弟が深い眠りについて2ヶ月がたった。彼はバージルの左手の甲に身に覚えのない痣が現れて以降、ずっと眠り続けている。初めは悪魔の仕業かと思ったのだが、痣に宿る魔力は人間のそれに近い。
それで調べたところ、日本で幾度かある戦争が起こっていることが判明。この痣が“参戦権有権者”の証であること、戦争の舞台が冬木という都市であることを知ったバージルはそこでいう魔術について調べ上げた。徹底的にだ。
戦争に参加する上の必要行動である召喚や、呼び出される英霊のクラスと特徴などのほか、思いもよらない副産物に出会った。
――勝者の証、その者の願いを叶えるといわれる聖杯が汚れているという事実だ。
しかし、そのおかげで確信が持てた。
弟はその影響により目覚めないのだ。
“伝説”を父に持つ自分たちは“人間”とは桁あがちがう量の魔力を生成できる。もとよりそうであるのに、今や弟が生み出す魔力はその身に収まらず、魔具たちに注がれ続けている。だがそれだけで対処できなくなるのも時間の問題だ。遠くないうちにすでに溢れつつある弟の魔力を
そう、問題は弟だ。参戦するとしても戦場は海の向こう、日本だ。しかし弟を置いていくなどもっての外だ。いくら魔具たちがいるとしても本人が抵抗できないのでは悪魔たちにくれてやるのと一緒だ。
眠る弟を見る。その手を払った自分にそれでも手を伸ばし
守りたかったものを思い出した今、弟は何より優先すべきものだ。
バージルは事務所に戻り、電話を取った。
「エンツォ、貴様向けの仕事がある」
「まさか、あんたに密入国の手引きを頼まれるとはな」
しかも日本にな!と歯を見せて笑うエンツォにバージルはフンッと鼻であしらう。
今は日本への密輸船の中。エンツォは座り込むバージルが抱えているモノを見ながら不思議そうに呟く。
「飲まず食わずで2ヶ月ってよく生きてんな」
「聖杯とやらはこいつを殺す気はないらしい」
エンツォの呟きを拾い上げたバージルは目を閉じたまま言う。彼の腕の中の青年とはそれなりの付き合いがあった。だからこうして静かなままの青年は不自然で不気味だ。
「で、その聖杯とかいったか?に何を願うんだ?」
「何も」
バージルの返答にエンツォは素っ頓狂な声をあげた。
「何でも願いがかなうんだろ?!」
「…その保証は全くない」
船員のガラガラに嗄れた怒鳴り声が到着を知らせる。
バージルは腕の中、眠り続ける弟の体を抱え直し立ち上がる。
「世話になったな」
「あ、おい!」
バージルはこうして日本に上陸した。