いつの日か…   作:かなで☆

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最終章  【忘れない】

 木の葉の里は今日も美しく、静かに時間を刻んでゆく。

 朝の光が里を照らし、輝かせ。一人、また一人と一日の始まりに目を覚ます。

 

 幾度この朝をこの里で迎えただろう。

 

 窓から差し込む日の光に目を細め、水蓮は里の景色を見つめた。

 

 幾年かを過ごした今も、当たり前のようにこの場所で目覚めをむかえる事への幸せは尽きない。

 

 イタチが生まれ、育ち、守り抜いたこの里で生きる。

 その事が消える事のない寂しさに負けそうな心を支えた。

 

 

 子供たちは健やかに育ち、その存在ももちろん大きな支えとなった。

 

 だがこの里で暮らすにあたって、最も大きな問題はその子供たちでもあった。

 

 将来写輪眼を開眼するかどうかは分からない。

 それでも、イタチの子であるならばその可能性は決して低い物ではない。

 そうなった時に、いったい誰の子とするのか。

 サスケ以外に生き残りはいないと思われているうちは一族の血を持つ子供。

 いまだ五影会談を襲撃したサスケへの警戒解けきらぬ者もいる中、サスケの子と思われては、子供たちが生きづらいであろうとの意見が出された。

 他にも、イタチの面影を見つけ、詮索し、動揺する者が現れるかもしれないとの声も上がり、様々な事を懸念した結果、誰の子とするかを取り決めておいた方が良いであろうというのが里の上層部の考えであった。

 

 

 話し合いの末里が下した答え。

 

 

 それは、うちはシスイの子として育てる。という物であった。

 

 命途絶えたと思われていたうちはシスイ。

 だが一命を取り留め、水蓮と出会い子をなした。

 そのようにして生き、子供たちを育てる。

 

 それがこの里で生きる条件とされた。

 

 

 話し合いの場にはもちろん水蓮も同席し、その言い渡しをただ静かに受け入れた。

 

 子供たちにイタチの事を話すことはできないであろう。

 もしかしたら遠い未来に話せる時が来るかもしれない。だが確かではない。

 それにイタチはそれを望んではいないであろう。

 

 ただ静かに幸せに、子供たちが生きてゆく事を望んでいるはずなのだ。

 

 この里で。

 

 そのために必要なのであれば如何なる物をも受け入れる。

 

 それが水蓮の覚悟であった。

 

 

 『うちはシスイは、里のために尽くし生きた人物として周知されている』

 

 決定が下された時にカカシがそう言った。

 

 『その子供であるならば、皆に受け入れられる。里で静かに生きてゆけるだろう』

 

 優しい声でそう言った。

 

 それでも最後にどこか悔しそうに『すまない』と、そう言った。

 

 

 ナルトはこの事を聞き、納得いかぬ様子でカカシに詰め寄っていた。

 それでもイタチの真実を話す訳にはいかないという事も、イタチがそれを望んでいないことも、イタチの子と知れれば子供たちが生きにくいという事も分かるがゆえに、最後には何も言えず口をつぐんだ。

 

 サスケはただ一言「それがいいだろう」と、そう言ったのみであった。

 

 

 子供たちの事だけではなく、水蓮にはいくつかの条件が課せられた。

 イタチを支えたとはいえ、暁に身を置き生きた事実を里の上層部が危険視したためであった。

 

 うちはイタチは木の葉の忍び。

 だが水蓮は、里にとっては【暁】の水蓮なのだ。

 

 出された条件の中でも重要とされたのは、暗部による生活の監視と忍術の禁止。

 

 『よし』との判断が下されるまでそれは続くこととなった。

 

 その二つが解かれたのは、つい先日の事であった。

 それゆえ、今朝は里に来て初めて監視のない朝。

 

 殊更清々しく感じられた。

 

 「おはよう」

 

 呼ぶことのできない名を心でつぶやき、その存在に笑顔を向ける。

 そうして水蓮の一日が始まった。

 

 

 「よし!」と一つ気合を入れて、壁にかけたエプロンを取り身に着ける。

 その布からふわりと優しい香りがたった。

 

 砂糖とバターの甘い香り。

 

 水蓮の生活に染みついたそれは、焼き菓子の香りであった。

 

 いつか里で自分の作ったケーキやお菓子を売る店が持てれば…と、そう思い常に作り続けてきたが故の物であった。

 感覚が鈍らぬよう毎朝作る焼き菓子。

 その匂いが家の中に立ち込める頃には、子供たちがつられるように起きてくる。

 そしてもう一人。甘い菓子を目当てによく訪れてくる人物がいた。

 今日はその人物の好きな菓子にしようか…。そんな事を考えながら準備を進める。

 だがその手がふいに止まった。

 こちらに向かってくる気配をひとつ捕えたのだ。

 それは今まさに脳裏に浮かんでいた人物ではあるが、いつもの時間よりもずいぶんと早い。

 一瞬の疑問。しかしすぐに思い当り、慌ててドアを開けるとそこには息を切らし、肩を揺らすナルトがいた。

 「おはようナルト」

 「おはようだってばよ」

 返して大きく息を吐き出し、乱れた呼吸をゆっくりと整え、ナルトは「へへ」と嬉しそうに、恥ずかしそうに笑みを浮かべた。

 幸せが溢れて零れ落ちてきそうな笑顔。

 ナルトはもう一度大きく呼吸をしてから水蓮に言った。

 

 「生まれたってばよ」

 

 目じりには涙が少しにじんでいた。

 

 「元気な男の子だ」

 

 美しい金色の髪が朝日を受けて輝いた。

 

 「名前はボルト。うずまきボルトだってばよ」

 

 この世界は、また一つ新たな未来への始まりを見つけた。

 

 その事に、ナルトだけではなく水蓮の心も喜びに満ちた。

 「おめでとう。本当におめでとう」

 ナルトはまた照れた笑いをこぼした。

 

 新しい命の誕生。この時に、水蓮は一つ心に決めた。

 

 きっと今がその時なのだろうと、そう思った。

 

 

 

 

 あれからしばらく後にヒナタがボルトを連れて退院し、生活が落ち着くのを待って水蓮はとある場所を訪れた。

 

 里の少し外れに建てられた木造の屋敷。

 そう大きくはないものの一人で暮らすにはやや広く、造りが少し古めかしい。

 様々な物が発達し始めた里の中で、どこか色の違うその場所は、水蓮の生まれた世界で言う所の【昭和感】が漂っている。

 里がどれほどの発展を見せてもこの場所は変わらず、何か不思議な安心感を覚える。

 

 家主曰く。

 

 「ここはおじい様の住んでた家に似てるのさ」と。

 

 里にたどり着いてしばらく後にこの家に招かれた時、彼女はそう言って笑った。

 あの時と変わらぬ姿と笑みで、その人物は今日も水蓮を快く出迎えてくれた。

 

 「久しぶりだね水蓮」

 「はい。ご無沙汰しています5代目」

 礼儀正しく頭を上げる水蓮にその人物、綱手はやはり変わらぬ明るい笑顔を見せた。

 「相変わらず固いねぇ。私の事は綱と呼んで構わないと言っているだろう。あんたと私は従弟なんだから」

 まぁ上がりなよとそう続け、綱手は水蓮を呼び入れ歩き出した。

 廊下を進むと畳の良い香りが鼻を撫で、水蓮はゆっくりと大きく息を吸い込んだ。

 「いい香りですね」

 心地よさに表情がほころぶ。

 「昨日新しいのに入れ替えた所さ。シズネがどうせやるなら一気にやりましょうなんて張り切って、どこもかしこも新しくしたもんだから家じゅうに香りがたってしまってね。悪くはないが、年寄りには少しばかり強すぎる」

 変わらぬ若い姿でそう笑い、綱手はふすま戸の前で足を止めた。

 「もうみんな来てる」

 静かに開かれたふすまの向こう。

 そこには今でも綱手のそばに仕えているシズネと、ナルト、ヒナタ、そして6代目火影であるカカシが水蓮を待っていた。

 「お忙しいところお呼び立てしてすみません」

 特に火影であるカカシに向けてそう伝え、水蓮は頭を下げた。

 「全然大丈夫だってばよ。な、ヒナタ」

 ニッと笑うナルトの隣でヒナタがうなづく。

 「こうして時々は外に出た方が私も気分転換になるし、ボルトも喜びますから」

 柔らかく微笑むヒナタの腕の中でボルトが大きな目を瞬かせる。

 「そうそう。ボルトはお出かけが好きなんだってばよ」

 ツンとボルトの頬をつつくナルトはすっかり父親の顔をしていた。

 その様子にシズネが笑う。

 「しかしあのナルト君が父親なんていまだに不思議な感覚ですね、綱手様」

 「まったくだね」

 「本当に。今一つ現実味にかける」

 続いたカカシにナルトがジトリとした視線を投げる。

 「カカシ先生までひどいってばよ」

 「ま、お前には苦労させられたからねぇ。そういう所は父親に似るんじゃないよ、ボルト」

 「ひっでー…」

 ニコリと笑ってボルトの髪を撫でるカカシに、ナルトはムッと口をとがらせた。

 「カカシ先生自分がいまだに結婚できないからってひがむことないだろ」

 「あのね、オレは結婚できないんじゃなくてしないだけなの」

 「できない人はみんなそう言うんだってばよ。その年になってまだ独り身なんてかわいそうだってばよ」

 「オレはまだかわいそうな部類には入らない」

 「じゃぁどういう人がかわいそうなんだってばよ」

 「どういう人って…」

  

 おそらく悪気はなかったのだろうと思われた。

 

 「あ…だめ…」

 「ナルトく…」

 

 それでも水蓮とヒナタが止めに入るより早く、カカシとナルトの視線は無意識にとらえていた。

 

 

 その二人を…

 

 

 「あなた達…」

 

 

 シズネが低い声を響かせ、綱手がニコリと笑って言った。

 

 

 「殺す」

 

 

 ごんっ!

 

 と、鈍い音が二つ部屋に落ちた。

 

 それでもボルトの事を考えてか、怒りの表れはただのげんこつにとどまった。

 

 頭を抱えて座り込む二人の姿に、水蓮とヒナタは申し訳ないとは思いながらも顔を見合わせて笑いをこぼした。

 

 

 

 平和だなぁ…と、そう思った。

 

 

 

 「それにしても…」

 頭を撫でつつナルトが立ち上がりカカシを見た。

 「カカシ先生よく時間作れたって言うか、大丈夫なのか?今日休みじゃないはずだろ?」

 「ん?ああ。休みではないけどね」

 同じく頭を撫でて立ち上がり、カカシは水蓮に視線を向けた。

 「ま、内容が内容だからね」

 唯一今日何が行われるのかを知らされていたカカシは次にナルトを見て笑った。

 「驚くよ。お前」

 それから、あなたも。と、カカシはそう続けて綱手にも笑みを向け、最後にもう一度水蓮を見た。

 

 自分に戻されたカカシのその視線にうなづき、水蓮は静かに言った。

 

 「ナルトに…。皆さんに会わせたい人がいます」

 

 ふわりと部屋の中に風が凪いだ。

 

 

 裏庭へと移動すると、そこにはコンクリート製の別の建物があり、一同はその中へと足を進めた。

 先ほどの母屋よりも3倍ほど広い面積。

 その広い床一面には水が張り巡らされており、まるで大きな湖のようであった。

 「中はこうなってたのか」

 初めてこの場所を訪れたナルトが静かな水面に顔を映してつぶやく。

 「ここでは術の研究に使う魚の飼育をしているのさ」

 綱手の言葉に答えるように、パシャリ…と魚が跳ねて音を立てる。

 「医療忍術の練習に使ったり、生態を調べたりね。他にもいくつかあるが、ここは海の生物を飼育している場所で、水は海水さ」

 へぇ…と返し、ナルトは水蓮を見た。

 「姉ちゃんの言うオレらに会わせたい人って、ここにいんのか?」

 水蓮はうなづき巻物を取り出した。

 「始めます」

 確認の意を込めてカカシにそう伝え、静かに巻物を開いて水面に浮かべる。

 クナイを取出し親指に傷を入れ、巻物に血を滴らせて手を突き、ゆっくりと息を吸い込んだ。

 

 「口寄せの術!」

 

 ドゥンッ!

 

 煙を立てて現れた存在に皆が視線を向ける。

 「これってば…」

 「イルカかな?」

 つぶやくナルトとヒナタの背後からカカシとシズネが覗き込みその姿を確認する。

 「いや、違うな」

 「これは…」

 「クジラだな」

 言葉を続けた綱手にうなづいて返し、水蓮は姿を小さくして現れたクジラに手を伸ばした。

 「待たせてごめんね。出雲」

 名を呼ばれて、出雲は嬉しそうに鳴き声を上げて水蓮の手に頭を摺り寄せた。

 久しぶりの再会を喜ぶ出雲の頭を数度撫で、水蓮は出雲と額を合わせる。

 「出雲。お願い」

 

 ふぉぉぉぉぉぉぉぉん…

 

 柔らかい嘶きと共に空間に光が広がり、一同を包み込んだ。

 

 まばゆさに皆が一度目を閉じた。

 そして瞼を開き、言葉をなくして立ち尽くした。

 

 そこにいるはずのない人物を瞳に映して…

 

 

 いくばかの沈黙。

 

 初めに声を発したのは綱手であった。

 

 震えた声でその名を口にする。

 

 

 「自来也…」

 

 

 大きく見開かれた瞳が静かに揺れた。

 

 「どうして…。いや、そうか。チャクラの残存か…」

 

 混乱を一瞬でおさめてそうつぶやくと、自来也がうなづいてニッと笑った。

 

 チャクラの質の強さゆえか、水蓮の母の時とは違い実体のような存在。

 そのしっかりとした体で自来也が一同に歩み寄る。

 

 「まぁそういう事だ。皆久しぶりだのう。と言っても、一体あれからどれくらいたっとるのかまったく分からんのだがな」

 ガハハと笑い、自来也は水蓮の姿を捉えて柔らかい表情を浮かべた。

 「どうやらすべて終わったようだな」

 「はい」

 「そうか…。あいつはどうした」

 

 イタチの事であると捉え、水蓮は答えた。

 

 「あの人は、もういません」

 

 「そうか」

 

 「だけど、あの人の火の意思を継ぐ子供たちが、木の葉の里で生きています」

 

 その言葉に自来也は驚いたように息を飲み、「そうか」と嬉しそうに笑った。

 「しかしあれだな。皆ちと老けたな」

 自来也は驚きで声が出ない様子の一同を見回し、軽い口調でそう言うと、綱手に視線を向けて目を細める。

 「それに比べてお前は、相変わらずまだその姿でやっとるのか」

 どこか呆れた口調。

 綱手はそれに「うるさい」とそっけなく返した。

 その背後からカカシが歩み出てゆくりと頭を下げる。

 

 「自来也先生。お久しぶりです」

 

 動きに合わせてふわりと揺れる装束。

 

 「カカシ…。そうか。お前火影になったのか」

 「はい」

 

 自来也は嬉しそうに幾度も「そうか」と繰り返して笑い、さらにその背後にいる人物に目を止めた。

 

 「ん?」

 

 身を乗り出して目を細める。

 

 「んんっ?」

 

 数秒見つめ…

 

 「お前…」

 

 指を指したその先。金色の髪が揺れ、その色の隙間から小さな声が零れ落ちた。

 

 「エロ仙人…」

 

 その名で己を呼ぶのはただ一人。

 自来也は細めた目を見開いた。

 

 「お前ナルトか?」

 ゆっくりと歩み寄り、大きな声で笑いを上げる。

 「ずいぶんおっさんになっとるではないか!」

 

 そう言うにはまだ若い。

 それでも10代のナルトしか見たことのない自来也には、今のナルトはそう映るのだろう。

 「一番老けたな」と、少し冗談めかして笑った。

 

 「うっせぇ」

 

 うつむいたままの一言。

 

 自来也は大きく息を吐き出して手を伸ばした。

 

 「それでも中身はあんまりかわっとらんの」

 

 ポン…と、ナルトの頭にその大きな手が乗せられた。

 

 「ガキンチョのままか」

 

 ナルトの肩が震え、足もとにポタポタといくつもの大きな雫が音を立てた。

 

 

 「うっせぇ…」

 

 

 ずず…と鼻をすする音。

 

 自来也の指が、くしゃりと金色の髪を撫でた。

 「うまくやったようだな」

 「あたりまえだってばよ」

 グイッと涙を拭い、ナルトは一つ大きな深呼吸をして顔を上げた。

 「サスケもちゃんと帰ってきた」

 「そうか」

 「本当に色々あって里も大変だったけど、今は随分落ち着いてすんげぇ発展してきてるし、オレってば火影になるためにいっぱい勉強もしてるし、任務もバンバンこなしてるし、飯もちゃんと食べてるし、修行もしてるし、あぁそうだ、螺旋丸を使った新しい技も身に着けたし、それから…それから」

 

 矢継ぎ早にまくしたて呼吸が少し乱れる。

 ナルトはその呼吸を整え、静かな口調で言った。

 

 「オレ、結婚したんだ」

 

 少し後ろに控えていたヒナタの肩を抱き寄せる。

 

 「子供生まれたんだってばよ」

 

 ヒナタの腕に抱かれたボルトが自来也を見つめた。

 その瞳を覗き込み、自来也は嬉しそうに笑んだ。

 

 「そうか」

 

 「名前、ボルトって言うんだ」

 

 「ボルト。いい名だ。それに、きれいな目をしとる」

 

 目じりが柔らかく下がった。

 

 「しかしお前が結婚できるとはな」

 自来也はナルトの隣に佇むヒナタに目を向けた。

 「お主は日向の者か」

 「はい。ヒナタです」

 まっすぐに自来也を見つめるヒナタ。

 その瞳に溢れるのはナルトへの揺らぎない愛と優しさ。そして強さ。

 しかとそれを感じ取り、自来也は「うむ」と一つ強くうなづいた。

 それが合図になったかのように、自来也の体が薄れ始めた。

 「エロ仙人!」

 慌てるナルトに自来也が笑う。

 「もう時間か…」

 死の間際に残したチャクラでは長くは引きとめられないのか…。それでもあまりにも短すぎるリミット。

 しかしそれは誰に止められるものでもなく、自来也の姿がさらに薄れる。

 「待ってくれ!」

 ナルトの瞳が揺れた。

 「あのよ…オレ…オレ…」

 何かを言いかけて口を閉ざし、ナルトはうつむき黙り込んだ。

 ぎゅっと強く拳が握り込まれていく。

 

 沈黙が落ちた。

 

 

 父親になる事への不安。火影を目指しての修行や学びの様々。

 

 ナルトはそれらに頭を悩ませ、うまくいかない事に少し自信を無くしているのだとカカシが少し前に話していた事を水蓮は思い出した。

 それが今師の前であふれ出そうになっているのだろう。

 それでも弱い自分を見せたくない。

 成長した姿を見せたい。

 その葛藤がナルトから見て取れた。

 

 だが、聞かずともそのすべてが師である自来也にはわかっているようであった。

 

 「まだまだだのぉ」

 

 呆れたように笑い、息を吐き出し…

 

 

 トン…

 

 小さな音がした。

 自来也のこぶしがナルトの胸元に当てられていた。

 

 「何事も諦めないど根性」

 

 力強くも優しい自来也の声。

 

 「まっすぐ自分の言葉は曲げない」

 

 まるで織り込むようにナルトへと向けられていく。

 

 「それがお前だろう。ナルト」

 

 ゆっくりとナルトが顔を上げる。

 

 それでも力の戻らぬ瞳に、自来也は今度はドンッと強く胸を押した。

 

 「火影になれ」

 「…っ!」

 

 無言で見つめ合う。

 ほんの数秒のその間に、ナルトの瞳には力が戻っていた。

 「エロ仙人」

 もう一度強く拳を握りしめ、ナルトはグイッと力いっぱい目元をぬぐい、いつもの明るい笑顔で返した。

 「当たり前だってばよ!」

 ナルトが見つめるその先には、優しくも力強い自来也の笑みがあった。

 「しっかりやれ」

 自来也はそう言葉をかけ、最後に綱手に歩み寄った。

 「綱手。向こうで待ってるぞ」

 ふん。と、綱手が鼻を鳴らして笑う。

 「もうそう長くは待たせないさ」

 「そうだの。お前ももうずいぶん生きた」

 「…そうだな」

 ゆっくりと、自来也の手が綱手の頬に触れた。

 

 太くしっかりとした指が褐色の瞳からこぼれた雫を掬い取った。

 

 

 別れの時が色を濃くしてゆく…

 

 

 「ナルトを頼む」

 ヒナタに向けて自来也が言う。

 「はい」

 ナルトに寄り添うヒナタがうなづく。

 「シズネ。今しばらくこいつを頼むぞ」

 「はい」

 涙を拭い、シズネが笑う。

 安心したようにうなづき、自来也は視線をカカシに向けた。

 「カカシ。里を頼んだぞ」

 「はい」

 力強く答えて頭を下げるカカシ。

 「それから」

 自来也はニカリと笑って水蓮を見た。

 「礼を言う。よく約束を守ってくれた」

 「はい」

 水蓮の返した言葉に、より一層薄れる姿。

 

 

 「皆…後を頼んだぞ」

 

 柔らかい声が響いた。

 

 

 - さらばだ -

 

 

 消えゆく姿と声。

 

 

 刹那…

 

 

 皆が一瞬息を飲んだ。

 

 集まるその視線の先には、自来也の肩に手を乗せ踵を上げて背を伸ばす綱手の姿。

 

 

 甘い花の香りが満ちた。

 

 

 静かに、優しく、時が流れた。

 

 

 

 フッ…と小さく綱手が笑う。

 

 

 引き上げられていた踵が地に着いたその頃には、自来也の姿はもうなかった…

 

 

 

 

 

 その日の夜は綱手の屋敷で宴会騒ぎとなった。

 ヒナタと、執務に追われるカカシを除いた先ほどの面々が集まり、皆それぞれに自来也との思い出を語った。

 

 これまでどうしても皆口に出せなかった自来也の話。

 

 隻を切ったように語り合い、酒を飲みかわし、笑い泣き。

 深夜を超えた頃に満足したかのように飲みつぶれて眠りについた。

 

 「やっと静かになった」

 

 酒やつまみの世話をし続けていた水蓮が大きく息を吐き出し、眠りこけるナルトたちを見て呆れた笑いをこぼす。

 掛け布団をと思い隣の部屋へと取りに行けば、そこには二人の子供が静かに寝入っていた。

 あの大騒ぎの中よく眠れたものだとこちらにも笑いを向ける。

 随分と大きく成長した二人。その寝顔はやはりイタチの面影が濃く、いつもどうしようもない寂しさがこみ上げる。

 だがそれと同じように、どうしようもないほどに幸せを感じる。

 穏やかな気持ちが心の奥深くからこみ上げてくるのだ。

 

 子は鎹とはまさにその通りだとそう感じさせられた。

 

 たとえここにイタチがいなくとも、自分とイタチは確かに繋がっているのだと。

 けっして離れる事のない存在なのだと思い知らせてくれる。

 

 

 「イタチ…」

 

 

 窓を開け、小さな声でその名を呼ぶ。

 

 静かに優しい風が吹き込み、水蓮をそっと包み込んだ。

 

 

 

 

 数日後。

 里にまた一つ新しい命の訪れがあった。

 数年前に里を離れて旅に出たサスケとサクラが、小さな赤ん坊を連れて戻ったのだ。

 

 うちはサラダと名付けられたその命の帰郷を、水蓮は心から喜んだ。

 

 自身の子供たちと共に、木の葉の里に新たなうちはの未来を築きゆく子。

 その存在はあまりにもうれしかった。

 

 

 

 その日の夜。

 水蓮はサスケに誘われて子供たちと共にアカデミーの裏山へと来ていた。

 「もう少しだ」

 先を歩くサスケが少し振り向きそう言った。

 相変わらず口数は少ないが、物腰はかなり柔らかくなり、ナルト同様に父親としての空気を感じられる。

 その穏やかさゆえか、ナギとナミはすぐにサスケに懐き、あれこれと話しかけながらその隣を歩いている。

 サスケはそれに時折小さく笑いながら答え、時に寂しげな表情を見せた。

 それでも、どこか嬉しそうに二人を見つめていた。

 

 「着いた」

 

 静かな声でサスケが言った。

 見つめるその先にある光景。

 

 隣に身を並べた水蓮が息を飲み…

 

 「すごい!」

 「きれい!」

 

 ナギとナミが感動の声を上げて走り出した。

 

  

 小さな小川が流れるその場所。

 

 美しい水の上を小さな無数の光が飛び交い、夜の闇を照らしていた。

 

 「蛍…」

 

 

 水蓮のつぶやきにサスケがうなづいた。

 

 

 かつてイタチが話していた。

 アカデミーの裏山にある小川。

 そこで見る蛍が一番きれいなのだと。

 だが大戦で様々な場所が被害を受け、地形が大きく変わり、この地に蛍は飛ばなくなった。

 それでも時が流れ、復興が進み、今この場所で蛍が輝いている。

 

 「戻ってきたんだ」

 

 つ…と、水蓮の頬に涙が伝った。

 「昔…」

 蛍を追いかけ走り回るナギとナミの姿を見つめながらサスケが口を開いた。

 「イタチとよくここの蛍を見た。必死で追いかけて、捕まえようとして…」

 「川に落ちた」

 イタチから聞いた話を思い出す。

 「ああ。その俺を引き上げようとして…」

 「イタチも落ちた」

 サスケがフッと笑ってうなづく。

 つられて水蓮も小さく笑う。

 二人はしばらく黙って蛍を見つめた。

 「イタチは」

 不意にサスケが言う。

 少し言葉に詰まりながら。

 「イタチは、笑っていたか?」

 見ればひどく不安げな顔をしていた。

 水蓮は笑顔でうなづいて返した。

 「あの人はよく笑ってた。優しい顔で、幸せそうに笑っていたわ」

 どんなに時が流れても決して忘れる事はないあの笑顔。

 「辛くて、苦しくて、大変な事はたくさんあった。だけどイタチはちゃんと笑ってた。幸せだと、そう言っていた。それは私も同じ」

 

 

 思い出せば本当に辛く厳しく険しい道のりだった。

 たくさんの痛み、悲しみ、寂しさが渦を巻いて自分たちを襲ってきた。

 いつ別れの時が来るのかと、朝も昼も夜も、恐ろしかった。

 

 だけれども…

 

 「私達は穏やかで優しい時間を共に生きた。一緒に泣いて、一緒に笑って、未来を信じて一緒に歩んできた」

 

 あの日々が鮮明によみがえり脳裏を駆けてゆく。

 

 「イタチと共に生きた時間は人生で最もつらく苦しい物だった。だけど、それ以上に幸せな日々だった。誰にも負けない。何ものにも負けない。二人で生きたあの時間を私は忘れない」

 

 蛍の光が水蓮の瞳を揺らした。

 

 「あの人を愛し、あの人に愛された日々は私の誇り」

 

 振り返れば今でもやはり涙がこぼれる。

 寂しくないわけがない。

 会いたいと思わないはずがない。

 それでも前を向いて歩いて行けるのは、あの日々が愛と幸せに溢れていたからなのだ。

 

 「それはきっとイタチも同じ」

 

 その言葉にサスケはほんの一瞬泣きそうな表情を浮かべて目を閉じた。

 少しの沈黙。

 サスケは小さく呼吸をし、目を開いた。

 「よかったと、そう思う」

 「え?」

 水蓮を見つめ、サスケは柔らかく笑った。

 「イタチの…。兄さんのそばにいたのがあんたでよかったと、そう思う」

 

 夜を飛び交う蛍の光が強さを増した。

 

 その一つがふわりとサスケの肩に舞い降りた。

 

 

 「ありがとう」

 

 

 ほんの一瞬。

  

 サスケの姿にイタチの声と姿が重なった。

 それはサスケの肩から飛び立ったホタルの光と共に消えてゆく。

 

 「ありがとう」

 

 今度はもうサスケの声ただ一つだった。

 柔らかく穏やかな響きが夜の中に揺れる。

 

 まっすぐに、水蓮に向けて…

 

 

 「姉さん」

 

 

 水蓮の胸に静かに染み込んできたその言葉は、これから歩いてゆくその道を照らし導く光となった。

 

 

 あの日イタチと共に見た蛍の光のように。

 

 

 美しく。強く。

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