日向の悪鬼   作:あっぷる

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三話 宗家の娘

 ネジが四、なよが七の年を迎えた時、ある出来事が起こった。それはなよが宗家ヒアシの家に引き取られることである。

 目的は日向の嫡子として生まれた三歳となる日向ヒナタの一時的な影武者となることだ。この年、里ではかつて大蛇丸が暗躍し数多くの忍を誘拐して以来の治安の悪化が起こっていた。貴重な忍具が盗まれたり、下忍から中忍にかけて行方不明者が何人も出たのである。

 当然里側も警備を強化するよう努めている。しかし間が悪いことに雲隠れの里との同盟締結式が間近に迫っていた。そのためどうしても里の警備がそちらに集中してしまっているのだ。

 このため日向は唯一の宗家嫡子であるヒナタを守るため、年は少々離れているもののなよをヒアシのもとに送ったのだった。

 

「父様、ネジ、しばらくの間ですが行ってまいります」

「なよ、兄さんのところでは環境や扱いが変わってしまうかもしれないが、何かあったら必ず父さんに言うんだぞ。お前が願えばいつでも駆けつけてやるからな」

「大丈夫です、父様。私だって名ばかりとはいえ日向の名を継ぐ子ですもの。ヒアシ様のところでもしっかりやっていきますよ」

 

 極度の虚弱体質であるなよは杖に体重をかけ、安心してほしいとばかりに笑顔を見せた。普段からずっと屋敷のなかにいた箱入り娘だっただけにヒザシの心配癖はなかなかに大きかった。

 

「姉上!」

 

 するとネジは泣きじゃくりながらなよに抱き着いた。その衝撃でわずかばかりなよの体が揺れる。

 

「絶対に戻ってきてくださいよ。絶対ですよ」

「まぁ、ネジまでそんな心配事を。まるで父様みたいね。でも大丈夫よ。ほんの少しの間行ってくるだけだから」

 

 なよは義弟の頭を優しくなでた。いつも彼の修行の成果を褒める時のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくしてなよは日向宗家であるヒアシ宅に預けられることとなった。

 分家の、それも白眼も持たない名ばかりの日向であるなよはぞんざいに扱われるのではないかとヒザシは考慮していたのだが、存外そのようなことはなかった。むしろヒアシは実の娘の影武者としてとはいえ、実弟の愛娘を預かるということで丁重に彼女を扱った。

 初日こそは半刻歩いただけですぐに息が切れる彼女の病弱さに戸惑ったものではあったが、以降はヒザシ邸と同様に縁側でのほほんと野花を見ながら過ごすことが日課となった。

 もちろん影武者としての仕事もしっかりとしている。対外的にヒナタが表に出る時は代わりとなって

なよが出席するのである。とはいえそのような用事もほとんどがただの顔合わせ程度であるためなよの大きな負担になるということはほとんどなかった。

 

 なよがヒアシ宅にやってきて数日した折、なよがいつも通り縁側で庭の花を眺めていると一人の少女が話しかけてきた。

 

「あ、あの……」

「どうかしましたか、ヒナタ様」

 

 なよに話しかけたのは彼女が影武者を務める日向ヒナタであった。実を言うとこの二人、屋敷で何度も会っているもののこうして二人で話すのは初めてであった。

 

「えっと、その……、なよ姉さんは何をしているんですか?」

「何を、ですか……?」

 

 もじもじとしたヒナタの質問。元来恥ずかしがり屋な彼女だが、珍しくやってきた同じくらいの子どもに興味津々なのであった。

 

「こうしてお日様に当たって花を眺めているんです」

「花を、ですか?」

「ええ。些細なことですが私にはこれくらいしかやることがないので」

「そうですか……」

 

 内向的なヒナタはそうしてのんびりと過ごしていられるなよを見て羨ましく感じた。なよは重い病魔を抱えているが故そうせざるをえないのではあるのだが、ヒナタはそんなこと知る由もない。

 

「ヒナタ様はヒアシ様と修行されてきたのですか?」

「はい……」

 

 なよは擦り傷の残るヒナタの腕を見てそう言った。彼女の義弟ネジも擦り傷をいっぱいつけてきては喜んで彼女のもとに修行の成果を話していたものだ。

 しかしヒナタは違った。彼女は為人からして人と争うことが嫌いだった。ゆえに戦いの鍛錬である修行が好きにはなれなかった。

 

「ヒナタ様、しばらく私と一緒にお花を眺めてみませんか?」

「いいんですか? 私がいて」

「こういうのは話相手がいる方がいいんですよ」

 

 なよは少し位置をずれてヒナタに座るよう促した。

 

「ヒナタ様は修行がお嫌いですか?」

「……はい。どちらかというと嫌いです」

「そうですか……。私にはネジという弟がいるんですけどね、いつもネジは嬉しそうに私に修行の成果を見せてくるんです。そんなネジを見ていて私はいつも思うんです。私もネジみたいに元気に動き回れたらなって」

「あっ……」

 

 そこでヒナタは思い出す。なよはちょっとした運動ですら体に負担がかかってしまうということを。

 

「そうですヒナタ様、少し修行でやったことを見せてくれませんか?」

「えっ、今ですか?」

「はい」

 

 急ななよの提案にヒナタは戸惑ったが、修行がしたいのにできないという彼女の心理を知った今、それを無碍にするという選択肢はヒナタになかった。

 

「じゃ、じゃあ行きますよ。あまりうまくないと思いますが……」

 

 そう言ってヒナタはヒアシと行った演武を実践してみる。なよはその様子をじっくりと観る。

 ヒナタの演武は実にたどたどしかった。ステップは合っておらず打撃のキレも未熟であった。果てには足をもつれさせて倒れてしまった。

 

「ううっ、やっぱり上手くいきませんでした」

 

 演武に失敗し顔を赤らめるヒナタ。彼女の年齢からしたら上手くいく方がすごいのだが、いかんせん彼女の父ヒアシの求める基準は高いのである。

 

「ヒナタ様、一つ一つの動きではなく流れで演武を形づくってはいかがですか?」

「えっ?」

 

 すると観ていたなよから助言が飛んできた。武術とは無縁の彼女からそのような言葉が出るとは思わずヒナタは少し驚いた。

 

「実際にやったことはありませんが父様やネジの動きを観てきましたから」

「そうなんですか……」

「そうですね……、見様見真似ですが私もちょっとやってみたいと思います」

「えっ!? なよ姉さんが!?」

 

 ヒナタはさらに驚く。日頃床に伏しているか庭でのほほんとしているかでしかないなよがそんな動きの激しい演武を実演すると言い出すなんて考えもしなかった。

 

「だいたいこんな感じでしょうか」

 

 ふっとなよは立ち上がると演武の構えをとった。

 

「なよ姉さん! あまり無理すると……」

「大丈夫ですよ。ほんのちょっとですから」

 

 そう言ってなよは演武を開始する。掌底からはじまり溝蹴りに続くその動きはさきほどヒナタが行っていた拙いものとはまるで違う、流麗で淀みのない舞であった。

 

「すごい……」

 

 ヒナタは目を丸くしてなよの動きを眺める。彼女の動きはただヒナタよりうまいというだけではない。ヒアシやヒザシと同程度の完成度を誇る動きであった。

 

「どうでしたかヒナタ様、私の演武は?」

「すごいです、なよ姉さん!!」

 

 ヒナタは目を爛々と輝かせてなよの手をとった。

 

「なよ姉さんどうしてそんなにお上手なのですか!?」

「ただ弟や父様の稽古をずっと観てきたからでしょうかね。人の動きを観てると結構参考になるものですよ」

「なよ姉さん! でしたらもう一度私に見せてください!」

「もう一回ですか……」

 

 ヒナタはだだっこのようになよの体を揺さぶった。同じ子どもであり、同性のなよがここまで華麗な舞を披露したのを見て非常に感銘を受けたのだろう。実際ヒナタの周りは仰々しい大人たちだけだったのだから。

 

「そうですね……、そこまで言うのなら……、ゴホッ!?」

 

 その時、急になよが咳込み始めた。わずか2分少々の演武だったとはいえ、彼女の体には少々きついものだったようだ。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫……、大丈夫だから……。少ししたら収まるわ」

 

 うずくまってしばらく、なよはもう大丈夫だとばかりにヒナタに笑みを見せた。

 

「ごめんなさい、なよ姉さん。私が無理強いをしてしまったばかりに……」

「そんなことないですよ。これは私がただやってみたかっただけでしたし」

「けれどそれにしてもなよ姉さんはすごいです。私が頑張ってもなかなかできないことを観ていただけでできるだなんて。正直、羨ましいです」

「私は逆にヒナタ様が羨ましいです」

「えっ……?」

「だって何回も何回も稽古をすることができるんでしょう? 私はできたとしても一回だけ。それ以上は体が持ちそうにないわ」

「なよ姉さん……」

「ふふっ、私たちはつまるところお互いが羨ましいみたいですね」

 

 くすくすと笑うなよを見て、ヒナタは「そうみたいですね」と少し笑ってうなづくしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は月の光も射さない夜だった。

 歓楽街からしばらく離れたところにある日向一族の土地、そこに黒装束の者たちが這い潜んでいた。

 彼らはつい最近木の葉隠れと同盟を結んだ雲隠れの忍たちだった。彼ら雲隠れの忍が遠く離れた木の葉隠れを訪ねた理由は二つ。一つは雲隠れの代表として木の葉隠れで行われる同盟締結式に出ること。そしてもう一つは年々国力を伸ばしている火ノ国木の葉隠れの機密を持ち出すことであった。

 近頃木の葉隠れの里で起こっていた盗難や失踪事件は彼らの手引きによるものであった。内密に木の葉隠れの秘密を盗み、自国の発展に寄与させるがためである。

 

 そして今宵、彼らは木の葉随一の瞳術とされる白眼の秘密を奪取するべく日向の土地に足を踏み入れたのだった。

 日向の屋敷は八卦の探知結界により守護されており、普段ならば不審な者が侵入しただけでも警報が作動する。上忍クラスでも気付かれずに潜入するのは難しい。

 しかしこの隠密グループを率いるは現雲隠れの里忍頭。他にも隠密行動に特化した人材を集めており、今までの犯行も証拠を残すことなく成し遂げてきた。

 

 そして今回も上手くいった。さすがは木の葉の名門日向一族といったところではあり探知結界の暗号コードを解読するのに念入りな下準備を必要としたが、それでも彼らは侵入することに成功した。

 しかし問題はここからである。無事突破を果たしても領域内には広域な探知能力を持つ白眼の使い手日向一族が数多くいる。彼らに気付かれないように目的を果たさなくてはいけない。

 

 彼らの目的は宗家ヒアシの嫡子日向ヒナタ。分家の者の白眼は特殊な呪印によって意味をなさない。彼らは事前に入手した地図をもとに宗家の屋敷へと侵入する。

 そうして彼らは見つけた。宗家の屋敷で息を静かに眠っている少女を。

 

 しかしそれは彼らが目的とする日向ヒナタではなかった。彼女の影武者として宗家に送り込まれたなよだったのである。

 

 

 

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