「カイム様!北に帝国兵の増援部隊が現れたようです!どうされますか」
錆びた鉄と焼けた土の臭いが溢れかえる戦場で、一人の兵士が新たにもたらされた情報を告げた。
報告をうけた男――カイムは顔を上げて報告を持ってきた兵士を見ると、握り締めていた剣を地面へ突き刺すと、そのまま兵士の腕を取り掌に人差し指と中指を押し当て、線を引くような仕草をする。
『自分とドラゴンが先に向かう』
数日前に兵士達と戦場で意思のやり取りをする為に作った手話は上記の意味を示していた。カイムの意思を悟った兵士は。
「では我らは如何いたしましょう?」
次の指示を仰ぐ。
カイムは兵士の腕をとったまま、今度は掌に円をかく。
『一度隊を整えてから後に続け』
「了解しました。カイム様、ご武運を!」
兵士は一礼をすると、足早に去っていった。
カイムは伝令を携えて去る兵士の後ろ姿ち一瞥してから視線を空へと向ける。
――ドラゴン
呼べば直ぐに血とは違う、見慣れた赤が飛び込んできた。
その赤から吹く風が、頬を打つまで距離が縮まると助走も付けずにカイムは跳ぶ。
カイムの行動を見越したように竜は首の位置を下げればストン、とカイムの身体は竜の首筋に跨がるような形になった。
――北だ
短く告げると剣を握り締めたまま、睨むような視線を前へ向けた。
眼に映る全ての帝国兵を血祭りにあげんと言わんばかりに。
竜は返事こそしなかったが、身体をぐるりと反転させた後大きく羽ばたいた。
そのまま目指す方角へ向けて飛び立つが、半ば程過ぎると。
「何故使わぬ」
竜の口から聞き取るのもやっとの声が漏れた。
カイムが竜の言わんとする意味を把握しかねて眉間に皺を寄せていると。
「先程の兵士への指示だ。何故我の口を使わなかった」
――見ていたのか
「お主の姿が見える場所を飛ばねば、お主の呼び掛けに応えられぬだろうに。意識せずとも視界に入り込んでくるわ」
半ば嫌味のように竜は言うと。
「もう一度問うぞカイム。我がいるのは知っておろう。何故我の口を使わなかった」
同じ質問を繰り返した。声には若干の怒りが含まれていたがカイムはさして気にした様子もなく。
――お前の説明は長い
と切り捨てた。
「長い?」
――兵士達は指示を仰いでいるんだ。なのにお前は余計な比喩やら忠告やらを挟んで用件より長くなる。だからお前の口を借りなかった
だから少しは話は簡潔にしろ、とカイムが付け加えると竜は急に黙り込んだ。怒ったのだろうか。じっとカイムが竜の金色の瞳を見つめていると。
「……本当にそれが理由か?」
今度はそんな問いかけをしてきた。カイムの瞳が細められる。何が言いたいのか。この竜は。
――他にどんな理由がある?
寧ろ別に理由があるのだとしたら教えてもらいたいくらいだ。そんな意味を込めながら言葉を返せば。
「……そうか」
呆れたように溜息を吐かれた。
* * *
(本当に解っていないのか。この男は)
以前から戦のことしか気にかけてないと思っていたが、まさか自分の気持ちすら知りもしないとは。(いや……自覚が無いからこの程度で済んでいるというべきなのか)
悶々とした気持ちを抱えながら竜が後ろに視線を向ければ、契約者は既に興味を無くしたかのように視線を別の方へ向けていた。
……この契約者は弱い。
戦場では容赦の欠片も無い戦い方をするくせに、妙なところで脆い部分があるのだ。
契約の代償からしてそうだった。カイムは“声”を差し出した。国を、両親を、妹を失った男は奪われる辛さを知っても尚、誰かとの絆を欲している。
兵士との接触もそうだ。
理由の一つに自分の口煩さも確かにあるのだろうが、本当の理由は「誰か」との繋がり。
「繋がり」が切れる事を契約者は知らぬ間に怖れているのだ。
(まぁ、教えてやるつもりも無いが)
本人は認めないだろうし、万が一自覚されても困る。
何しろ竜は抱き締めることのできる腕も無ければ掴むことのできる5本の指も無いのだ。
応じる事が出来ないからと、他のものを求めさせることなど。
許してなるものか。
(触れずとも繋ぎ留めておく方法はある)
(せいぜい勘違いしているが良い。掴めなくとも我は決して離しはせぬぞ)