いつの日か…   作:かなで☆

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第五十二章【花言葉】

 幾月かの時が流れた。

 暁は少しずつ各方面で起こる争いへの加担をはじめ、ペインの言う【第2段階】へと動きを進め出し、イタチと鬼鮫も以前に比べてそういった任務が増え出していた。

 一度の任務で数日、数週間かかることも多く、活動の密度が高まりはじめたようだった。

 そんな中、水蓮は二人から任務への同行を禁じられ、宿で帰りを待つか、次の動きに合わせて一人で移動するという日々を送っていた。

 医療忍術、そして鬼鮫の手ほどきを受けているとはいえ、経験の少なさからの事であった。

 情報収集や物を集める任務とは違い、複雑な画策や戦略が繰り広げられる戦場において、戦争を知らない水蓮を連れて行くのはリスクが大きいとの判断であった。

 

 

 組織は大きな戦争への関与を見据えて、いわゆる【実績作り】をするためにまずは小規模な戦に参加しているようだった。

 

 『喧嘩に毛の生えた程度』

 

 先日鬼鮫が言っていた言葉を思い出し、水蓮は一人宿の窓から外を眺めため息をつく。

 鬼鮫の言うように大きな戦ではないため、今の所二人とも目立った怪我をするようなことはほとんどなかった。

 それでも、時には腕の立つ忍との戦いもあり、幾日か休養が必要なほど疲弊して戻って来ることもあったため、帰りを待つ水蓮は気が落ち着かない時間を過ごしていた。

 

 戦の中では多くの命が奪われる。

 イタチの胸中を思い、不安に胸の苦しみも加わる。

 「大丈夫かな…」

 二人と離れて今日で1週間が過ぎていた。

 何か報せが来ないかと、見上げた空から雨が降り落ちた。

 ポツポツ…と小さい音から、次第に強い音へと変わり、咲き始めた紫陽花を濡らしいてゆく。

 「また咲いた…」

 雨粒の勢いに揺れる紫陽花に、水蓮は時の経過を計る。

 

 2度目の紫陽花。

 

 水蓮がこの世界に来てもうすぐ2年がたとうとしていた。

 確実に時間が過ぎてゆく。『その時』へと向かって。

 全身を覆い尽くしてゆく恐怖。

 水蓮はそれを振り払うように大きくかぶりを振った。

 先を考えると立ち止まってしまう。

 

 今を考えよう…

 

 深呼吸をして立ち上がる。

 同時に扉の向こうに気配が生まれ、水蓮は慌ててドアを開けた。

 そこにはちょうどドアに手をかけようとしていた鬼鮫が、タイミングの良さに驚いた顔で立っていた。

 雨は避けれたようで濡れてはおらず、水蓮は笑顔で迎えた。

 「お帰…」

 しかし、ドアを開ききりその声が途中で止まる。

 イタチがぐったりとした様子で鬼鮫に支えられていたのだ。

 「イタチ!」

 その声と肩に置かれた水蓮の手に、ピクリと反応してイタチが少し目を開く。

 「水蓮…?」

 ほんの少し持ち上げられた顔。ゆっくりと動いた口元には少し血がついていた。

 「宿に戻ったのか…」

 自分が宿にいることをようやく理解したその様子に、イタチが気を失っていたのだと水蓮は察する。

 「月読?」

 それもかなり大規模な物。

 その言葉と思考に鬼鮫がうなづく。

 「すぐ布団を…」

 今までにないダメージに水蓮の手が小さく震える。

 「少し瞳力を使いすぎたようです」

 鬼鮫が敷かれた布団にイタチを寝かせる。

 そしてそのまま踵を返した。

 「私はまだ少しやることが残っているので、もう一度出ます」

 その声は少し低い。

 最近立て続けに渡される任務に、鬼鮫も疲労の色を隠せなくなってきている事がそこから感じ取れる。

 「わかった。気を付けてね…」

 「戻るまで、まだ3日ほどかかりそうです」

 心配する水蓮の気持ちを感じたのか、鬼鮫は声のトーンを上げた。

 「イタチさんを頼みましたよ」

 そして少しだけ振り向き、水蓮のうなずきを確認してから、姿を消した。

 「イタチ…」

 そっとそばに座り、額宛を外し手を当てる。

 熱はないようで少しホッとする。

 「怪我はない?」

 口元の血を手拭いで拭う。

 「ああ…」

 目を閉じたまま返すイタチの声は小さい。

 水蓮はまだ少し震えたままの手をかざし、チャクラを流した。

 そのぬくもりに誘われ、ほどなくしてイタチは眠った。

 しかし表情はなかなか和らがないままだ。

 辛そうなその顔を見守りながら、以前にもこれに近い状況があった事を思いだす。

 その時の任務は組織の工作で、対立する両方に暁のメンバーが入り込み、より自分たちにとって利益ある側を勝たせるというものだった。

 その際に利用されたのはイタチの幻術。

 ずいぶん瞳力を酷使し、同じように鬼鮫に抱えられて戻ってきた。

 身体的にはもちろんだが、精神的なダメージも鬼鮫には見せないものの、かなり大きかった。

 

 今回もおそらくそう言った内容なのだろう…

 

 力を貸していると見せかけ、最期に裏切る。

 イタチにとってはかなりつらい内容だ。

 もし考え通りのものであればおそらく…

 

 水蓮がその胸に不安をめぐらせると、イタチが小さくうめいた。

 苦しそうな声。歪ませた眉間に深くしわが入る。

 「やっぱり…」

 

 あの夢を見ている…

 

 水蓮はイタチの手を握り、そっと声をかけた。

 「イタチ、起きて…」

 闇の中からイタチを呼び戻す。

 「イタチ…」

 幾度か呼ばれて、イタチはハッと目を開き、視線に水蓮の姿をとらえてほっとした様子で体を起こした。

 「大丈夫だ…」

 片手で顔を抑えて大きく息を吐き出す。

 「水持ってくる」

 しかし、立ち上がろうとして離れかけた水蓮の手を、イタチが引き寄せた。

 「え…」

 態勢を崩し、そのまま後ろ向きにイタチの腕の中に倒れこむ。

 

 伝わる互いのぬくもり

 

 それを逃すまいとするように、ギュッ…と、イタチが水蓮の体を抱きしめた。

 

 「イ、イタチ…」

 「少しだけ。このまま…」

 

 花橘町での事があったとはいえ、鬼鮫も一緒にいることもあり、こうして抱きしめられるようなことは少ない。

 

 水蓮は鼓動を大きく揺らす。

 

 「うん…」

 それでも、そっとイタチの腕に自分の手を乗せる。

 「水蓮…」

 首筋にイタチが額を摺り寄せてくる。

 そのしぐさが、たまらなく愛おしかった。

 しかし、それと同時に、苦しくなった。

 

 一体何があったのか…

 

 こうも疲弊しきった姿は今までにない…

 「イタチ、何が…」

 「今日は…」

 姿勢をそのままに、イタチが水蓮の言葉を遮る。

 「今日は何をしていたんだ?」

 「イタチ…」

 「いいんだ。お前の話を聞かせてくれ」

 「でも…」

 「それでいいんだ」

 ギュッと腕に力が込められる。

 「それがいいんだ」

 

 かなり辛い事があったのだろう…

 それでも話さない事をイタチが選んだのなら…

 

 水蓮はキュッと手に力を入れる。

 

 きっと話したくなったら話してくれる…

 そう信じられる…

 

 「今日は宿で借りた本を読んでたの」

 机の上に置いてある本に目を向ける。

 帰りを待つ間のしのぎにと、借りたものだ。

 「どんな本なんだ?」

 言葉を発するたびに互いのその身に温もりが揺れる。

 

 あたたかい…

 

 そばにいる…

 

 鼓動を感じる…

 

 二人の心に安心感が広がり、部屋の空気が穏やかな物に変わってゆく。

 「花の図鑑。この間アジトの近くできれいな花を見つけたでしょ?」

 10日程前の話にイタチは「ああ」と思い起こしてうなずく。

 

 小さな白い花。

 それが集まり、手のひらほどの大きさの円形を作り、あちこちで華やかさを放っていた。

 つぼみは金平糖のようなかわいらしい形で、咲いた花は五角形。ふわりと少し脹らみ、ところどころに薄いピンク色が見え、まるでレースの日傘を広げたような美しいな花。

 「カルミアか」

 「うん」

 イタチから教わったその名を頼りに、水蓮は図鑑の中にその花を探していた。

 「花言葉を調べてたの」

 「わかったのか?」

 「うん。大きな希望。優美な女性。だって」

 見た目の通り、良い意味の花言葉であったことに、水蓮はほっとしていた。

 

 いつか思い出したときに、心を支える一つになってくれるだろうか…

 

 そんなことを思った。

 ふいに、イタチが顔を上げて「…ふ」と小さく笑った。

 その息が頬にかかり、少し頬が熱に色づく。

 「なに?」

 気づかれぬよう顔を横向ける。

 イタチはまた額をすり寄せて、つぶやくように言った。

 「お前のようだ」

 「…っ…」

 恥ずかしさが極まり、小さく身じろぎをすると、肩への重みが少し増した。

 ちらりと向けた視線の先。イタチが静かに寝息を立てていた。

 何気ない会話の中で少し気持ちが安らいだのか、先ほどのような苦辛は感じられなかった。

 水蓮はそっと体を離してイタチを寝かせ、布団をかけなおした。

 月読に限らず、力を酷使したのだろう。

 だが、それだけではない。

 何か辛い光景を目にしたのだろう。

 

 水蓮は以前鬼鮫に言われた言葉を思い出していた。

 

 「戦場には多くの屍が転がっている」

 

 二人の傷の回復の為に同行したいと言った言葉への返答。

 

 「それは忍だけではない」

 

 そう言われて冷たくなった指先の感覚が蘇る。

 

 争いの場となる、国…町…里…

 そこには忍、そして忍ではない人々。多くの死があふれかえる。

 その中には幼い命も有りうるのだ。

 

 それを目の当たりにして、イタチや鬼鮫の足を引っ張らずに動ける自信はなかった。

 

 二人が行く先には、自分が考える以上に残酷で悲惨な光景があるのだ…

 

 水蓮は、イタチがいつもに増して何か辛い想いをしたのだろうと、胸が痛んだ。

 「イタチ…」

 手をそっと握りしめる。

 

 これから、こういったことが増えていく…

 

 しっかりイタチの心を支えていこう…

 

 握りしめた手をそっと持ち上げ頬にあてる。

 イタチが辛い夢を見ないよう祈りを込めた。

 

 

 

 イタチはその後時折目を覚ましたものの二日間ほぼ眠ったままだった。

 そして三日後の昼ごろ、ようやく調子を取り戻し布団から身を起こしてきた。 

 「また無理をさせたな」

 治療に少し疲れた様子の水蓮を見て、イタチが目を細めた。

 「大丈夫。私最近チャクラ量増えたのよ。二人がいない間も、ちゃんと訓練してるんだから」

 グッと両手を胸の前で握って力を入れる水蓮のしぐさに、イタチはフッと笑った。

 「頼もしいな」

 思いがけない言葉に水蓮は一瞬驚いて言葉に詰まったが「そうでしょ」と、得意げに笑って見せた。

 「ああ」

 うなずいて返したイタチの言葉に合わせたかのように、一羽のカラスが宿の窓にとまった。

 「鬼鮫につけていたカラスだ」

 水蓮が窓を開けると、カラスはさっとイタチの布団の上に飛びより、足にくくりつけられていた文をほどかれると、すぐに姿を消した。

 文は暗号で書かれているため水蓮には読めなかったが、内容を確認したイタチは何かを考え込み黙した。

 

 一点を見つめたまま動かない

 

 しばらくして、水蓮がイタチの眉間を、指でトン…と押さえた。

 イタチが驚いてびくりと体を揺らす。

 「水蓮?」

 「眉間にシワ寄ってる」

 手を離してグッと詰め寄り、まっすぐ見つめる。

 「一人で考えこまないで」

 イタチはハッとしたように息をのみ「そうだな」と、笑みをこぼして水蓮の頭に手を乗せた。

 「この間の一件は片付いたが、そのまま別の戦場へ駆り出されたようだ。まだ数日かかるらしい。その間どう動こうか考えていた」

 「そっか…」

 少し疲れた様子を見せていた鬼鮫の身が心配になる。

 それを感じたのか、イタチの手がなでるように髪を滑りおり、水蓮のほほに当てられた。

 言葉はないが、安心させようとする気持ちが十分に伝わり、水蓮は笑みで答えた。

 イタチも安心したように笑みを返す。

 「今日中に移動する。この宿にも長くいるからな。そろそろ動いた方がいい」

 「わかった」

 イタチの体がまだ少し心配だったものの、水蓮はうなずいた。

 様々な場所で戦に参加している今、一カ所に長くいるのは以前にもまして危険だった。

 どこに敵対していた側の残党がいるかわからない。

 遭遇してしまったら、奪わなくてもよい命まで奪うことになる。

 それは避けたかった。

 

 「荷物整理するね。イタチはごはん食べてて」

 先ほど運ばれてきた昼食の膳をイタチの布団の上に置く。

 少し目を細めた様子に、まだあまり食欲がないのだろうと悟る。

 それでも水蓮は箸を差し出して促す。

 「少しでもいいから。食べないとダメ」

 まるで子供を叱るようなその口調に、イタチは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、フッと笑って箸を受け取った。

 「わかった」

 その言葉に安心したようにうなずき、水蓮は荷を整理し始めた。

 イタチは胸中に考えをめぐらせながら、じっとその背を見つめた。

 

 水蓮がこの世界に来てからもうすぐ2年…

 

 何もできなかった普通の人であったはずの水蓮。

 必死に訓練を重ね、自身の身を守れるほどの力をつけ、今では自分や鬼鮫をも支える存在となった。

 それは医療忍術の力だけではない。

 心を支える存在。

 「頼もしいな…」

 先ほどと同じ言葉を、小さくつぶやく。

 その声を耳に捉えた水蓮が、ピクリと体を揺らして振り向いた。

 顔が少しひきつっている。

 「もしかして、私太った?それとも筋肉つき過ぎた?」

 背中が、体が大きくなったという意味に捉えたのか、水蓮は自分の腕を触って確かめながらさらに顔を引きつらせる。

 その様子に、イタチは思わず「クク…」と笑った。

 「え?やっぱり太った?」

 「いや違う。そういう意味じゃない」

 笑いをこらえられぬまま、煮物に箸をつけるイタチに水蓮が顔をしかめる。

 「ホントに?」

 「ああ。本当だ」

 答えて小芋を口に入れる。

 「それならいいんだけど…」

 やや腑に落ちないままではあったが、食事の邪魔をしないでおこうと、水蓮は再び荷をまとめだす。

 イタチはまたその背をじっと見つめた。

 

 その瞳には、何かを決意した色が浮かんでいた。




お久し振りです(^-^)
いつもよりは少し間が開いてしまいすみません
(^-^;)
ちょっと身辺バタバタしていて…次話も少し時間がかかるかもしれませんが、何卒よろしくお願いいたします(*^.^*)☆
毎日暑いですので、皆様お体にお気をつけ下さいね~
( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
いつも本当にありがとうございます
(*≧∀≦*)
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