それは、真紅のフード付きローブをまとった巨大な人の姿をしていた。
いや、正確には人とは言えない。なぜならそれには、顔も腕すらもなかったのだから。
まぁ、ちょっとしたホラーである。
周囲の無数のプレイヤー達も動揺しているようだ。
すると巨大なローブ、めんどくさいからローブでいいや。
ローブが動いた。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
は?
私の世界?
俺は最初その意味が分からなかった。確かにゲームマスターなら世界の操作権限を持っている為、神のような存在だが今さらそれを言ってどうするのだ?と思った。
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
茅場?
えーと、誰だっけな...
茅場~、茅場~
あ!思いだした!
後、ナーヴギアの基礎設計者だったっけ?
でも確かあの人ほとんどメディアに出てきてなかったよな?
なんで今頃こんなことを?
『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』
え、ログアウトボタンなくなってんの?
それすら気付いてなかった為、すぐにそれを確認する。
「あ、ほんとだ。ログアウトボタンなくなってるや....。で、これが本来の仕様?」
『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』
この城の頂を極めるってことはゲームクリアってことだよな?
つまりソードアート・オンラインをクリアするまで自分でログアウトすることはできないってことか。
でもそれって....。
『....また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合-』
そうそう、外部からの解除をされたら意味がないよな?
試みられた場合どうなるんだ?
『ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
俺は、たっぷり数秒間、呆けた顔のまま固まった。
その言葉の意味を理解するのを拒否しているかのように。
しかし、それは余りにも簡潔な宣言で、あっさりと頭に入ってくる。
脳を破壊する。
それはつまり、殺す、ということに他ならない。
外部からナーヴギアに手を加えればそれを着けているユーザーを殺す。
つまりはそういうことだった。
ざわざわとした声が集団のあちこちから聞こえる。
まだ、ほとんどの人間が伝えられた言葉を理解できないか、理解するのを拒否している。
俺は、
「そうか....。じいちゃん達がナーヴギアに手を加えることはないだろうから外部からの事に関しては問題なしとして....。ゲームがゲームじゃなくなる....?ゲーム内で死ねば現実でも死ぬ.......?」
いまいち現実味がもてず、少し混乱していた。
そのせいで一部聞きのがしてしまったが、次の一言のせいでそんなことは意識から消えた。
『残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
どこかでひとつ、細い悲鳴が聞こえた。
周囲のプレイヤーの大多数は、信じられない、もしくは信じたくないというかのように、ぽかんと放心していたり、薄ら笑いを浮かべたままだ。
でも、俺の中には何故かその言葉がスッと入ってきた。
それが当たり前のように。
「.......っハハ」
下を向いたまま、口から微かに笑い声が漏れた。
二百十三名の死。
それが頭の中をグルグルと回り続ける。
それでも、茅場の声は聞こえる。
話は続いていた。
『――私からのプレゼントがある。確認してくれたまえ』
その言葉に身体が反応する。
右手の指2本を揃え、真下に向けて振った。
出現したメインメニューから、アイテム欄のタブを叩くと、それは一番上にあった。
アイテム名は――《手鏡》
何故?と思うより先に手が動く。
オブジェクト化させた手鏡を手に取ると、突然白い光がアバターを包み、視界がホワイトアウトする。
ほんの二、三秒で光は消え、もとの景色が現れた。
「ん?何が変わったってん....だ....」
最初は何が変わったのか分からなかったが、ふと手元の手鏡を見てみるとそれは分かった。
「あれ?何で俺がいんの?」
そんな疑問を持ったくせに、まぁいいかで済ませ改めて周りを見回す。
そこには先程までの様子とは一変していた。
男女比すらも大きく変化している。
「茅場はさっきこれは現実だと言った。つまりこれはその事を強制的にでも認識させるためにやったのかな?」
とりあえずそんな結論を出す。
『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。なぜ私は――SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか?これは大規模なテロなのか?あるいは身代金目的の誘拐事件なのか?と』
いや、テロでも誘拐事件でもない、そんな気がする。
『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜなら....このこの状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』
少し間を開けて、茅場の声が響く。
『.......以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤーの諸君ーー健闘を祈る』
最後の一言が、僅かに残響を引き、そして消えた。
真紅のローブ姿が音もなく上昇し、空を覆う、システムメッセージに同化する。
最後に一つだけ波紋を残し、天空一面に並んでいたメッセージも消えた。
広場の上空の風鳴り、市街地のBGMが近付いてきて、穏やかに聴覚を揺らす。
幾つかのルールが変わり、しかしゲームは本来の姿を取り戻した。
そしてーーこの時点に至って、ようやく。
一万のプレイヤー集団が、然るべき反応を見せた。
圧倒的なボリュームで放たれる、悲鳴、怒号、絶叫、罵声、懇願、咆哮の数々。
無数の叫び声を聞きながら、不思議なことに俺の思考は落ち着いていた。
これは、現実なんだ。
ここで嘘をつく必要が無いのだから。
俺が現実世界に帰るのは当分先の事になるだろう。
それも、生き残れたらという条件付きだ。
もしかしたらその時はこないかもしれない。
何故ならば、この世界で死ねば俺は本当に死ぬのだから。
身体の内側から何かが込み上げてくる。
それは何かおかしなもので.......身体から溢れだしてきた。
「アハハ....ハハ....アハハハハハハ‼」
身体から溢れだしたソレは、何とも形容しがたく。
俺の何かを壊していった。
「面白い!面白いよ茅場晶彦!予想外の事をしてくれる!そして、礼を述べよう、ありがとう!」
俺は狂った様に笑う。
そして、広場を出るため後ろを向き小さく、だが力強く呟く。
両親にお前はいらない、と言われた。
その時に止まってしまった何かが動き出した気がする。
「さぁ、
俺はそう言いながら走り出した。
広場を抜け、曲がりくねった細い路地を走り抜けた。
前方に人影が見えた。
この段階から外へ向かっているということはほぼベータテスターで間違いないだろう。
俺はその人影を追って走った。
始まりの街の北西ゲート、そこから俺の戦いは始まった。