抜けるような青空
その言葉がきれいに当てはまる空色。
日に日に気温が上がり出し、夏の日差しが照りつけ始めた。
水蓮たちは風の通りがよい洞窟に身を置き、暑さをしのぎながら過ごしていた。
イタチの単独任務は、あの一件から幾月かが過ぎる中で2回あったが、どちらもあの時ほどのダメージを負うようなことはなかった。
水蓮はその都度同行しようとしたが、イタチはそれを許さず、結局は心配しながらその帰りを待つ形となった。
それでも、黙って行くような事はなくなり、「戻ったら回復を頼む」と水蓮に言葉を残すようになった。
誰かを頼り、求めるような事をしないイタチのその大きな変化に、今は多くを望まずにいようと、水蓮もイタチの意向を受け入れた。
そして、今日もそのイタチの帰りを待っていた。
2日前に久しぶりに単独任務に出かけ、今日戻る予定になっている。
「そろそろ戻るかな」
そうつぶやいた水蓮の言葉と同時に、洞窟の中にふわりと風が舞い込んだ。
その風の中に花の香りが混じり、水蓮が入口に目を向けると、再び舞い込んだ風と共にイタチの姿がそこに浮かんだ。
中に歩み
「お帰り」
「ああ」
言葉は短いが、その響きはこの1年で随分と柔らかくなった。
「体調は?」
「大丈夫だ。今回はさほど使っていない」
「そう。よかった」
言葉をかわしながら奥へと並んで入る。
「なんか、いい匂い。金木犀かな?」
イタチの外套からふわりと香りが広がり、少し顔を寄せる。
「ああ。そういえば、出向いた先に咲いていたな」
記憶の中にその花を見て、イタチが視線をあげる。
そしてあたりを見回して「鬼鮫はどうした?」と、その姿がないことに気づく。
「情報収集に行くって。夕方戻るって言ってたから、あと2・3時間は戻らないかも」
暁は基本ツーマンセルだが、イタチが組織からの命令で単独で動くように、鬼鮫もまた単独での動きを許されているらしく、組織の鬼鮫への信頼は厚いのだろうと水蓮はそう感じていた。
「そうか…」
しばし考えて、イタチは水蓮に「頼めるか?」と聞いた。
疲れ具合から見て、チャクラの回復ではなさそうな様子に、水蓮は思い当りうなづいた。
「うん。でも、帰ってきてすぐ大丈夫なの?」
「ああ。大丈夫だ」
その場に座るイタチの前に、水蓮は向き合って座る。
「え~と、まだ教えていないのは…」
つぶやきながら、水蓮は母親から引き継いだ封印術の術式と印を頭にイメージする。
それが出来上がると、イタチが写輪眼を水蓮の視点に合わせてイメージの中に入り込んでいく。
こうしてここ数か月、水蓮がイタチに封印術を教えていた。
滅びた里の封印術は文献も少なく、イタチにも知りえない物が多かったため、水蓮の母の術はかなり貴重なものであった。
伝え終わり、水蓮がふぅ…と息をつく。
「大丈夫か?」
「もう一つくらいはいけるよ」
術のレベルによって異なるが、伝える側に負担がかかる手法であるため、一度に一つが限度。
だがチャクラコントロールが上達した水蓮には、まだ少し余裕があった。
それでもイタチは「いや」と答え、今教わった術の印を組み始める。
「少し難しそうだな」
とはいうものの、器用に今見たばかりの物を再現してゆく。
が、途中で少し手が詰まる。
「やはりコピーしきれないな」
うずまき一族の封印術は写輪眼でもコピーしきれず、血継限界に近い何かがあるのかもしれないと、イタチはそう感じていた。
中にはイタチにも扱えない物もあり、その特殊さは際立っていた。
「そこはね、こうだよ」
進めかねていたイタチの手を見て、水蓮が自身の手を動かす。
今教えた術は内容が高度なため今の水蓮では発動しないが、自身の中にある分、印の組み方は要領を得ている。
イタチの前でゆっくりと印を組んで見せる。
「こうして、こう」
「ああ、なるほど…」
それに合わせてイタチもゆっくりと続く。
幾度かそうして動きを合わせながら、水蓮は小さく笑った。
「なんだ?」
「なんか、何でもできるイタチに何かを教えるのって不思議だなと思って」
「何でもできるわけではないさ。初めは皆教わる」
「そうだね」
水蓮にとってこの時間は心地よく穏やかに過ごせる貴重な時間であった。
また、自分が必要とされているように感じ、うれしかった。
時々ちらりと見るイタチの表情も柔らかく、それが余計にその気持ちを大きくする。
ほどなくしてイタチは印をマスターし「また頼む」と立ち上がった。
ふわりと、また金木犀の香りが揺れる。
「今晩アジトを移動する。体を休めておけ」
「任務?」
問いながら立ち上がる水蓮に、イタチは「いや」と答えた。
「少し長くここにいるからな。そろそろ移動した方がいいだろう」
自分と鬼鮫への、追い忍のことを考えての移動。
今のところまだ遭遇はしていないが、なるべく居場所を悟られぬよう、こうして移動することが多かった。
「わかった」
そう言ってうなずいた水蓮だったが、調合途中の薬があったことを思い出す。
「これだけやってしまうね」
壁際に置かれた調合道具の前に座り、手早く作業する。
イタチはその様子を見ながら、少し離れたところに座った。
その瞳に柔らかい色が浮かんでいることに、水蓮は気づかず作業に集中する。
しかし、イタチもまた自覚のないままのことだった。
それでも、水蓮がいる空間に違和感を感じなくなったことには気づいていた。
壁に背を預け、自然な空気の中「少し休む」と目を閉じる。
が、すぐに何かの気配を感じ体勢を起こす。
気味の悪い、妙な空気が洞窟内にあふれ広がり、今までの穏やかさを一瞬で消し去る。
その放射点。それは水蓮の背後に感じられた。
「離れろ!」
「…………ッ!」
イタチの声と同時に水蓮も何か嫌な物を感じ、慌てて体を持ち上げる。
しかし、立ち上がるより一瞬早く、壁から飛び出した何者かの腕に水蓮は羽交い絞めにされた。
「きゃぁっ!」
「水蓮!」
声を上げたイタチの視線の先、水蓮を捕まえていたのは…
「ゼツ…」
イタチの口からその名がつぶやかれた。
水蓮はほんの少しだけ視線を後ろに向けその姿を確認する。
食虫植物のような深い緑色の棘に覆われた体。
その棘の間から見える姿は、左右で白と黒に分かれており、間近に見える瞳は怪しく光っている。
「イ、イタチ…」
突然の事に動揺する水蓮のその声は、かすれ、空気に消えそうなほどか細い。
だが、イタチはうかつには動けずにいた。
暁に身を置いて長いイタチですら、いまだにこのゼツの事は把握できていない。
後方支援として、諜報活動を中心にしており、その姿をあまり組織の中でも見せないこともあって、あまりにも情報が少ない。
だが、只者ではないという事だけは分かっていた。
その容姿と、左右で逆の性格を持つ異様な特徴を持っているという事もあるが、それだけではない。
油断できぬ何かを、イタチは初めて見た時から感じていた。
水蓮にしてみても、ゼツの登場のタイミングや描写を見る中で、その存在の特殊さは認識している。
「ゼツ。何のつもりだ…」
イタチの口から慎重に言葉が発せられる。
その警戒の度合いに、水蓮はゼツの腕を無理やり振りほどきたい衝動を抑え、じっとイタチの出方を見る。
微動だにできぬ水蓮の後ろから、白ゼツが答える。
「イタチのとこにかわいい子が入ったって、ずいぶん前から聞いてたんだけど、ずっと忙しくてさぁ。やっと見に来れたって感じ。へぇ…。確かに可愛いね」
その口調から、ふざけての事のようだが、イタチは読みきれないゼツの存在に警戒を解けずにいた。
「それにしても、あの人本当に人使い荒いよね。ここ一年は特にオレたちめちゃくちゃ忙しくてさぁ…」
水蓮を離さぬまま、うんざりした口調で愚痴りながら、ゼツが話途中にグッと腕に力を入れた。
「やっ!」
一瞬、ぞわりとした感触が体を走り、水蓮が逃れようと動く。
どうやら拘束を強めたのは黒ゼツの様で、白ゼツが「どうしたの?」と半身に問う。
黒ゼツはしばし黙し、イタチに鋭い視線を向けた。
「オイ。イタチ、オ前知ッテルノカ?」
「何をだ…」
嫌な予感がイタチの脳を駆ける。
黒ゼツはかすかに揺らいだイタチの瞳を見逃さなかった。
「知ッテイルナ…」
無言を返すイタチに代わって「何を?」と、白ゼツが軽い口調で聞く。
水蓮は目の前のイタチの表情が少し強張ったことに気づき、心臓を大きく脈打たせた。
「コイツ」
黒ゼツのおぞましい声が響いた。
「九尾ノチャクラヲ持ッテイル」
「………ッ!」
感知された!
水蓮とイタチの息と思考が重なる。
「え?あ、ほんとだ。ちょこっとだけど感じるね」
白ゼツがそう言い、黒ゼツがさらに水蓮を強く抱え込んだ。
「つぅっ!」
グッと締まる腕に水蓮の顔がゆがむ。
「放せ…」
イタチが低い声で牽制しながら足を進める。
だが、踏み出した一歩目で、黒ゼツの体が沈みだした。
「少シ借リルゾ」
「え?」
水蓮の口から一言のぶやきが漏れた時、すでに体の半分が土中に埋まっていた。
「いや!」
体をよじるがびくともしない。
「水蓮!」
「イタチ!」
地を蹴りイタチが手を伸ばす。
しかし、必死に伸ばされた水蓮のその手を掴めなかった…