翌朝、うっすらと空が白み始めたころ、イタチは眠る水蓮の近くにスッと体をかがめた。
「水蓮、起きろ」
心なしか優しさを感じる声。
「少し話がある…」
しかし、動かない水蓮の肩に、イタチはそっと手を置きハッとする。
「どうかしましたか」
一瞬揺れたイタチの体に、鬼鮫が声をかけた。
イタチはおもむろにクナイを取り出し、眠る水蓮に突き立てる。
次の瞬間…
ボンッ!
と音を立てて、その体が消えた。
「影分身!」
鬼鮫が驚きの声をあげる。
昨日の夜鬼鮫が印を組んだ時に、水蓮は同時に印を組み影分身を作り出していたのだ。
同時に発動することでその気配を隠し、影分身を置いて自身は身をひそめる。
そして今も、この光景をひそやかに見ていた。
…絶対離れないって決めたんだから…
水蓮は極限まで気配を殺してその存在を隠し、二人の様子を見据える。
その視線の先で「いつの間に…」とイタチがつぶやく。
…母親から受け継いだか…それとも空区で修業していたのか…
イタチはそう思考を巡らせ、どちらにしても油断していた自分に苛立ちを感じる。
「一体どこへ…」
「困りましたねぇ。渦の国での情報を持ったまま…」
「…………」
このままだと、暁から追われる身となりかねない。
イタチはふいに渦潮の里での水蓮の母の言葉を思い出す。
「あなたは生きなさい」
子への願い…
それを無下にすまいと、水蓮をここから離すつもりにしていたのに。
先程とは違う苛立ちに顔をしかめたイタチに「しかし」と鬼鮫が呟く。
「才能とは一度開花すると恐ろしいですねぇ」
どこか面白そうなその言葉に、イタチはジトリと冷たい眼差しを向ける。
肩を竦める鬼鮫に、イタチは低い声で言いながら立ち上がった。
「トビが来る前に見つける」
「わかりました」
二人はアジトから出てゆく。
しかし、外をいくら探しても見つかるはずがなく、しばらくしてからトビとの約束の時間になったこともあり、水蓮の捜索を分身に託して二人はアジトへと戻ってきた。
それとほぼ同時にどこからともなく一人の男が現れた。
右目にだけ穴が開いたオレンジ色の仮面。
暁の衣はまとっておらず、黒一色の服にその身を包んでいる。
…あれがトビ…
マダラ…
水蓮は静かに息をひそめてその様子を見つめる。
トビはイタチと鬼鮫をその目に捉え「どうもー!」と、とんでもなく軽く言う。
「おはようございます~。お久しぶりのトビで~す!」
「相変わらず元気ですねぇ…」
トビがひょこっと鬼鮫のもとに飛び寄る。
「鬼鮫さん、元気にしてましたかぁ」
「ええ、まぁ」
「イタチさんも~。元気ですか~っ!」
さほど離れた距離にいるわけでもないイタチに、ブンブンと両手を振って見せる。
イタチは答えずに、トビに向かって先日手に入れた2つの巻物を投げた。
「早く持って帰れ」
「わっ、わわ…」
あたふたとそれを受け取り、トビは巻物を確かめる。
「つれないなぁ」
懐に巻物を直しながら、今度はイタチのそばに近寄り体をぺたぺたと触る。
「この間自来也とかいうやつにぃ、こっぴどくやられたって聞いたから、心配してわざわざ様子見にきたんですよ。もう大丈夫なんですかぁ」
イタチは振り払うでもなく、表情も変えず低い声で言う。
「問題ない。帰れ」
「うわ!冷た!…相変わらずクールですねぇ。ずっと一緒で息が詰まりませんか?鬼鮫さん…」
イタチから離れて腕を頭の後ろで組みながら鬼鮫に向き直る。
「私は心地いいくらいだ。それより、早くそれを持って帰ったほうがいい。我々のリーダーは厳しい方ですからねぇ」
鬼鮫も早々に立ち去らせようと促す。
「わかりましたよぉ」
いじけた口調でくるくると回る。
その一つ一つの動きは実にコミカルだが、その空気にはまったく隙がなく、容易に近寄れる雰囲気ではない…
渦の国で実戦を経験した水蓮には、それを感じることができた。
だけど…
水蓮はグッと手に力を入れて大きく深呼吸する。
ここに残るにはもうこれしかない…
昨日考え付いた事を実行に移すべく、水蓮はトビに視線を向ける。
その視線の先で「じゃぁ、帰りますよ」とトビが背を向け、イタチと鬼鮫が少しほっとした様子を浮かべる。
しかし、トビが姿を消そうとしたその瞬間。
「待って!」
身を隠していた水蓮が声をあげて降り立ち、その姿をさらした。
場の空気が凍りつき「水蓮…」との鬼鮫のつぶやきに「ずっとそこに…」とイタチが続く。
驚くその表情は今までに見せたことのない戸惑い…
「ふぅん…」
トビが小さく漏らしたその声に、鬼鮫とイタチはハッとする。
自分たちの言動が、水蓮が知った人物であることと、ここにいる誰にも気づかれずこの場に身を隠していたことを明らかにしてしまったのだ。
らしくない失態にイタチはかすかに唇をかむ。
「あれ~?」
トビのとぼけた声とは逆に、緊張感が張りつめてゆく。
「こんなところに女の子がいるなんて~。何の用かなぁ?」
醸し出す空気がどんどん重くなっていく。
水蓮は額に汗を浮かべながらグッと両手を握りしめ、トビをしっかりと見据えて口を開いた。
「私を暁に入れて!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
イタチと鬼鮫が、ポカンと小さく口を開けて固まった。
そんな二人の空気とは逆に、トビから何とも言い難い妙な空気が放たれ、その体がふわりと動いた。
水蓮の体に目には見えない重い何かが向かい来る。
…こ…怖い…
さらに体に力を入れる水蓮。
次の瞬間…
ザッ!ザザァッ!ザンッ!
いくつかの音がアジトの中に響き、水蓮の目の前に鮫肌が突き立てられ、まるで盾のごとく水蓮のその体を覆い隠していた。
「え?」
そしてそのさらに前にはイタチと鬼鮫の背中。さらに、水蓮の周りにイタチの影分身が2つ。
それらが完全に水蓮を囲い込んでいた。
ドンッと、トビが大きな鬼鮫の体にぶつかり、数歩後ろによろめく。
「うわ…とと…」
転びそうになるのをこらえて「びっくしたなぁ」とおどける。
「やだなぁ、ちょっと挨拶しようと思っただけじゃないですか~。そんな完全に防御しなくても~」
相変わらずの軽い口調だが、仮面の下からのぞく視線が、細い隙間をすり抜けて水蓮に鋭く突き刺さる。
「お二人の知り合いですかぁ?」
イタチと鬼鮫は答えない。
張りつめる空気に水蓮の額から汗が一筋落ちた。
水蓮は立ちはだかる二人の背中越しに、もう一度言う。
「私を暁に入れて!」
前に立つ二人の体がピクリと揺れ動揺が走る。
その一瞬のすきをつき、トビが姿を消す。
「暁に入りたい、と…?」
現れたのはイタチの影分身の肩の上。
そこから水蓮を間近に見据える。
ハッとして全員が見上げるが、すきのないトビの空気に誰も動けない。
「ふぅん…へぇ~」
じっと水蓮を見つめる。
水蓮も決して逸らすまいと、恐怖を押し込んで、グッと目に力を入れる。
数秒、そのまま対峙し、トビはスッと体を引きイタチと鬼鮫の前に移動する。
「これ、誰ですか?」
コミカルに首をかしげる。
「医療忍者だ」
「自来也との戦いの後、我々のけがの治療のためにしばらく雇っていただけです」
「そんな報告聞いてませんけど~」
「すべてを報告する必要はないだろう」
「まぁ確かに。リーダーは人員の雇用はある程度それぞれに任せてるみたいですけどぉ…」
とトビは鮫肌と鬼鮫の間から水蓮を覗き込む。
そのトビに向かって、水蓮は賭けに出ようと息を吸い込む。
自分の中の九尾のチャクラの存在。
イタチには誰にも言うなと言われていたが、それをさらけ出せば暁は自分を離すはずがない。
「それに、私は…」
しかし、これ以上余計なことを言われまいとしたのか、後ろにいたイタチの影分身がその口をふさいだ。
「んん~!」
もがく水蓮に、トビが仮面の下で顔をしかめる。
「それに?」
「私の弟子ですよ」
鬼鮫が改めて水蓮の体を隠すように、動く。
「とはいえ、気まぐれで少し相手をしていただけです」
「もう用済みだ。適当なところに捨て置く」
「へぇ~…」と、トビは何度もそう繰り返し、イタチと鬼鮫をひたと見つめて言った。
「入れるのは勝手ですがぁ…」
フッと身にまとう空気が鋭く変わる。
「…出すときは殺せ」
水蓮の体にゾワッと嫌なものが走った。
トビはすぐに空気を元に戻し「…って、この間リーダーが言ってましたよぉ」と、軽い口調で二人に言い懐から巻物をちらりと見せる。
「これも見られてたでしょうしね~。なんなら、僕がやりましょうかぁ」
にこやかな雰囲気の声だが、本気だ…
水蓮は口に当てられたままの
その手が震える様子をとらえたイタチが、小さく息を吐いた。
「わかった」低い声で言葉を続ける。
「リーダーに報告しておけ。我々のチームに医療忍者を一人入れるとな」
同時に水蓮の口元から
鬼鮫が無言でスッとイタチに視線を落とす。
トビはしばらくイタチと視線をぶつけあっていたが、ややあって「了解しましたぁ!」と、おどけて敬礼をした。
そして、どこからともなく暁の外套を取り出し「じゃ~ん!はい!これをあげましょう」と広げて見せた。
それをイタチがバッと奪い取り「早く帰れ」と言い放つ。
「はいはい。わかりましたよぉ。あ、お名前はなんでしたっけ~?」
覗き込むトビを見据えて水蓮は答える。
「水蓮」
「僕はトビで~す。よろしくねぇ」
そして、ハッと気づいたように体を揺らした。
「もしかして…」
「なんだ…」
イタチの目が、警戒に鋭く光る。
トビは体をわなわなと震わせ、
「僕、先輩になった~!」
と嬉しそうに声をあげ、「やった~」と両手をあげた。
その様子に呆れた表情を浮かべる鬼鮫の隣で、イタチは冷めた視線を向けていた。
そんな二人の視線を全く気にせず、トビはしばらく喜んでぴょんぴょん跳ねていたが、再度イタチに「帰れ」と言われ「ほんと冷たいな~」とぶつぶつ言いながら水蓮に向き直る。
「じゃぁ、これからよろしくね~。水蓮ちゃん」
そしてスッと姿を消した。
辺りに数秒静けさが落ち、イタチの影分身が消える。
それを合図にしたかのように、立ち尽くす水蓮にイタチと鬼鮫がバッと振り返って口を開いた。
「お前!」
「バカですか!」
水蓮の体がビクリと揺れる。
鬼鮫が鮫肌を背負い直し、はぁと息を吐きだす。
「トビはあんな感じですが、れっきとした組織の一員。下手したら殺されてましたよ」
「まったくだ!」
イタチも珍しく声を荒げる。
「だって、離れたくなかったんだもん…」
水蓮はそう口にした途端力が抜けてその場にへたり込む。
「おい」
「大丈夫ですか」
「あ、ハハ…。腰が…」
二人にひきつった笑みを返し、小さく息を吐き出したとたん、急に冷や汗も噴き出した…。
「やれやれ…」
ため息をつく鬼鮫の隣で、イタチが『余計なことは言うな』と目で訴えている事に気づき、水蓮はもう一度息を吐き出すふりをして首を縦に振る。
…が、「でも、どうして二人とも…」と思わず言葉がこぼれた。
身を挺して自分を守ってくれた二人に水蓮は驚いていた。
変わらず黙するイタチの隣で、鬼鮫が「さあ…?」と首をかしげたが、小さく笑って言葉を続けた。
「でもまぁ、拾ったからには多少なりとも情はありますよ。ねぇ?イタチさん。数が多かった分、私よりあなたの方が情が多いですかねぇ」
面白がって言う鬼鮫に、イタチはいつものように目を細めて無言を返す。
「しかし…よくトビから目をそらしませんでしたね。あそこで目をそらしていたら…殺されていた」
「鬼鮫に教わったから」
鬼鮫は「ハハ」と少し嬉しそうに笑った。
「まぁ、あなたは死なないんでしょうけどね。そうなったらそうなったで、ややこしいことになっていた」
「え?あ…はは」
またひきつった笑いを返して、水蓮は差し出された鬼鮫の手に捕まり立ち上がる。
イタチはまだ少し機嫌悪そうな表情を浮かべていたが、水蓮の視線がトビが置いていった外套に向けられたことに気づき、口を開いた。
「お前はこれを身に着けるな」
「え?」
不思議そうな表情を浮かべる水蓮に、今度は鬼鮫が言う。
「これを着たら、あなたは完全にこちら側の人間だ。もう本当にどこにも戻れなくなる」
「…………」
これから暁はどんどん表に名前が出て行く…。そんな中これを着て行動し、その姿をあちこちでさらせば、関係する者にも、そうでない者にも、『暁の水蓮』として認識される…。
そしてそれは一生ついて回る…。
二人の言葉がそういう意味なのだと悟り、水蓮はじっと外套を見つめた。
だが、そこにもう迷いはなかった。
「何も怖くないよ!」
バッ…とイタチの手からそれを取り、勢いづけて身にまとう。
そして、二人を見つめてもう一度言った。
「何も怖くない」
その様子に鬼鮫がフッと笑みを浮かべた
「あなたはこれで正式に我々の仲間だ。よろしくお願いしますよ」
隣に立つイタチはやはり不満げではあったが、水蓮は頷き、二人に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
視線の先に外套の赤い雲が映る。
まさか自分が身にまとうとは思っていなかった
外から入り込んできた風が3人の外套をはためかせ、その裾が重なり合った。
活動報告にも書いた内容ですが…
この話でほんの少しですが、ひと段落(?)つくので、ちょっと連続アップしました(^_^;)
しばらくは先の話を構築する時間に当てようと思いますので、ちょっと間が空くかもしれません。
進み具合によっては、不意に投稿するかもしれませんが…
2週間以内には次の話を…とは考えていますので、その際にはまたよろしくお願いいたします☆
いつもありがとうございます(*^_^*)