OTONAになりきれない大人の英雄談   作:tubaki7

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#1. 再誕

 失ったものは二度と戻らない。たとえどんなに望もうと、強大な力を得ようと、死した魂が再び還ることなどありはしない。それを割り切っているからこそ、二人は自分自身を保つことができたと言ってもいい。でなければ、今頃は人として、また防人としても歪んでいたことだろう。

 

  そんな二人に、目の前の現実はあまりにも刺激が強すぎた。

 

 震える手で拳を握ることで必死に抑える翼。今すぐにでも、ヘリを飛び出しそうになるのを堪えるだけでも精一杯な彼女は、飛び込んできた報告とタブレット端末に映し出される現地の映像を目を見開いて食い入るように見つめる。検出された波形パターンは・・・ガングニール。あの日、失ったと思っていた大切な人の愛機。それが今、蘇ったとでもいうのか。

 

『奏太君、現場に到着!』

『こちらでも確認したが、そちらはどうなっているッ!?』

『どうもこうもネェよ!こりゃぁ・・・なんの冗談だ・・・ッ?』

 

 混乱する一同。聖遺物ガングニールは、天羽 奏の使用した絶唱の負荷により彼女と共に灰となり、消えた。他ならぬ、翼の腕の中で。奏太の、手の先で。だからこそ目の前の現実が心を揺さぶる。

 

「奏太さんッ、これは・・・これは・・・ッ!」

 

 うまくまとまらない言葉ながらも、なんとかして自分の意志を伝えようとする翼は慌ててインカムを耳に着けてそう言う。

 

『うろたえるなッ。俺も頭ン中ぐちゃぐちゃだけど・・・でも、今は後回しだ!』

 

 そう言い残して通信が切れる。画面の中では、戦闘が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――なんで。どうして。そう思うのは奏太も同じ。しかし、それを頭の片隅に置かねばならないことも理解している。思考を必死にコントロールしながら、彼はその手に剣を携えて跳ぶ。着地と同時に踏み込んで、なんの躊躇いもなくノイズの群れに飛び込んだ。叫びと共に刃を振るえば、それに触れたノイズの体が裂かれて灰となる。群がる悪夢を切り刻みながらも、奏太の思考を埋めるのはやはりガングニール・・・・天羽 奏のことだった。ちらつく想い出を首を振って振り払おうとするたびに強くなるそれを、さらに大きな雄叫びで剣―――見えない刃(・・・・・)となったレーヴァティンを振るった。

 

『飛ばしすぎだぞ奏太君。気持ちはわかるが、今は―――』

「わかってるッ!でも・・・でもッ!」

『心を制し、思考を制し、己を律する・・・それが、戦場に立つ君の―――大人としての、男の姿と教えた筈だ』

 

 弦十郎の諭すような言葉に、奏太は荒くあがる息を徐々に安定させていく。そして大きく深呼吸し、胸に手を当てた。

 

「・・・・ウス。おやっさんの教え、完璧に忘れちまうほど、俺は狂っちゃいない」

『それでいい。だが、あまり無理はしてくれるなよ』

 

 最後に気づかいの言葉を残して通信が切れる。奏太は今一度深く呼吸をし、改めて踏み込む。余計なことは考えるな。今は目の前のことに集中しろ。やるべきことは、この災悪を無に帰すことただ一点のみ。そうして思考をクリアにしながら、奏太は次々と切り刻んでいき―――

 

  やがて、出逢った。

 

 自分の存在に気が付き、振り返る少女。色素の薄いオレンジの髪に、戸惑いを抱えながらも意志の宿った大きな瞳。纏ったオレンジのインナーに、腕や足の装飾はまさに、ガングニールのもの。こうして距離が近く、肉眼で確認してからというもの、それが確かなものだと認識する。そこから響いてくる〝音〟も、間違いない。

 

 だが一つだけ、違う点。それは、ガングニールを纏っているのが奏ではなく、アームドギアも持っていないということ。音に差異こそあるものの、彼女の纏っているそれは確かにガングニールではある。一度律した思考が再び乱れようとするのを抑え、奏太は件の少女と合流を果たした。

 

「あ、あの、私ッ!」

「話は後だ。とりあえず聞きたいことは一つ。戦えるか、戦えないかだ」

「・・・・や、やれます!」

 

 少女の言葉を背に受け、奏太は踏み込む。剣で刻みながら、後方で戦う少女の動きにも目を配る。様子からして、慣れていない。むしろこれが初戦闘と言える動きの鈍さがうかがえた。

 

  そして、歌も。

 

「怯むなッ!」

「え?」

「心に浮かんだフレーズをそのまま歌にすればいい!そうすれば、あとはギアが応えてくれる。きみにしか歌えない、きみの歌を――――心の叫びを、躊躇うな!」

 

 おっかなびっくりだった少女の歌。しかし、奏太の言葉を受けてそれがより強い鼓動へと変わる。

 

「そうだ。たとえノイズといえど、きみが歌うことをやめない限りそれはギアの力となる。そうすれば、ノイズとも戦える!」

「ノイズと・・・戦える・・・・ッ」

 

 己の手を見つめながら、少女はそれを確認するかのように拳を握る。キッと前を見据え、踏み込んで殴る。拳を諸にくらったノイズはあっけなく灰となって消え、さらに襲ってきたノイズさえも蹴りと拳で迎撃、殲滅していく。多少は動きがマシになった彼女から気を戻し、奏太は自分の事に集中する。右から来たのを横一閃、そしてその勢いを利用して回転し、発生させた斬撃で周囲のノイズを一掃した。

 

 だがそれでも、一向に減る気配はない。

 

「埒が明かない・・・ッ!」

 

 毒づく奏太。しかしそんな暗雲立ち込める戦場に、響く歌とは別の鋭い剣の歌が鳴る。歌とともに降り注いだ光は一瞬にして大量のノイズを灰へと変える。上空から舞い降りた蒼き閃光は瞬時に駆け抜け、一陣の風の如く吹き荒れる。

 

「翼!」

「助太刀します」

「応ッ!」

 

 手にした剣を、今度は槍へと変える。これも先ほどの剣同様、目には見えない。だが奏太は得物の事を細部まで理解し縦横無尽に振るう。剣を手にしていた時のスタイルを一言でクールと表すならば。この槍は「荒い」。荒々しく、力強い。パワーを増したその威力は、翳めただけでも致命傷となる。

 

「決めるぞッ!」

「御意ッ!」

 

 最後に残った群れに向かって、二人は一閃を切る。斬撃は全てのノイズを巻き込み、その存在を灰へと変えて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ♪

 

 

 

 

 

 

 一息つく間もなく行われる戦闘後の処理。流石にあれだけの距離を走っただけでなく、頭を整理しながらの戦闘は応えたようで奏太はドアの開かれた車の後部座席にドカッと腰を落とす。

 

「ア~、しんど・・・」

「あったかいもの、どうぞ」

 

 溜息を壮大についたあと、ネクタイを緩めて夜の少し冷えた空気を体に当てる。そこへオペレーターの友里あおいがコーヒーの入ったカップを手渡してくれる。

 

「あったかいものどうも」

「いえいえ。お疲れさま、奏太君」

「ありがとうございます。・・・それは?」

「ああ、これ?あの子―――ガングニールの子に、ね」

 

 なるほど、と奏太は頷く。

 

「それ、俺が持ってきます」

「え?でも・・・いいの?」

「・・・まぁ。俺自身、割りきっとかないといけませんから」

 

 苦笑いを浮かべて友里からカップを受け取ると、席を立つ。どこにいるのかとキョロキョロと辺りを見回せば、自分よりも頭二つ分は違うであろう少女が据わっているのが見えた。用意された椅子に腰かけ、ギアを纏ったままの姿で小さく丸まっているのがわかる。奏太はそんな彼女に後ろから近づいて、顔の横にカップを差し出した。

 

「あったかいもの、どうぞ」

「あ・・・あったかいもの、どうも」

 

 そう言って受け取った彼女と、目が合った。その瞬間に確信する。どこかで聞いた覚えのあった声。以前とは少し違う背丈ではあったが、顔つきそのものは何一つ変わっていない。あの日、あの時、ライブ会場にいた少女だ。

 

「きみは・・・あの時の・・・ッ!」

 

 抑えていた思考が再び乱れ始める。なぜこの子がガングニールを?どうやってあの惨状から生き延びた?何故・・・どうして・・・――――

 

「あのッ」

「――――!?あ、えっと・・・」

「ジロジロ見ないで欲しいんですケド・・・」

 

 自分の体をかき抱くようにする少女に慌てて目線を反らす。

 

「ご、ごめんごめん。そんなつもりなくって・・・って、きみ、俺のこと覚えてない!?」

 

 奏太の言葉に少女自身覚えがあったのか小首をかしげてう~んと唸りながら奏太を見上げる。その時。

 

「ああッ!ライブで逢いましたよね!」

「やっぱり・・・きみ、名前は?」

「響です。立花 響!・・・お兄さん、無事だったんですね・・・」

 

 まるで自分事のように安堵する響。その様子に奏太は―――

 

「・・・かな、で・・・」

 

 そう、呟いた。

 

「ふぇ?」

「えあ、いや・・・。ひ、響ちゃんの方こそ」

 

 無意識のうちに呟いてしまった奏の名前。それをなんとかして誤魔化そうと作り笑いを浮かべて話をはぐらかす。

 

「はいッ!ちょっとした(・・・・・)怪我はしちゃいましたけど、この通り元気です」

 

 笑顔満点で言う響に、再び面影を重ねてしまう奏太。それを被りを振って振り払う。その様子に不信感を持った響は「大丈夫ですか?」と声をかける。それに奏太は「大丈夫」と再び作り笑いをして対応する。戦うより疲労する精神に鞭を打ち、表に出さないよう努める。

 

「あ、そういえばコレどうやったら元に戻るんでしょう?」

「ああ・・・単純に、戻れって念じてみて」

 

 そう言われ、目を閉じて戻れと念じる。すると躰を淡く光が包み、弾けた後に着ていた制服姿に戻ることができた。

 

「シンフォギアの仕組みとしてね。着ていた服はギアが稼働する限りは戻った時には元に戻るようになってるから」

「しんふぉぎあ?」

「あー・・・えっとね」

「―――それに関しては戻ってから説明します」

 

 そう言って口を挟んだのは翼だった。響はトップアーティストの風鳴 翼が現れたことに驚愕し、あたふたとしながら身なりを整える。

 

「つ、つつつつ、つばしゃしゃん!」

 

 緊張のあまり噛み噛みになりヘンな声までだしてしまう。そんな自分に内心で「ダメダメだぁ」なんてことを呟く。翼は小さく溜息をつき、響を通り過ぎて車の後部座席へと乗り込んだ。

 

「乗りなさい。引き上げるわよ」

「引き上げるって、どこへ?」

「・・・ついて来ればわかるわ」

 

 そう翼が呟くと、大柄の黒服の男が2人、響を抱えて車に入れる。響はされるがまま翼の隣に押し込まれ、車は彼女の困惑の声を残して発車していった。その姿を見送りつつ、自分も撤収しようと歩を進めようとする。そこに、小さな女の子がやってきた。

 

「お姉ちゃん、悪い人達に捕まっちゃったの?」

 

 目じりに涙を浮かべる女の子。奏太は目線を合わせるようにしゃがみ、頭を撫でる。

 

「大丈夫だよ。ちょっと見た目は恐いけど、ああ見えてすっごく優しい人達だから」

 

 そう言うと、ポケットから棒付きのキャンディーと取り出し、女の子に持たせる。

 

「今日は怖いおもいしたとおもうけど、もう大丈夫だから。さ、ママの元へお帰り」

 

 奏太にキャンディをもらった女の子はそれで機嫌を良くしたのか、笑顔で駆けて行き、母親らしき女性の元へと戻って行った。目が合うと、会釈をされたので此方も頭を軽く下げて対応し、親子を見送った。

 

「さっきの子・・・響ちゃん。彼女、あの子を助けるためにギアを発動させたそうよ」

「・・・シンフォギアは、人の心に過敏に反応する。あの子が純粋な想いで発動させたのだとしたら・・・」

 

 再び、幾重にも考えが浮かんでは消える。それを繰り返しながら奏太は踵を返し、車に乗り込んだ。


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