重い金属同士がぶつかり合うような、耳を劈く音が神殿内に響く。
「……」
その音を発した男は、まるで笑うかのように口元を微かに吊り上げると、両手で突き出していた『剣』と呼ぶには余りにも大きすぎる鉄の塊を抱え込むようにゆっくりと倒れこんだ。
「……死んだか」
対峙して男―カイムの様子を眺めていた竜は、誰に聞かせる風でもなく呟くと、カイムの身体へと鼻先を寄せ、仰向けへと姿勢を変えさせる。
血にまみれた顔は、どこか満足そうに見えた。とはいえ、竜の主観だから満足、という言葉は間違っているのかもしれない。だが、カイムの表情は誰がみても穏やかな、と答えられるものだった。
竜はしばらくの間、微動だにせず男の顔を眺めていたが、やがて苦笑するかのように小さく喉を鳴らす。
「全く……お主は最後の最後まで戦いに染め抜かれていたな」
それでも、その表情が安らかな事を確認して竜は安堵の溜息を漏らす。例え一方的に契約を解消し、己が奪った命であっても憎からず思っていた相手。
苦しむ最後を迎えさせるのだけはどうやっても避けたかった。
もう一度、カイムの身体に触れようと竜は頭を擡げる。瞬間、息が止まるほどの激痛が竜を苛んだ。竜は呻くと動きを止める。そして先程の熾烈な闘いを思い浮かべた。
最後の最後、カイムが渾身の力と武器の重さを利用して放った出鱈目で非常識な一撃。
構えや型、それ以前に本来の使い方を根本から無視した滅茶苦茶な攻撃だったが、威力としては最高だったその一撃は確かに竜に届き、致命傷を与えていた。
「……我の命もそう長くないか」
もって一日といった所だな、と竜は判断した。が、別になんら不満はなかった。空は飛べる、炎も吐ける。何ら支障は無い。それにこの世界で己が唯一執着していた存在はたった今己が殺したのだ。未練などある訳がない。
「それまでには全て終わらせられるであろうしな」
その時、神殿内の柱が罅割れならが揺れ、興奮した竜たちの雄叫びが響いてきた。
いよいよ始まったか、竜は判断すると傷をつけないようそっとカイムを銜え翼をはばたかせると神殿を後にした。
* * *
竜が外へ出るのと、神殿が崩れ去るのはほぼ同時だった。
僅かに首を捻り、崩れ落ちた神殿を眺めていた竜だったが、やがて興味を失ったのか前に向きなおすと、カイムの身体を地面へと横たえた。
「……そこで観ているがよい、世界が滅びる様を」
子供に語りかけるように囁くと、竜は視線を空へと向けた。
夥しい数の竜・亜竜が空を覆いつくしている。黒い空。本来の青色すら分からなくなるほど、空は埋め尽くされていた。
竜はカイムへと視線を戻し、もう一度空へと移すと翼を広げた。大地を蹴り舞い上り、群れへと加わる。
亜竜達は本能に従い、言葉のない咆哮を上げていた。理性のない、獰猛な雄たけびにやがて竜の意識も亜竜たちの様に染まってゆく。
カイムはもういない。終わらせよう。業火で焼き尽くすのだ。
人を。
世界を。
己の―命を。
溢れ出る衝動のままに竜は咆哮し、空を揺るがせた。