いつの日か…   作:かなで☆

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第九十四章【たった一人の…】

 清らかに流れる小川のせせらぎが、柔らかく吹く風の中に心地よく溶け込んでゆく。

 昨日にもまして天気は良く清々しさ溢れる朝だが、やはりどこかに切なさを感じさせる。

 それでも耳に触れる水の音に確かな安らぎを感じながら水蓮とイタチは川沿いの道を並んで歩いていた。

 

 川幅はさほど広くはないが、水面から1メートルほどの高さにある沿道に沿って立つ樹木の緑を、美しい水がくっきりと映し出し雄大さを醸し出している。

 

 桜…柳…楓…椿。

 

 どの季節にも美しい光景を織りなすのであろうと、水蓮は目にうつる木々の四季の姿を想像しながら歩みを進める。

 少し先に白い鳥が静かに降り立った。

 控えめで上品な音を奏でる水流の中で、羽を一度大きく伸ばしてからたたみ、水を一すくい口に含んでその疲れを癒す。

 和やかなその光景に思わず表情がほころぶ。

 しかし、次に目に入った光景に、瞳に少し影が差した。

 

 美しさを競うように咲き並ぶ、色とりどりの紫陽花…

 

 

 3度目の紫陽花…

 

 

 「満開だな」

 歩みを止めてイタチが紫陽花を見つめる。

 「そうだね」

 再び足を進め、イタチは「少し休むか」と近くにあったベンチに目を向けた。

 ちょうど先ほどの鳥の前。

 二人の気配を感じその鳥が飛び立つ。

 はばたきに、紫陽花が揺れた。

 「一番好きな花だ」

 座りながらイタチがつぶやくように言った。

 「いくつもの小さなものが集まり、美しさを作り上げる。力を合わせて形を成し、人の心を和ませる。そういった花は他にもあるが、気分が沈みがちな雨季に様々な彩で咲く紫陽花が、いちばん好きだ」

 本当ならイタチもこの紫陽花のように、たくさんの人に囲まれ、包まれて生きるべき人なのに…

 そんな想いと共にイタチにそっと体を寄せる。

 「平和…」

 ぽつりと水蓮の口から言葉がこぼれた。

 「ん?」

 首を傾げたイタチのしぐさが少しかわいく見えて、水蓮は小さく笑う。

 「紫陽花の花言葉」

 以前読んだ本から思い出す。

 「団結とか強い愛情とか色々あるんだけど。平和。それがいちばん合うかなって…」

 「平和か…」

 「うん」

 イタチが最も望むもの。

 「ますます好きになった」

 嬉しそうに笑うその顔を、水蓮は瞳に焼き付けた。

 

 二人で静かに川面を見つめる。

 時折流れてゆく小さな紫陽花の色。それに驚き泳ぎ隠れる小さな魚。石垣の隙間から咲き出でる花。

 

 静かな風が吹き流れる…

 

 その風の行方を目で追いながら、水蓮は思う。

 

 ずっとこのままここにいたい。二人で…

 

 

 春には桜を見ながら甘いものを食べて

 

 紫陽花を飽きるほど見て、揺れる柳の下で夏の暑さをしのぐ

 

 秋は、川面を流れる紅葉をこうして二人でゆっくり眺めて

 

 冬、真っ白に染まった雪景色を、手をつないで体を寄せ合って、互いのぬくもりを感じながら歩く…

 

 そんな風に過ごせたら…

 

 

 叶わぬと分かりながら、つい物思いにふける。

 

 「思索の道」

 「え?」

 先ほどとは逆に、イタチのつぶやきに水蓮が首をかしげた。

 「この道は、ある哲学者が思索を巡らせながら歩いたことから【思索の道】とも呼ばれているらしい。まぁ、この情景だからな。物思いにふけたくなるのは哲学者ばかりではないだろうがな。今のお前とオレのように…」

 ぽん…と、水蓮の頭に手を乗せて微笑む。

 イタチも同じように考えていたのだとその笑顔から想いが伝わり、水蓮は笑みを返した。

 

 自分たちの中に同じ熱量で流れる想い…

 

 それが互いを強く結び付けてくれている…

 

 そう感じた。

 

 

 「この道を抜けて1時間ほど歩くと大きな川に出る」

 イタチの視線が川の流れの向こうへと向けられる。 

 「そこを超えたら、もうすぐだ」

 「わかった…」

 

 答えたものの、水蓮はなかなか立ち上がれずにいた。

 イタチも先を促すことなく、しばらく二人はその場で時間を過ごした。

 

 「昔ね…」

 静かに時間を過ごす中、水蓮がふいに口を開いた。

 「ここに似た場所に旅行で行ったことがあるの」

 高校2年の夏だった。

 これだ…という進路を見つけられず、部活もうまくいかず、もやもやとした気分を晴らそうと両親を説得して一人で2泊の旅行に出たことがあった。

 「何をやってもうまくいかなくて、自分に自信がなくて。だからといって何も行動を起こせない自分が本当に嫌いで…」

 「お前がか?」

 これまでの水蓮を思い起こせば、すべて逆のように思える。

 目を丸くするイタチに水蓮はうなづいた。

 「それで、なんだか急に一人になりたくなって旅行に行ったの。宿だけ決めて、ほかには何も決めずにただあちこちを歩き回った。思い向くままに歩いて、思いつくままに店やたまたま通りかかった神社とかに入って。でも、別に気分はすっきりしなくて。私何やってるんだろって、余計に落ち込んじゃって」

 水蓮はそのころの自分を思い返して小さく笑った。

 「結局何も変わらないまま帰ったんだけど、その時家の前で真波が…親友が私を待ってて、帰ってきた私を見て急に泣き出したの…」

 その時の光景がよみがえる。

 姿を見つけるなり飛び付いてきて、すすり泣いた親友は何度も何度も言った。

「帰ってきて良かったって。泣きながらそう言ったの。私が悩んでることに気づいてたみたいで、帰って来なかったらどうしようって思ってたみたい…」

水蓮は小さく笑いをこぼした。

 「私はそんな大げさに考えてなかった。ただもやもやするから、ちょっと一人になりたいだけだった。でも、そんな風に自分の事心配して、家に帰ってきただけで喜んでくれる人がいるんだと思ったら、うれしくて一緒に泣いた」

 思い出したその場面に思わず目の奥が熱くなる。 

 「その時思った。頑張ろうって。頑張れるって。何があっても自分の味方でいてくれる人がそばにいれば、人って頑張れるんだなって。そう安心したら、急にいろんな事がすっきりして、いろいろうまくいくようになって…。目標も見つけることができた」

 翌日にお詫びもかねて作ったクッキーを親友が喜んで食べる姿を見て、水蓮は夢を…将来の目標を得たのだ。

 「たった一人でもいい。自分の味方がいればいい。そんな存在がいれば人は強くなれる」

 水蓮はじっとイタチを見つめて笑った。

 「今の私にはイタチがそのたった一人の人。何があっても私を守ってくれる。信じてくれる。愛してくれる。だから、強くいられる」

 何もわからないこの世界にいきなり飛ばされ、いくつもの大変な出来事があった。

 それでも負けずにここまで歩いてこれたのは、いつもイタチがそばにいたからなのだと水蓮は改めて思った。

 自分を知る者が一人もいないこの世界で、自分の素性を知りながらイタチはそばに居続けてくれた。

 それを誰にも漏らさず、自分の危険を顧みず、守り続けてくれた。

 この人は何があっても自分を裏切らないという安心が、水蓮を今日まで支えたのだ。

 「イタチが私のたった一人の人であるように、私がイタチのたった一人の人であり続ける」

 「水蓮」

 つぶやくように名を呼ぶイタチの表情は、ほんの少し泣きそうに見えた。

 水蓮は少し照れたように、それでも強い笑みを返した。

 「私は何があってもあなたを裏切らない。世界中のすべてを敵に回しても、あなたの味方であり続ける」

 静かに立ちあがって水蓮は手を差し伸べた。

 「行こう」

 いつもイタチが導いたその歩みを、今度は自分が導こう…。

 その想いで水蓮はイタチの手を取った。

 今この場所で、この時間を惜しみ進みかねているイタチを、自分が引っ張ってゆかねばならない。

 このままここに居続けたら、二人とも進めなくなる。

 この人の歩みを止めてはならない。その思いで水蓮は自分を奮い立たせた。

 「行こう」

 グイッと力を入れてイタチを引き起こす。

 イタチは少し戸惑いながら、名残惜しげに立ち上がりゆっくりとうなづいた。

 「ああ。そうだな。…行こう」

 

 ゆっくりと歩き出した二人の背を柔らかな風がそっと押すように吹き、導くように流れて行った。

 

 その導きを目指して進めるその一歩一歩を、この地に刻み込むように丁寧に踏みしめる。

 

 自分たちが確かにここにいた事を…その証を残すように…

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