いつの日か…   作:かなで☆

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第四十七章【重なる】

 翌朝、早くにイタチは出立し、水蓮は鬼鮫と共に二日後に落ち合うアジトへと向かっていた。

 「今日はずいぶん冷えるね」

 「そうですね」

 二人が見上げた先では重い雲が広がり、目的地付近の空でもかたまりとなっていた。

 「雪が降るかもしれませんね」

 「雪…」

 見上げたままの空にイタチの顔が浮かぶ。

 「大丈夫ですよ」

 「え?」

 「イタチさんは今回宿に泊まると言ってましたから」

 「………」

 無言を返しながら、ちらりと鬼鮫を見る。

 鬼鮫は何も言わずとも、こうして先読みして答えてくることが多々ある。

 あまり多くを話さないイタチと長年いるからか、それとも、もともとの性格なのか。

 水蓮は共に過ごす中で、鬼鮫のそういったところを多く見てきていた。

 

 なぜわかるのだろう…

 

 と、不思議な顔を向けられていることに気づき鬼鮫が笑う。

 「見ればわかる。特にあなたは」

 「どういう意味よ」

 「そのままの意味ですけど」

 

 単純と言いたいのだろう…

 

 水蓮はそうとらえてフイッと顔をそむけた。

 その動きに揺れた水蓮の髪に、ふわりと白い粒が落ちた。

 「ああ。降り出しましたね…」

 再び見上げた二人の視界には、ゆっくりと舞降る淡雪。

 「我々も、今日は宿をとった方がよさそうだ。夜はもっと冷えるかもしれない」

 「そうだね」

 一層白く色立つ息に、水蓮はまたイタチを思い出していた。

 

 イタチのいる場所でも降ってるのかな…

 

 初雪…

 

 一緒に見たかったな…

 

 一瞬浮かんだその想いを、水蓮はすぐにかき消した。

 

 それは、(のち)に思い出すには辛いかもしれない…

 

 今は、自分が求めるのではなく、イタチの求めることに応えていこう…

 

 それが、自分にできる事…

 

 手のひらに雪を一粒乗せてキュッと握りしめた。

 

 「行きますよ」

 いつの間にか歩き出していた鬼鮫の声が少し先から飛び来た。

 「うん」

 水蓮は歩みを進めながら、手の中で解けた雪をもう一度強く握りしめた。

 

 

 

 

 赤く光るその瞳が、注意深く景色を映しこんでゆく。

 立ち並ぶ細く長い竹が風に揺れ、そばを流れる小川のせせらぎと絶妙に合わさり、心地よい音を奏でる。

 本来なら美しい緑の光景。

 しかし、万華鏡を浮かべた赤い瞳には、そのすべてが朱に染まって見えていた。

 「違うな」

 ふぅっ…と、息を吐き出し、イタチは一度瞳を黒く戻す。

 瞬時に目にうつる美しい竹の色が、疲労を薄めてくれるようだった。

 しかし、イタチの心は陰っていた。

 「ここでもないか」

 今回一人離れての行動はマダラとのものではなく、自身の目的を果たすための物であった。

 だが、的が外れ、もう一度吐き出したため息が、陰鬱に白く模様づくり消えてゆく。

 「いったいどこに…」

 呟きに誘われたように、ちらちら…と空から雪が舞い落ちてきた。

 その一つを手のひらに乗せ、空を見上げる。

 「初雪か」

 その年に初めて降る雪は、淡く、はかなく、それでいて最も印象強い。

 イタチはそばに水蓮がいないことに、妙な安心感を感じていた。

 一緒に見ていたら、水蓮の心に深くその情景が刻み込まれていたかもしれない…

 

 それはひどく残酷なものだ…

 いつか一人で思い出すには辛すぎるだろう…

 

 だが、そう思う反面、隣でフワフワと舞う雪を見て喜ぶ水蓮をつい思い浮かべる。

 ギュッと、手の上で解けた雪を握りしめた。

 そして、あの夜を思い出しつぶやく。

 「まさか知っていたとはな…」

 すべてを知りながらそばにいたその存在に、いまだにイタチはすべての戸惑いを拭えぬままでいた。

 真実を知るものが自分のそばにいたとは思いもしなかった。

 しかもその存在を自分が受け入れるなど。

 「…………」

 だが、記憶をたどり、それをどこかで分かっていたのかもしれないと、ふと思う。

 そして、そんなことはありえないと、打ち消す。

 不安定に揺れる不確かなもの。

 しかし確かに感じるものもあった。

 与えられるはずのなかった存在がそばにいることに、自身の心は救われている。

 だが、それは同時に、イタチに不安をも与えていた。

 はたして本当に自分に与えられて良い物なのか。

 一人苦しむサスケを思うと、その気持ちは拭いきれなかった。

 それでも、感情を抑えきれなかった自分にも戸惑いは消えない。

 「うちはの血…」

 再び瞳が赤く染まる。

 一族の持つ特性。執着ともいえるであろう『深い愛』

 それが無意識に働いたのか。それとも純粋に自分の想いなのか。

 考えをめぐらせ、イタチは小さくかぶりを振った。

 今それを考える必要はない。今は受け入れた存在とどのように向き合っていくのか。

 そして、水蓮に何を残してやれるのか。

 それが重要なのだ。

 サスケへの気持ちは変わらない。

 すべてを託し、己は死ぬ。それこそが自身の求め行きつく場所。

 だがそこへたどり着くまでに、自分は水蓮に何をしてやればいいのか。

 イタチにはその答えが見えなかった。

 

 何かを残すことは果たして水蓮のためになるのか…

 

 そして、水蓮に残せば、自分にも残る。

 もし、いつか急に水蓮が元の世界へ戻るようなことがあったら…

 

 この手を離せるのか…

 

 苦悶の末に認めてしまった水蓮への気持ちは、イタチの心の中であまりにも大きかった。

 

 しばしそうして考えていたが、イタチはさっと踵を返して次に目星をつけている場所へと歩き出した。

 

 今こうして考えたところで明確な答えは出ないだろう…

 

 そう思うと同時に、少し不安げな表情を浮かべていた水蓮を思い出す。

 今はあの表情をさせないように、求められたことに応えていこう…

 

 それが、今の自分にできる事…

 

 

 イタチはグッと足に力を入れてその場から姿を消した。

 

 

 

 2日後、アジトで合流した水蓮たちはイタチが持ち帰った任務へとすぐに向かうことになった。

 「今回の行先は【花橘町(かきつまち)】という小さな町だ。

 その町に【竜の心】と呼ばれる水晶があるらしい」

 「それが今回の目当ての物ですか」

 「ああ」

 いつものごとく、それが何なのか、何に使うのかはまったく情報はない。

 「ただ、伝説に近い品のようだ」

 「じゃぁ、あるかどうかわからないってこと?」

 二人の間で水蓮が顔をしかめる。

 「はっきりとは言えないがな」

 そう答えたイタチに、鬼鮫がため息をついた。

 「時間がかかりそうだ。その上無駄足になるかもしれないとは。気が乗りませんねぇ」

 「そう言うな。名が立つということは、その存在が皆無というわけでもないだろう。過去にはあったが、何らかの原因で失われたのかもしれない」

 「じゃぁ、まずは情報収集だね」

 イタチは小さくうなずき、鬼鮫に目をやった。

 「それに、花橘町は魚介が有名なところだ。お前の好きなものがいくらでもあるだろう。

 そう悪い事ばかりでもない」

 その言葉に、一瞬で士気が上がったのか、鬼鮫が顔色を明るくした。

 「それはありがたい」

 案外鬼鮫も単純なのだと、水蓮は小さく笑う。

 「鬼鮫の好きなものって?」

 「私はエビやカニが好きでしてね。この時期ならどちらもいいものがありそうだ」

 水蓮は、鬼鮫が殻ごと豪快に食べる姿を想像してちらりと視線を向けた。

 それを受けて、鬼鮫が目を細めた。

 「剥きますよ」

 「え?」

 「殻は剥きますよ」

 「あ、剥くんだ」

 思わず笑う。

 「それ、イタチさんにも言われましたね」

 過去にそういったことがあったらしく、イタチは小さく思い出し笑いを浮かべる。

 「ああ。そうだったな」

 「殻ごと食べれない事もないですがね。おいしくないでしょう」

 「そうだね」

 当たり前のことだが、鬼鮫が言うと妙におかしい。

 「そういえば…」

 いまだくすくすと笑う水蓮に鬼鮫が視線を落とす。

 「あなたは何が好きなんですか?」

 「…え?私?ん~」

 しばし考えて答える。

 「ミカンかな」

 「ミカンですか」

 「ああ。それならちょうどいい」

 何か思い当ったようにイタチがつぶやく。

 「花橘町はミカンの産地でもあるからな」

 「そうなんだ」

 久しぶりに食べれるかもと、そう思うと少し気持ちが上がる。

 「じゃぁ、早くいこ」

 意識的に気持ちを上乗せして、水蓮は足を少し早めた。

 しかし、しばらく進み、その視線の先で体の大きい男性が地面に座り込んでいる姿を捉え、立ち止まる。

 鬼鮫ほど大きくはないが、筋肉質ながっちりとした体つき。

 その隣にはほっそりとした華奢な女性が同じように座り込んでいる。

 何か見ているのかと目を凝らし、女性の顔色がひどく青ざめている様子が見え、水蓮は思わず駆け寄る。

 「大丈夫ですか?」

 「おい、待て…」

 余計な事にかかわるべきではない…と制止しようとイタチが声を上げるが、水蓮はすでに女性のもとに座り込んでた。

 「無駄ですよ。止めても」

 肩をすくめる鬼鮫に、イタチはため息で答えた。

 「どうしたんですか?」

 水蓮の問いに、男性が女性の体を支えながら「少し気分が悪くなってしまったようで」とカバンから水筒を出して水を女性に飲ませる。

 「時々あるんです。すぐにおさまりますので、大丈夫です」

 男性がそう言うものの、女性の額には冷や汗も浮かんでいる。

 「あの、少し診させてください…」

 水蓮は気になり女性の体に手をかざして全身の様子を診てゆく。

 「これは…」

 その状態に思わず息をのんだ。

 体内の数個所で細胞に激しい損傷を感じる。

 はっきりとしたことは分からないが、かなり重い病。

 損傷の具合から見て、薬や医療忍術ではもう治らない。

 

 おそらく、そう長くは…

 

 「わかっているんです」

 少し顔色を取り戻した女性が、水蓮の思考を読み取ったように、弱々しい笑みを浮かべながら小さな声で言った。

 その口調と笑みは、自身の症状と先を理解しているようだった。

 そして、寄り添う男性も。

 「何もない日もあるんですよ…」

 大きな体にしっかりと女性を支えて言葉を続ける。

 「症状に少し波があって…。今日は体調がよかったので、この先にある椿園に花を見に行こうと出かけたんですが…」

 男性がその行き先に視線を向ける。

 「少し休んでから町に戻ることにします」

 こういう状況に慣れているのか、静かにそう言い、ニコリと優しく女性に笑みを向けた。

 「…………」

 その笑顔に水蓮の胸が痛んだ。 

 「少し痛みを和らげることはできます」

 水蓮は再び手にチャクラを集めて女性の体にかざしてゆく。

 「すみません…」

 か細い女性の声に、男性が「ありがとうございます」と続き、女性の手を握った。

 治療しながら話を聞くと、二人は夫婦で、水蓮たちの目的地である花橘町の住人らしく、町まで一緒に行くこととなった。

 「本当にありがとうございました」

 水蓮の隣を歩く男性【リョウタ】が頭を下げた。

 その背におぶさる【ヒヨリ】という名の女性も同じように頭を下げる。

 「いえ。おさまってよかったです」

 リョウタはうなずいて、少し後ろを歩く鬼鮫とイタチに振り返った。

 「町までは、もうすぐです」

 伝えて前に向き直ったリョウタの視線の先に町の入り口が見え、吹き来る風の中に磯の香りが混じりだした。

 「泊まるところはもう決まっているんですか?」

 リョウタの言葉に水蓮は首を横に振る。

 「でしたら、知人の宿を紹介します。料理もおいしいところですので」

 「助かります」

 答えた水蓮に続き、イタチがリョウタに話しかける。

 「花橘町には【竜の心】というものがあると聞いたんだが…」

 「ええ。ですが、誰も見たことはないんですよ。言い伝えのようなもので…」

 

 やはり存在しないのだろうか…

 

 水蓮たちは顔を見合わせる。

 「それにまつわる場所が2カ所あるんですが、もし明日でよければご案内しますよ」

 その申し出に、イタチが「頼む」と短く答えた。

 それに続き「よろしくお願いしますと」軽く会釈した水蓮の視線の先では、ヒヨリが大きな背に揺られて静かな寝息を立てていた。

 その寝顔は柔らかく、身を預ける相手を心から信頼していることが見て取れた。

 しかし、水蓮はその幸せそうな寝顔にまた胸が痛んだ。

 明確な時間は分からないにしても、そう遠くはないであろう最期。

 それを知りながら、この二人はどう生きているのだろうか。

 

 

 知らず知らず、そこに自分とイタチの姿を重ねていた

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