いつの日か…   作:かなで☆

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第二十五章【記憶を呼ぶ香り】イタチの章

 夜の闇の中から、時折、季節の虫の鳴き声が聞こえる。

 優しく響くその()。夢隠れの里に広がる甘く上品な香り。

 本来なら心地よい眠りを誘う環境下。しかし、イタチは黒い夢の中にいた。

 

 何度も何度も見続ける夢…

 

 「なぜだ!どうしてお前が!」

 「自分が何をしているか分かっているのか!」

 「やめてくれ!」

 

 記憶から決して消えぬ阿鼻の叫び…

 最期を悟りながらも、受け入れられない戸惑いを浮かべたあの目…

 

 何も感じぬよう、狂気を演じ、ただひたすら血に染まった…

 

 いや…

 

 イタチはうなされながらも自身の考えを否定した。

 

 本当に演じていたのか…

 この心に、一族に対しての怒りがまったくなかったのか…

 一族と言う枠にとらわれ、力で支配しようとした愚かさへの落胆…

 それは皆無ではなかったのではないか…

  

 サスケの命を守るため。里を守るため。そして一族の名誉を守るため…

 考え、苦しみぬいた末に下した決断…そこに後悔はない…

 だが、あの日の自分の感情は…本当の心はどこにあったのだろう…

 

 わからない…

 

 自分の中に、自分でも気づかない狂気が眠っているのではないか…

 それがうちはの血…

 

 「イタチ君?」

 

 ふいによみがえったのは、あの日自分が一番初めに命を奪った少女の声だ。

 

 うちは イズミ

 

 近寄りがたいと言われてきた自分に、何の隔たりも持たずに笑顔を向けてきた同級生。

 思えば、里にいたころ、偽りなく自分のそばにいたのは、一族で言えば、サスケ以外には親友のうちはシスイと、彼女だけだった。

 自分より早く写輪眼を開眼させ、洞察力もあり、感受性も高かったイズミは、一族の中に渦巻く大人達の不穏な空気を感じ取っていた。

 

 才能ある忍だった。

 

 そのイズミが、自分に好意を持っていた事は気づいていた。

 だが、応える気はなかった。

 自分の彼女への感情は、どちらかと言えば好意的な物だっただろう。

 しかしその正体は、彼女の物とはまた違う気がしていた。

 

 しいて思い浮かべるなら…

 

 何事もなく時が過ぎれば、シスイと同じに、信頼のおける良き仲間として、共に戦う存在になっていたであろうという事。

 それでも、一番初めに彼女のもとへ行ったのは、自分にとって最も感情を動かされる人物だったのだろうとも思う。

 彼女との繋がりを切ることで、すべての感情を消し去ることができる。そう考えた。

 イズミが望むであろう、自分との幸せな時間の流れを幻術で見せ、その中で人生を終わらせた。

 そして、精神の最期と共に、その命の灯は消えた。

 

 「ありがとう…」

 

 イズミの最期の言葉…

 

 すまない。イズミ…

 

 「イタチ君」

 

 明るいまっすぐな声が響く。

 

 だが、次の瞬間。

 その声は、低く、恐ろしい響きへと変わり、言葉が直接イタチの脳へ突き刺さるように発せられた。

 

 「許さない!」

 

 「………っっ!」

 

 はじかれるようにイタチの体が起き上がった。

 跳ね飛ばされた布団が、その心を現わしているかのように歪み、重々しさを感じさせる。

 額には汗が浮かび、不規則に早く刻まれる鼓動が体の中から何かを押し出してくる。

 「…う…」

 知らぬ間に息を止めていたことに数秒してから気づき、イタチはまるで水中からもがき出たように息を吸った。

 そして体の奥底から吐き出す。

 

 

 この里に来ることが決まってから、おそらく見るのであろうと思っていたこの夢…

 過去の記憶が思い起こされる。

 

 

 下忍の頃任務で一度訪れたこの里。

 ほんの少し与えられた休憩の時間。イタチはイズミにと、紅くちなしの香りがする石鹸を買った。

 お礼のつもりだった…。

 アカデミー時代、たちの悪い上級生にからまれ、対処しかねていた所をイズミに救われたことがあった。

 そのお礼のつもりで買ったのだ。

 だが、結局渡せぬままだった。渡す前に会話の中で彼女を傷つけてしまい、その機会を失った。

 その後和解はしたが、やはり渡せぬまま終わった。

 今となってはそれでよかったのだろうと思う。渡していたら、余計な勘違いをさせただけだっただろう。

 

 今となっては遠い記憶。

 

 だがこの里に広がり満ちる香りに、それが呼び起こされる。

 あの日の夢を、闇を寄せる…

 

 人の脳、意識と言うのは、複雑なことを考えていても結局は単純な物だ。

 目には見えぬ何者かに操られ、弄ばれているようで。それに抗えない自分に嫌気がさす。

 

 もう一度大きく息を吐き出し、見ていた夢を、声を思い返す…

 

 

 許さない…

 

 

 「そうだ。お前はオレを許すな…」

 許さないでくれ…

 「イズミ…」

 その呟きに、少し離れて眠っていた水蓮が、バッ…と突然勢いよく体を起こした。

 思わずイタチがビクリと体を揺らす。

 「すまない。起こしたか…」

 言葉が終わるよりも早く。イタチの顔が水蓮の腕の中に包まれていた。

 突然の事に、イタチは身動きが取れずに固まる。

 「水蓮…」

 戸惑いの混じる声に、水蓮の声が重なる。

 「ユキ。ここにいたの…」

 「………?」

 顔をしかめ、気付く。

 先ほど言っていた、昔飼っていたネコの名前…

 

 …寝ぼけているのか…

 

 ため息をつき、その体を離そうとするが、再び水蓮の口から言葉がこぼれた。

 「大丈夫だよ…」

 ギュッと腕が締まる。

 「私がいるから。怖くないよ」

 「………っ!」

 心が勝手に反応していた。

 「大丈夫…」

 その静かな声に、揺れていた水面から波紋が消えていくように、イタチの体からゆっくりと力が抜けてゆく。

 「大丈夫」

 水蓮の体を離そうと持ち上げた両手が、トス…っと弱い音を立てて布団の上に落ちた。

 

 優しく、だがしっかりと包み込む細い腕…

 さらりと揺れ、頬にあたる髪…

 ふわりと流れる柔らかい香り…

 そのすべてが、イタチのあらゆるものを受け止めてゆくかのように、そこに()る…。

 

 

 空区の時も今も…

 闇に落ちそうになるたびに、水蓮がそばにいる。

 

 本来ならいるはずのない存在…

 

 与えられてはいけない何かを、心の中に感じる…

 

 静かに流れる時間の中で、イタチは自身の鼓動に意識を向けた。

 

 先ほどとは違う静かなその響き…

 

 オレの心は、今落ち着いているのか…?

 

 落ち着きと言う言葉も感情も、遠い過去に置き去りにしてきたイタチにとって、今自身の中にある感情がそれと一致しているのかどうかがわからない…

 だが、その胸中に浮かぶ想い。

 

 …もう少しだけ…

 

 無意識化の中に生まれたその想いと共に、心と体を水蓮のぬくもりに預け目を閉じる。 

 しかしイタチに与えられたのは、ほんの数秒だった。

 閉じられたふすまの向こう。覚えのあるチャクラが揺れる。

 

 …鬼鮫か…

 

 その思考と同時に水蓮の体が布団に崩れ落ちた。

 イタチはそのまま水蓮を布団に寝かせ、静かに部屋を出る。

 暗闇が広がる庭に向けて写輪眼を開く。

 塀の向こうからつながる細い水路が行きつく小さな庭池の中に、その目でのみとらえることのできる光が一つ。

 それは、鬼鮫のチャクラに包まれた小さな紙。

 庭に下りて拾い上げ、静かに目を通し、読み終えたのち火遁の炎でそれを滅する。

 炎が闇に溶け、消え去るのを見送り廊下に戻ったその時、いくつかの気配を感じてイタチは警戒の目を庭に向けた。

 「ニャー」

 ガサッと音がなり、庭の奥に並ぶ垣根から昼間の猫が顔を揃えて現れた。

 そして、屋敷から漏れる薄明かりの中で、先程と同じように2匹がじゃれ遊ぶ。

 ほっと息をついたイタチのそばに黒い猫が飛び来て、その光景をじっと見つめる。

 「こんな時間まで遊んでいるのか…」

 遅くはないが、早い時間でもない。

 足元にいる黒い猫に視線を落とす。

 「兄は大変だな」

 なぜ【兄】と思ったのか。2匹を見守るようなその眼差しに、イタチは自然とそう声をかけていた。

 それを肯定するかのように、漆黒の体がしなり、イタチの肩にその存在を預けてきた。

 「なんじゃ、眠れぬのか?」

 廊下の奥から聞こえた弓月の声に、スッと瞳を黒く戻し、視線を向ける。

 弓月の手には、水の入った桶。

 どうやら花夢の看病をしているらしい。

 「手伝いはいないのか?」

 「一人使用人がおるのだが…今ジィについて行っておる」

 「そうか」

 「こやつら、また来ておったのか」

 イタチの隣に立ち、和む光景を見つめる。

 しばし、沈黙が流れた。

 「9歳…」

 庭を見つめたままのイタチの口からポツリと言葉がこぼれた。

 「ん?」

 「それくらいか?」

 弓月は顔をしかめて、その意味を読み探る。

 そして「ああ」と思い当たり笑う。

 「かなめの話か?」

 イタチの無言を返事と取り、弓月は呆れたように言う。

 「イタチ、お主言葉が少ないにも程があるぞ」

 「……………」

 また無言を返す。

 「何も言わぬと言うことは自覚はあるようじゃな」

 笑いながら手に持っていた桶を床に置き、座る。

 「して、何が聞きたいのじゃ」

 イタチは、多くを聞かずとも相手の事を理解する弓月に感心を覚えていた。

 自分と同じ年。だが、自分が年相応の内面ではない自覚があるイタチにとって、こうして話せる同年の弓月の存在が少し不思議に感じた。

 同時に、彼女もまた自分とは違う何かを背負って生きているのだろうとそう思う。

 そういう人間は、感性が違う。

 「なぜそういう感情だと…」

 弓月とかなめの話を聞き、お互いに想いを確信するには幼いと、そう思っていた。

 まして弓月は今でも変わらず想い続けている。

 それが、ただ単純に不思議だった。

 自分ですら、その頃イズミに対しての感情がわからなかったのだから、余計に不可解だった。

 しかし、そんな事を聞く今の自分も不可解だとイタチは驚いていた。

 普段人に疑問を投げる事のない自分が、会ったばかりの弓月に、なぜこんな事を…

 

 それもこの里の香りのせいだろうか…

 イズミの夢を見たせいだろうか…

 そこに一体何の答えを求めているのだろうか…

 

 イタチの脳裏にいくつもの疑問が浮かんだ。

 「それは…」

 イタチの少ない言葉の意味をしばし考えていた弓月が口を開く。

 「かあ様から昔聞いたのじゃ。父様といるとなぜだか落ち着いて、つないだ手をあと少し、もう少しだけと離せないでいた。それが『好き』だという事なんだと。そう思ったとな。わらわもかなめにそう思った。だからじゃ」

 最後の一言が照れ隠しで強くなる。

 無言のままのイタチの瞳が少し揺れた。

 「さて」

 勢いをつけて弓月が立ち上がる。

 「もう寝ろ。今日は変わった者は結界よりこちらには入ってきていない。心配はいらんじゃろう」

 「ああ」

 弓月は庭で遊ぶ猫たちに向けて「お前たちも早く家に帰れ」と言葉をかけた。

 まるでその言葉を解したように黒猫が一声鳴き、イタチの肩からするりと降りる。

 そして、軽い足取りで庭をかけ、闇の中へと体を投じた。

 その後を2匹が追い、庭に静寂が戻った。

 「じゃぁの」

 ネコに言ったのか、イタチに言ったのか、弓月は一言そう言ってその場を去った。

 イタチはもう一度ネコたちが去った闇を見つめ、しばらくしてから部屋に戻った。

 

 静かにふすまを閉め、穏やかな寝息を立てて眠る水蓮に一瞬視線を落とし、部屋の奥にある窓際に座る。

 

 見上げた窓の外には、夜の空に消え入りそうな細い三日月が、頼りなくどこかせつなげな光を放って浮かんでいた。

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