イモート=チェンジング   作:しばじゃが

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スレチガイ

 

「……ちょ、ちょっと情報を整理しようか」

 

「う、うん……」

 

 冷や汗を垂らしながら、目の前で座り込む私───の姿をした彼女がそう提案した。私としてもこの状況への理解が追い付いていないので、彼女の提案を素直に受け入れることにする。左胸あたりで浮くこの紫色の玉が少し気になるけれど、今は敢えて無視。無視して、座る“私”に目線を合わせるよう腰を降ろした。

 

「えっと……取り敢えず、お互いの名前を確認しよ?」

 

「そ、そうね。じゃ、じゃあ……」

 

 “私”のその言葉に応えるように、私は自らの名前を口にする。『フランドール・スカーレット』、それが私の名。───だけど、他でもないその名をもっていたはずの体は今私の目の前にあり、逆に目の前の“私”が口にした名前は───

 

「私は古明地こいし───のはずなんだけど……」

 

 そう言って、“私”は困ったように首を傾げた。まるで、私は目の前にいるのに……とでも言うように。

 この時点で、私は一体何が起こったのかある程度察していた。私の姿が目の前にあり、逆に私がこいしちゃんの姿をしており、目の前の私が古明地こいしと名乗る。つまり───

 

「……私たち、入れ替わっちゃった?」

 

「……やっぱり?」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 それから、あれこれ談義してみたものの───やはり私たちは互いの人格が入れ替わってしまったということで間違いなさそうだ。

 私の心は、こいしちゃんの体に。こいしちゃんの心は私の体に。目の前に自分がいるっていうのは、何だか不思議な気分。

 

「……どうしてこうなっちゃったと思う?」

 

「そんなの、あれのせいに決まってるよ……」

 

 わざとらしくも、どこか悪戯っぽい顔でそう尋ねてくる私───の姿をしたこいしちゃん。どうしてこうなったか、理由は明白だと思う。

 十中八九、こいしちゃんが持ってきたあの黒い箱。今はもううんともすんとも言わないこの箱が、私たちの人格を入れ替えた張本人に違いない。

 

「もう、こいしちゃんってば……何てもの持ってきたのよ」

 

「てへ、まさかこうなるなんて……思いもしなかったねっ!」

 

 少し責めるような口振りでそう言っても、彼女はどこ吹く風。まるで反省せずに、それどころか少し楽しんでいるようにさえ見える。そんな彼女の嬉々とした様子を見ていたら、何だか私まで怒る気が失せてしまった。

 

「うーん、どうしよう……。戻らないのかな?」

 

「箱の方は、もうだんまりだよぉ。むぅ……ダメっぽい」

 

 私──の姿をしたこいしちゃんはすっかり静かになった箱を叩いたり、持ち上げては裏面を覗いたり……とにかく色々試しているようだが、どうやら特に進展はないみたいだった。1人ではどうしようもないと思ったのか、今度は私の方にその箱を向けてくる。

 

「ねっ、もいっかい一緒に持ってみよ! そしたら戻るかも!」

 

「……確かに。うん、やってみる」

 

 思い返せば、突然あの箱が光り出したのは私とこいしちゃんが同時に持ち上げたからだった。それがあの箱の起動条件なら、逆もまた然り……というやつじゃないかな。

 そんな考えの下、恐る恐るあの箱へ両手を伸ばし───そっと、触れた。

 

「…………」

 

「…………うーん?」

 

 触れたのだけど……あんなに光っていた筈の箱は、今は変わらず真っ黒なままだ。黒光りするその表面に、不満そうな私たちの顔がうっすら映っている。どうもこうも、あれで力を使い果たしたようで、もうこの箱が光る事はなさそうだ。

 

「……無理みたいだね」

 

「むぅ……何でよー!」

 

 どうやら不可能だと分かった私は潔くその箱から手を離したが、だんまりを決め込んだその箱が気に入らないのか、こいしちゃんはしつこくもその箱を振り回し始めた。荒ぶる彼女の様子を見ながら、私はそっと溜息をつく。そんなことしても無駄なのにな……。

 ───なんて思っていたら、突然彼女の動きが止まった。まるで何か重大なことを思い出したかのように、文字通り固まったのだ。……一体どうしたんだろう?

 

「……こいしちゃん?」

 

「…………」

 

 揺れる私の羽。煌めく宝石のようなそれが、静かに慣性から逃れていく。随分と困った表情で固まる私───の姿をしたこいしちゃんに、そっと声を掛けてみれば……今度は予想もしなかった絶叫が返ってきた。

 

「……わ」

 

「わ?」

 

「忘れてたああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 穏やかで、気まぐれで、飄々としている彼女。そんなイメージを簡単に吹き飛ばすほどの、予想外な絶叫。それが一体何を意味しているのかは分からないけど、ここまで彼女が取り乱すということは、つまりそれだけの重要性があること……なのだろう。

 そんな感じに軽く考察する私──体はこいしちゃんだけど──の肩を、こいしちゃん──姿は私──が乱雑に掴んできた。そうして、ものの数センチと迫った顔に向けて、焦ったように声を荒げる。

 

「ね、ねぇ! 今って何時!? この部屋時計ある!?」

 

「え、あ、あるけど……今は───夕方の5時くらい……かな?」

 

「嘘!? もうすぐ夜じゃん、やばいよ!」

 

 時計が差すのは夕刻、外はもうすぐ日を落とすみたい。ずっとこの部屋に居続ける私にとっては時間なんてどうでも良いものだけれど、どうやらこいしちゃんにとってはそうでもないらしい。私の姿だけど、滅多に見ないその取り乱し方から簡単に分かる。

 

「……一体どうしたの? 何か用でもあったの?」

 

「……きょ、今日ね、珍しくお姉ちゃんがシチュー作るって意気込んでたの……! どうしよう、顔出さなかったら絶対拗ねるよ。お姉ちゃんの黒歴史ノート発掘した時並に塞ぎ込んじゃうよきっと……!」

 

「黒……歴史ノート?」

 

 聞き慣れない響きに首を傾げるものの、いまいち返しにくい内容だった。こいしちゃんのお姉さんが、夕御飯を作ってくれる……ということなのかな? こいしちゃんが来てくれなかったら拗ねるなんて、妹想いなお姉さんなんだね。───私の姉とは大違いだ。

 

「フランちゃん! 無理を承知で頼みがあるわ!」

 

「え、えぇ? ……嘘、まさか」

 

「私の代わりに、地霊殿帰って! 私はフランちゃんの代わりするからー!」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……うん、誰もいないね……」  

 

 私だってそれなりに粘った。そんな、突然の要求はそうそう呑み込めるものではないから。ずっと引きこもってた私に外に出ろなんて、無理難題過ぎるから。

 ───でも、相応に本気だったのは彼女も同じだったみたい。今までにない強い瞳に、私は根負けしてしまったのだった。

 ……あんなに取り乱したこいしちゃんは初めて見た。

 

「よし……行こう」

 

 私ってこんなに押しに弱かったかな? 私って頼みは断れない性格だったっけ? そんな自問自答を胸に押し込めて、目の前の廊下に意識を向ける。

 私の部屋がある地下室から抜け出て、この真っ赤な回廊を潜り抜けて。

 

 ───最後にあの部屋から出たのはいつだろう?

 

 自分を抑えられなくなってあの部屋から飛び出していたのが、ずっと昔のことだったかのように思える。……いや、ずっと昔だったのだろう。それでも、この屋敷の構造はあまり変わっていないようで、どうすれば外へ出ることが出来るのか、私にはすぐに分かった。

 

「確か、ここを通れば図書館があって……」

 

 そんな昔の記憶を頼りに、手探りに足を進める。夜に近いという時間もあってか、より薄暗いこの廊下はこっそり逃げるのに打って付け……かもしれない。

 ───あ、そういえば、今の私はこいしちゃんの体なんだ。だったら───

 

「……もしかして、誰にもバレないのかな?」

 

 こいしちゃんの能力は、詳しくは分からないけど人に気付かれなく出来る……みたいなやつだった気がする。もしかすると、私も誰にも気付かれずにこの館から出ることが出来る?

 

「……私は誰にも見えない、私は誰にも見えない、私は誰にも見えない。……うん、多分大丈夫っ!」

 

 何度か口にしてみれば能力が発動するのかな? そんな思いを飲み込んでとにかく口にしてみれば、何だかそれが本当になる気がした。……あくまでも、気がする……だけど。でもきっと大丈夫。今の私はこいしちゃんなんだから。

 

 

 

 

 ───私たちが入れ替わってるのは、私たちだけの秘密にしよ?

 

 部屋を出る準備をする私に向けて、こいしちゃんは約束事のようにそう言った。このことは私と彼女だけの秘密。他の誰も知り得ない、2人だけの約束。……ふふ、何だかちょっと照れくさい。

 

「……とにかくっ!」

 

 私がフランドールであるということは誰にもバレないようにしなきゃいけない。あくまでもこれは私たちの問題だから、私たちで解決しなきゃ。……そのために、まずこの館から抜け出さないといけないのだけれど。

 

「───あ、そうだ」

 

 折角自分の部屋から出たのだし、初めてこの館の外に行くんだし。ちょっとだけ、お姉さまの顔でも見てから出ていこうかな。幸い、私の姿は他の人には見えないんだろうし。

 そう決めた私は一度踵を返し、姉の自室へと向かい始めた。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 陽が沈む。忌々しい日光が消え、もうすぐ世界は静かな夜に包まれる。

 窓から見える景色───沈む紅い日差しが霧の湖に反射し、煌めく光が美しい。この紅魔館の自室……私、レミリア・スカーレットの部屋では、目の前の美しい景色も私のものだ。

 (じき)に日が沈む。日が沈み、夜が来る。夜こそ我ら吸血鬼の舞台。妖怪は、夜にこそ輝くのよ。

 

 ……さて、もうすぐ夕食の時間ね。作ってくれる咲夜にとっては夕御飯なのかもしれないけど、今起きたばかりの私にとってはこれは朝御飯かしら。今日はどんなメニューか……楽しみだわ。咲夜が作る料理は何でも美味しいもの。

 

 ───私たちがご飯を食べて、咲夜は洗い物をして。……そして、雑用の妖精メイドは地下のあの子の部屋に、あの子のためのご飯を届けに行く。

 

 一体、あの子と顔を合わせなくなってからどれくらいの時間が経ったのだろう。どうやって関わればいいのか、どんな態度で接すればいいのか分からない。私が恐れるあまりあの子を地下に幽閉してしまって、あの子も進んで地下に籠ってしまって。その負い目が、私とあの子の距離感を狂わせる。

 ───狂っているのはあの子なのかもしれない。でも、そうではないと信じたい。……いや、あの子が自分自身の狂気と上手く向き合えることを信じたい。どうにか、あの子を外に出してやりたい。もう一度、あの子と笑い合っていたい。

 

 ……こんなこと言ったら、我儘な姉だって思われるかもね。でもね、フラン。私は貴女のことを嫌って地下に閉じ込めたんじゃなくってよ? どうにか、貴女を救えると願って───

 

「……そう、もうすぐよ」

 

 もうすぐ、もうすぐだ。もうすぐあの計画を───幻想郷を紅い霧で覆い、この世界を私のものにすることが出来る。そうなったら、この世界は太陽の脅威に曝されなくなる。私が管理することが出来る。……フランを、出してあげられる。

 どんな障害も、どんな邪魔者も蹴散らしてやる。フランのために、姉として───

 

 フラン、貴女は私のことをどう思ってる? ダメな姉だと思ってる? 私のこと……嫌いになっちゃったかしら。でも、それでも……それでも私は───

 

「……ん?」

 

 ふと、奇妙な人影が映った。外の景色を映し出す窓に、その窓に反射する、部屋の景色に。黒い帽子に灰色の髪が目立つ、紫色の何かを浮かした奇妙な少女が、不思議そうに私を見ていたのだった。

 

 ……一体、誰? 何でここにいるの……?

 

 





 姉妹のすれ違い……!

 第2話でございます。この作品のテーマである入れ替わりと、スカーレット姉妹の関係性がもりもり出てきましたね。一応舞台は紅霧異変前の幻想郷ということで……。こいしちゃんは地霊殿編前から外をうろついてたって聞いたような気がするし、多分大丈夫←
 久しぶりに東方二次書いてるので、設定とかところどころ抜けてるところもあるかも……。まぁ、ちまちま続き書いていきます。
 ではでは。
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