いつの日か…   作:かなで☆

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第二十七章【里の兄弟】

 「明日じゃな!」

 屋敷の中に弓月の声が響く。

 庭の木に止まっていた鳥が驚きはばたいた。

 

 

 あの後先の事を打ち合わせし、このまま別行動をとることになった水蓮達は、弓月のもとへと戻り「あちらから接触があった」と伝えた。

 「う、うん。明日屋敷の裏手にある広場に来るって…」

 「そうか!よし!」

 弓月はこぶしを握り締めて「フフフ」と不敵な笑みを浮かべた。

 「昨日話した様に、お主らはあちらの忍びを頼むぞ。手出しされては困るからな。輝穂家の息子は、わらわがやる…」

 浮かべた表情とそのニュアンスは、すでに【戦う(やる)】ではなく【殺す(やる)】に近い。

 「わらわが直接叩きのめさなければ意味がない。2度と近寄りたくないと思わせなければならぬからな」

 「あ、あの。一応、ほら。ご子息様だからね?」

 実際には戦うような事にはならないだろうが、あまりにも意気の上がる弓月に思わず水蓮が言う。

 「ん?分かっておる。心配するな。直接危害を与えたりはせぬ」

 水蓮が首をかしげる。

 「どういう…」

 「幻術か…」

 後ろからイタチの声が入り込む。

 弓月は、フフン…と得意げに笑って見せた。

 「そうじゃ。わらわの得意分野は幻術じゃ。精神世界で存分に痛めつけてくれるわ!」

 

 それはそれで恐ろしい気がする…

 

 「……………」

 仁王立ちで声をあげる弓月を水蓮達は無言で見つめる。

 

 相手が【かなめ】だと分かったら、一体どんな反応するんだろう…

 

 その時の事を想像して、水蓮は笑みをこぼした。

 が、そのあと鏡を奪わなければいけないのだという事を考え、気持ちが重くなった。

 

 おそらく戦う事になるのだろう…

 

 しかし、この任務をやり遂げなければイタチのそばにいられなくなるかもしれない。

 水蓮は組織が自分を試しているという事に気づいていた。

 

 やるしかない…

 

 複雑な思いで弓月に視線を投げた。

 

 

 

 この日は、弓月の里の見回りについて回ることになった。

 里の中は程よく賑わっており、休日なのか子供たちの姿も多くみられる。

 走り回る子供のうちの一人が弓月のもとへと寄ってきた。

 10歳くらいの男の子だ。

 「弓月様!」

 「どうした(かける)

 翔と呼ばれた男の子は、ずっと走り回っていたのか、息を切らしながら弓月を見上げた。

 「兄さん見なかった?」

 イタチの視線が翔に向けられる。

 「なんじゃ、また追い掛け回しておるのか」

 呆れたその口調に、よくある事なのかと水蓮が小さく笑う。

 「だって、全然修行見てくれないんだもん」

 「勘弁してやれ。マナトはもうすぐ大事な選抜試験を控えておる。忙しい身じゃ」

 「でも、その試験に受かって特殊部隊に入ったら任務で忙しくなるだろ。だから今見てほしいんだよ…」

 翔は頬を膨らませて「あっち見てくる」と言い残し走り去っていった。

 「選抜試験って?」

 水蓮が弓月に問う。

 弓月はゆっくりと歩きながら話す。

 「穂の国と契約したことで、これからは国からの任務に就くことになる。そのために、請け負う任務によっての、いわゆるランク分けをこの里でもきちんとせねばならなくなった。じゃからこの間、木の葉での中忍試験にと思ったのだが、ちょっと里内でゴタゴタがあってな。参加できなんだ。それで、里で独自に試験をすることになったのだ」

弓月はひとつため息をつき「しかし」と顔をしかめた。

「まさか木の葉があのような事になるとは…」

 水蓮の脳裏に、木の葉崩しが浮かぶ。そして連動してサスケの里抜けの事を思い出した。

 写輪眼と同様、任務の支障にならぬようにと布で隠した額当ての向こうで、おそらくイタチも思い出しているのだろうと、ほんの少し近くに体を寄せる。

 「さっきの翔の兄マナトも、もちろん出すつもりじゃったのだか結果としては巻き込まれずにすんだ…」

 弓月は複雑な表情で言葉を続ける。

 「しかし、木の葉の甚大な被害を思うと、自里の者が無事じゃったからと手放しでは喜べぬ…」

 その視線はイタチと同じ方角を向いていた。

 二人が見据える先には、おそらく木の葉の里があるのだろうと、水蓮もそちらを見つめる。

 「今、この里からも何人か復興の手伝いに出向いておる」

 「そうか…」

 たった一言のイタチのそのつぶやきに、色々な思いが込められているように感じ、水蓮はイタチを見上げた。

 イタチの視線は今度は別のところを向いていた。

 水蓮と弓月もそちらを見る。

 「マナト…」

 弓月のつぶやきの先。雑貨屋の陰に身を隠す一人の少年の姿があった。

 どうやら先ほどの翔の兄のようだ。

 弟に見つかるまいと、辺りを警戒している。

 その目が弓月をとらえ、苦笑いを浮かべながら頭を下げた。

 弓月が歩み寄り「大変じゃな…」と、ねぎらう。

 「あいつ、しつこくて…」

 困ったような顔だが、浮かぶ笑顔に、弟の事が好きな気持ちが現れている。

 「少し見てやれば気が済むだろう」

 そう言ったのはイタチだった。

 突然見知らぬ人物から声をかけられ驚いたのか、マナトは一瞬言葉に詰まった。 

 それでも、弓月と共にいる人物であるという事で警戒は感じておらず、「それが…」と口を開く。

 「あいつ、すぐに無茶をするんですよ。まだできない事でも、僕のまねをして…。だから、怪我をさせたくなくて…」

 「しないよ」

 声は、マナトの背後から聞こえた。

 振り向いたマナトが顔を引きつらせながらそこに立っていた者の名を呼ぶ。

 「翔…」

 はぁぁと、まだ成長しきっていない小さなその肩を揺らしながらため息をこぼす。

 翔はむすっとした顔で兄に言う。

 「兄さん。僕がいつまでも、何もできないと思わないでよね」

 腰に両手をあてて、胸を張って立つその姿がかわいくて、水蓮と弓月が小さく笑った。

 「油断してたら、兄さんなんてすぐに追い抜いてやるから!」

 強気なそのセリフに弓月が返す。

 「お前にはちと難しいやもしれぬぞ。マナトは、この里きっての天才じゃからな。これからもどんどん伸びる」

 マナトの肩を誇らしげにグイッと抱き寄せる。

 「ゆ、弓月様…」

 褒められたことと、肩に乗せられた手。その両方に照れを浮かべる。

 翔はさらにむすっと頬を膨らませる。

 「そんなことないよ!絶対兄さんより強くなってやる!」

 「そうだな」

 すかさず答えたイタチに目を向けて、水蓮はドキリとした。

 柔らかい、優しい笑みが浮かんでいた。

 「弟だからと言って、兄より強くなれないことはない。努力次第だ」

 「そうだろ!兄ちゃんいいこと言うな」

 「こら、言葉遣いに気をつけろ」

 厳しい目で弟に一言投げる。

 イタチは今度はマナトに優しい口調で話しかけた。

 「怪我をさせたくないと突き放していては、自分の身を守るための力をつけられない。兄弟だからと言って、ずっとそばにいて守ってやれるわけではないんだ。共に過ごせる時間があるなら、少しでも見てやれ。いつか後悔せぬようにな…」

 会ったばかりのイタチの言葉。それでも何か感じる物があるのか、マナトはまっすぐな目でそれを受け止めていた。

 その光景を見ながら、普段見せない柔らかなイタチの姿に、水蓮は胸が詰まる思いだった。

 そこには考えるまでもなく、サスケへの思いが溢れている。

 マナトはそんなことはもちろん知らぬが、何か大切なことを教わっていると理解したのだろう。

 姿勢を正して「わかりました」と、きりっとした声で答えた。

 そして、美しくお辞儀をした。

 「ありがとうございます」

 イタチは思ってもいなかったその返しに少し戸惑い「い、いや…」と言葉を詰まらせた。

 「兄さん、見てくれるの?」

 翔が嬉しそうな声をあげる。

 マナトは「少しだぞ」と弟の頭を撫で「お前もお礼を言いなさい」と、イタチに向き直り、翔を促す。

 翔は、ニッとイタチに笑って大きな声で言った。

 「ありがとな!兄ちゃん!」

 「ありがとうございますだろ。お前にはまず言葉遣いから教える必要がありそうだな」

 呆れた顔でそう言い、マナトはもう一度イタチに礼を言い、頭を下げて弟と一緒に去って行った。

 「いい兄弟だね」

 二人の背を見送りながら水蓮がほほ笑んだ。

 「ああ。マナトはまだ13歳じゃが、さっき言ったように天才肌でな。先日の中忍試験には出せなんだが、十分その力はある。内面もな」

 イタチが「そのようだな」と返す。

 「弟の翔も、優秀な奴じゃ。内面は、ちとまだまだじゃがな」

 弓月が苦笑いを浮かべた。

 「ああ。そのようだな」

 少し笑いながらそう答えたイタチの視線の先では、楽しそうに話す兄弟の横顔。

 それを見つめるうちに、少しずつイタチの瞳が切なげに色を変えていく。

 水蓮はそれを見ていられなくて、思わずイタチの外套の袖を握った。

 そして自分に向いたイタチの視線に微笑んだ。

 「行こ」

 「…ああ」

 短く答えて、イタチはいつもの空気を取り戻した。

 

 

 

 …夜。

 ここ数日の中では久しぶりに空が少し曇り気味な天候となり、月もその姿を隠していた。

 空気もヒヤリと冷たく感じる。

 水蓮は風呂を済ませ、台所を借り、温かいお茶を煎れて部屋へと戻った。

 部屋では、イタチが窓際に座って空を見上げていた。

 背を向けていてその表情は見えないが、空と同じように、少し曇った空気が漂っているように感じた。

 「イタチ。お茶煎れてきたんだけど、飲む?」

 明るい声で近寄る。

 イタチは「ああ」といつもの静かな調子で振り返った。

 湯呑を渡し、水蓮もそばに座る。

 「あのね、これ借りてきたんだけど」

 そう言って弓月に借りてきた物をイタチの前に出し広げる。

 それを見てイタチが目を細めた。

 「将棋か…」

 「うん」

 昼間の事が気になり、何かで気分を紛らわせる事ができればとの水蓮の考えだった。

 「久しぶりに見るな…」

 折りたたまれていた盤をイタチが広げ、水蓮が駒の箱を開ける。

 「できるのか?」

 問われて、水蓮は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。

 「ぜんぜん。イタチは?」

 「まぁ、普通にはな…」

 「じゃ、教えて」

 イタチは一瞬考えた様子を見せ「わかった」と答えた。

 丁寧に一通りの事を教わり、二人は打ち始める。

 初めは「これ、ここに打てる?」「こっちに進めるんだっけ」と、一つ一つ聞いていた水蓮だったが、数回打つうちに、何とか少し打てるようになってきた。

 それでも、初めてするがゆえ、ある意味『読めない』手を打ってくる水蓮に、イタチは時々こらえた笑いをこぼした。

 そのたびに、水蓮はジトリとにらみながら頬を膨らませる。

 そして、数回目の局面。

 「ここかな…」

 ポツリと言いながら水蓮の打った一手に、イタチがまた小さく笑った。

 「お前がそこに打ったら、オレの勝ちだ」

 「え~っ!」

 「こういう場合は」

 と、水蓮の打った一手をとり、イタチは別の場所に打ち直す。

 「ここに打つ。で、オレがこう打ったら次は…」

 「あ、ここ?」

 呟きながら思いついた手を打つ。

 「そうだ」

 再びうち進めてゆく。

 

 パチリ…パチリ…

 

 しばらく駒の音だけが部屋に響く。

 次第にイタチも集中し、他の事を考えなくなっていた。

 打ち慣れてきた水蓮は、時折り先を読んで長考するようになり、そのたびに、イタチは静かに待つ。

 

 パチ…

 

 考えた末に打たれた水蓮の一手。

 イタチは小さく頷いて「いい手だ」とその駒を見つめた。

 「ほんと?よかった」

 「ああ。筋は悪くない。時折、ドキリとする手を打ってくる」

 思わぬほめ言葉に、水蓮が違う意味でドキリと胸を鳴らす。

 「将棋は、打ち手の人間性が出るからな。お前の駒の動きも、お前そのものだ。思いがけないところに打ってくる」

 「それって、危なっかしいって事?」

 「それもあるな」

 言いながら駒を打つ。

 水蓮は、今度はすぐに打ち返す。

 その一手に目を細めて笑い、イタチが駒を持つ。

 「考えていない様で、考えている」

 パチリ…と、優しい音が響く。

 数秒考えて、水蓮が駒を進める。

 イタチはその動きに一瞬手を止めて、盤を見据え、ゆっくりと手を選び打つ。

 「きわどい所に、賭けてくる」

 その言葉を嬉しく感じながら、水蓮が打つ。

 「だが、油断しやすい」

 イタチは、パチリと音を鳴らした駒から手を離し、水蓮に目を向ける。

 「オレの勝ちだ」

 「う~…」

 どう考えても勝てるわけはないが、それでも水蓮は悔しそうにうなだれる。

 その様子を見ながら、イタチはすっかり冷めたお茶を口に含み、小さく咳き込んだ。

 「イタチ!」

 慌てて顔をあげると、イタチは「大丈夫だ」と、湯呑を置いた。

 「少しのどに詰まっただけだ」

 「ほんとに?」

 「ああ。ここ最近は体調もいいからな。心配ない」

 その言葉がどうやら本当の様で、水蓮はほっとする。

 「でも、もう寝たほうがいいよね」

 少し残念な気持ちもあったが、明日の事を考え、水蓮は駒を片付ける。

 しかし、その手をイタチが止めた。

 「水蓮」

 「…え?」

 再び上げた視線の先で、イタチが柔らかい表情を浮かべていた。

 「あと一局だけどうだ」

 思ってもいなかった言葉に驚いたが、水蓮は笑みを返した。

 「うん」

 

 

 そうして打ち始めた二人の向こうでは、夜空の雲がいつの間にか晴れていた。

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