伊佐が目を覚ますと、病室だった。寝惚けた表情であたりを見回す。時計は17:30を指していた。
(………結構寝てたな)
起き上がると、病室には誰もいなかった。
(……友達がいないのも考えものだな)
そう呟いた直後、ガララッと病室の扉が開いた。入って来たのは修と遊真。
「あ、三雲くんと空閑くん」
「目、覚ましたのか。良かった」
「うん」
無表情で伊佐は頷いた。
「伊佐、ありがとう。お前のお陰で助かった」
「いいよ。そもそもあの作戦は三雲くんと空閑くんだったから実行出来たんだから、礼を言うのは俺の方だ」
「いやいや、俺からもお礼を言うぞ、ケンスケ」
遊真は割と本気でお礼を言った。自分がトリガーを使わずに済んだのは伊佐のお陰でもあった。
「でも、おれもまだまだ甘かったよ。出て来た敵の数が一匹だと思い込んでたから」
「それは、僕がちゃんと敵の数を教えなかったから……」
言いかけた修の台詞を遮って、伊佐は首を横に振った。
「指揮官として、相手の数を把握しないで勝手に思い込んだ時点で、俺の負けだ」
「………なんか、軍人みたいな考え方だな」
遊真が呟いた。
「まぁね。いつもやってるオンゲの指揮官やってるからね俺」
「オンゲ……?」
「オンラインゲームの略だよ。知らないの?」
「知らない」
「ま、まぁとにかく、」
と、修が話を打ち切る。鞄の中からビニール袋を出した。
「これ、お見舞いだ」
渡されたのはりんご2個だった。まぁ中学生の財力を考えれば妥当だろう。
「ありがとう」
「じゃあまた学校でな」
修と遊真が帰ろうとした時、またいいタイミングでドアが開いた。立っていたのは嵐山と木虎と時枝だ。
「あ、どうも」
「やぁ、大丈夫か?」
「はい。お陰様で」
「俺は嵐山隊隊長、嵐山准だ。こっちの二人は俺の隊員の時枝充と木虎藍」
紹介されて、二人は頭を下げた。
「じゃあ、今日どうやってモールモッドを捉えたか教えてくれるか?」
〜回想シーン〜
「それで、どうやってモールモッドを倒すんだ?」
修が聞くと、伊佐は落ち着いた様子で答える。
「倒すのは無理だよ。僕達には奴にダメージを与えられる攻撃手段がない」
「じゃあどうすんの?」
今度、 聞いたのは遊真だ。
「ボーダーが来るまでの間、戦闘不能にさせる。その方法を今から説明する」
伊佐はモールモッドの簡単な絵を教室の床に書いた。
「こいつの形態は胴体一つに足が4本付いてる虫のような形をしてる。その足の稼動範囲は分からないけど、全ての足に付いてる以上は何処から攻撃しても生身の人間が直接攻撃をするには危険過ぎる」
「それで?」
「だから、ひっくり返すんだ」
「!」
修も遊真も若干驚いたように眉を吊り上げた。
「ゴキブリとかカブトムシをひっくり返すと、しばらくは何も出来なくなるでしょ。それと同じ状況にする。その後は、陸上のハードルの上の部分を使って脚を地面に固定すればいい」
「でも、どうやってひっくり返すんだ?相手は戦闘用のトリオン兵だぞ?」
「二階から落とすんだよ。その為に重しを使う」
「重し?」
「さっき試したけど、モールモッドの攻撃は教室の扉を三重にして頑張ればなんとか防げる威力だった。だからもう一度、ドアを使う。モールモッドの一撃をガードし、ドアを貫通させる。そのままの勢いで二階からモールモッドを落とす。ドアを貫通させて二階から落とすことによって、ドアから地面に落下するはずだ。これでモールモッドをひっくり返す」
「…………」
二人とも黙って聞いている。
「そのために役割を三つに分ける。まずはドアでモールモッドを誘き出す役、これは俺がやる。で、俺を下でキャッチする役、最後に、ハードルでモールモッドの動きを封じる役、この三つだ」
「なら、ハードルで動きを封じるのは俺がやる」
そう言ったのは遊真だった。
「その役、かなり力がいるんだろ?だったら、俺しかいない」
「じゃあ、三雲くんは僕をキャッチして」
「分かった」
「いい?この作戦にセカンドプランなんて都合の良いものはない。成功率は高くて80%の上に失敗したらお終いだ。気を抜くなよ」
「「了解!」」
〜回想終了〜
「と、いうわけです」
「中々、行き当たりばったりでもあったんだな。随分と無茶をしたもんだよ」
呆れたように声を出す嵐山。それはそうだろう。
「本来ならあなた達は逃げるべきだったのよ」
木虎も追い打ちをかける。
「私達が到着するまで逃げていればよかったのよ」
「それでは多くの生徒が死んでいました。誰かがやらなければならない状況でした」
ピタリと言い返す伊佐に、ピクッと眉を釣り上げる木虎。だが、別に言い返したりはしなかった。
「まぁ、とにかくそういうことなら分かったよ。お大事にな」
「はい」
嵐山はそう言うと、病室から出て行った。続いて、修と遊真も。
この時、伊佐は知らなかった。これがキッカケで、自分がボーダーに入る事になる事を。
*
「ケンくん!」
せっかくこの話を終わろうとしてたところで、ドアが大きく開かれた。完全に気を抜いてたからか、伊佐もビクッとした。
現れたのは綾辻遥だ。
「あ、ハルちゃん」
「何やってんの⁉︎モールモッドと生身で戦ったって⁉︎バカじゃないの⁉︎」
「酷い言い様だね音痴。馬鹿だったら勝ててないよ」
「また減らず口叩いて……!全くほんとにやめてよそういう無茶!あと音痴言うな!」
「だって音痴じゃん。まだウグイスの方が歌上手いじゃん」
「言い過ぎだよ!まったく……!」
ズンズンとベッドに近寄り、伊佐の手を握る綾辻。
「ほんとに心配したんだから……!」
「……………」
伊佐は黙り込んだ。心なしか、綾辻の声は震えていた。が、すぐに口を開いた。
「まぁ、次から気を付けるよ。泣き虫音痴」
「うるさい。音痴言うな」