私は机に座って、一枚の紙と向かい合っていた。
右手にはペン、左手は膝の上。
そして紙は真っ白。
「……わからん」
紙に向かってはや一時間、作業は遅々として進まない。
「……やすなめ」
そもそもこんなことになったのは、あいつのせいだ。
あいつがあんなもの渡してくるから……。
少しだけ時間を戻す。
放課後の学校で、私は帰り支度をしていた。
「そ、ソーニャちゃん」
「なんだ」
「あ、あのね。なんというかその……」
「用があるなら早く言え」
「えーと、あの……」
やすなは視線をあちこちに向けて、明らかに挙動不審といった感じだ。
と言うか今日のこいつはなんだか変だ。朝から変によそよそしかったし、昼もいつもより大人しかった。
静かなのは助かるがこうもいきなりとなると逆に不気味になってくる。
「……お前、体調でも崩したのか。なんか今日変だぞ」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
「……あぁもう!イライラする!言いたいことがあるならハッキリ言え!」
「こっ、これ!これ読んで!」
「は?」
「じゃあねっ!バイバイ!」
「あっ、おいコラ!待て!」
私に何かを押し付けて、やすなは脱兎の如く教室から去っていった。
本当に一体どうしたと言うのか……。
「そしてこれは何だ……?」
やすなが私に押し付けてきたもの、それは一枚の封筒だった。
丁寧に封がされている。
どうせ碌な物じゃないだろう、さっさと捨てて私も帰ろうか。
「……いや、流石に読まずに捨てるのは悪いか」
正直、中身が気になってしょうがないと言うのもあった。
封筒を開けると、中には一枚の手紙。
「えーと、ソーニャちゃんへ……?」
どこか他人行儀な、かしこまった書き出しで手紙は始まっていた。
だんだん読み進めていくが、どこかグダグダとしたつかみどころのない内容だ。
「一体何なんだ……」
そして最後に、唐突に。
「好きです、できたらお付き合いしてください」の文字。
「……は?」
思考が停止した。
す、好きです?付き合ってください?
何を言って……いや書いてるんだコイツは?
と言うかこれ、もしかして。
「ら、ラブレター!?」
あまりに唐突なやすなの告白に私の頭はかき回されるばかりだった。
「ああもう、くそっ……くそう!」
私は頭を抱えてもがいていた。
手紙でもらった以上、私も手紙で返事を返すつもりでいたが、思った以上に言葉が出てこない。
と言うか恥ずかしい。
「あいつめ……ゲリラみたいな事をしやがって……」
ゲリラ的なラブレター。
結果から言うと私は見事に強襲された。
だから今こんなに苦労している。
「ラブレターなんて書いたことあるかってんだ!無いわ!」
もうわけがわからなくなってきた。自分で何に対してキレているのかもわからない。
一旦水でも飲んで落ち着こう……。
「はぁ……しかし、どうしたものか……」
なんとか落ち着きを取り戻した私だが、しかし落ち着いた所で何の解決にもなっていないのも事実である。
本当にどうしよう……。
ネットを使ってラブレターの書き方なんてものを調べてみたが……。
「あんな歯の浮くような台詞を書けるか!ふざけてるのか!」
ああ、もう……もう滅茶苦茶じゃないか……。
大体、なんで私なんかにやすなはラブレターなんか渡してきたんだ。
いっつも私はあいつに関節技だの拳だのくれてやっているのに。
むしろ嫌われるのが普通だと思うのだが。
「……普通じゃ、ないのかな」
あいつも、私も。
何度追っ払ってもやすなは私にかまってきたし、逆に私もあいつと過ごすのがなんだか……。
あいつは私のために泣いたり笑ったり。
本気で接して来てくれた、と思っている。
今日の手紙も、よほど悩んで書いたのだろう。
「……あのバカ」
いつも通りの悪態をつく。でも、私の口角は自然と上がっているような気がした。
私も、あいつに本気で応えなければいけないな。
机に向かい合って、いろいろ考える。
そのままだんだんと、夜は更けていった。
翌日。
朝早く教室へ行くと、既にやすなが椅子に座っていた。
私に気づいたのか、なんだかそわそわしている。
私は自分の席に座って、授業の支度を始めた。
「……そ、ソーニャちゃん?」
「……なんだ」
「その、手紙……読んでくれた?」
「あぁ」
「その、ごめんねいきなり。あんなもの渡しちゃって……」
「……なぁやすな?」
「は、はい?」
「私達が初めて会ったのっていつだっけか」
「え?えーと……クラス替えの時だっけ……」
「……確か、お前が私の肩についたゴミを取ろうとして」
「あぁっ!そうだ、その時初めて手首外されたんだ!」
「お前、びっくりして声も出てなかったな」
「うわぁ、懐かしい……」
「……あれから、いろいろあったな」
「そうだね……」
私達二人だけ。
他に誰もいない教室で、私達は懐かしさに浸っていた。
でも、本当に言わなきゃいけないことは他にある。
覚悟は決めたはずなのだが、やはりいざ言うとなるとブレーキが掛かってしまう。
「……やすな」
「なに?」
「まずは、その……手紙、ありがとう」
「……うん」
「昨日、なんて返事しようかってずっと考えてた」
「……そうなんだ」
「私は、恋愛とか……そういうの全然わからない。誰が好きだ、とか。あの人が素敵だ、とか」
やすなは黙って、私の話を聞いている。
「だから、正直お前から好きだなんて言われた時は困った。どうして良いか……わからなくてな」
「……ごめん」
「でも、考えたんだ。私はこれからどうしたいかって。お前とどう付き合って行きたいかって」
「……」
「これがお前の言う『好き』かはわからないけど……私はこれからもお前と一緒にいたい、と思ってる」
「それじゃあ……」
「私も、その……お前が好き……ってこと、かな」
「う……ううううー……」
「えっ、あっおいなんで泣くんだお前!」
「だ、だってぇ~……だってソーニャちゃんも私の事好きだって言うからぁ……うえええ……」
「どういう意味だそれは……とりあえず涙を拭け涙を……」
なんだか、よくわからないうちに私達は両思いになっていた。
数分後、やすなは泣き止んだもののまだ少し息が落ち着かない。
「え、へへへ……嬉しいな、両思いだよ私達」
「……なんだか今になっていきなり恥ずかしくなってきた」
「えー、でも嬉しかったよ私は」
「……なぁ、やすな」
「ん?何?」
「……Baby please kiss me」
なんとなく、カッコをつけて言ってみた。
やすなは少しぽかんとしていたが、すぐにおかしそうに笑い出した。
「……ぷっ、あはは!なにそれ、殺し文句のつもり?」
「う、うるさい!ちょっとくらいカッコつけてもいいだろ」
「カッコのつけ方が古いよソーニャちゃん……」
そしてすぐに、やすなは目を閉じた。
「……なにしてるんだ?」
「だってするんでしょ?いいよ、ソーニャちゃん」
「う……なんかやっぱり恥ずかしいな」
「大丈夫だよ、人なんかまだ来ないし。んー」
「……じゃあ、いくぞ。後悔するなよ」
「するわけ無いじゃん、ほらほら早く」
朝の日差しが少し眩しい教室で。
二人の唇が、重なった。
おわり。