───あなたはだぁれ?
私がまず思ったのは、それだった。私の目の前で佇む少女。金色の髪をサイドで結ぶ、白い帽子に包まれた頭。紅色のアップラウンドスカートで身を包む小さな体に、背中から生えた一対の奇妙な羽。まるで黒い枝に、虹色の結晶が成っているような───
───そう、その姿は他の誰でもない“私”だった。
目の前の少女は、その緋色に光る瞳で私を見つめる。吸血鬼特有の鋭く、深い
───どうして、目の前に私がいるの?
降って湧いたその疑問のままに、そっと首を傾げると、私の視界に見慣れないものが差し掛かった。薄く緑がかった灰色の───前髪。そう、前髪だ。本来金色だったはずの私の前髪は、いつの間にか灰色に変わっていた。どうして? まるでこの髪、こいしちゃんのものみたい。
───こいしちゃん? さっきまで一緒にいたのに、何処に行ったの?
紅魔館の地下室、私の部屋。いつものようにここに遊びに来てくれたこいしちゃん。他愛もない話をして私を楽しませてくれるこいしちゃん。ついさっきまで一緒にいたはずのあの子の姿は、この部屋の何処にも無かった。
かくれんぼかしら? そう思って、目の前の私の姿から視線を外そうと首を動かす。そっと力を入れた、その時だった。
「わぁ! もしかして私、今フランちゃんになってるの!?」
突然響き渡る私の声。視線を戻せば、目の前の私が驚き半分楽しみ半分の笑顔を輝かせていた。まるで、こいしちゃんのような表情で───
◆ ◆ ◆
それは、ほんの少し前だった。いつものようにこの紅魔館に籠っていた私。自分の部屋で何をするでもなく、ただ時間を潰していた私の目の前にあの子の姿が現れたんだ。
───そう、こいしちゃんだ。
「フランちゃん、お邪魔するね!」
「……こいしちゃん? びっくりしたよ、いらっしゃい」
薄い緑の混じった灰色のセミロング。緑の瞳にリボンのついた帽子。黄色い生地の服に緑色に染まった花柄のスカート。紫色の管が伸びた、開かない眼を宙に浮かす彼女───古明地こいし。私の、唯一ともいえる友達だ。
「えへへ、退屈だったから遊びに来ちゃった! 迷惑じゃなかったかな?」
「うん、私も暇してたから。大歓迎だよ」
495年のほとんどをここに引きこもって過ごしてきた私にとって、退屈な時間はそんなに苦でもない。それでも、友達が遊びに来てくれたのなら、やはりそれは喜ばしいことだ。いつ、どこから現れるか全く分からないこいしちゃんの気まぐれには、何だか救われていると感じちゃうな。
「今日も紅魔館を探索してたの? こいしちゃん」
「ううん、今日は無縁塚の方に行ってたんだ~」
この広い紅魔館もこいしちゃんには念入りに踏破されているらしく、からかいも含めたいつもの挨拶文句を並べてみれば、今日は珍しい返事が返ってきた。
───余談だけど、私とこいしちゃんの出会いもまた彼女の気まぐれからだったりする。興味本位でこの屋敷に入り込んだ彼女は、まるで迷路のようなここの構造に迷い、偶然にも私の部屋に辿り着いたんだ。それから、膝を交えて話をするようになっていったんだけど───それはまた別の話。それよりも、彼女の口から出てきた聞き慣れない言葉に、私は思わず聞き直してしまった。
「……? む、むえんづか?」
「あれ、フランちゃん知らないの? 無縁塚っていう不思議な場所があるんだけどね……」
そう言っては得意そうに語り出すこいしちゃん。彼女が言うには、この世界───幻想郷の果てにある奇妙な場所らしい。大きな石が幾つも転がった荒れた地で、時たま見たことのない変なモノが流れ着いているんだとか。
そんな説明のシメに、彼女は背中に隠すようにして持っていた“奇妙な物体”を私に見せてきた。
「えへへー。それでねそれでね、そこをブラブラしてたらこんなの拾っちゃったの!」
「……何これ?」
ニコニコしながら見せてくれたそれ。それは真っ黒に塗りたくられた、小さくも大きくもない───箱。どう見ても、ただの黒塗りの箱にしか見えなかった。珍しい点を挙げるとするならば───形が綺麗な立方体になっているところ……くらいかな?
そんな何の変哲のない箱を持って来て……こいしちゃんの意図が分からない。
「……えっと、見た感じただの箱みたいだけど?」
「私も最初はそう思ったの。別に面白くないやつだろうなぁ、って」
「ん? 思っ───た?」
少し引っ掛かる彼女の言葉。意味深に微笑むこいしちゃんの顔を見ながら、私は彼女の意図を探ろうとそう尋ねてみた。
すると彼女は待ってましたと言うように目を輝かせ、熱弁するようにその四角い物体を両手で持ち上げる。
「これね、“こ―りんどう”っていう店の店主さんが見つけては喜んでたのよ! あの人が言うんだから、きっと凄いものに違いないわ!」
「こ、こーりんどう……?」
やっと答えが聞ける。そう思ったのも束の間、またもや私の知らない言葉が飛び出してきた。こーりんどう……こーりんどう……。何だか、甘いお菓子みたいな名前。かりんとうみたい。こんぺいとうにも似てるかも?
「フランちゃん、こーりんどう知らないの? こーりんどうはね、外の世界の変なモノを売ってる変なお店なんだよ」
再び得意気に話すこいしちゃん。聞けば、そこの店主が少し変わった人物であり、先程出てきたむ……むえんづか? ……などに流れ着いた外界の道具を商品として扱ってくれるそう。その店主は中々の目利きらしく、彼が喜んでいるものすなわち何かしら価値がある凄いもの……なんだとか。
ここまでどや顔で話すこいしちゃんだったけど、最後に悪戯っぽい顔で「実はこれ、里の人が言ってたことそのまんまなんだけどねっ」と小さく笑った。
「ふぇー、知らなかった。そんな店もあるんだね」
「フランちゃんも少しは外出てみたら? こんなとこにずっといてもつまんないでしょ?」
「うーん……。だって、外出なくても死なないし。むしろ外出たら太陽あるし」
こいしちゃんの指摘通り、私はこの部屋から出たことが数える程度にしかない。幽閉されているとも言える。……いや、自分から引きこもっているのが最大の原因なのだろうけど。自分としても外に出たい訳でもないし、それにお姉様はきっと───
「……それに、お姉様は私が外に出るの嫌がるだろうし」
「ふーん? そういうもんなの?」
「アイツはきっとそうだよ。……私のこと嫌いなんだもん、多分」
スカートに包まれた足を両手で包みながら、そのスカートに口元を
「……姉妹喧嘩?」
「そうゆうんじゃないけど……か、家庭の事情なの……」
自分でも上手く説明出来ないもどかしさを誤魔化すように、私は彼女に向けていた目をそっと逸らした。困ってることが分かる。私も、こいしちゃんも。何ていうか、2人を覆う雰囲気がそれを物語ってるみたい。
そんな空気に耐えられなかったのか、こいしちゃんは両掌をパンッと合わせた。まるで、この話はもう終わりとでも言うように。
「話戻そっ! あのねあのね、それでこの箱なんだけどね!」
そう言っては、先程の真っ黒な箱が私の目の前に座り込む。物言わぬ黒い塊の、黒光りする面。そこに私の顔が差し掛かった。随分と不思議そうに口を開ける私の顔、その横にワクワクとする気持ちを隠せなさそうなこいしちゃんが映る。互いの頬が触れるくらい、近くに。
「これって一体なんだろうね? 見当もつかないや」
「こいしちゃんが分からないんじゃ、私も分からないよ」
「そっかー。ねっ、これが何か……一緒に調べてみようよ!」
花が咲いたような笑顔でそう言っては、こいしちゃんは忙しなくその箱を調べ始めた。黒い面を撫でてはその感触を確かめたり、持ち上げては重さを測ってみたり。景色を反射させるその黒い面を念入りに見つめる彼女。その一生懸命な姿に、私の頬は少し綻んでしまう。
「何かないかなー……。うーん、むぅ」
「ふふ、こいしちゃんは熱心だね」
思ったことをそのまま口にしたら、彼女は少し不満そうに頬を膨らませた。まるで自分ばっかりずるいとでも言うように。
しかしそんな顔も一転。今度はその箱を両手で抱えながら、私の方に向けてきた。そうして、卑怯なくらい可愛らしい笑顔を私に見せる。
「フランちゃんも一緒にやろうよ、ほらほら!」
「……分かった。しょうがいないなぁ」
その無邪気さに応えるように、私に向けられた箱を両手で受け取る。そう……受け取ろうと、両手でその箱に触れたんだ。黒い箱が、四つの掌に包まれたんだ。
───その時だった。私の手が触れるや否や、異変が起きた。
「───ひゃっ!? な、何!?」
「わっ! は、箱が光った!?」
さっきまで真っ黒だったその箱が、光を発し始めたのだ。その黒い面には青白い紋様が浮かび、それが私たちの掌を中心に集まってくる。まるで眠っていたものを起こしてしまったかのような感覚。驚いて、危うく手を離してしまった───はずなのに。
「───あ、あれ? 手が、手が離れないよ……っ!」
「わわわ、光がどんどん強くなるわ!」
いくら力を込めても、まるで磁石のようにくっついてしまった私の手。いや、私だけじゃない。こいしちゃんも離れないようで、焦って───いや、あの顔はこの状況を少し楽しんでそう……。
そんな彼女の言葉通り、箱が発する光はいよいよ強くなり、薄暗かったはずのこの部屋が眩しくて堪らないほど明るくなってきた。幸い、太陽光のように私の体が焼けることはないみたいだけど……。
目も開けられないくらいその光に、私の部屋は。その部屋にいる私とこいしちゃんは。───私の意識さえも。ゆっくりと、
◇ ◇ ◇
いやぁ、惜しいものを無くしたね。こればっかしは流石の僕も悔やんだよ。
……え? お前は誰かだって? これは失礼、紹介が遅れたね。僕は森近霖之助、香霖堂の店主だ。
さて、話を戻すけどね。今日の僕は、店に並べるモノを探して無縁塚に来ていたんだよ。僕の店は外界にあるものを主な商品としているからね、外界のものがよく流れ着くあの場所は非常に好都合な訳だ。いつもは古びた機械とか、奇妙なデザインの人形とか、需要があるのか分からないモノばかりなのだけど……今日は違った。何とね、黒一色の立方体が落ちてたんだよ。
真っ黒で、模様もなくて、形だけが綺麗な立方体のその箱。箱といっても中に何か入ってるとかそう言うのじゃなくて、どちらかというとオブジェって言った方が良いのかもしれない。見た感じ、特に価値も無さそうだったけど……僕の能力を使って調べてみたら。
───正直、かなり驚いた。僕だってこんな見た目しているけどかなりの年月を生きてきたつもりだ。それでも、こればっかりはびっくりしたよ。らしくもないガッツポーズまでしてしまったよ。
……でもね。無くなってたんだ。少し目を離した隙に、その箱は無くなっていた。そこそこ大きいものだから、見落とすなんてことはない。でも、どこを探してもその箱は無かったんだ。まるで、人に認識されない誰かが持ち去ってしまったみたいだったね。思い返せば、あの時無縁塚に僕以外の誰かがいたような気もするけど───駄目だ、分からない。
その時の気持ちといったらもうね、ここ10年で一番の落胆だったね。またもやらしくもなく落ち込みポーズを披露してしまったよ。俗に言うおーあーるぜっとという奴だろうか?
───え? 僕がそこまで落ち込んだその箱の正体は何だったのかって?
……そうだな、お答えしよう。その箱はね、何とイースの偉大なる種族が創った───というのは少しマニアックかもしれないが、とにかく、彼らが創った未知なるものだ。その名も、『精神交換機』。
そう、それは人格の入れ替わりを起こすというスーパーアイテムだったんだ───!
───と、後に霖之助は語ったそうな。
閲覧有り難うございます。俗に言う見切り発車です、はい。ちまちま更新したいです(願望)