日向の悪鬼   作:あっぷる

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今回は少し長いです。


十四話 餓叉髑髏

 風の国の隠れ里である砂隠れの里は砂漠のオアシスに存在する。

 里の周りは崖とも見紛う高い壁で囲われ、その中は高温低湿この地にならではの土で建てられた住居が乱立している。

 砂隠れの里は本来であれば人の住める環境ではない。

 いくら水が湧き出すオアシスにあるとはいえ、周辺は広大な砂漠に囲われている。風の国の都からも二日歩かなければつかない程である。

 このような僻地に忍び里ができたのは、軍事機密漏洩を防ぎ、他国から隠れ里を襲撃されないようにすることに他ならない。

 そして忍界大戦が一区切りつき軍縮の波が押し寄せる今の時世において、砂隠れの里はお役御免とも言えた。

 

 しかし現在、砂隠れの里は風の国から軍事ではない別の分野で注目を浴びている。

 それは今まで枯れた土地と考えられていた砂漠で行う砂金採掘事業である。

 四代目風影は金を手繰る特殊な血継限界の持ち主だった。彼はその特殊な忍術を用い、不毛の砂漠から多大な金を生み出したのだ。

 

 その結果、里には金の行商人や採掘作業に従事する労働者が訪れ、軍縮が行われながらも衰退することなく一命を繋ぐことができたのであった。

 

 そしてそんな立役者である四代目風影は里の中央にある高塔に執務室を置いていた。

 里の様子を一望できるその部屋で、だが風影の椅子には別の者が優雅に腰掛けていた。

 

「木の葉崩しの段取りは上手く行っているかしら、カブト」

 

「ええ、順調です。思いのほか音隠れには警戒しているようですが、砂隠れには全くのノーマーク。少々拍子抜けですね」

 

 風影に成り代わっている大蛇丸は、鏡に映る部下薬師カブトの報告を受けていた。

 大蛇丸が持つ鏡は対になっているもう一方の鏡を持つ者と遠隔通信ができる忍具”遠見鏡”である。

 外部との通信を探知する結界が幾重にも張られた砂隠れの里で内密に通信できるようにしたことは一苦労ではあったが、おかげで木の葉隠れの里に待機させているカブトと連絡を取ることができていた。

 

「こういう場合、音隠れが他国と密約を交わし木の葉に攻め入る線を真っ先に考えなければならないはずなのに。あなたの言う通り、平和ボケが進んでいるのでしょうか」

 

「三代目火影は平和主義なのよ、良い意味でも悪い意味でもね。だから里と縁を切った時私を殺せなかった」

 

「ですが戦争の火種ともなればさすがに相談役のご老体方も黙っていないでしょう。特にあの志村ダンゾウなんかは」

 

「案外あの狸はむしろ木の葉が攻められるのを望んでいるかもしれないわね。あいつは三代目のことを昔から好ましく思っていないから」

 

 大蛇丸はかつて自身の上司であったダンゾウの姿を思い浮かべる。

 里のために何もかもを犠牲にし、自らをも闇へと堕とした傑物。

 元部下だった故に彼の弱みをいくつか抱えている大蛇丸ではあるものの、敢えて敵対しようとは思えない。

 仮に敵対したとしたらあらゆる手段を用いて大蛇丸を排除するであろう。あちらとて大蛇丸の弱点を抑えているのだから。

 

「しかし今回の木の葉崩し、成功すれば五影のうち二人を殺めたことになりますね」

 

「そういうことになるわね。だけど言うは易し。この席の主を殺すのはだいぶ骨が折れたわ」

 

 大蛇丸はそう言って椅子の肘置きを撫でた。

 

「金だけで成り上がった凡庸な忍かと思っていたけどさすがは影の名を背負う男。あの場に君麻呂がいなかったら私はここにはいなかったわね」

 

「確かに砂金を用いた絶対防御とあらゆる物を飲み込む流砂は並大抵の術では打ち破れないものでしたね。さすがは最強の体を持つ一族といったところでしょうか。彼のあの切り札は完璧の一言につきますよ」

 

 カブトは眼鏡を指で上げ、四代目風影を破った戦いを思い出す。

 初め四代目風影が操る砂金を前にすべての術は防がれ、圧倒的な砂金の物量を前に大蛇丸と君麻呂は劣勢を強いられていた。

 だが君麻呂が状態二になった途端に状況が変わる。

 状態二となり膨大なチャクラを得た君麻呂は堅固であった砂金の盾を体当たりで吹き飛ばし、砂金の流砂をものともしなかった。

 そして最後には彼の()()()によって四代目風影を護衛の上忍もろとも倒したのである。

 

「そう言えば例のうちはサスケですが、封印術で抑えられているものの呪印の適合はうまくいっているみたいでした」

 

「それは重畳(ちょうじょう)ね。第一の目的は達成されたというべきかしら」

 

 大蛇丸はくつくつと嗤う。

 大蛇丸は長年うちはの若い体を欲していた。うちは一族が開眼するとされる写輪眼はあらゆる術を吸収し、自身の技とする。

 すべての術を解き明かすことを大望とする大蛇丸にとって、そのうちはの神秘は喉から手が出るほどに欲しいのである。

 

「次の転生の体にはうちはサスケを?」

 

「いえ、彼はまだ早いわ。ポテンシャルはあのイタチを超えるものを持っているけど、今の実力では君麻呂の足元にも及ばない。まずは私好みに育てないと」

 

「では君麻呂に転生するお考えで?」

 

()()()()()()()が現れない限りはね」

 

 その後しばらくカブトと会話をして大蛇丸は通信を切った。

 砂隠れを掌握し、もう一つの目的であったうちはサスケには首輪をつけた。

 計画は想定通りに進み、残るは木の葉崩し当日を待つのみ。

 ゆっくりと背もたれに体を預けた大蛇丸は些末なことを思い出す。

 中忍試験の際に異様な輝きを見せた日向ネジだ。

 

 大蛇丸はうちはの血ほどではないが、日向の血も欲している。できるのならば白眼を手に入れたい。

 だが大蛇丸は今回ばかりは分が悪いと考えている。

 日向ネジは分家の人間。攫ってでも奪おうものならば、ネジの命ごと白眼を封印されてしまうだろう。

 そして気まぐれ程度に彼の姉なよを代わりとして攫おうと音の五人衆を遣いにはだしたが、正直満足のいく結果が出るとは期待していない。

 

 宗家に近しい者でありながら白眼を宿すことができなかった少女は確かに研究しがいがあるだろう。しかも分家の封印術もされてはいない。

 しかし()()()サンプルとはなっても()()()検体になりえないことは往々にしてあるものだ。研究とは古今東西成功より失敗が多いものである。

 

 それに彼女の体はどうやらそこまで強くはないらしい。大蛇丸が行いたい実験に耐えるかと言えば少々心許ない。

 

 とは言え初めて手に入れる日向の血である。上手く行けば弟ネジを誑かすこともできるやもしれない。

 大蛇丸はそんな淡い思惑を胸に、窓から燦燦と照る太陽を見上げた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方、日向なよと君麻呂の戦いはいよいよ佳境へと差し掛かった。

 互いが全力を尽くしてぶつかり合う死闘。彼らの周辺には無数の白骨が地表より突き出ており、その骨林の間からは金属がぶつかり合っているような甲高い音が絶えず鳴り響いた。

 

 両者ともに最硬の血継限界”屍骨脈”と自然エネルギーを扱う特異な存在。並みの忍はもちろん、上忍ですらまともに太刀打ちできないであろう。

 

 そんな拮抗する二人ではあるが、一点だけ大きな差があった。それは体力である。

 呪印化はチャクラを大量に消耗するとはいえ、生来の才能と大蛇丸の肉体改造により君麻呂は疲労をものともしない体を持っている。

 しかしなよはもともと体を病に蝕まれており、体は鍛えられていない。

 故に長期戦になれば勝利を掴むのは君麻呂であることは明らかであった。

 

 だが、そのようなことなど些事であると言わんばかりに、時間が増すに連れてなよの動きは速く、鋭くなっていった。

 

「君はまさか戦いの中で成長しているとでも言うのか?」

 

 君麻呂は両手に生やした螺旋状の骨槍をなよの持つ二刀の骨刀に打ち付けた。彼らの間に強風を巻き起こすほどの衝撃と激しい火花が散る。

 鍔迫り合いの最中、君麻呂は臀部に生やした長い尾をなよ目掛けて(しな)らせた。

 だがなよは予測していたかのように側背から幾本ものあばら骨を突き出し尾を弾く。

 

 そしてなよは身を回転させて突き出ていたあばら骨で君麻呂の胴を切裂いた。

 

「君麻呂くんと言いましたか? ようやくあなたの動きは見切らせていただきました。その術も含めて。私ももう余り動けはしませんが、それでもあなたはここで仕留めさせていただきます。私の弟のためにも」

 

 なよは傷を負い後退した君麻呂に追い打ちをかける。

 掌を君麻呂に向け、そこから矢のように骨を数本飛ばした。

 勢いよく射出された骨は一本も誤ることなく君麻呂の体に突き刺さった。

 

「なる程。確かに君は強い。だが最初に言った通り僕はここで負けるわけにはいかない。大蛇丸様のためにも。それに僕のことを見切ったというのは早計だ。僕はまだ君にとっておきを見せていないのだから」

 

 息も途切れ途切れではあるものの、君麻呂の瞳には強い意志が残っていた。その言葉は決して戯言などではない。

 それを証明するかのように、君麻呂は寅の印を組み、具現化して見える程の膨大なチャクラを練り始めた。

 

 ――あれはまずい

 

 なよは直感的に君麻呂の術を推し量った。彼女は白眼など持ち合わせてはいないが、それでもなぜか彼の術がいかなるものかは感じ取った。それは今までとは次元の違う術。

 

 なよは完成させてはならないとすぐさまに再度掌をかざし骨矢を放つ。

 だが数寸間に合わず、彼の術が先に完成した。

 

屍骨脈(しこつみゃく)餓叉髑髏(がしゃどくろ)

 

 まず顕れたのは巨大な骨の鎧であった。

 巨大な骨鎧は君麻呂を包み込み、なよの放った骨矢を無傷で弾いて見せた。

 

 そして刹那、なよの体が宙に舞う。

 鎧から生えた左腕に弾き飛ばされたのだ。

 

 吹っ飛ばされたなよはそのまま凄まじい勢いで木々を薙ぎ倒し、地面を抉りながら転がった。

 なよが痛みに耐え、顔を上げるとそこには五メートルを超えるであろう巨大な骨の怪物が顕現していた。

 

「これが僕の切り札”餓叉髑髏”。ただでかいだけの置物だと思わない方がいい。これは今まで以上に硬く、そして強い」

 

 餓叉髑髏が右腕に持った巨大すぎる骨槍を振り下ろし、なよは間一髪でどうにか躱した。

 大柄な図体であるものの、それは想像以上に速い動きであった。そして言わずもがなその破壊力は地を割り、大きな裂け目を生じさせた。

 

「どうした、これも真似してみるかい? その前にチャクラ切れで死ぬかもしれないが」

 

 君麻呂の視線が餓叉髑髏の隙間から肩で息をするなよを射貫く。

 彼女がダメージを軽減させるために纏っていた骨は先程の一撃でほとんど折れてしまっていた。一方でなよを攻撃した餓叉髑髏の左腕には罅一つも存在しない。

 

 なよの知らないところではあるが、君麻呂はこの術を使い先の四代目風影との戦いではあらゆる攻撃を完封し、彼の持つ最大の防御術をその巨槍で貫いてみせた。

 

 もはや羽虫が象と対峙していると言っても決して過言ではない状況であった。

 

 だが、そんな絶望的とも言える状況下で、なよは笑みを浮かべていた。

 傍から見れば自暴自棄とも言える様態だったかもしれない。だがこの少女と戦ってきた君麻呂からしたら油断できないものであった。

 

「確かに今の私ではもうあなたのその術を見取ることはできないでしょうね。ですがそれとあなたを倒せるかは別問題です」

 

 そう言うとなよは肩から一本の骨を引き摺りだし、チャクラを練り始めた。

 なよの背後には禍々しい程に黒いチャクラが募り、なよの手に持つ骨は黒く淀んだ。

 

「その骨、結構なチャクラが練り込まれているね。確かにやり方次第では僕の餓叉髑髏を抜けれるかもしれない。だが僕はそう甘くはない」

 

 君麻呂は餓叉髑髏が持つ巨槍による突きを放った。

 その突きは勢いだけで衝撃波が放たれ、周囲の草木を大きく(しな)らせるほどであった。

 当たればまず即死、掠っただけでも肉が抉れ重傷となるであろう一撃。

 しかしなよは避けようともせず、一直線に君麻呂に突っ込んだ。

 

  当然前進するなよの目の前には死を撒く槍が迫る。

 そして槍が直撃する寸前、なよは黒骨を持つ手とは逆の左手に白骨を幾本も生やし、巨槍の先端を突いてみせた。

 当然、なよの力では圧倒的な質量を誇る餓叉髑髏の槍を弾くことはできない。だがそれでも何とか槍の矛先を直撃から逸らすことができた。

 

 だが代償としてなよは左手の関節が捻じ曲がり、腕の先は力なく垂れ下がった。常人であれば耐えられない痛みを、しかしなよはそれでも無視して君麻呂へと迫る。

 

 君麻呂は何とかなよを近付けまいと餓叉髑髏の左腕を払った。

 その巨腕は地を抉り、木々を薙ぎ倒しながらなよの行く手を阻む。

 

 しかしなよは大きく飛び上がり、餓叉髑髏の左腕を越え、まっしぐらに君麻呂の元へと飛び込んだ。

 左右の腕を掻い潜り、後は無防備な胴だけ。なよの左手に持つ禍々しいまでに変色した黒骨が君麻呂の防御を破れば彼女の勝ちとなる。

 

 だが君麻呂はそこまで甘くなかった。彼の切り札たるその術は懐に入られただけで効力を失うなどというちゃちなものでは決してない。

 

「餓叉髑髏・地獄変 ―針―」

 

 君麻呂が呟いた瞬間、餓叉髑髏の胴回りから無数の鋭利な骨が飛び出した。

 それは愚かにも餓叉髑髏に近づいた者を絶命させる必死のカウンター。骨を自在に操る君麻呂にとって、餓叉髑髏からさらに骨を生やすなど造作のないことである。

 

 そしてなよは止まれない。

 右手に持つ黒骨の一撃に賭けていた彼女にとって、君麻呂の懐に潜り込むことこそが唯一の勝ち筋だったのだから。

 

 だが彼女はあきらめない。たとえ行く道が針の筵(はりのむしろ)であろうとも、むざむざと倒れるわけにはいかない。この戦いには最愛の弟の行く末がかかっているのだから。

 

 なよは空中で大きく右足で虚空を蹴り上げ、その勢いで体を回転させた。

 そして身を廻す彼女の周りに空気の流れが生じ、彼女の体内から黒色のチャクラが漏れ、黒い球を象った。

 

 それは日向の秘術"八卦掌・回天"。

 なよの放つそれは日向で口伝されるものと比べ魔性な気配を過分に含む有り様であった。

 

 しかして黒球と餓叉髑髏はぶつかり合う。

 日向に生まれ堕ちた異端の悪鬼と、かぐや一族で唯一生き残ってしまった希代の麒麟児。

 拮抗する両者の力は凄まじい衝撃と音を生み、周囲を襲う。地面は剥がれ、草木は千切れ飛ぶ。

 

 だがどんなに拮抗している力とて均衡は崩れる。

 程なくして、黒球は回転を緩め、術者たるなよが姿を現した。

 彼女の八卦掌・回天により君麻呂が骨鎧の隙間から生み出した骨はほとんど削り取られ、彼女を突き刺すことなく消え去っていた。

 そしてなよは右手に持つ黒骨を餓叉髑髏の胴に突き立てており、そこを中心に大きな罅を作っていた。

 

「凄まじい力だ。ここまでの刃を僕は見たことがない。だがそれでも僕の硬さを越えられなかった」

 

 なよの力は君麻呂の防御を崩せなかった。

 直後、なよの持つ黒骨が折れ粉々に砕けた。

 

「これで終わりだ。日向なよ」

 

 君麻呂は餓叉髑髏の右腕を引き寄せ、なよを圧し潰そうとする。

 渾身を込めた一撃を防がれた直後のなよでは受けることも避けることもできない。直撃すれば間違いなくなよは絶命するであろう。

 

 だがその瞬間、君麻呂の口から止め処もない程の血が溢れ出た。

 

「馬鹿な……」

 

 君麻呂が視線を下げるとそこには深々となよの手刀が刺さっていた。

 黒骨による一撃を防がれたなよは骨槍の一撃を受け関節が捻じ曲がっていたはずの左手にチャクラを纏わせ、罅生えた骨鎧を打ち砕いたのである。

 なよは回天の反動を利用し、無理矢理左手の関節を戻していたのであった。

 

「やっぱり私はどんなになっても日向の人間なのね」

 

 なよがそう呟くや、君麻呂はさらに血反吐をこぼす。

 勝負の決め手になったのは屍骨脈でも仙人モードでもなく、彼女の一族が得意とする柔拳。

 本来であれば君麻呂に柔拳は通じない。だが彼は餓叉髑髏にチャクラを集中させていたため自身の体そのものの守りが弱まっていた。

 故に自然チャクラで強化された柔拳を前に彼は抗えず、内臓をズタズタに掻き回された。

 

「さて、本来でしたらお互いの健闘を讃えあいたいところではありますが、生憎時間がありません。私もそろそろ限界ですし、()()()()も残っています。ですからひと思いに殺して差し上げます」

 

 崩壊する餓叉髑髏の中心で、なよは右手で一本の細く白い骨を握った。わずかなチャクラで作られた骨棒は今まで二人が創ってきたどの骨よりも脆かった。

 だがそれでも柔拳を流し込まれ、碌にチャクラも寝れない君麻呂を刺し殺すには十分な代物。

 

「では、さようなら――」

 

 だがなよが骨棒を君麻呂に突き刺そうとした瞬間、彼女の体は粘着質な糸で拘束された。

 

 ――忍法・蜘蛛縛りの術

 

 それはなよと君麻呂から二十メートル程離れた茂みに潜んでいた音の忍の一人、鬼童丸が放った蜘蛛糸による拘束術。

 

 彼ら四人の音の忍は自身の主から特別扱いされる君麻呂をよくは思っていない。

 だがここで彼を見捨てる程愚かではない。

 確かに彼らは幾度も君麻呂が邪魔でしかたがなかった。だが彼の実力を知る故に彼が誰よりも音隠れの里にとって、そして主である大蛇丸にとって重要な存在であるか知っていた。

 

「右近!」

 

 鬼童丸の声に合わせ、左近の片割れ右近が君麻呂を回収した。

 手刀を喰らった君麻呂の腹部からは大量の血が流れていたものの、まだ処置の余地はあった。幸いにも彼らは増血丸をいくつも携行していた。

 

 そして警戒すべきなよは鬼童丸の糸に絡まり、上手く身動きをとれずにいた。

 だが当然のように彼女のもとには誰も近付かない。今までの鬼のような戦いぶりを見ていた者ならば、その拘束とて単なる時間稼ぎにしかならないことは明白であった。

 

 故に彼らがとる手段は撤退。

 なよに対抗できる唯一の存在であった君麻呂が戦闘不能になってしまったのだから当然だろう。もちろんなよとて疲労困憊ではあったが、それでも残りのメンバーで勝てる相手ではなかった。

 

「お前ら、離脱するぞ!」

 

 なよから離れるように駆ける右近の後ろに多由也と次郎坊が続く。

 右近の分裂体であり、弟である左近はなよに殺されたため彼らの隊列には加わらない。

 そしてもう一人、なよに隙を作った鬼童丸の姿もなかった

 

「鬼童丸! 早く来い!」

 

 右近は振り返り、ともに来ない鬼童丸を呼ぼうとした。

 だが右近が目にしたのは額に骨棒が刺さり、力なく倒れ伏す鬼童丸の姿だった。

 視界を鬼童丸の蜘蛛糸により封じられていたなよであったが、鬼童丸が右近に指示を出した直後、彼の声に反応して手に持っていた骨棒を投擲したのだ。

 

「畜生が!」

 

 右近は悔しさを叫ぶ。残りの音忍も同様だ。

 だが彼らは戻らない。彼らがやるべき使命は生きて君麻呂を連れ帰り、大蛇丸にここで何が起こったのかを事細かに報告することなのだから。

 

 そんな彼らの後ろでは拘束を解いたなよが何もせずただ小さくなる彼らの影を眺めていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 音の忍が撤退してしばらく、なよは近くにあった倒木に腰を下ろした。

 彼女の息は荒く、顔は青褪めていた。 

 

 無理もない。

 なよは今までにない程の長く苛烈な戦闘に身を置いていたのである。それに体に負担がかかる屍骨脈や仙人モードを多用していた。

 むしろ途中で倒れずに戦えていたこと自体が奇跡的であったのである。

 これも弟を思うばかりの気持ちがあった故に成し遂げられたのであろう。

 

 するとなよは額から血を流し息も絶えた鬼童丸のもとへ歩く。

 

「しかしあなたにしてやられるとは思いもしませんでしたよ」

 

 なよは鬼童丸の前でしゃがみ込み、その顔を覗いた。彼の死に顔はまるで勝負事に勝ったかのように安らかに薄い笑みを浮かべていた。

 

 なよはあの時、逃げる彼らを追わなかった。正確に言うのなら追うことができなかった。

 確かに彼女は君麻呂との戦いで疲弊していたが、それでも彼らを後ろから強襲したり、骨矢を飛ばして串刺しにすることはできたかもしれない。

 

 しかしあの時、鬼童丸は大声を上げ、自身の居場所を示した。

 視界を封じられていたなよは彼だけに注意が向いてしまった。そしてなよが鬼童丸を殺す隙に彼らは早々と撤退してしまった。

 

 恐らく鬼童丸が大声でなよの注意を惹いたのは彼の独断でやったのだろう。普段であればハンドサインなり、彼らが用いる合図で指示を出していたはずだ。

 そこまでしてこの少年は仲間を逃がし、主のもとに情報を届けたかったのだ。

 

「忍は何とも因果な者たちですね」

 

 なよはぽつりとつぶやく。

 恐らくなよと戦った君麻呂という少年は生還するだろうし、なよの情報は一挙動も漏れずに大蛇丸に伝わるであろう。

 そして彼女の特異性を知れば、その魔の手は遅からず弟のネジにも伸びてしまうかもしれない。

 

 だがなよはそれはそれで構わないと思った。

 確かに彼らは脅威であったが、きっとネジなら彼らを乗り越えられるはずであろう。

 何せネジは自分の誇るべき最愛の弟なのだから。

 

「少し、疲れましたね」

 

 なよは息を吐き、再び倒木に戻って体を預けた。

 そして瞼を閉じ、意識を次第にまどろみの中に沈めた。




・上(風の国)や厳しい環境に苦しめられながらも発展を目指す砂隠れの里。それだけで一本の物語ができそう
・なよちゃんのチャクラは真っ黒ですが、彼女は清純派系美少女です

▽オリジナル技
”屍骨脈・餓叉髑髏”
かぐや一族版の須佐能乎。あの大蛇丸さんの元で君麻呂くんが元気ならこれくらいやるやろ! の精神で作った術。
須佐能乎より硬さと質量を持つが、逆に機動力と柔軟性に欠ける。
図体でかいし小回りが利かなそうと某狩りゲーの如く張り付こうものなら串刺しにされて即死する。

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