【完結】桜な日々   作:冬月之雪猫

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エピローグ「幸福な未来へ」

 聖杯戦争は終わりを迎えた。アーチャーとモードレッドは聖杯の崩壊と共に消滅した。私はおじさんに抱きしめられながら泣き続けた。

 それが、十年前の話だ。

「……うーん、この問題は私の手に負えませんな!」

「諦めんな!! さっき教えた公式を使えば解けるだろ!!」

 私の周りには人が少しだけ増えた。海外に留学していたお兄ちゃんが帰って来たのだ。

 おじさんとお兄ちゃんと私の三人家族で日々を過ごしている。鶴野おじさんは今も海外を飛び回っている。おじいちゃんがいなくなった事で得た初めての自由を謳歌しているみたい。

 おじさんは顔を合わせる度に彼を殴っていて、その時に見せる怖い顔にお兄ちゃんはちょっと怯えている。私も折角だから怯えた振りをして、健気に私を励まそうとするお兄ちゃんの愛情を堪能した。

 私としては鶴野おじさんの事も嫌いじゃない。罪悪感を感じているからか何なのか知らないけど、合う度に豪華なお土産を山のようにくれるからだ。おじいちゃんの遺産が山盛りな上、最近お兄ちゃんが株取引なるものに手を染めて大儲けし始め、私にお小遣いを大量にくれるおかげで財政面で何の不満も無いけど、もらえるものは貰っておく主義だ。

「お兄ちゃん! 私も株取引してみたい!」

「絶対に駄目だ」

 真顔で断られた。甘えると大抵の事を許してくれるチョロいお兄ちゃんなのに……。

「ほらほら、慎二くんを困らせちゃ駄目だよ? 桜ちゃん」

「困らせてないよ。甘えてあげてるんだよ。嬉しいよね?」

「……時々、そのふてぶてしさに感心するよ。一発殴っていいか?」

 あ、やり過ぎた。

「顔が怖いよ、お兄ちゃん。ほら、スマイルスマイル。可愛い桜ちゃんを見て和んでー」

「おじさん。桜の将来が凄く不安になるんだけど……」

「……いや、その……、まあ日々楽しく過ごせているならそれで……」

 お兄ちゃんは時々、昔読んだ漫画の主人公みたいな表情を浮かべる。

 きっと、今は『駄目だこいつ……、早くなんとかしないと……』とか考えているのだろう。

「このままじゃ駄目だ。……遠坂に相談するか」

「え?」

 怖いことを言い出した。

「いや、お姉ちゃんは別に関係無いし……」

「……相変わらず苦手意識持ってるみたいだな。これは効果がありそうだ」

 ニヤリと悪魔のような笑顔を浮かべるお兄ちゃん。

 

 翌日、学校の屋上に呼び出された私は正座をさせられながらお姉ちゃんの長いお説教を聞く事になった。

 おかしい。昔はとことん甘やかしてくれたのに、最近は会う度にお説教を受けている。

「大体、桜は甘え過ぎなの!! そんな事で将来どうするの!?」

「べ、別にー、お金には困ってないしー、おじさんもいるしー、お兄ちゃんもいるしー」

「もう! どうしてこんなに甘ったれになっちゃったのかしら!」

 頭を抱えて悩みだした。

「や、やだなー。そんな深刻にならなくても……」

「深刻にもなるわよ! 慎二なんて最近は子育ての本や教育に関する本を読み漁ってるのよ!?」

「え……?」

 割りとシャレにならないレベルで悩まれてる……?

「雁夜さんや慎二が怒れないタイプだから、その分まで私が怒る事にしたの! それが姉としての責務! というわけで、まだまだたっぷりお説教するからね!」

「ひぇぇぇぇ」

 本当にたっぷりとお説教された。気付けば日が暮れていて、私は真っ白になっていた。

 お姉ちゃんが立ち去った後、三十分かけて漸く立ち上がると白い髪がチラッと見えた。

「あれ、イリヤちゃん?」

「だ~いぶ、絞られてたねー」

 同情の眼差しを向けてくる親友が投げてきた缶コーヒーを飲む。

 聖杯戦争が終わった後、両親を失った彼女をお姉ちゃんが引き取った。彼女の境遇に義心を燃やしたみたい。

 アチコチ奔走して、イリヤちゃんを長生きさせる方法を探している。結果として、人並みに成長して立派な女子高生になっているけど、余命はあまり延びていないらしい。

 だから、私達はもう直ぐ始まる儀式に賭けている。

「……別にいいんだよ? 私、十分幸せに暮らせてるし」

「私達がイヤなんだよ。イリヤちゃんには長生きしてもらいたいもの」

 私やお姉ちゃん、それにイリヤちゃんの手の甲にも真紅の刻印が浮かんでいる。

 第四次聖杯戦争終結から十年。今再び、戦いの火蓋が切って落とされようとしている。

 彼女を喚び出せば、聖杯を手懐けてくれる筈だ。それに私達が参加しなくても、聖杯戦争は始まってしまう。

 大聖杯を解体する為には力が足りなかった。

 逃げてしまえば不幸な目になど合わない。だけど、甘ったれな私にも譲れないものがある。

 

 そして、再び運命の夜が訪れる。

 私の前には嘗て共に歩んだ魔女(キャスター)が現れた。

 お姉ちゃんの前には赤い外套を纏う弓兵(アーチャー)

 イリヤちゃんの前にはギラギラとした瞳の魔剣士(セイバー)

 

 その日を境に再び冬木の地は戦場となる。

 青き槍兵(ランサー)、華やかな騎乗兵(ライダー)、黒き死神(アサシン)、荒れ狂う狂戦士(バーサーカー)

 時に手を取り合い、時に激突し、彼等の戦いは人知れず行われる。

 

 戦いの中で育まれたものがある。戦いの中で失われたものがある。

 数々の苦難を乗り越え、すっかり我侭な甘ったれに育った彼女は再び我侭の為に戦う。

 ただ只管、幸福な未来を望んで……。

「お前はいつも嫌な方向で私の予想を上回るな」

 喚び出された魔女は大きなため息を零すのであった――――。

 

 ~ END ~


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