第01話 「熱砂」の地獄
その名は消され
意味は失われ
それでも、ただ在り続ける
魔剣―――そう呼ばれる武器がある。
今よりも昔においてこの世界が“旧時代”と呼ばれていた時代に製作された―――であろうと推測されるが、詳しいところは未だ不明の武器たちだ。今の時代の技術では製作不可能と言わしめ、並の武器では歯が立たない強力な武器である。製作方法はもちろん、その目的も全てが不明なのである。
そして、この武器を魔剣たらしめるのはその丈夫さでも貴重さでもなく、その身に宿す悪魔の力である。町一つを簡単に消し飛ばせるものから、何を目的として作ったのかが謎の力まで幅広くある。これらは魔剣の“能力”と呼ばれ、魔剣の価値が半分はこれで決まると言っても過言では無い。
また、総称で魔剣と呼ばれるが、剣だけの形では無い。弓、槍、斧など様々な形を持つ上、大きさもバラバラである。人間サイズが基本だが、たまに人間が扱う目的では無いような巨大なものもあれば、極小のものまである。
初めて魔剣という存在が世に出てからある程度の時間が経った今、様々な用途で世界中の人間が探している。戦争の続く国では軍事目的で。とある宗教団体は平和を世に導くということで。ある収集家はそのデザインから自らの欲を満たすために………。
故に、魔剣を持つ者は様々な敵に狙われる危険が出てくる。が、それを差し引いたとしても魔剣が持つ力は魅力的かつ絶大であった。
今では世界中で魔剣を求める者は少なく無い。険しき山頂や暗く深い海底などからも見つかることがあるが、その多くは遺跡から見つかるのが多い。
“旧時代”の遺産―――人々を魅了する浪漫と危険が溢れる古代の匂い漂う場所。何が目的で造られたのか、また何を材料に作られたのか、何故多くの魔剣が遺跡から見つかるのか、その関係性も含めて一切が謎となっている。
そしていつしか【遺跡探求者】なるものが生まれ、一つの職として広まるとギルドがこれを統括・管理・支援するようになった。
遺跡はまだ未発見のも多くあるという。今日もまた、どこかで誰かがまだ見ぬ遺跡を求めて旅しているのだろう。
―とある砂漠―
「にゃー………あっついにゃ」
地図片手にざくざくと砂地を歩くのは一人の旅人―――いや、旅猫“アドニス”。羽織るマントの下には人の体ではなく、茶猫の体。フードの下には立派な猫耳。人と人外のハーフである亜人にも見えなくないが、それにしては猫すぎる者だった。
「どっかでそろそろ休む必要があるにゃ」
背中に背負う大剣も相俟ってか、歩く速度は遅かった。
アドニスは現在、東に位置する【リモートア国】内を西に向かって歩いていた。その先にある【紅蓮砂漠】と呼ばれる、国の半分程度を占める砂漠地帯である。事前に近くの村に寄り、携帯用の食事と水を買ってきてはあるが……それもどこまで持つことか。
「やっぱ、止めておけば良かったかにゃ~」
金に困り、ギルドマスターに収入の良い仕事はないかと尋ねたところ、今回の仕事を請け負ったのである。
アドニスが請け負ったのは、西の紅蓮砂漠地帯にあると言われる遺跡の調査である。本来ならば遺跡探求者が赴くはずなのだが、大きなとは言えない国のギルドである。人がいないのだ。
そこに現れたのがアドニスである。冒険者―――つまるところ“何でも屋”なので、こういった仕事も請け負うこともある。しかし、気になるのが今回の発端である。
今回の遺跡調査は、考古学者が意識を失う寸前に見つけたという情報だけで砂漠の中に遺跡が“確実”に在るという訳ではないのだ。最悪、砂漠地帯をうろうろ歩いて干乾びて死亡なんてのもある。
「………笑えない冗談にゃ」
そしてもう一つの疑問点。
それは考古学者―――
考古学者が怪しい訳では無い。歴史に詳しくはないが、アドニスがこれから赴く紅蓮砂漠に調べる何かがあるとは思えないのだ。
歴史的価値もなく、ただ砂が拡がるだけの砂漠。魔物たちですら寄り付かない死の砂漠―――そこに赴いた考古学者。
紅蓮砂漠を何の知識も無い学者が一人で歩けるはずが無い。冒険者か遺跡探求者に護衛を任せて調査に行く、これが通例だ。しかし、今回の依頼者である考古学者はたった一人で赴き、帰って来たという。これらの点は町のギルドマスターも気にはなっているが、彼らにそれを詮索することは出来ない。暗殺までを請け負う仕事場だ。これくらいの怪しさ、珍しくは無い。
今のアドニスとしては、ギルドマスターの口車と空腹で思考回路の一部がショートしていたため、怪しいと知りつつもその仕事を即請け負ってしまったことだ。一度請け負った以上は、完遂しなければ名に傷がついてしまう。そこまで高いプライドがある訳ではないが、今後の仕事にも関わってくるので出来れば完遂したい。
そんなアドニスの意識を遮るように、カードが懐から落ちた。
「おっと、カードをなくしちゃマズいにゃ」
ギルドカード。そう呼ばれる彼らにとっては身分証明書にもなりうる大事なカードである。冒険者も遺跡探求者もこのカードで仕事を請け負うことができる。
カードには氏名や所属ギルドが書かれる。ギルドは世界中に点在し、一つの組織として繋がっているが、三つの大陸でチームとして分かれている。その他にも本人かどうかをチェックする照合部分やギルドマスターのみ確認できる細かな記録などがある。また、カードは強さを表すランクによって色が違いFからSSSまで九色である。また、一定レベルの者は二つ名という氏名とはまた違う名前が与えられる。
そして、仕事の完遂率も追記される。失敗し続ければ完遂率は下がっていく。が、仕事によっては難題というものもある。その場合は、ギルドマスターが請負人の強さや他の者がチャレンジした場合の成功率などから考えて、完遂率を下げない場合もある。
「さて、まずはあのおっちゃんの話から割り出した場所近辺でも探しますかにゃ~」
砂漠地帯では目印などほぼ皆無。迷わぬようにコンパスと地図を調べながら、アドニスは足取り重く進んだ。
― 深緑の村「レオノラヴィレッジ」 ―
山や森などの自然に囲まれた緑の色濃い小さな村。外界と切り離されたような生活のためか、他の町などでは当たり前の物が無かったりするが……。
「うーん………これは、“短剣”? それとも……“縄”? でも、縄だと文章がおかしくなるし………」
その町の宿屋の一角で、唸る少女がいた。長い黒髪に澄んだ黒瞳。あどけなさ残る少女―――“ミリィ”は、前に潜った遺跡から出てきた古文書の解読に勤しんでいた。片手に解読に使っている専門の辞書が付かず離れず握られている。
金属加工版(プレート)の形ならば解読も楽になるが、紙媒体の本などの書物となると劣化が激しく、また刻まれた文字も型崩れな物が多く、解読が困難となる。困難だからといって投げ出す訳にもいかなく、こうして頭を掻き毟るのである。
「あぁぁぁぁぁ!! もぅ! これ書いた奴化けて出てきなさいよ!!」
書かれた文字は【日本語】に分類される古代語である。【日本語】は古代語の中でも一番解読が難しいとされる文字であり、それがまたミリィを悩ませることとなっていた。
「そもそも【日本語】は種類が多すぎるのよね………よくこれで古代人は生活出来たわよね。混乱しなかったのかしら?」
少ない数だと二十。多くても四十弱の種類の文字があり、それらを組みあわせて数多の単語を作り、それに意味を載せて文章を作る。
だが、【日本語】では“平仮名”“片仮名”“漢字”と三つのタイプがあり、“平仮名”“片仮名”はそれぞれ約八十の種類。“漢字”に至っては数えるのも億劫な程ある。
更に“漢字”では一文字自体が意味を持っていたりもするから、更にややっこしい。
例えば、“ふみ”という単語は今でいう“学問”と読む。と同時に、“手紙”とも読む場合がある。“私”“僕”は、一文字だけで共に“自分を指す”という意味がある。
文章の解読には、これが単語なのか文字なのか―――また単語の場合は、どの意味で使われるのかを見極めなければならない。一つでも間違えれば何を言ってるのかさっぱり分からない文章が出来てしまうからだ。
「つれづれってなによ!? つれづれって!! 連れて歩くの!?」
「ふふ、なんだか困ってるみたいね」
気付けば、宿の女将がミリィの傍に立っていた。お盆の上には香り立つコーヒーが置かれていた。
「あ、女将さん」
「何度もノックしたんだけど、全然気付いてくれないからね。勝手に入ってきちゃったわ。はい」
コーヒーをミリィの目の前に置く。恥ずかしさからか、ミリィは静かに受け取ると無言で飲み始める。
「部屋に篭ってると空気が悪くなるわよ?気分転換に外でも散歩してきたらどうかしら?」
「うー………分かりました」
女将の言うことは正論であり、昨日からずっと部屋に篭って解読に集中していたのだ。ここらで気分転換に近くを歩くのもいいだろう、と身支度を整える。濃茶のマントに旅に不向きと思われる軽装。そして腰には一本の剣を携えて。
幸いにも周りは自然が溢れている。というか、自然しか無いのだから。
散歩にと外に出たはいいが、いつもの習慣からかギルドが気になってしまい、自分で自分に苦笑しながらも足をギルドへと向けた。
「特にこれといったものはないかしら…………あら? 遺跡の調査?」
「あぁ、それかい? 確証は得られてないけど、見たって人がいるんだよ」
最後の方におまけで追加されたような依頼書を見つけた。どうやら近辺の遺跡調査のようである。
「最近のもの……よね」
「そうだよ」
「じゃ、これをお願い」
ミリィはギルドマスターに依頼書を持っていくと、登録を済ませようとする。それに慌てたのがギルドマスターである。
「これでいいのかい? さっきも行ったけど、確証はないよ? それに一人が先に向かってるし………」
「先に…? それって遺跡探求者?」
「いや、冒険者」
遺跡探求者と冒険者。共にギルドに組する旅人だが、両者は違う存在である。前者は世界に眠る遺跡の発見・発掘・調査などを主な目的として、後者は何でも屋。悪く言えば、金儲けの為に動いているのだ。
ギルドは最初こそ遺跡探求者だけを支援していたが、最近は両者を分け隔てなく支援している。
「だとするとマズいわね……。仮に本当に遺跡があったら、せっかくの遺産が全部取られてしまうわ」
最近になって在るかもしれない、と言われるようになったということは、その遺跡は今まで誰にも発見されてこなかったということ。中にはまだ歴史的価値がある財宝が……もしかすれば、魔剣などの貴重なお宝も残ってるかもしれない。
「早急に行くわ。手続きをお願い」
「あぁ、お嬢ちゃんは遺跡探求者なのか………分かったよ」
ギルドマスターにカードを提示、ミリィはこれからの予定を地図を見ながら考える。遺跡は砂漠の中にあるという。
「えぇと、ミ…ミリィちゃんね。おぉ、すごいね。二つ名持ちなんだ」
黒髪の少女“ミリィ”―――二つ名“
「さて、まずは食料調達かしら。地図では砂漠のど真ん中のようだし………」
ならばまずは携帯用の乾燥食料。それに水だ。今のような軽装では少々心許ないので、ブーツや服なども少し調達したい。が、今ミリィがいるのはレオノラビレッジ。何でも揃っている大きな町では無いのだ。
「………あるものでなんとかしましょ」
ミリィはそう呟くと、先に行ったという冒険者のことを考えながら颯爽と消えた。
― 紅蓮砂漠 ―
ところかわり、一方のアドニス。時刻は既に夜を刻み、熱の地獄だった砂漠は一気に冷えた。
「だから砂漠は嫌いにゃ!」
あれからうろうろと砂漠を歩いていたが、遺跡の「い」の字も見当たらなかった。途中からは一々地図とコンパスと睨めっこするのが面倒になり、己の勘を信じて突き進むという愚行を冒した。もはや、帰り道など分かるはずが無い。
砂漠の上を寝転がり、頭上の満点の星空を見る。障害物が無い砂漠の空は綺麗で、他で見るよりも星が輝いて見えた。
ただ寒いが。
「―――――――ッ」
人間よりも多くの音を拾える耳が、異音を聞き取った。アドニスはすぐに起き上がり大剣を構える。
ここは村や町では無く、砂漠。魔物すら近寄らない場所だが、それは一部を除く。
「さてはて………紅蓮砂漠には魔物は少ないと聞いたがにゃ………こういったのは面倒な奴が多いから、出来ればお引取りをお願いしたいがにゃ………」
周囲の気配を探れば、既に囲まれているのが分かる。
いつ来るか、そのタイミングを計ろうとお互いに沈黙を守るが、先に痺れを切らしたのはアドニスであった。
「ッ!?」
大剣を背中に戻すと、その場から走り出した。
足が遅い魔物なら逃げ切れる自信はあるが、自分よりも早い魔物だったら場所を変えて返り討ちにしたいところ。足場が砂だとどうにも動きにくいのだ。とはいえ、砂漠地帯で足下が砂で無いところなど、中々見つかるものではない。
走り出したアドニス。すると、足下の砂が起き上がりだした。その後ろでも砂が起き上がり、人の上半身の形を取り出した。
「サンドゴーレム! にゃら、おいらでも逃げ切れるにゃね!」
砂漠地帯に住むと言われる砂のゴーレム。人間でいう心臓に値する核があり、そこを破壊しない限り、ほぼ不死身という厄介な魔物である。
また、その他の特性に―――
「にゃ!?」
集団で行動するというのがある。逃げ出そうとしたアドニスだったが、目の前で次々と同じように隆起する砂―――サンドゴーレム。砂場で走り難いというのもあっただろうが、どうやら包囲網を抜けるには色々と足りなかったようである。
数は八―――倒そうと思えば、倒せなくもない数だ。見えるのが全て、だとしたら。
「やれやれ、にゃ」
砂漠でのサンドゴーレム。ほぼ確実に核を突く攻撃をしないことには、助かる道は無い。周りには彼らの元となる砂が大量にあるのだから。
「んじゃま。ちょっくらおいらの実力でも発揮するかにゃ」
逃げることが出来ないと分かったら、下手に逃げ道を探すよりも敵を駆逐してしまった方が良い。アドニスは大剣を再び構え直すと、目の前のサンドゴーレムに向き直った。
そして、大きく深呼吸した後、一息で距離を失くす。足場が悪い以上“走る”ことは難しい。
ならば、“跳べ”ば良い。
砂地を蹴り上げ、超低空で跳ぶ。その速さを並の人間よりも圧倒的に速く、動きが鈍いサンドゴーレムには対処できない速さであった。
アドニスは自分の背丈の倍以上はあるサンドゴーレムに正面から飛び掛かると、一気に一直線に大剣を振り下ろす。核というのは体のどこかに必ずあるが、それが“どこにあるか”は固定されていない。つまり、攻撃して敵の体を削っていき、場所を特定しないとならない。
アドニスはまず真っ二つにして、勘を頼りにどちらかを集中的に攻撃して削る。サンドゴーレムの動き、再生速度は遅いと言うが、とろとろしていたら最初からやり直さないとならない。
「こうゆう場合は、魔術師や法術師が便利に思えるにゃ!」
剣などの物理攻撃だと斬って斬って斬ってと地味に削っていかないとならない。が、魔術と呼ばれる力だと一~二発程度放つだけで済む。それだけ攻撃範囲が広く、効果的という。更に言えば、弱点の水系で攻めればあっという間だろう。ただ………水気無いこの砂漠地帯で水系魔術が使えるのか。また使えたとしても効力はどの程度に落ちるのか、が気になるところではあるが。
残念ながらアドニスには魔術の知識も無いため、使うことが出来ない。
「みつけたにゃ!」
ようやく一体目のサンドゴーレムの核を見つけた。自分の勘も中々当てになる―――と思った瞬間にバックステップでその場を離れた。他のサンドゴーレムが襲ってきたのだ。
「マズッ! 移動させないにゃ!」
切り崩したサンドゴーレムの体に砂が吸い上げられ、体を再生しようとしている。そうなる前に、核を突かないとまた最初からである。
「ぬおりゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
アドニスはその場で一回転すると、大剣を剥き出しの核へと放り投げた。それを防ごうと他のサンドゴーレムが前に立つが、砂で出来ているサンドゴーレムには勢いを付けた大剣を止めること出来ず、見事核に突き刺さった。
これで、ようやく一体を倒したことになる。
「あ…………」
が、敵は一体では無い。
「しまったにゃぁぁぁぁっ! つい勢いで放り投げたけど、武器が無いにゃ!!」
慌てて地面に突き刺さっている大剣の下へと走る。元サンドゴーレムだった砂山を飛び越え―――られなかった。
再生途中のサンドゴーレムが腕だけを伸ばして、アドニスを捕まえたのだ。
「このっ! ちゃんと体を再生してから動きなさいにゃ! てか、核を壊したんだから死んどけにゃ!」
捕まえたとはいえ、所詮砂。命一杯暴れてやれば体は崩れて自由になった。
「ゴォォォォォォォ………」
だが、その一瞬が命取りだった。
サンドゴーレムたちは集まり、アドニスに折り重なるようにその身を乗せてきた。
「おぶっ! ぺっぺっ!! って何にゃ!? おいらを生き埋めにぶぁっ!?」
一体、二体、三体と次々に折り重なっていくサンドゴーレム。アドニスは降り積もる砂に負けじと這い上がろうとするが、多すぎる砂に埋もれてしまった。
誰もいなくなった砂漠地帯―――一際不自然な砂山があったが、それもいつしか風に運ばれて普通の砂漠地帯と見分けが付かなくなった。
旅の途中、誰にも知られずにこの世を去る者は……………多い。
「…………………………にゃ?」
ふと、起き上がる。
近くには自分の大剣が半分以上砂に埋まっているのが見える。他の荷物に関しても同じだろうが、見渡す限りは無い。
「おや? おいらは…………生きてるのかにゃ?」
見上げた空は砂に覆われて暗い。しかし、真っ暗闇という訳では無い。どこからは知らないが、明かりが漏れている。
「待つにゃ。今は夜にゃ………なんで、こんな明るいにゃ?」
これが昼間なら太陽の光がどこからか漏れてアドニスがいる地下まで光を運んでいるのだろう、と考えられる。しかし、今は夜。月の光が砂に覆われた地下にまで届くとは思えない。
「というか………そもそもここはどこなのかにゃ? 砂漠の地下?」
周囲から生えている巨木。天井は草木と砂で覆われている。その微妙な隙間からは時折砂が毀れてきているのが分かる。まさか、砂の下にあるのが地面ではなくて巨木とは………誰が思いつこうか。
「どっからか上に戻れる場所があればいいんだがにゃ………」
と、驚いてる場合では無い。砂漠の地下に閉じ込められて一生を過ごすなど御免被る。漏れる光も気になると言えば気になるが………。
とりあえず、アドニスは歩くことにした。このまま止まって周りを見渡しているだけでは情報が集まらないからだ。更に言えば、いつ頭上から砂が落ちてくるか分からない状況で、さっさと安全な場所に移動したかった、というのもある。
それからしばらく。
歩けど歩けど景色は変わらず。ざくざくと砂地を歩き続ける。魔物が出てくる気配はしないが、一応警戒はしている。
時折、頭上から砂の塊が落ちてくるので、それらを躱わす。せっかく砂を払い終わったのだ。また埋まりたくは無い。
「にしても、あっちこっちから明かりが漏れてくるにゃ」
漏れてくる明かりが一箇所ならばそこ目指して歩くのだが、あちこちから光が漏れ、おまけに周囲が昼間並み……とまではいかないが、夜闇の月よりも明るいのだ。どこを目指して歩いたらいいのかがまったく分からない。
コンパス開いて適当に目指して歩こうかと思ったのだが、開いてみたコンパスは壊れて指針がぐるぐると円を描いていた。落下の衝撃か、それともここの場所に変な磁場があるのか。とりあえず、
「コンパスは役に立たないってことにゃね」
仕方ないので、毎度お馴染みの自分の勘を頼りに歩いている。人は何も目印なく歩いたら、ぐるぐると円を描いてしまうと言う。広大とはいえ、周囲には巨木があるのだ。さすがに同じ場所に戻ってくるなどは…………
「……………………………………」
アドニスの目の前には不自然に出来た跡がある。まるで誰かが倒れていたかのような跡が。
「はて…………どこかで見たような形にゃ」
手があり足があり、頭には猫耳のような跡。大きさもちょうどアドニスと同じである。
「……………まじ?」
大真面目なことだが、戻ってきてしまったようだ。
『ビーーーーーーーーーッ!!』
「にゃ!?」
突如として鳴り響く音。人の声のようにも聞こえるが、人ではない声。そして、辺りが突如として赤い光に覆われた。
敵なのか、と背中から大剣を抜き、周囲を警戒するアドニス。
そして、すぐにも敵は現れた。ただ、アドニスが想像していた魔物では無く、
「いったい何者にゃ!?」
謎の生物。いや、そもそも生物なのだろうか。
およそ、砂漠などの場所では見られないような敵だった。
赤い大きな目が一つ。足は無く、どうやっているのか謎だが宙を浮遊して接近してくる。速度は宙を浮いているためか、かなり速い。
アドニスの言葉など無視し、そいつらは襲い掛かってきた。
人のような形をした不釣り合いな手を伸ばし―――アドニスはそれらを掻い潜り、大剣で飛び掛る。
―――ガィンッ
「かったっ!?」
体が鋼で出来ているのか、アドニスの振るった大剣は相手を斬ることなく弾かれてしまった。
こちらの驚きなどよそに襲い掛かってくる敵に、アドニスはすぐに距離を取る。足場は悪いがそこそこの広さはある。しかし、持ち味の速さを活かしきれない。
だが、アドニスとてただの冒険者ではない。
「さすがに“目”ならば!!」
直進―――と思わせて、横に走り、壁を走って天井へと蹴り上がる。上下逆さまの状態から、弱点であろう赤い眼へ攻撃を繰り出し―――悪寒がアドニスを襲う。
直感に従い、アドニスは攻撃を止めてすぐに離れる。瞬間、敵の大きな眼が輝くのが見えた。
「にゃあああああああっ!?」
赤い眼からレーザーのようなモノが焼き払った。直撃を受けていれば、どうなっていたかは考えたく無い。
しかし、レーザーを避けたものの危険はまだ去っていない。
敵は一人ではないのだ。
ガシッ!
「にゃ゛っ!」
彼らの伸びてきた手に捕まってしまった。異様に細い腕なのに力は強力で、抜け出そうにも抜け出せない。
『ビーッ』
『ビーッ』
これが彼らの言語なのだろうか。アドニスには理解不能な言葉で会話をする敵ら。何かを決定したのか、アドニスを捕まえた一体を残して残りの敵はどこかへと戻っていった。
そしてアドニスを捕まえた一体は他のモノとは別方向に飛んでいく。捕まえられた時に手放してしまった大剣をその場に残して。
「にゃ! ちょっと待つにゃ!! おいらの剣をおおおおお!!」
当たり前だが、敵は待ってはくれず。アドニスの雄叫びをドップラー効果で響かせつつ、敵はアドニスをどこかへと連れ去っていった。
―紅蓮砂漠―
先行するアドニスより遅れて一日。
ミリィは紅蓮砂漠にあると言われる遺跡に向けて少し急いでいた。装備は十分とは言えないが、最低限欲しい物が揃ったので良しとした。
「砂漠か………水系の魔術はちゃんと使えるかしら?」
魔術というのは、世界に溢れるエネルギーである“
そして魔力。魔術師たちがよく口にする「魔力が足りない」ということだが、これには二つのエネルギーがある。
一つは、先に述べた“
もう一つは“
これら二つのエネルギーが枯渇、あるいは十分な量が得られない場合、魔術師たちは「魔力が足りない」と口を揃えて言う。
また、これらとは別に【精霊】も関係してくる。
“
“
例えば、砂漠地帯には多くの炎属性の精霊―――【炎精】や土属性の精霊―――【土精】がいて、逆に水属性の精霊―――【水精】などはほとんどいない。この場合、砂漠地帯には多くの炎属性や土属性の“
そのため、砂漠地帯では炎系の魔術は通常よりも効果が上がり、反面水系は効果が下がる………最悪、使えないということだ。
―――現状、特に影はなし。
遮ることの無い日光がミリィへと降り注ぐ。流れる汗を拭いながら、ミリィは地図で場所を確認しつつ進んでいく。
―――場所は北西より、と。もう少し北に向かってみようかしら。
最悪なことは“遺跡が砂の下に潜った”ということだ。過去の技術を秘める遺跡である。そういったことがあってもおかしく無い。過去に見つかった遺跡の一つに、一定間隔で空を飛ぶという代物もあるのだ。地下に潜る遺跡があってもおかしくは無い。
「その場合はここを掘ることになるのかしら………」
広大な砂漠を掘るとなると、困難なのは場所の特定である。また深さも関わってくる以上、それは困難というレベルではないのかもしれない。
その時だった。
「―――――ッ」
殺気がミリィへと降り注ぐ。どうやら魔物のお出ましのようだ。
「珍しいわね。ここに魔物が出るなんて………大方、ゴーレム系だと思うけど」
いつでも魔術を唱えられるように周囲を警戒しつつ、足を止める。
ミリィは剣を携えているが、本職は魔術師である。前衛か後衛かと言えば、後衛に分類されるタイプだ。が、それは一般的な場合である。
ミリィは魔術師でありながら剣士でもある。つまり、後衛のポジションでありながら、前衛も行えるという。磨きに磨かれた技術と類まれないセンスによって、また才能にも恵まれ、魔術と剣を同時に操れるのだ。
しかし、彼女が剣を使う姿はあまり見られない。魔術の方が燃費が良いのと、使った後の疲労感が魔術の方が気持ちいいとのことだ。おまけに、魔術発動に必要な詠唱も低レベル魔術ならば省略出来るという才能まである。
「サンドゴーレムね! ≪炎よ! 弾丸となれ!≫」
隆起する砂に、現れたのは砂漠でお馴染みの魔物―――サンドゴーレムと判断した。
ミリィは慌てることなく手を振りかざし、魔術を行使する。ミリィの手より放たれたのは炎系魔術の中でも初歩的な魔術―――炎系下級魔術≪フレイム≫だ。
炎の弾丸≪フレイム≫は外れることなく、サンドゴーレムに当たると、その身を砕けさせた。直撃までには至らなかったのか、核となるものが無傷で見えた。
「そこね。もういっちょ!」
今度は無詠唱で≪フレイム≫を放つ。簡単に行っているが、魔術に関して類稀なる才能を持つミリィだからこその技である。
あっという間にサンドゴーレムが一体倒れ、ミリィは次の標的へと移った。
「…………………………」
だが、問題が出てきた。熱である。
熱地獄の砂漠で炎の魔術。否応なしに周囲の温度は上がっていく。ミリィは一体倒すごとに汗が溢れでてくる。おまけに爆風で舞い上がった砂が汗で体に引っ付いて気分は最悪である。
「最悪ね……一気に潰すか。≪焔の壁よ! 迫る爪牙から護る壁と為せ!≫」
熱さに参ったのか痺れを切らしたミリィ。少し下がり、サンドゴーレムの包囲網から脱出する。と同時に詠唱を開始。すぐに反転して、地より隆起する炎の壁を出現させた。
「さすが砂漠地帯。望んでも無いのにバカでかくなったわね」
先ほどミリィが放った炎の壁≪フレイム・ウォール≫も、炎属性の“
そしてそれはミリィを更に苦しめることとなる。
「……………………………………………………」
それはやはり熱である。
大きく、力強くなればなるほど、周囲に及ぼす熱量は多くなるだろう。何度も言うようだが、ここは砂漠。体感温度でさえ半端なく不快指数を超えているというのに、その中で巨大な炎の壁。視覚的にもよろしくないと言える。
余談だが、聡明で魔力も枯渇することが無いのでは、と言われるほどに多く持ち、才能溢れる優秀な魔術師であるミリィだが、幼少の頃から猪突猛進で後先考えない大馬鹿者と近しい者には言われていた。
ミリィの魔術の前に、サンドゴーレムたちはひとたまりも無かった。全員が軽く消し炭にされ、風に浚われていった。
それらを尻目にミリィは苦悶の表情で砂漠を歩いていた。
「うぅ!」
戦闘による運動と、ありえない熱量による汗によって軽い脱水症状に陥っているのだ。あれから水をすぐに体に取り入れたが、すぐに回復する程人の体は優秀ではない。
今すぐにも倒れたい衝動を我慢しつつ、ミリィは足を踏み出す。パーティメンバーがミリィ以外にもいたのなら、そのまま身を預けても良かったかもしれないが、残念ながら今は一人の身だ。砂漠のど真ん中で倒れる訳にはいかない。
気力を振り絞りながら歩き、ミリィはなんとか身を休めることが出来る岩場を見つけることが出来た。体を横に倒し、
「あ、もうダメ…………」
気を失うように眠りに入った。
ミリィにしてはあるまじき、魔物避けの結界を張ることを忘れて――――