【完結】剛腕無双の討巫術師(ミストレス)   作:家葉 テイク

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4.あともう少しだったのに~(姉)

 するするという衣擦れの音が、妙に艶めかしく聞こえる。

 

 薄い布のカーテンには少女の生まれたままの姿がシルエットとして映し出されていて、カーテン越しに視線を浴びていることを察しているのか、時折恥ずかしげに身じろぎしているのが余計にもどかしさを加速させていた。

 

 そこは、端境清良にとっては天国に等しい空間だった。

 

 愛しの愛弟(現:妹)と久々にイチャつけるだけでなく、着替えまで鑑賞できるのだ。しかもカーテン越しにというのが良い。見えないのが切なくもあり、逆に想像力を刺激したりもする。突き放された分、イチャつくときの快楽もひとしおというものだ。

 

「良香ちゃんってば昔から『男らしく』とかってあんまり甘えてくれなかったし~………………きっとこれは天からの贈り物なんだわ~」

 

 天からの贈り物を骨までしゃぶり尽くすことに決めた清良は、表面上はあくまでのほほんと微笑みながら続く良香のファッションショーに意識を戻した。

 

 次の衣装は清良イチオシ、ゴスロリ風の意匠とボーイッシュファッションを融合させた珠玉のコーデだ。このコーデで、清良は天の国に昇る――――。

 

 と、訳の分からない世界観が展開されようとしていたが、現実はそれを許すほど非常識ではなかったらしい。まだ。

 

 というのも、突如、機械化された法螺貝のような低く響く電子音が店内に鳴り響いたのだ。

 

()()()()()()()()()()。三〇〇秒後に地震が発生します。お客様は落ち着いて避難してください』

 

 地震警報。

 

 これに一番狼狽したのは、現在絶賛着替え中の良香だった。何せ今の彼女は脱ぐにも半端、着るにも半端な半脱ぎ状態である。具体的には上の服の着替えが終わっておらず、淡い色のブラジャーがまだ見え隠れしている状態だった。

 

 こんな状況で、避難なんてできるわけがない。お前特技の早着替えはどうしたというツッコミはなしだ。いきなりの警報でちょっとテンパっているのである。

 

「えっ、えっ!? まだ着替えてないんだけど、ちょ!?」

「大丈夫よ~、試着した服は全部買ったから~」

「いやそこは問題じゃってそこも問題だぞ!?」

 

 しかしパニックの中でも、カーテンの向こうにいる清良の声はマイペースを極めていた。実は試着のために用意した服はもとより購入済みだったのでマイペースというわけではないのだが、そこはそれだ。

 

 このままではこの半端な状態で公衆の面前に出なければならない。いや、急いで着替えれば良いのだが地震警報のせいで良香は軽くパニックになっていた。

 

「え、ええ――い! もう知らん!」

 

 良香(特技:早着替え)はヤケクソ気味にそう叫ぶと、目を瞑り体内にある巫素《マナ》を意識して精神を励起させるようにしてこう言った。

 

「変、身ッ!」

 

 アニメにあるような派手な光の奔流は、発生しなかった。代わりに火をつけた紙が徐々に燃えていくように、穏やかで迅速な、塗り替えるような変化が良香の装束に起こる。

 

 ものの一秒とかからなかった。

 

 たったそれだけの時間で、まるで今ある衣服を消しゴムで消したその下に元々『それ』があったかのように、良香の装束は赤を基調とした『赤ずきんの皮に()()()()()()()()()()狼』のごとき可愛らしいボーイッシュな装束に変化する。

 

「ああッ!? もう変身終わっちゃった~!?」

 

 良香の装束が完全に変わると同時に、清良がカーテンを開ける。

 

 無音かつほぼ一瞬の出来事だったにも拘わらずシルエットの変化だけでこの反応速度だった。良香は我が姉ながら恐怖に慄きつつも、胸を張って頷いた。

 

「これで大丈夫だ」

「良香、毎回思うんだがその『変身』ってヤツ要るか?」

「男としてこれは言わなきゃダメなの!!」

 

 男の浪漫を解さない分からず屋彩乃に道理を説きつつ、良香は二人を急かすように言う。

「格好が格好だからあんまり人目につくところには行きたくねーけど……早く避難しよう」

 

「ああ、それなんだが」

 

 今にも歩き出そうとしていた良香に、彩乃の制止が入った。すぐにでも逃げた方が良い状況での制止に良香は思わず怪訝な表情を浮かべたが、

 

「この地震警報、()()()()()()()()()

 

 彩乃の言葉に、怪訝な表情をさらに歪めてみせる。

 

「……は? どういうことだよ」

「隠語だよ」

 

 彩乃は良香を宥めるようにしてそう言った。

 

「ただの服屋に地震が発生してから到達三〇〇秒前……つまり五分前にその伝達を察知するほど上等な地震警報システムなんか搭載されている訳ないじゃないか」

「……? じゃあ、どういうことなんだよ?」

「『五分くらいの猶予は用意できる程度にほどよく切羽詰った危険がこの近くにある』って意味だよ、さっきの警報は。そういえば向かいに銀行があったな…………大方銀行強盗ってところじゃないか?」

 

 そこまで、彩乃はすらすらとまるで筋書きを読んで知っているかのような滑らかさで述べ上げた。良香も一瞬『そうかぁ……』と納得して矛を収めかけたが、次の瞬間それどころではない危険が迫っていることに気付いた。

 

「はぁ!? 銀行強盗だと!?」

 

 地震も危ないが、銀行強盗も危ない。

 

 というか、パニックになった利用客が銀行の前まで来たら、銀行強盗が刺激されて……なんて悲劇の連鎖が生まれてしまう可能性すらあるのではないだろうか?

 

 …………そうと分かっていながら、『この警報は隠語で実際に地震は起こらないから安心』、なんて言って安全地帯に留まれるほど、良香はお利口ではなかった。

 

「…………ンなもん余計にヤバいじゃねーか!」

「あっ、おい待て!」

 

 そこまで聞いた良香は、彩乃が止めるのも聞かずに飛び出してしまう。

 

 店内は警報が発令している為大混雑だが……流石に人混みの中に飛び込むほど良香も馬鹿ではないらしい。ブーストによって強化された身体能力を利用し、陳列棚を足場に人混みの頭上をぴょんぴょんと飛び越えていく。

 

「あら~……良雅ってば、すっかり立派になっちゃって~…………」

「チィ……! あの馬鹿、話も聞かずに……すみません清良さん。良雅君を追います。ここで待っていてください」

「いってらっしゃ~い」

 

 ゾ……と虫が這うのを早回しにするように、彩乃の足のみが変身する。清良と会う前に言っていた部分変身だが、良香と違い黒地に金の装飾のボディスーツという『目立つ』風貌の彩乃にとっては、民衆の前でむやみに目立たないという点でも重宝するのだった。

 

 タン! タン! とカモシカのように軽やかな動きで良香に追いつくと、当の良香は既に人混みから抜けて銀行の騒ぎを睨みつけているところだった。

 

「待て、良香。まだ動くな」

「まだ動くなって……どういうこったよ? 彩乃のアルターなら連中を奇襲できるし、オレのブーストがあれば連中が反応する前に全員叩くことが出来るだろ。人質に被害が加わるリスクだって皆無なんじゃねーか?」

「そうじゃない……。そもそも我々はただの民間人だ」

 

 彩乃は良香を宥めるように肩に手を置き、そして続ける。

 

「我々の権限はあくまで対妖魔に特化しているんだ。警察ではない以上、一般の犯罪者相手に動かなくて良い。…………というか、『縄張り』を犯せばそれだけ『摩擦』が生じるから、動かないでくれ」

「…………『縄張り』? 『摩擦』?」

 

 初めて聞いた文言に、良香は頭の周りにクエスチョンマークを飛ばすことしかできない。

 

 それでも彩乃の忠告を無視しなかったのは、話に出て来る用語があまりにも物々しかったからだ。

 

 そんな良香に、彩乃は早口で説明を始める。

 

「前にエルレシア嬢達と話したことがあったろう? 学院は巫術関連の権利や利益を独占しすぎているから一部から反感を買っているとな。それでも上手く回っているのは、学院の権限が巫術関連に限定されているからだ。もし仮に学院に所属している巫術師が独自に治安維持を始めれば……その分、周辺組織との軋轢も巨大化する」

 

 つまり、大きな組織同士のパワーゲームの火種になりかねないということだった。難しいことは良香には分からないが……そう言われても無理に動こうとするほど、彼は物分かりが悪い訳ではない。

 

 それに、自分が浸かりかけている巫術師業界が思ったよりも薄氷の上の平和に成り立っているということに対する驚愕もあった。

 

「あら~? 何か妙だけど~」

 

 と、そんな風にしてようやっと矛を収めた良香の横で、置いてきたはずの清良がのほほんとした調子で疑問の声を上げた。

 

「っ!? 姉ちゃんいつの間に!?」

「いつって今だけど~……それよりあっちの方がちょ~っとおかしなことになってるかも~?」

 

 そう言って、清良は銀行の方を指差した。そこにはやはり、野次馬がいっぱいいる異常な状態の銀行がある。確かに『おかしなこと』と言えばそうだが……そんなことは今更だろう。

 

「妙って……」

「人の流れ~」

 

 清良は、相変わらず恍けているのかそうでないのか分からない調子で言い切る。しかしその言葉には、力があるように思われた。

 

「服屋方面からの野次馬なら、視線の方向や人の流れは銀行に集中するはずよね~。でも、あの野次馬は逆に銀行から離れるようにして流れてるわ~……。人混みのせいで見づらいけど、多分あれ、銀行の中から人が逃げてるんじゃない~?」

「銀行強盗で、人質を逃がす…………?」

 

 清良の指摘に、彩乃はブーストで強化した視力で銀行周辺を観察する。……確かに、銀行の中から出ている人が数人いる。人質交換が行われている様子もないし、特別服装が乱れているわけでもない。出て来る人の種類も疎らで、特に法則性があるようには感じられない。

 

 通常、銀行強盗では人質をとるのが常道だ。でなければ警察に囲まれた時に取引材料がなくなってしまう。そうしないということは、犯人が頭のイカれたマヌケの集団か、あるいは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということに――――、

 

「…………まさか……!」

 

 彩乃は自らの直感に従い、目を瞑りブーストで巫素《マナ》感覚を強化する。自らの隣に見知った巫素《マナ》――良香。そしてその隣に清良、他に雑多な一般人の微弱な巫素《マナ》が点在し………………そして、見えた。

 

 銀行内部。

 

 ある一部分から地中に向けて穴を掘るように『細長く』延びていく()()()()()()()()を。

 

 彩乃の決断は早かった。

 

 全身に黒衣への変身を波及させるや否や、彼女は大きく声を張り上げた。

 

「皆さん! 討巫術師《ミストレス》です! 妖魔の反応がこの近辺にありました! 慌てず避難してください! 繰り返します。討巫術師《ミストレス》です! 妖魔の反応がこの近辺にありました! 慌てず避難してください! 此処は私達が死守します! 貴方がたの安全は完璧に確保されています!」

 

 討巫術師《ミストレス》である証拠に手の先に火を灯した彩乃がそう言うと、民衆は我先にとその場から駆け出し、辺りはものの十数秒で人っ子一人いなくなってしまった。

 

「………………さて、これで人払いはできた」

「便利だよなぁ、討巫術師《ミストレス》って肩書」

「これも先人の努力の賜物さ。さて、ではそれに泥を塗らないように私達も頑張るとしようか」

 

 言うが早いか、彩乃の足元から土のアルターが地下目掛け放たれる。これで地中を潜行中の反応を上から串刺しにする――という割と容赦のない戦法だったが、敵を逃がす訳にはいかない。

 

 ――――が。

 

 直撃するタイミングだったはずの土のアルターは、何故だか手ごたえなく空振りするだけだった。肝心の敵はまるで土のアルターをすり抜けるようにして先に進んでしまう。いや――違う。

 

 これは、すり抜けるというよりも……、

 

()()()()()()()……だと……?」

「彩乃、どうした!? 何か分かったか?」

「……ああ。連中、地中を掘っていると思ったが違うらしい……ひとまず銀行に行くぞ!」

「……っ、おう!」

「今度こそ、いってらっしゃ~~い」

 

 二人の巫術師は清良の見送りを背に、銀行の中へと入って行く。まだ残党がいるかもしれないと、彩乃の先導のもと警戒しながら進んで行ったが…………、

 

「……もぬけの殻?」

「みたいだな……」

 

 銀行の中は、人っ子一人いないただのがらんどうだった。争った形跡もなく、強いて言うなら従業員や利用客が逃げ出した際にいくつかのチラシが散らばっていたくらいか。

 

 とてもではないが、銀行強盗が発生した後――という風には見えない。

 

「…………つか、そもそも銀行強盗だったのか? 銀行で騒ぎがあったから銀行強盗だって早合点してただけで、実際はもっと別の何かだったんじゃあ……?」

「……いや、違うみたいだ。ATMに傷痕がついている。中から金が抜き取られているらしい。……だが、この傷痕……それにこれは…………」

 

 ATMの脇にしゃがみ込んだ彩乃は、そう言ってATMの側面を指差す。確かに、ATMの側面には丸っぽい穴が空いていて、何やらドロドロとした液体が漏れ出ていた。

 

「なんだ、このドロドロ…………?」

「…………見ろ、こっちにも穴がある! どうやら連中は此処から抜けて出て行ったようだな…………」

 

 いつの間に移動したのか、銀行の隅にも同じ穴を発見した彩乃。やはりその穴からもドロドロとした液体が漏れ――いや溢れ出ている。

 

「これは…………」

「これは液体じゃないな。…………おそらく『アメーバ』だ」

「!」

 

 良香の心臓が独りでに跳ねる。

 

 人類には制御不能な()()の形ある災害、妖魔……それを操る者――妖魔遣い。

 

 良香が今此処にいるのも、元はと言えばあのアメーバの男に襲われたからだ。あの日、良雅は何もできなかった。一方的に彩乃に守られ、何が起こっているのか分からないままに全ての決着がついた。

 

 あの日彼の命を握っていたのは彼自身ではなく、彩乃とアメーバの男の二人だったのだ。

 

 自分の命が自分以外の誰かに委ねられているという感覚は、いったいどういうものなのだろうか? その感覚は、時間と共に癒えるものなのだろうか? ……それは、本人にしか分からないことだ。

 

「…………恐ろしいのは分かる。力を得たとはいえ『最初』は良くも悪くも特別だからな」

 

 そんな良香を横目に、彩乃は優しく語り掛ける。

 

 彼女もたくさんの巫術師を見てきた。どれほど強くとも、自分がこうなった――つまり()()()()()()()()()原因となった者と相対してしまうと恐れてしまう人は恐れてしまう。それは仕方のない心の動きなのだ。

 

 だから、良香が此処で留まるというのなら彩乃はそれを責めない。むしろ、行かせるべきではないとすら思っていた。

 

「良香は此処に留まれ。残党程度、私なら片手間で片付けられる……ヤツの弱点も既に分かっている。不安要素は一つも、」

「そうじゃねーよ」

 

 良香は、静かにそう言った。

 

 彼女は別に、あの日の無力感を思い出して恐怖に震えていたわけではない。自分の不甲斐なさを思い出して憤怒に奮えていたわけでもない。

 

 ただ、良香の目には挑戦的な光だけが灯っていた。

 

 彼女は口元に不敵な笑みを浮かべて、彩乃の不安を払拭するように言う。

 

「――――戦友達との切磋琢磨を経て強くなり、あの日手も足も出なかった化け物を倒す。実に……『男らしい』名誉挽回のチャンスじゃねーか」

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