日向の悪鬼   作:あっぷる

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十一話 パンドラの匣

木の葉隠れの繁華街。そこから少し外れた寂れた廃ビルの地下に、暗部組織「根」の本拠地があった。

全身黒い外套(がいとう)を纏う男は音も立てず姿を現すと台座に腰かけていた志村ダンゾウに膝をついた。

 

「シエンか。どうした」

 

「報告。旧戸隠(とがくし)工場跡地にて、大蛇丸と思しき痕跡あり。残された資料より()()()、及び日向の機密を横奪せしめんと思われる」

 

「ほう。うちはサスケに目をつけていることは分かっておったが、日向にもとはな。もしや日向ネジか?」

 

「かの中忍選抜試験に大蛇丸が居合わせたとの報告もある故、恐らくは。いかがなされるか」

 

ふむ、とダンゾウは老顎に手を当てる。定石としては三代目火影に通知し、日向の警備を固めることがよいだろう。特段秘密にすることでもなく、わざわざ自ら抱え込んで貴重な部下を監視にあてる必要などない。

 

「大蛇丸が次に何をするか予測はつくか?」

 

「日向ネジの身辺情報を詮索していた証跡から、搦め手を用いるかと。日向ネジの姉は里と一族の管理下から外れた僻地にいる様子。愚忍(わたし)ならばそこを突く」

 

「……そうか。それは面倒なことだ」

 

ダンゾウは忌々しげに顔を歪ませた。

 

「それはいかがして?」

 

「あの娘と大蛇丸を会わせるのはあまり好ましくない。あれは異質だ。万が一大蛇丸の手に渡ったら面倒なことになる」

 

「それほどまでにその娘は異質か。根では対処不可なのか?」

 

 シエンと呼ばれる白面の男はダンゾウに問う。大蛇丸の手に渡る前に始末処分してしまえばいいのではないか、と。

 

「……純然たる戦闘技量で比較するならば、儂やお前の方が上であろう。だがあれと殺しあえば、間違いなく呑み込まれる。あれはそんな存在なのだ」

 

 ダンゾウは数年前の出来事を思い出す。

 あれはまだまだ(わらべ)であった。だがそれが今も生きているとなるとさらに手がつけられなくなっているであろう。

 

「……左様か。ではいかがなされるか」

 

「今まで通り、不審な者が近づかぬよう監視するほかない。最も大蛇丸があれと刺し違えてくれれば喜ばしいのだがな」

 

 

 

 

 火の国と湯の国の国境付近。

 そこに広がる山林に、四人の忍たちが訪ねてきた。いずれも(よわい)は十五前後で、頭には新興勢力である音隠れを表す音符があしらわれた額あてをつけていた。

 

「本当にこんなところに標的の女はいるのか」

 

「カブトさんからの情報なんだからそれは間違いねーぜよ、左近」

 

「けっ。せっかく辛気臭えアジトから出られたってのに今度は何もねえ森の中かよ。肥溜めみてえな臭いがするぜ」

 

「多由也、あんまり汚い言葉は使うなよ」

 

「臭せーよ、デブ!」

 

 彼らは信奉する大蛇丸の抱える精鋭部隊の一つ、音の五人衆のメンバー。いずれも若輩ながら結界術・探知術に長け、高い戦闘能力を保持している。そんな彼らがこの地を訪れた理由は日向一族の娘、日向なよを(さら)うことだ。

 彼らの主人大蛇丸はすべての術を手に入れるという大望を抱いており、そのために各地の様々な秘術を集めている。日向の血筋はその入手難易度の高さと優先度の低さから後回しにしていたのだが、つい先日の中忍試験で日向ネジの戦いぶりを見て大蛇丸は今回の木の葉崩しを機に手に入れようと考えた。

 本来であれば日向の血筋を色濃く感じさせた日向ネジを欲したが、彼は分家の身であるため日向の秘密を盗み出すことは難しく、また彼は大蛇丸の誘惑に屈しない精神を持ち合わせていた。

 そこで大蛇丸は幸いにも一族から追放同然に僻地に流された姉なよを実験体として迎え入れ日向の秘密を手に入れようとした。大蛇丸の右腕である薬師カブトが木の葉の総合病院より入手したカルテログによるとどうやら白眼を開眼するには至らなかったらしい。

 しかし大蛇丸にとってそれは些細なことでしかない。むしろ好都合なことでもある。

 日向宗家の血を引く者は開眼する年の差はあれ、ほとんど白眼を持つと言われている。日向ヒザシという宗家の血を継ぐ父を持ちながら白眼を持つことができなかったなよはレアケースというわけだ。

 これは大蛇丸からすればなよは粗悪品ではなく、白眼の遺伝的特質を解き明かす鍵になりうるのである。

 

「そういえば君麻呂のやつはどうした?」

 

「別の任務中だとよ。それが終わったらうちらと合流するらしい。大蛇丸様のお気に入りはさすが違うな」

 

「そういうな多由也。そもそもこんな拍子抜けみたいな任務、君麻呂が来る前に終わっちまうさ」

 

 音の忍四人は他愛のない雑談をしながら森を進んだ。こんな辺境の地に住まう娘などに大層な護衛などつくはずがない。それにそこそこ強いくらいの腕なら簡単にねじ伏せることが可能だ。

 だがその時、周囲の警戒を担当していた鬼童丸の探知網に、何かが触れた。

 

「しっ、誰かこっちにくるぜよ」

 

「君麻呂じゃないのか?」

 

「いや、どうやら複数人。小隊規模いるみたいだ」

 

 

 突然、彼らの目の前に無数の手裏剣が飛んできた。前方が黒一色で染まるような手裏剣の数。並みの忍なら反応することすらできず針鼠となり果てる。

 しかし彼らは並みの忍ではない。

 

「土遁・土流壁!」

 

 音忍のうち大柄な体格である次郎坊が地面を叩きつけ、畳のように地面をひっくり返した。彼らは傷一つつくことなくやり過ごす。

 

「サンキュー次郎坊。さて、今度は俺が鼠野郎を引きずり出すぜよ」

 

 六本の腕を持つ蜘蛛ような少年鬼童丸がそう言い、魚を釣り上げるかのように思いっきり手を引く。

 すると木の上から一人の男が落ちてきた。

 

「こいつ……!」

 

 音の忍たちの紅一点である多由也はその男の顔を見て驚く。いや正確にいうと、その男が顔につけている仮面を見て。

 

「なぜ木の葉の暗部がここに……!?」

 

 鬼童丸が声を上げた途端、横から別の男が小太刀を持って彼に突進してきた。鬼童丸は咄嗟に腕から体液を分泌し、それを鋼のように硬化させて男の攻撃を防ぎ、後退した。

 

「気をつけろ! 相手は五人いるぜよ!」

 

 音の四人はフォーメーションを組み、いつ攻撃が来てもいいように構えた。彼らは今、窮地の中にいる。

 彼らの目の前には四人の木の葉の暗部、いや、一人耽々と身を潜ませているため五人。一般的に木の葉の暗部は中忍から上忍レベルと言われている。それに暗部は殺しのスキルで言えば一流である。音の四人にとって一対一でもきついと言えるのに、数でも負けているとなると苦しいと言わざるをえなかった。

 

「どうする? ”状態二”になるか?」

 

 左近は思索する。

 彼が言う”状態二”とは彼らにつけられた呪印を解放し、周囲に散らばる自然エネルギーを体内に取り込むことだ。己のチャクラに自然エネルギーが加わったそのチャクラ量は通常時と比べ十倍に伸びる。一方、大きすぎる力は副作用がつく。”状態二”を長く続けていると体細胞が壊死し、廃人となる。そのため諸刃の剣なのである。

 

「……正直それでもきついだろうが、背に腹は代えられねえだろ」

 

 音の四人は覚悟を決め、呪印を解放しようとチャクラを高ぶらせた。

 すると突然、二つの影が音の忍と暗部の間に割り込んできた。

 

「お前は……!?」

 

 音の忍と暗部の間に入り込んだのは髪から肌まで白い少年と、その少年に引きずられている木の葉暗部の面をした男。

 少年は音の忍と暗部たちを眺め、そして暗部たちへ持っていた骸を放り投げた。その遺体には至る所に白い骨が突き刺さっていた。

 

「追いついて早々だけど、君たちは先に行ってくれ。ここは僕が引き受ける」

 

「君麻呂!」

 

 木の葉暗部の一人を仕留めたのは彼ら音の忍の同胞である君麻呂。彼は音の四人と同様大蛇丸に認められた一人の忍。

 

「けっ、遅刻してきた分際で何カッコつけてやがる! お前は端で見ていやがれ!」

 

 突然割って入ってきた君麻呂に多由也が吠える。五人の中でも誰よりも気に入られている君麻呂のことを面白く思う者など残りの四人の中にはいない。

 

「君たち程度じゃこいつら相手に”状態二”になっても厳しいだろう。それよりもまず大蛇丸様の命を優先するべきだ」

 

「何だよ。お前ならこの状況乗り越えられるとでも言うつもりか」

 

「ああ、もちろん。むしろ君たちがここにいる方が足手まといだ」

 

 君麻呂はさも涼し気に言い放つ。

 音の忍は誰も反論することができない。

 実際に彼らと君麻呂では忍としての格が圧倒的に違う。たとえ四人が束になってかかっても君麻呂に膝をつかせることすらできない。

 何せ彼は大蛇丸のお気に入りの中でも最高傑作なのだから。

 

「ちっ、行くぞ」

 

君麻呂が木の葉の暗部に突撃をかけたのを合図に、音の四人は戦場を後にして森の奥地へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ、あの骨野郎が!」

 

 暗部との戦場からしばらく、左近は近くの木を蹴りつけた。

 

「自分は大蛇丸様の特別ってか!? 思い上がるのもいい加減しやがれ!」

 

 左近は木に何度も蹴りを入れる。蹴りつけられた木にはいくつもの彼の足跡が刻み付けられた。

 

「落ち着け、左近。俺たちには俺たちのやることがあるだろ」

 

 次郎坊は左近を宥める。

 

「それにどうもこの任務はきな臭い」

 

「きな臭い?」

 

 次郎坊の考えに鬼童丸が反応する。

 

「俺たちは勘当同然に追い出された日向の女を攫いに来たはずだ。それがなぜ暗部と出会う?」

 

「暗部が出張ってくるくらい何か重要な秘密が隠されているとでも言いたいのか?」

 

「そうだ」

 

 次郎坊はそう言い切る。

 警備部隊ならともかく、里の中枢で暗躍するはずの暗部がこのような辺境に駐在しているというのはどうもおかしい。前情報によるとここら一帯は日向の土地という以外で特記事項はないはずであった。

 つまり暗部が出張ってくるほどの秘密がこの地にあるというわけだ。

 

 するとその時、多由也が前方で目的のものを見つけた。

 

「おい野郎ども。目の前に小屋が見えてきたぞ」

 

 多由也の指差す方向に、一軒の小屋が彼らの前に現れた。

 小屋はみすぼらしいながらも、手入れが行き届いているらしく、欠損した様子はない。そして小屋の隣にはいくつもの墓標らしき丸太が立てられていた。

 

「ちっちぇえボロ小屋だな。本当に人が住んでいるのか?」

 

「戸口周りに足跡があることからここ最近人が出入りしていることは確かぜよ。今は中に人がいねえみたいだが」

 

 悪態をつく多由也に、小屋の前で様子を伺っていた鬼童丸が答える。

 都合が悪いことに家主であろう日向なよは不在のようだ。

 彼らは何か手掛かりを探そうと裏口より小屋の中に侵入した。

 

 小屋の中は予想通りというか、特に変わったところはない。

 小屋の中央には暖をとる囲炉裏があり、飯を炊く釜戸があり、寝るための布団が敷かれている、どこにでも見られるような生活風景であった。

 

「おいデブ、何がきな臭えだよ。ただのど田舎の染みったれた家じゃねえか」

 

「だけどよ多由也、それにしたって暗部がこんなところにいるのはおかしいだろ」

 

「ふん、どうせ雲隠れの里へ潜入する途中だったんじゃねえのか。表面上は穏やかだが、木の葉と雲は互いに憎みあっているしな」

 

 多由也は次郎坊を茶化した。雲への密偵のためにこのような奥地を通るなど考えづらいが、同様に標的である日向なよをあの暗部がマークしていることも考えづらいことであった。

 するとその時、天井から鬼童丸の肩に小蜘蛛が音もなく降りてきた。

 

「……おい、標的が見つかった。ここから二時の方向に二キロ先ぜよ」

 

 その小蜘蛛は鬼童丸の口寄せ動物。数十匹単位で行動し、一定の範囲に不可視の蜘蛛糸を張ることができる。その糸の強度は人が通った程度でたやすく切れてしまうほどか弱いものだが、相手に気づかれず広範囲に張ることができるため索敵用にはうってつけであった。

 

 一同はすぐに小蜘蛛が探知した場所へ向かった。

 そして小屋を出て数分、周囲の気配を探りながら進んだ彼らの先に、彼らの標的である日向なよがいた。

 

「鬼童丸、辺りに他の人間はいるか?」

 

「いや、その気配はないぜよ。ここにはあの女一人ぜよ」

 

 一同は五十メートルほど離れた木々の上からなよを見下ろす。

 なよは錆びついた鎌と小さな籠を手に山菜を採っていたところだった。

 

「けっ、ますますどう見てもただの村娘じゃねえか」

 

「だがカブトさんの情報によるとだいぶ重い病だそうだ。名族の人間だし、普通なら介抱する人間もいておかしくないだろう」

 

「奴の小屋の前の墓見ただろう? 何人か付き人がぽっくり逝っちまったのさ、きっと。それでしまいにゃ本家にも見捨てられ孤独でいることを強いられているんだろう。だが人間って意外としぶとい生き物でよ。どんなに体が壊れていてもどうにかなっちまうもんだよ。お前も見てきただろ? 俺たちの出来損ないをよ」

 

 左近は次郎坊にそう返す。

 彼らの過去は過酷だ。彼らはもともと親に売られたり、たまたま紛争で生き残ってしまった子どもたちであった。そこを大蛇丸に拾われ、彼の実験のモルモットにされ、そして生き残り彼のお気に入りになることができた。

 しかしその過程で彼らは自分たちのようになれなかった子どもを幾人も見てきた。薬に耐え切れずショック死してしまった子や、戦闘実験中に暴走した被検体に巻き込まれて死んでしまった子も数多くいた。

 だが彼らは決して死んでしまった子たちを哀れんだことはない。死んでしまった子たちはただ弱いから死んでしまったのである。

 逆に自分たちが生きているのは強いからであり、それだからこそここまで成り上がってこれた。そういった自負が彼らの中には常にある。

 だからこそ自分たちよりはるかに強く、誰よりも大蛇丸に気に入られている君麻呂を憎く思ってしまうのではあるが。

 

「作戦はいつも通りでいくぞ」

 

 左近はメンバーに確認を取り、なよめがけて数個の煙玉を放った。

 煙玉が破裂し、辺り一面に煙が広がる中、なよは驚いたように持っていた籠を落とし腰を地に落としてしまっていた。

 その様子はどこからどう見ても戦闘に不慣れなただの人間。少しでも忍としての教養がある者ならば、次の襲撃に備え、機敏に動けるように構えをとるであろう。

 

「鬼童丸、多由也!」

 

 左近の指示に、二人がうなずく。

 

「忍法・蜘蛛縛り!」

 

 鬼童丸は煙が濃くなっていくなか、なよのいる場所に向かって粘着性のある体液を口から噴射させる。その体液は象二匹が引っ張り合っても千切れない驚異の強度を誇り、もがけばもがくほど絡まる網でもある。

 

 そしてもう一人、多由也は三メートルをも超える怒鬼を三人口寄せし、彼らを煙に突撃させた。

 人間は視覚に頼る生き物である。そのため五十センチ先も見えない場所にいる場合、どんな人間であれ普段と同じように動くことはできない。しかしこの怒鬼は視覚を頼りに生きていない。この怒鬼たちは多由也が奏でる笛の音色のみを頼りに動いているのである。

 つまりこの怒鬼たちは先が全く見えない煙の中でも全く臆することなく与えられた指示を実行することができるのである。

 

 怒鬼たちが煙に入ってから十数秒。辺り一面に撒かれた煙が少しずつ晴れてきた。

 彼らのこの方法から逃れられた人間は今までにいない。たいていは鬼童丸の放った”忍法・蜘蛛縛り”に掛かるし、もし辛くもそれを逃れたとしても煙の中を正確に動くことのできる怒鬼たちに捕まってしまうからだ。

 

 だが煙が完全に晴れた時、そこには彼らが想像もしていなかった光景が広がっていた。

 まず目に飛び込んできたのは血で真っ赤に染まった地面。次に怒鬼だったであろうバラバラに飛び散った肉片。そしてその中央で返り血に赤く染まりながらも気味悪く嗤う少女。

 

「急なことでびっくりしてしまいました。おかげ様で数少ない衣服もこんなに汚れちゃって。どうしてくれましょうか。ねえ、あなたたち」


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