ラウンジ。遊真と伊佐は自販機の前にいた。
「なぁ、ケンスケ」
「?」
「この鉄っぽい奴もおカネなんだろ?」
「うん」
「けど、紙のおカネの方がずっと価値は上じゃんか」
「そうだね」
「なんで紙の方が鉄よりも価値は上なんだ?」
「それは、例えばさ、500円玉ってデカイでしょ?」
「うむ」
「1000円は500円の2倍だから、単純に計算したら、500円玉の2倍のサイズになるわけだ」
「ふむ?」
「ただでさえ、デカイ500円玉が2倍とかになったら重いじゃん。そういう事だよ」
「しかし、10円玉は100円玉より大きいぞ?」
「それは、使われてる鉄の価値が違うんだよ。そういうので調整も出来るんだ」
「なるほど……」
言いながら、遊真はおめあての飲み物を買う。
「買い物をしたら、おカネが増える。これも謎だ」
「それはお釣り。130円の物を500円玉で買ったら損するでしょ?」
「……なるほど、残りの分を返してるわけか。……あっ」
ポロっと遊真の手から10円玉が落ちる。コッコッとバウンドして、そのまま転がって行く。だが、途中で誰かの足に当たって止まった。
「我が物顔でうろついてるな……近界民……!」
(! 三輪秀次……!確か、極度の近界民嫌いの人だよね)
三輪は自分の足に当たった10円玉を拾い、遊真に手渡した。
「どうも」
「この度、ボーダーに入隊する事になった伊佐賢介です。宜しくお願いします」
まったく空気を読むことなく、伊佐は礼儀正しく頭を下げた。
「…………三輪秀次だ」
一応、挨拶を返しておきながら自販機で自分も飲み物を買う三輪。
「どうした?元気ないね。前はいきなりドカドカ撃ってきたのに」
「へっ?撃たれたの?」
「本部がお前の入隊を認めた以上……お前を殺すのは規則違反だ」
「ほう……?」
「おっ、黒トリの白チビじゃん!」
陽気な声が聞こえた。米屋が陽太郎を肩車して階段から降りてきた。横には雷神丸がいる。
「がんばっとるかね?しょくん」
「そういや、ボーダー入ったんだっけか!……あと、アレか。綾辻の彼氏!」
「伊佐賢介です。よろしくお願いします」
「おう、米屋陽介だ。よろしくな」
「『ヤリの人』とようたろう……?なんで一緒にいるの?」
「クソガキ様のお守りしてんだよ」
「陽介はしおりちゃんのイトコなのだ」
「ほう、しおりちゃんの」
「つーか秀次、お前なんか会議に呼ばれてなかったっけ?」
「風間さんに体調不良で欠席すると言ってある」
「ふむ、体の調子が悪いのか?」
「違う違う、近界民をブッ殺すのは当然だと思ってたのに、最近周りが逆のこと言い出したから混乱してんだよ」
「あーそっか、お姉さんが近界民に殺されてるんだっけ」
「………‼︎なぜそれを……⁉︎」
それを聞くなり、顔を背ける米屋。「あっ、バラしたのこいつダナ」と一発で分かった伊佐だった。
「仇討ちするなら力貸そうか?」
「………⁉︎なに……⁉︎」
「オレの相棒が詳しく調べれば、お姉さんを殺したのがどこの国のトリオン兵か、けっこう絞れるかもよ。どうせやるなら本気でやった方がいいだろ」
「…………」
何か言いたげな顔をするが、三輪は遊真の肩をグイッと退かして、階段を上がる。
「……ふざけるな………!お前の力は借りない……!近界民は全て敵だ………!」
「おい秀次、どこ行くんだ?」
「…………会議に出る」
「やれやれ、真面目なヤツはつらいねぇ……」
「ちょっと三輪さんって可愛いですね」
「伊佐、それ本人に聞かれたら殺されるからな」
そこを注意しておいてから、米屋は「あっ」と声を漏らして、遊真を見た。
「そういや俺、お前と勝負する約束だったよな!ひまならいっちょバトろうぜ!」
「正隊員と訓練生って戦えるんだっけ?かざま先輩は戦ってくれなかったけど」
「ポイントが動くランク戦は無理だけど、フリーの練習試合ならできるぜ。風間さんはプライド高いから、ガチのランク戦で戦いたいんだろ」
「ふむ……?」
「オレは楽しけりゃなんでもいーんだ。ほれほれ対戦ブース行くぞ」
「ほう」
で、対戦ブース。そこは、ヤケに人が集まっていた。
「なんだぁ?妙に観客多いな」
画面には、緑川と三雲と書かれていた。すると、ちょうどそのタイミングでモニターから声が聞こえた。
『10本勝負終了、10対0。勝者、緑川』
「あっ、おさむっ⁉︎負けた‼︎」
「いつぞやのメガネボーイじゃん。緑川とランク戦か?」
「ミドリカワ……?」
ブースから修がふーっと、息を吐きながら出てきた。
「こらおさむ!負けてしまうとはなにごとか!」
「なんか目立ってんなー」
「陽太郎……⁉︎空閑……!」
「おつかれメガネくん」
上から声が聞こえた。
「実力は大体わかったからもういいや。帰っていいよ」
その言い草にイラっとする遊真、陽太郎。そして、周りからボソボソと声が聞こえる。
「……なぁ、この見物人集めたのは君?」
伊佐が緑川に聞いた。
「……違うよ。風間さんと引き分けたっていうウワサに寄ってきたんだろ。俺は何もしてないよ」
「へぇ……悪くないこと言うね」
「?」
「いや、一応嘘ではないのかな?まぁいいや、とりあえず俺と勝負しようよ」
「はぁ?」
「今、君が三雲くんにしたことをそのまま返してやるから」
「お、おい伊佐!」
「俺が負けたら、そうだな。彼氏の権限でハルちゃんのオッパイを一回揉ませ……」
直後、伊佐の後頭部にドロップキックが炸裂した。振り返ると、綾辻が立っていた。
「………何を勝手なことを言ってるの⁉︎」
「お、綾辻」
さらに、「おーいっ」と声が掛かる。
「賢介くーん、ゲームやろ〜」
国近だった。
「おいおい、モテモテじゃねぇか伊佐」
からかうように陽介が言った。
「いや、俺今からグリーンリバーを……」
「いいからっ、アレから何度も国近さんにゲーム相手やらされてる私の身にもなってよ……」
「………了解っす。ごめん、緑川くん。やっぱなし」
「あ、うん。そう……」
さっさとどっか行こうとする緑川。だが、今度は遊真から声が掛かった。
「じゃあおれとやろうぜミドリカワ。もしおまえが勝ったら、俺の点を全部やる」
「な……⁉︎」
「あれ?俺との勝負は?」
「や、それC級じゃん。訓練用トリガーでオレと戦うつもり?」
「うん。お前相手なら充分だろ」
「っ」
直後、緑川は柵から飛び降りて、遊真の前に立った。
「いいよ、やろうよ。そっちが勝ったら何点欲しいの?」
「点はいらないをその代わり、俺が勝ったら、先輩と呼べ」
「……OK、万が一俺が負けたら、いくらでもあんたを……」
「いや、おれじゃない。ウチの隊長を先輩と呼んでもらう」
遊真が修を指差す。
伊佐は女二人に引き摺られて行った。