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音もなく、二つの存在が
そのスピードはすっかり登り切った日の光を浴びても、地に影を作ることすら許さない。
「なんとも奇妙な最後でしたねぇ」
先ほどまでの戦いを振り返る鬼鮫の隣を、イタチは無言で駆ける。
朝、洞窟を出てからほどなくして、昨日取り逃がした相手を見つけ戦闘となった。
敵は二人。忍びではなく、霧隠れに雇われた、毒蜂を使う特殊な一族。
鬼鮫が受けた毒も蜂の物で、2度刺されると死に至ることもあるその特性を利用して鬼鮫を狙ってきた。
忍びではなかったが、水遁と雷遁を巧みに使い、毒蜂での攻撃を繰り出してきた。
しかしイタチと鬼鮫にかなうものではなかった。
「まさか、毒蜂に自分たちを襲わせて幕を引くとは」
戦いの末に適わぬと悟り、選んだ最期がそれだった。
倒れ伏す二つの体を見えなくするほどの毒蜂。
それは黒い塊となり、蠢き続けていた。
しかし、イタチの心に影を落としたのはその光景ではなかった。
「兄の手で殺される弟の心境とは、どういったものですかねぇ」
まるでイタチの思考の流れを読み取るかのように、鬼鮫が言葉を並べてゆく。
兄弟であった…
先ほど戦った二人は兄弟だったのだ。
毒蜂を操っていた兄が、勝ち目はないと悟り、最期の選択をした。
「大丈夫だ…。僕も一緒に、死ぬから…」
蜂の鋭い針と強い毒に苦しむ弟の体に、クナイを突き立ててそう言った兄の目は愛にあふれていた。
『お前も…他の弟たちも…愛しているよ…』
兄の最後の言葉
それこそが、イタチの鼓膜に、心に貼りついて離れないものだった。
「明日は我が身、ですか?」
一言も返さないイタチに視線を向けぬまま鬼鮫が言う。
いや…
イタチは言葉に出さず自身の中で否定する。
自分は弟に。サスケに討たれるのだ。
同じではない。
それに、先ほどの兄弟。弟は死んでいない。
兄の体からは確かに命は消えていた。
しかし、隙間なく蠢く毒蜂の向こうで、弟の体にチャクラが消えることなく流れていたのを、イタチの写輪眼が捉えていた。
いったん弟が死んだとこちらに思わせ、兄が自分の命を弟に注ぎ込んだようであった。
彼らの一族に伝わる秘術のようなものなのだろう。
毒蜂にもチャクラが流れていたため、鬼鮫は気づかなかったようだが…。
しかし、兄が死に、弟が生きる…
そういった意味では同じか…
『お前も…他の弟たちも…愛しているよ…』
再びその言葉がよみがえった。
最期にこの世に打ち明けることのできた想いは、弟に届いたのだろうか…
だが、どちらにせよイタチは真実を口にして散って行った兄が羨ましかった…
自分はもう決して伝えられないのだろう…
サスケにすべてを託して死にゆく覚悟はとっくにできている。
だが、ただ一つ後悔があるとすれば、本当の想いを伝えることなく命を終えることだ…
オレは最期の瞬間。何を語るのだろうか…
問う
だが、それは死の瞬間にしかわからない…
「どうだろうな」
返答を待つように黙する鬼鮫に、イタチは一言だけ返して、さらに速度を上げた。
日が少し傾き始めたころ、水蓮はサソリと共に、西アジトへと降り立った。
アジトの入り口では鬼鮫が待っており「そちらも済みましたか」と、水蓮を迎え入れた。
「済みましたか。じゃねぇ。お前らの都合に合わせてきてやったんだ」
水蓮が答えるより早くサソリがいつもの悪態をつく。
すぐにでも出発したいようで、乗り来た鳥から降りてくる気配はない。
「大丈夫だった?」
小走りに駆け寄り、鬼鮫の腕を見る。
すでに傷はふさがり、少し残っていた腫れもひいていた。
「相変わらず直るの早いね」
「あなたのおかげですよ。ちなみに、あの毒は、蜂の物でした」
「蜂?」
顔をしかめる水蓮に鬼鮫は「ええ」と答えて続ける。
「相手は毒蜂を操る一族でした」
その言葉に、水蓮は「あ」と思い当る。
「昨日洞窟の中に蜂が…」
雨がやみ、空が落ち着いた頃合を見計らって飛び出て行った蜂。
その羽音が脳裏によみがえる。
「なるほど。偵察の蜂ですか。まぁ、問題なく終わりましたよ」
「イタチは?」
その姿を探す水蓮に、鬼鮫は小さく息を吐いた。
「いいところに戻ってきましたよ」
水蓮はハッとしてアジトの中に目を向ける。
「うなされてるの?」
うなずく鬼鮫を見て、それで外にいたのかと納得する。
イタチがうなされている時、鬼鮫はいつも離れて過ごす。
『聞かない方がいい事もある』
理由を聞いた水蓮に鬼鮫はそう言った。
『特に我々のような人種は』
お互いにとの意味で。
「彼が起きるまでの見張りに置いて行きます」
鬼鮫が影分身を作った。
「三日ほどかかりそうですから、後は頼みますよ」
シュッと音を立ててサソリのもとに移動する。
水蓮が目を向けるとすでに鳥は羽ばたいていた。
その姿を見送り、水蓮はアジトの中へと急いだ。
イタチは壁にもたれて座った姿勢で眠っており、少し顔を歪ませていた。
そっとそばに座り、肩に手を置く。
その感触に、イタチが薄く目を開いた。
「戻ったのか」
「うん」
「遅かったな」
「ごめんね」
眠気で少しぼうっとした表情を浮かべたまま、イタチは小さく呟く。
「もう少し、寝る…」
ゆっくりと目を閉じ、静かな寝息を立てる。
色濃く見える疲れは、昨日の月読の事もあるのだろうが、それだけではないのだろう。
水蓮は疲労を見せるその心に寄り添うように、イタチの隣に身を寄せて座り、自身も目を閉じた。
……暗い闇が広がっていた……
ひどく冷たい空間…
水蓮はその黒の中で、ポツリと浮かび上がる存在を目にとらえた。
任務服…
背中を向けて立っているその姿は、忍。
それがイタチであると水蓮はすぐに気づく。
そしてこれがイタチの夢であることも。
空区の時と同じ感覚だ。
イタチの心から警戒が消えている時に同調するのかもしれない…
そんなことを思うと同時に、自分が精神体であることも関係しているのだろうとも思う
強い感情に影響を受けているのかもしれないと…
水蓮の視線の前にあるその背中は、今よりかなり小さく幼い。
その背が、体が、震えていた。
そっと近づき、息が苦しくなる。
鼻の奧に、まとわりつくような臭い。
覚えがある。
血の臭い…
そして死の気配…
息苦しさに耐えながら足を進める。
イタチの体は、大きく震え、その動きに合わせて、カチャカチャと硬い音がなっていた。
「………っ…」
水蓮の鼓動が跳ね上がった。
どうしてこういう事は、見えなくてもわかってしまうのだろう…
彼の手には光る刃があるのだ。
そして見つめるその先には
「父さん…母さん…」
ポタ…ポタ…と雫が落ちる音がする。
それはイタチの涙か。それとも両親の命を奪った鋭い切っ先からしたたる血の音か。
水蓮からは見えない。
ただ、同じリズムで激しい痛みが胸に迫ってくる。
「…………っ」
苦しさに胸をギュッとつかんだ。
音に合わせて全身の血が脈打つ。
…ギィッ…と、扉の開く音がした。
幼き日のサスケ
現れた愛すべき存在に、イタチは深い傷を刻んでゆく。
それと同じように彼の心も傷ついていくのが分かる。
…痛い…
走り去る弟の背が消える
イタチの膝ががくりと落ちた
「…サスケ…」
震え収まらぬまま、イタチは動かなくなった父の背に、額をつけた。
「父さん…母さん……っ…」
…苦しい…
ポタ…
再び聞こえたその音とともに、闇の中に、フッ…と小さな光が生まれた。
ポタ…
その光は、一つ。また一つと増えていく。
そして、次第にイタチの周りを取り囲み、すぅっ…と何かを残して消えてゆく。
「……………っ!」
その光景に水蓮は息を飲んだ。
光が消えた後に現れたのは花だった。
美しく咲くスイレンの花
「イタチ…」
水蓮の胸がさらに締め付けられた。
感じる…
私を呼んでる…
「イタチ!」
水蓮は震えたままのイタチの背を抱きしめようと手を伸ばした。
しかし、見えないなにかに阻まれて届かない。
「どうして…」
目の前で小さな体が震えている。
こんなに近くにいるのに…
「イタチ!」
すぐそばでイタチが泣いているのに…
私を呼んでいるのに…
声も、手も届かない…
今どれほど恐ろしい思いをしているだろう…
苦しんでいるだろう…
「父さん。母さん。サスケ…」
何度も何度も呟かれる言葉に、水蓮は以前イタチの夢の中で見た、家族の幸せな光景を思い出す。
家族を愛し、家族に愛される
決して特別な、贅沢な望みではない。
誰もが普通に与えられるべき幸せ。
それがイタチが何より望んだもの。
守りたかったもの。
それを自分の手で消さなければいけなかった
あまりにも辛すぎる…
残酷すぎる…
こんなにも小さな体に、幼い心に、一族の、里のすべてを背負って耐えてきたのだ。
たった一人で…
誰にも見えぬところで震え、泣いていたのだ。
たった一人で…
「ごめん。イタチ…ごめん」
届かない自分の手が悔しかった
溢れる涙でイタチの姿が、全てがにじみ消えていった…
…ポタ…
…ポタ…
夢の中に聞いた音が夜の静けさに響き、少しずつ水蓮の意識を現実へと連れ戻す。
昨日降った雨の名残だろうか…
洞窟のはるか上のほうから地面をすり抜け、一つ。また一つと切なげな音を立てて地面へと落ちてゆく雫。
その一つが頬に落ち、ヒヤリとした感触に水蓮は目を覚ます。
不意に目覚めたのになぜか眠気を感じず、逆に頭が冴えていた。
この洞窟が少し高い場所にあり、より空気が冷たいからだろうか。
水蓮はその気温の低さに少し体を固くしながら起き上がり、自分の外套の上にもうひとつ外套が被せられていることに気付く。
「イタチ…」
外に出ているのか姿が見えない。
水蓮はイタチの外套を手に、外へと向かう。
足を進めるたびに、気温がさらに低くなるのを感じながら、その目にイタチの姿をとらえる。
洞窟の入り口の少し先。イタチは枯れて朽ちかけた木の下に座り、頼りないその木に背を預け、遠くを見つめていた。
「外にいると風邪ひくよ」
息が白く色立つ。
水蓮はそっと歩みより、外套をイタチに渡す。
そこにはイタチの姿のみで、鬼鮫の影分身はすでに姿を消しているようだった。
「ごめんね、寒いのに。ありがと」
「ああ」
小さく浮かべたその笑みに、先ほどの夢が脳裏を駆け、水蓮は胸が苦しくなった。
それでも、笑みを返して隣に座った。
イタチはスッと外套に手を通し、しばらく言葉なく景色を見ていたが、ややあって静かに口を開いた。
「兄弟だった…」
静かに空を見上げる。
月の光を受けてその瞳が揺れた。
水蓮は一瞬イタチが泣いているように見えてドキリとする。
「さっき戦った二人は」
その視線は、ある方角を見定める。
…木の葉の里を…
「兄弟だった」
イタチが戦いの内容を話すのは珍しい…
相手がその生命に纏っていた【兄弟】という繋がりが、イタチを感傷的にしているのだろうか…
「そう…」
だからあの夢を…
水蓮はイタチが見つめる先を、同じように見つめた。
「弟とは不思議な存在だ」
ポツリポツリとイタチは言葉を紡ぐ。
「兄は無条件に弟の幸せを願う」
月光がイタチの姿を光らせてゆく。
「そのためなら、自分が恨まれることも、憎まれることも恐ろしくはない」
吹き上がる風がその美しい黒髪をなびかせ、その光景はまるで一枚の絵画のような芸術性を見せる。
「心から愛する存在」
先ほどの戦いの話をしているであろうはずが、水蓮にはイタチ自身の話に聞こえる。
「それを伝えて、弟を守り抜き兄は散って行った。それはオレには…」
…オレにはできないことだ…
イタチが飲み込んだその言葉が水蓮にははっきりと聞こえた。
「イタチ…」
名を呼ばれ、イタチはハッとして小さく笑った。
「すまない。何でもない」
その笑顔が泣いて見える。
水蓮の胸がクッと締まった。
またこの笑顔…
何度この笑顔を見てきただろう…
すべてを抑え込んださみしげな微笑み。
そこからいつだって伝わってくる…
痛み、苦しみ、悲しみさみしさ、孤独…
そして、大切な存在への愛情…
だけどそれを決して誰にも言えずそうすることを許されず、許さず。
いつも全てに耐えて生きている。
たった一人で…
夢の中で震え、涙を流し、救いを求めながら。
ずっと一人で戦っている…
そしてその先にあるのは…
待ち受ける最期の場面。そしてあの笑顔が脳裏に浮かび、どんどん水蓮の胸が苦しくなる。
誰にも言えないから真実を隠さなければいけないから、言葉も、心もウソを重ねてゆく。
『なんでもない』と、こぼれ出そうな本心にいつもすぐに蓋をして、何も感じていないと自分に嘘をついてゆく…。
辛すぎる…
一人で耐えるにはあまりにも辛い…
もうこの人をこれ以上、孤独にしたくない…
止められぬその想いと共に、水蓮の瞳から涙が大きな粒となってあふれる。
「水蓮。なぜ泣く?」
イタチは驚きながらもその涙をぬぐう。
「イタチ。もうやめて。一人で全部抱え込むのはやめて」
拭いとった涙がその数を増やしてまた溢れたからか、それともその言葉に対してなのか、イタチは少し動揺するが「オレは何も抱えてなどいない」そう言ってすべての物を抑え込んでまた笑う。
…やめて…
そんな悲しい目で笑わないで…
「…………っ」
あまりに苦しくて、言葉にならなかった。
「水蓮、大丈夫か…?」
その様子に、イタチは心配そうに目を細める。
いつもそうやって、人のことを心配して…
本当は一番つらいのに…
もう一人で苦しませたくない…
夢の中で、孤独に震えるようなことはさせたくない。
だけど…
このままじゃ届かないんだ…
水蓮はゆっくりと息を吐き出し、涙を拭い止め、心を決めてイタチを見つめた。
何も言わないままではこの人には届かない…
冷たく研ぎ澄まされた風が二人の間を通り抜けた。