戦いを終え、疲労と後から襲い来た恐怖にしばらく動けずにいた水蓮だったが、ややあってゆっくりと立ちあがった。
「もう大丈夫」
「そうか」
空に広がる星が、鬼鮫と打ち合わせた帰船の時間がとっくに過ぎていることを伝えている。
「戻るぞ」
「うん」
しかし、頷いたものの水蓮は不意に何かが気にかかり、イタチに背を向け壁を見つめる。
「どうした?」
「なんか、あそこ…」
つぶやきながら近寄る。
特に変わった様子はなく、周りと色も材質も変わらない。
だが何故か気になり、そっと触れる。
とその時、水蓮の手がスッと動き、印を組み始めた。
「え?やだ…なに!」
戸惑いの声に、イタチは異変を感じて水蓮に駆け寄る。
「どうした」
「手が勝手に」
その間も水蓮の手はなめらかな動きで印を組み続ける。
イタチはその様子に顔をしかめた。
見たことのない複雑な印。
忍術を覚えたばかりの水蓮に扱える印ではないように思えた。
ややあって水蓮の両手が、タン…と壁につけられ、その手を起点に光の筋が何かの文字を光らせながら壁一面に広がりだした。
「やだ…。な、なに?」
体を引いて手を離そうとするが、まるで吸い付いたように離れない。
壁に広がるその文字を見てイタチが「封印術か?」とつぶやく。
見たことのない術式だが、イタチが知る封印術と少し形式が似ていた。
「どうして…」
水蓮は自分の意思で体が動かせないことに混乱しながらその様子を見守る。
ややあってその光が収まり、消えた後には、何もなかった壁に大きな両開きの扉が姿を現していた。
「えぇっ!なに?なんで?」
混乱の声とは逆に、水蓮の手が扉を押し開ける。
「イ、イタチ…」
不安に声が震える水蓮の隣で、イタチは警戒のためクナイを構え中の気配を探る。
危険なものを感じはしないが、複雑なチャクラの流れを写輪眼が捉えていた。
扉が開ききり、水蓮の体が勝手に中へと歩み入る。
イタチも警戒しつつ続く。
二人が中に入ると扉が静かに閉まり、水蓮が自由を取り戻したようで「あ、動く」と、手を何度か握って開く。
中は10畳ほどの小さな部屋になっており、先ほどまでの場所と同じ仕組みか、天井が淡く光りを放ち中を照らしている。
「なにここ…」
水蓮の呟きと同時に、部屋の奥の台座に置かれていたテニスボールほどの球体の石が光りだし、それに共鳴するように水蓮の体から光の球が飛び出し、その二つが混じり合う。
「え?今度は何?」
すっかり混乱する水蓮をかばうように、イタチが前に出る。
二人が見つめる中、その光は少しずつ形をなし、しばらくして一人の女性の姿となってとどまった。
年は水蓮と同じころだろうか。
短く肩で切りそろえられたその髪は赤い。
ほっそりとした体で姿勢よく佇み、優しい眼差しで二人を見つめている。
「チャクラと思念…」
その様子に呟きをこぼしたイタチの後ろで水蓮が目を凝らす。
この人…
「どこかで見たような…」
その呟きに、女性が口を開く。
「よくここへたどり着いたわね。
「香音…って!あ!私の名前!」
突然脳に自身の名前がよみがえる。
「え、でもどうして…」
「あ、そうか。この姿だと分からないか」
女性はそう言って目を閉じしばし静止する。
淡い光がその体を包み、次第に姿が変わりだす。
髪が黒く染まり、顔が少しずつ年齢を重ねてゆく。
「うそ…」
その様子に水蓮が声を震わせた。
光が収まり、女性が50代ほどの姿でニコリとほほ笑んだ。
「これで分かるでしょ?」
「なんで…」
その声にイタチが振り向くと、水蓮は両手で口元を押さえ、体をも震わせている。
「水蓮。どうした…」
水蓮は視線を女性に向けたまま目を見開き、震えたままの声で、しかしはっきりと言った。
「お母さん…」
もう一度しっかりと目の前の女性を見つめる。
「お母さんなの?」
再びつぶやき、混乱する。
ここにいるはずがない…
だが、その女性は紛れもなく自分の母親だ。
「…ほんとに、お母さんなの?」
女性の頷きに誘われるように、水蓮はゆっくりとイタチの背から出て近寄る。
距離が縮まるたびに、その存在をはっきりと頭が、心が認識してゆく。
そして浮かび上がる母親との思い出に、一つ。また一つ。涙が落ちた。
手が届く距離まで来ると、記憶の中の懐かしい香りがよみがえる。
「香音」
ずっと忘れてしまっていたその名前を呼ばれ、母に手を伸ばす。
しかしその手はするりとその体をすり抜けた。
空を切った手をぎゅっと握りしめる。
「お母さん…」
せきを切ったように涙があふれた。
こらえきれない声が漏れ、顔を抑え込む。
聞きたいことも言いたいことも山ほどあるのに言葉が出ない。
そんな水蓮の隣に、様子を見守っていたイタチがスッと歩み出た。
「お前の母親か…?」
コクリと水蓮が頷く。
「さっきの赤い髪。あれはうずまき一族の持つ特徴だ。お前うずまき一族なのか?」
今度は首を横に振る。
「ちがう。だって、だって…」
自分はこの世界の人間ではない…
「そうだよ。そんなはずない。そんなはずは…」
だが目の前に、この世界に母がいる。
よくここへたどり着いたわね
赤い髪はうずまき一族の特徴だ
母の言葉とイタチの言葉。
水蓮は混乱の中必死に冷静を引き寄せる。
まさか…
との思いで母に向かって問う。
「お母さん、こっちの世界の人なの?」
恐る恐る聞いたその言葉に、水蓮の母はニコリと笑い
「当たり」
この場の空気にそぐわぬ明るい声で答えた。
「…………………」
思ってもみなかったことに水蓮の頭は混乱が極まる。
今までの母の事を思い出しても、まったく思い当たらない。
だがよくよく考えてみれば、母の子供の頃の写真を見たことはなく、母方の身内は一人もいなかった。
皆亡くなったと聞かされて育った。
とはいえ、とても現状と結び付けられるような材料とはなりえない。
水蓮は母に関して思考を巡らせ、ハッとする。
「お父さんもこっちの世界の人?」
「ううん。お父さんはあっちの人」
「そ、そう」
父方の身内も皆亡くなっているが、そういえば写真は見たことがあった。
「でも、そんな事今まで一言も…」
「だって、お母さんにとってはもうあの世界が自分の世界だったから。お母さんの人生は、お父さんがいるあの場所がすべてだったから」
幸せそうな顔で笑う。
「……………」
無言を返し、水蓮は母を見つめたまま固まる。
お母さんはこっちの人で、お父さんはあっちの人…
もう何が何だかわからない…
「水蓮…」
黙り込む水蓮の耳にイタチの低い声が響く。
「こっちの世界とはどういう意味だ…」
水蓮はハッとしてイタチを見て「あ~。えと…」と、言葉を詰まらせながら目をそむけた。
なんと説明すればいいのかわからない。
混乱溢れる空気の中で、水蓮は何をどうすればいいのか、もはや思考は完全に崩壊していた。
「お前は一体…」
戸惑いを浮かべながら聞き迫るイタチ。
言葉を返せず黙り込んだ水蓮に代わって、母親が口を開いた。
「私から話すわ。私のことも。香音、あなたがなぜここにいるのかも…」
二人が見つめる中、水蓮の母「楓」は話し始めた。
「まずはじめに、イタチ君。あなたには信じがたい事かもしれないんだけど、香音はこの世界とは別の世界から来た存在なの」
「別の世界…。それは時空間のような物か?」
「そうね。そう考えたほうが受け止めやすいのかもしれない。ただ、時空間とは少し違って、私や香音が暮らしていた別の世界には、この世界と同じように人が存在し、歴史もある。文化や習慣は違うけれども、まったく違う場所にもう一つここと同じような世界が存在しているという事なの」
イタチはしばらく目を閉じて黙し、ゆっくりと目を開く。
「今一つ現実味には欠けるが、ここでそれについて論ずるよりは、まずあなたの話を聞かせてもらおう」
その言葉に楓は頷く。
「まずは私の事を話すわね」
ニコリとほほ笑み、楓は驚くべき事をさらりと口にした。
「私の母は、この渦潮の里のうずまきミト。そして父は千手柱間」
・・・・・・・・・・・・
「は?」
水蓮がとぼけた声を出し、その隣でイタチも目を丸くして固まっている。
「そして…」
「ちょ、ちょちょちょ!ちょっと待って!」
なおも話を続けようとする母を、水蓮が止めた。
「なに?」
「いや、なに?じゃなくて。今なんて言ったの?」
額に汗を浮かべる水蓮に、楓はまたニコリと笑う。
「だから、私のお母さんはうずまきミトで、お父さんは千手柱間よ」
「……………」
水蓮の頭の中で、ぐわんぐわん…と妙な音が鳴り響き、少し足元がふらつく。
うずまきミトという名は聞き覚えがない。たが千手柱間は知っている。
木の葉の里の初代火影…
その千手柱間が母親の父親ということは…
「ってことは、私まさか…」
やっと出たその言葉に楓が「そう」と返す。
「あなたは、初代火影の孫よ」
「えぇぇぇぇぇぇっ!」
その叫び声が部屋の中にこだまする。
「え?え?ちょっと待って。私が初代火影の孫?え!じゃぁ私と綱手は?」
「綱は、私の姉の子供よ。私にとっては姪、あなたとは従姉妹ね」
「私が綱手と従姉妹…。しかも初代火影の孫?」
混乱する水蓮。しかし、隣にいたイタチが「そうか。だから」とつぶやいた。
「えっ!なに?何がっ?」
今のとんでもない話から一体何を納得したのか、イタチは水蓮の腹部に視線を投げ「だからあの時」と言い、言葉を続けた。
「あの治癒力は、千手柱間の能力か」
初めて会ったあの日、クナイによる傷が治癒したその力。
それは印を組まずとも治癒能力を操れた、千手柱間の能力と同じだという事にイタチは気づいた。
「そう。あれは香音、あなたがおじい様の再生能力を色濃く受け継いでいたからこそ。とはいえ、あなたはまだその力をコントロールできなかったから、あなたの中から私がその力を導いた。まぁ、もともとうずまき一族も回復能力と生命力は強いという事もあるけどね。ちなみに、その能力では毒までは治せない。解毒したのは私の医療忍術」
「じゃぁ、私の医療忍術は…」
「私からの遺伝みたいね。お母さんこう見えて、医療忍術のエキスパートだったのよ」
得意げな笑みを浮かべる母に、水蓮は返す言葉が思い浮かばない。
そんな水蓮の隣で、イタチがまた何か納得したような口調で言った。
「オレの月読を返したのもあなたか。中からチャクラを乱して…」
封印術に長けた者は幻術に強い傾向にある。
イタチは自身の月読を返したのがうずまき一族なら、納得がいくと内心でため息をついた。
それでも並みの事ではない。
楓がかなりの実力者であることを悟り、イタチはじっと見据えた。
その視線を受け止め、楓は頷き「ちなみに」とニコリと笑って言う。
「ずいぶん遠いご先祖様の話になるけど、私たちの家系にはうちは一族の血も入っているのよ」
「えぇぇぇ!」
「なんだと…」
さすがにイタチも驚きの声をあげる。
「100年以上も前の話だけどね」
水蓮とイタチは思わず顔を見合わせる。
かなり遠い血筋とはいえ、同じうちはの血…
二人の間に思いもよらなかったつながりが存在し、複雑な戸惑いが生まれる。
「それにしても」と全くそんな二人を気にせず楓が声をあげる。
「こっちに来ていきなり暗部のクナイでしょ。もう本当に参ったわ。あなたの中にチャクラを残したものの、あの時の治癒と解毒でずいぶんチャクラを消費しちゃって、消えちゃうかと思ったんだからぁ。そのせいでなかなかあなたの中から出れなかった。形を留められるほどのチャクラがもう残っていなかったから。だから、何とかここへたどり着ければと機を待っていたのよ。ここに残したチャクラと合わせれば、あなたと話せると思ったから。あなたに力を貸しながら、消えないようにするの、本当に大変だったんだから」
語尾に「ウフ」とかわいらしくつけて肩をすくめる。
どんな状況でも明るいその雰囲気が自分の知る母親の性格と一致し、水蓮は改めて母であることを実感する。
「あ、そうそう。たぶん治癒能力が高いだけで、死なないわけじゃないと思うわよ」
「え!そうなの?」
という事は初めてここに来た日、イタチが勘違いしていなかったら殺されてたかもしれないってこと?
脳裏に浮かんだその事に、水蓮の額から、つぅっと汗が流れた。
それに、先ほどの榴輝との戦いにしても、水蓮は自分が死なないと思っていたからこそ術を見極めるために無茶な戦い方をしたのだ。
「……………」
背筋が凍る思いだった。
「それなのに、あなた無茶するからお母さん結構あなたの中で頑張ってたのよ。でも、チャクラを使いきってしまうわけにはいかなかったから、すべての傷は治せなかった。あなたに、伝えなくてはいけないことがあったから…」
「伝えなくてはいけない事…?」
呆然としていた瞳と意識が楓に向く。
楓は急に表情を固くし、静かな声で言葉を発した。
「香音。あなたの中には九尾のチャクラが封印されているの」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
部屋の中に沈黙が落ちた。
少しいつもより間が空きすみません(^_^;)
今回の話は私が思う作品のテーマにとっては大切なところとなっております…。
後々にもつながってきますので、これからも見守っていただけると嬉しいです☆
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます(*^_^*)
ちなみに、本作品の勝手な設定として
楓と綱手の母(楓の姉)は14歳差としています。
綱手の母18歳で綱手を生む(楓4歳)
楓34歳で水蓮を生む(綱手30歳)
現在水蓮20歳(綱手50歳~51歳)としております。
ちょっと年齢差がありすぎるので、ご説明として…(>_<)