトの中へと導かれていった。

 

 


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