その身に預かり受けた九尾のチャクラをナルトにすべて渡し終え、水蓮は一つ息をついた。
長い年月を経て、母が、一族が守り抜いてきた役目を果たせたことに、心が安堵に満ちていく。
「なんか、すげぇあったかいってばよ」
すべての光をその身に収め、ナルトがつぶやいた。
「すげぇ優しいチャクラだ」
「そのチャクラはイタチを何度も救ってくれた。あの人の命を…心を救ってくれた」
水蓮はナルトの手をぎゅっと握りしめて微笑んだ。
「ありがとう。本当にありがとう」
ナルトが強く手を握り返し、太陽のように眩しい笑顔を浮かべてうなづいた。
「ちゃんと九喇嘛に届いたってばよ」
「うん」
ナルトは「おう」と一層明るく笑って返し、カカシに向き直った。
「カカシ先生。水蓮の姉ちゃんの話は全部本当だってばよ。姉ちゃんからもらったチャクラが、九喇嘛のチャクラが全部教えてくれた。見せてくれたってばよ」
「そうか」
カカシは大きく一つ呼吸をし、「わかった」と笑みを見せ、すぐに真剣なまなざしを浮かべた。
「今後の君たちの事を考えねばならないね」
ドクン…と、水蓮の鼓動が波打った。
その音鳴りをなんとか必死におさえようと胸元を強く握りしめる。
大きな脈打ちが手を震えさせた…
「火影様…」
声さえも震える
「お願いがあります」
静かにそう言い、水蓮はその場に膝をついて頭を下げた。
「いかなる理由があったとしても、私は暁に身を置き、その活動の中で動いた人間です。どんな処罰も覚悟しています」
その手で人を殺めた事はなくとも、関わってきた事実は消せない。
消えない…
償うなどと言う言葉ではおさまらないだろう。
それでも償わなければならない。
そう思っての言葉であった。
「ちょ!ちょっと待ってくれってばよ!」
ナルトが真っ先に声を上げた。
「水蓮の姉ちゃんはイタチのために暁にいたんだろ?それに、イタチは里のために…」
「それでも」
擁護するナルトを遮り、水蓮は声を上げた。
「それでも、私が許されるわけにはいかない」
「でも…」
「だけど…」
ギュッとこぶしを握りしめる。
「だけど、どうかお願いします。子供たちは…子供たちだけは、この里で健やかに暮らすことを、木の葉の里で生きてゆく事をお許しください。そしてもし、もしも許されるなら、子供たちが大きくなるまでは、そばにいさせてください。その後の処罰は如何なる物をも受ける覚悟です。だから、どうか…どうか…」
さらに深く頭を下げ、水蓮は「お願いします」と、声を震わせた。
そこには幾度目かの沈黙が落ち、その静寂の中にカカシの深いため息が流れた。
「困ったな…」
ビクリ…と水蓮の体が揺れた。
「カカシ先生!」
やはりナルトが非難の声を上げ、カカシに詰め寄る。
「ナルト!落ち着きなさい」
「判断するのは六代目だ」
サクラとシカマルが興奮するナルトを抑えて止めた。
「でもよ!そんなのおかしいってばよ!」
「いいの…」
シカマルの腕を押しのけ、なおもカカシに詰め寄ろうとするナルトを水蓮が止めた。
「私はいいの」
「いいわけないってばよ!」
「そうだな」
ナルトの声に言葉を重ねたのは、カカシであった。
「カカシ先生?」
「ナルト。お前の言うとおりだ。それでいいわけがない」
全ての視線がカカシに集まる中、カカシは静かな声を水蓮に向けた。
「君を処罰するわけにはいかない」
「でも…」
「なぜなら」
水蓮の言葉を遮り、カカシがフッと笑う。
「君を罰してしまうと、もう一人処罰しなければならない人物が出てくるんだよ」
カカシが視線を向けた先…
サスケが気まずそうに顔をそむけた。
「そいつは明確な悪意を持って暁に身を置いたやつでね。それでも何とかして恩赦を取りつけたんだ。だから、すまないけど君への処罰は諦めてくれないかな」
カカシは「ようやく落ち着きだしたところなんだよ」と、さらに笑みを重ねて言葉を続けた。
「それに君はナルトの言うように、里のために戦ったイタチを支えた。共に歩み、共に耐え忍び生きた。君はもう立派な木の葉の忍だ」
「……っ」
木の葉の額あてをつけたイタチの姿が脳裏に浮かんだ。
優しく笑うイタチの顔が…。
水蓮はこぼれそうな涙を必死にこらえて、ゆっくりと頭を下げた。
「ありがとうございます」
ぽん。と、カカシの大きな手が水蓮の頭に乗せられ、その温かさに心がつつまれていくようであった。
「まぁ、これからの事はいろいろ大変だろうけど、できうる限り力にならせてもらうよ。まずは、暮らせる場所を用意しよう」
カカシはそう言って立ち上がり、シカマルに手配を言い渡す。
一言二言の交わしで内容を取り決め、シカマルが姿を消すと、カカシが今度は子供たちに歩み寄った。
「双子かな」
「はい」
差し込み始めた朝の光が子供たちを優しく照らし、風が小さな命を愛でるように吹き流れた。
「この子たちは、イタチの子です」
もうだれも驚かなかった。
「名前は…」
サスケが静かに問いかけた。
水蓮はサスケに笑顔を向けて答えた。
「ナギと、ナミ」
心の中に、優しく穏やかに微笑むイタチの姿が再び浮かんだ…
夜が明けて、木の葉の里は朝を迎えた。
地平線から日の光が広がり、里を照らしてゆく。
揚々と伸びた緑の葉が光りに輝き、まばゆく。そして優しく。
「きれい…」
その光景に水蓮はつぶやき、涙をこぼした。
「ここからが一番よく見えるんだってばよ」
隣に並び立ち、ナルトが笑った。
「うん。よく見える」
かつてイタチの夢の中で見た場所。
イタチが火影の姿で立っていたそこに、水蓮は子供たちと共にいた。
木の葉の里にたどり着くことができたら、必ず来たいと思っていた場所であった。
イタチはきっとここからの景色が一番好きだったのだろうと、そう思えた。
この場所に吹く風の中に、イタチの存在を強く感じる。
里を愛したイタチの想いが、ひしひしと伝わってくる。
「もう一度見せてやりたかった…」
カカシが子供たちの隣に立ち、日の光を受けて輝く里を悲しげな瞳で見つめた。
その隣にサスケが無言で並び立ち、寄り添うようにサクラが身を寄せた。
…今ここにイタチがいたら…
誰もがそう思っているだろう。
この美しい里をこの場所から見る事が出来たらと。
もしそうできたなら、イタチは何を思うだろう。
子供の頃の思い出だろうか
サスケやシスイとの日々だろうか
家族の事だろうか
それらを思い出して、一族を殺めた罪に苦しむだろうか…
そう考えて水蓮は思う。
そのすべてを受け止め、向き合い、苦しみ、悲しみ、涙を流すだろう。
だけれども、最もイタチの心の中にあるのは、里への愛だろう。
里への想い溢れる優しい瞳で、この景色を見つめるだろう。
もしもここにいたなら…
……違う……
考えて思う。
「イタチは…」
絶えず吹き流れる優しい風に、水蓮が言葉を乗せた。
「イタチは今この景色を見ています。この里をここから見ている」
皆が水蓮を見つめた。
より強くなった日の光のまぶしさに子供たちが目を覚まし、その目に木の葉の里を映し見た。
「あの人は。イタチは私たちの中にいます」
たとえ姿はなくとも、その存在は、想いはここにある。
いつでも離れずそばにいる。
自分と子供たちの命と共に生きているのだ。
これからもずっと、イタチは里と共に在る…
「ちゃんとここにいます」
これからもずっと、共に生きてゆく…
未来を描き、水蓮は子供たちを見つめて笑んだ。
母の笑顔に子供たちも笑った。
「そうか。そうだな」
カカシが身をかがめ、子供たちの髪を撫でた。
「よく戻ってきてくれた」
その言葉に答えるように、ナギとナミが嬉しそうな声を上げた。
「ありがとう」
カカシはそっと二人の頬を撫でて静かに立ち上がり、少し距離を取り姿勢を正して水蓮たちを見つめた。
「…?」
突然のカカシの行動に水蓮が少し首をかしげると、サスケが静かにベビーカーをカカシに向けた。
「…え?」
疑問に声を上げると、サスケもまたカカシに並び、ナルトとサクラも同じく身を並べた。
朝の静けさの中に、カカシが声を響かせた。
「うちはイタチ」
トクン。と、胸の中で鼓動が揺れ、その波打ちにカカシの声が重なった。
「任務ご苦労であった」
静かな言葉と共に、カカシが目を閉じて頭を下げた。
続いてナルト、サクラ、そしてサスケが同じく頭を下げる。
「……っ」
溢れた涙が風に舞う。
それは光りながら里の景色の中に溶けた。
「…はい…」
涙にとぎれる声を必死に繋ぎ止め、水蓮は答えた。
まっすぐに前を見つめ、しっかりとした声で。
「ただいま帰りました」
静かに頭を下げる。
やはり優しい風が吹いた。
すぐ隣にイタチの存在を感じた。
今この時、この瞬間。
うちはイタチは、木の葉の里に帰りついた…