この世界でこの二人と生きると心を決め、水蓮はイタチと鬼鮫に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
その行為に二人は少し意を突かれたように顔を見合わせ、笑った。
「一応囚われの身だと思うんだが」
「おかしな人ですね」
あ、そうか…
一緒に過ごすと言っても、処遇を決めるまで捕虜的な…
急に自分の行為が恥ずかしくなった。
「とりあえず」
と、イタチが気まずく顔をそむけている水蓮の姿を見下ろす。
「服を何とかした方が良さそうだな」
「え?」
水蓮は自分の服を見てゾッとする。
クナイが刺さっていた所を中心に、真っ赤に染まっていた。
自分はなぜ死なないのだろうか。一度死んでいるからなのか。
しかしはっきりと死んだのを確認した訳ではない。
分からず黙り込む。
「分からないのか?」
考えを読みとったのか、イタチのその問いに水蓮は頷きを返す。
次いで鬼鮫のため息が落ちた。
「記憶障害でしょうか」
そう言ったものの、鬼鮫の視線には未だ疑いの色が浮かぶ。
それでもこれ以上は無駄だと思ったのか、もうひとつだけため息をこぼし鬼鮫は話を終わらせた。
「とりあえず、服は私が調達してきますよ。イタチさんは休んで下さい。今日は瞳力を使いすぎていますからね」
「すまない」
鬼鮫は「では」と言葉を残し、サッと姿を消した。
瞬身。
本当にあんな風に消えるんだ…と、テレビ画面でしか見たことのない光景に水蓮は目を丸くする。
「忍を初めて見るような目だな」
「え?あ、うん。初めて…かな」
本物を見るのは、という意味を乗せて答える。
「その記憶も曖昧か」
言われ、水蓮はそういう事にしておこうと頷いた。
「まぁ、とりあえずゆっくりしているといい」
そう言い終わると同時に、イタチは急にその場に膝をついた。
「うっ…」
うめき、次に激しく咳き込む。
「イタチ!」
水蓮は慌てて駆け寄った。
しかし、イタチの「来るな!」という強い制止に立ち止まる。
目の前でイタチは体を折り曲げるようにして咳き込み、かなり苦しそうだ。
そういえば…と水蓮は思い当たる。
サスケとの戦いの後。イタチは病にかかっていたのではという描写があった。
やはり何か体に問題を抱えているのだろうか…
「大丈夫?」
水蓮は咳の止まらぬイタチのそばに寄り添い、背中を撫でた。
「離れていろ」
うつるかもしれないと心配しているのだろうか。見れば、少しだが吐血している。
しかし水蓮はニコリと笑った。
「大丈夫。私死なないみたいだし」
イタチはその言葉にハッとし、少し安心したような顔をしたが、またすぐに咳き込み、顔をゆがめた。
「薬はないの?」
「今切らしている」
一体どうすれば…
背中をさすったところで薬がないと…
どうする事もできぬままイタチの顔が青ざめ始める。
「心配ない」
かすれた声でイタチが言う。
「こんなところで死ぬわけにはいかない。まだ…オレは死ねない…」
サスケとの決着のため?
この人は、ただそのためだけに。サスケのために必死で耐えているんだ…
一族殺し。抜け忍。暁の監視。
里の極秘任務を受けすべての罪を背負って。
心と、病の苦しみにたった一人で耐えてる。
そして、もうすぐサスケと戦って…
つい最近見たイタチの最期を思い出す。
最期にサスケに見せたあの笑顔。
水蓮は胸が締め付けられた。
「あまりしゃべらないで」
なるべく優しく背を撫でるが、イタチは何度も何度も咳をする。
口を押えたその手がまた少し赤く染まる。
何か…私にできることはないの?
この人のために私ができる事…
この世界に来たことに何か意味があるなら、私にもできることがあるはず。
イタチを助けたい!
水蓮が強くそう思った瞬間、彼女の両手から薄緑色の光が溢れた…
「…え?」
突然の事に驚くが、すぐにはっとした。
見たことがある…
水蓮は自分の両手を見つめる。
そうだ!これは!
「もしかして」
「医療忍術か?」
綱手がやっていた様子を思い出しながら、水蓮はその手をイタチの胸元と背中に当てる。
「えと…こうかな」
…あ…なんとなくわかる…
たぶん…この辺り。
マッサージでツボを探し当てるような、そんな感覚だ。
光を…チャクラを当てる場所が感覚で分かる。
徐々にイタチの咳は収まり、顔色も血色を取り戻す。
しかし、逆に水蓮の顔色が悪くなっていた。
そのことに気付き、イタチが水蓮の手を握る。
「もういい。お前のチャクラがなくなる」
「え?」
言われて初めて自分の体にかかっていた負担を実感する。
「…っ…」
急激な疲労感とめまい。そして息切れが一気に襲う。
水蓮はその場に両手をつき肩で息を繰り返す。全力疾走の後のような苦しさだ。
「大丈夫か」
今度はイタチが水蓮の背を撫でた。
「お前医療忍者なのか?」
先ほど忍びではないと言ったばかりだ。イタチの言葉には少し棘を感じる。
「ちがう。どうしてかわからない…」
息を整えて水蓮は再び自分の両手を見る。
「私一体」
「何者かわからない…か?」
言葉が出なかった。確かにそうかもしれない。
過去に生きてきた自分の世界での記憶は残っている。
でも、今この世界において自分は一体何者と言えるのかわからない。
「オレもだ」
「え?」
思いがけないイタチの言葉に、水蓮は驚いた。
「すべてわかった上で、オレは道を選び歩いてきた。そのことに疑問も不安もない。この先行きつくべき場所も答えももう出ている。それでも…自分が何者かわからなくなることはある」
イタチの口からそんな言葉が出てくるとは思いもしなかった。
いつも全てを見通し。自信にあふれ、自分の決めたことに一点の曇りも見せない。
そういう人だと思っていた。
だけど、里と一族、そして暁。
重なるスパイ活動に、そしてサスケをだまし続けてきたことに、その心は疲弊し始めているのかもしれない。
どんなに優れた忍びと言えど、彼も人なのだ。
「すまない」
イタチは自分の言葉にハッとし、顔をそむけた。
その瞳は複雑な悲しさを浮かべている。
「気にしないでくれ」
その言葉半ばに、水蓮は無意識にイタチを抱きしめていた。
切なくて…苦しくて…そしてどうしようもなく愛おしかった。
…そうだ。私【NARUTO】の中で好きなのは、カカシとイタチだった。
そのイタチが目の前にいてこんな姿見たら…
ギュッと力を入れる。イタチは動かなかった。ほんの少し時間が止まったようだった…
しばらくしてイタチが静かに口を開く。
「水蓮。血が付く」
「あっ!」
慌てて離れる。
「ご!ごめん!汚した?」
「あ、いや違う。オレの血がお前に付く」
「え?あ、全然平気!大丈夫。だ、大丈夫…」
少し、気まずい空気が流れた。
とその時、タイミングよく鬼鮫が戻ってきた。
「イタチさん!?」
イタチの手に血がついているのを見て駆け寄る。
「大丈夫ですか?薬ももらってきましたから、すぐに飲んでください」
「すまない」
鬼鮫がイタチを支えて立ち上がらせ、壁際に置かれていた椅子に座らせる。
そして薬を飲むイタチを心配そうな表情で見ながら言った。
「あまり無理をするとお体に障りますよ」
あ…このセリフ聞いたことある。
アニメで見た時も思ったけど…
鬼鮫って…
「お母さんみたい」
「は?」
鬼鮫が間の抜けた声を出した。
そしてそのすぐあと、イタチがびっくりするほど普通に笑った。
「ふ…ハハハ!」
その笑顔があまりにも柔らかくて、水蓮は目を奪われた。
あんな風に笑うんだ…
見れば鬼鮫も驚いた様子でイタチを見ている。
しかし、そんな二人を気にとめずイタチはしばらくの間ククク…と笑うのをこらえていた。
「イタチさん。笑い過ぎですよ」
さすがに鬼鮫が抗議の声をあげる。
「すまない…ふ…クク…」
しかし笑いが止まらないようだ。何か思い当る事でもあるのだろうか。
「すごい笑われてるけど」
イタチから離れ、こちらに来た鬼鮫から服を受け取り、水蓮はつぶやくように言った。
「珍しいこともあるものだ。先程の木の葉での事が…」
鬼鮫はそこまで言ってハッとして口をつぐんだ。
そして「どこか岩の陰で着替えてきてください」と、そう言ってまたイタチのもとへと戻って行った。
木の葉…
イタチが木の葉に戻ったのは、木の葉崩しの後だったはず。
ということは、サスケに月読をかけた後。
だからさっきあんなことを言ったのかな…
少し心情に揺れが出ているのだろうか…
水蓮はそんな事を思いながら、状況を整理する。
木の葉へ侵入して、撤退。
それで暗部に追われてその場に自分が…という状況だろうか。
自分が今ストーリーのどのあたりにいるのかが掴めてきた。
続けて必死にストーリーを思い出す。
中忍試験。我愛羅との戦い。茶の国の任務。サスケに月読。サスケの里抜け。それからナルトが自来也と修行に出て、暁が次に本格的に動くのは3年後。
あと3年
イタチを見つめる。
すでに平静を取り戻し、鬼鮫と何か難しそうな顔で話をしている。
さきほどの苦しそうなイタチを思い出す。
あと3年もイタチはあの苦しみに耐えるのか…
水蓮の胸が痛んだ。
少しでも、取り除いてあげたい…
幸い、何故かはわからないが医療忍術が使える。
この力でイタチを支えよう。あの人の目的を遂げさせてあげたい。
里のために、そしてサスケのためにすべてを背負う覚悟で生きているあの人の目的を。
きっと、私はそのためにここに来たんだ…
水蓮はイタチを見つめながら、ここで生きる意味を見つけた。