ある日。
私はいつものように、屋上の給水塔の上から街を眺めていた。
「んむ……」
昼食代わりの三色団子を食べながら、街を見下ろす。
私はこの場所が好きだ。
特に今日みたいに晴れた日なんか、ずっとここに居たい気分になる。
空を見上げると、雲がゆっくりと流れていった。
「あ、そう言えば今日は……」
私はそこでふと、今日が特別な日であるのを思い出す。
我ながらうっかりしていた……今からでも用意は間に合うだろうか?
「さて、と」
食べ終わった団子の串を片付けて、私は給水塔から飛び降りた。
普通の人間なら怪我をする高さだけど……幸いにも私は忍者、体の動かし方は普通の人よりは心得ている。
綺麗に床に着地して、私は校舎の中に戻った。
さて……特別な日の準備には特別な用意が必要だ。
そしてそれは私一人では不可能である。
彼女に協力を仰がなければ……。
「え~と、確か教室は……」
彼女の居るクラスを探していると、ちょうど良いタイミングで彼女が歩いているのを見つけた。
私は後ろから駆け寄り、彼女に声をかける。
「やすなさ~ん」
「その声は……あぎりさん、どうしたんですか?」
「ちょっと良いですか~?」
「良いですけど……どうしたんですか?」
「実は……」
私は、彼女の耳元で囁く。
彼女は一瞬驚いたようだが、話を聞くとすぐに乗ってきてくれた。
「ほう……ほうほう……なるほど……」
「というわけなんです~、良ければ協力して欲しいんですが~……」
「もちろんですよ!やりましょう!」
「ありがとうございます~」
「じゃあ私はソーニャちゃんを呼び出すから……あぎりさんは他の事をお願いします!」
「わかりました~、では放課後にいつもの場所で~」
「了解です!それじゃあまた後で!」
よし、これで第一段階は成功だ。
後は必要な物を用意するだけで良い。
放課後が楽しみだ。
そして、放課後。
私はいつもの空き教室でその時を待っていた。
柄にもなく、少しそわそわなんかしたりして。
まだかな……?
「……一体何の用なんだ」
「さぁ……私にも……」
扉の外で、声がする。
どうやらお客が来たようだ。
私は用意したものを確認する。
……うん、全て大丈夫。きっとうまくいく。
私はクラッカーを構え、扉が開くのを待った。
「おい、あぎり。来たぞ……」
扉が開いて、彼女が中に入ってきた。
私は、紐を引いてクラッカーを炸裂させる。
ぱん、と乾いた音が響いて申し訳程度の紙吹雪が舞った。
「な、何だ!」
「おめでと~ソーニャ~」
「ソーニャちゃんおめでとー!」
そう、今日はソーニャの誕生日。
普通に誘うと、多分恥ずかしがってしまうだろうから。
こうしてサプライズにしたわけだ。
「な……あぎり、お前……」
「びっくりしたでしょ~?」
「もう、ソーニャちゃんったら素直じゃないんだから~」
「……覚えてたのかよ、私の誕生日なんて」
「……忘れるわけ、無いでしょ?」
「ふん……」
ふふ、照れてる。
こう言う素直じゃない所は、昔から変わらない。
「という訳で……プレゼントも用意してまーす!」
「またそんなに……」
「用意したのはあぎりさんだけどね!」
「こんなにあっても仕方ないだろ」
「とにかく開けてみて!いろいろあるから!」
やすなさんが、彼女の袖を引っ張ってプレゼントの方へ向かっていく。
なんだかんだでソーニャもそれに付き合っているあたり、やはり二人は仲が良いんだろう。
私は黙って、彼女たちを見つめていた。
この場は、やすなさんに任せておいても大丈夫だろう。
それに……ソーニャに渡すプレゼントは、別に用意してあるから。
私の読み通り、やすなさんは見事に場を盛り上げてくれた。
ソーニャも戸惑いながら、楽しんでくれていたようだった。
「……いい友達が出来ましたね、ソーニャ」
「ん?何か言ったか?」
「いいえ~何も~」
「ほらソーニャちゃん!次!次の開けてみようよ!」
「まったく、騒がしい……」
やすなさんに誘われて、ソーニャはまた彼女の元へと近づいていく。
結局その日は暗くなるまで、楽しげな声が空き教室に響き続けていた。
帰り道。
「ソーニャちゃん、あぎりさん!また明日ー!」
「あぁ、それじゃあな」
「さよ~なら~」
分かれ道で、やすなさんが手を振りながら自分の家へ帰っていく。
既に暗くなった道を、私達は二人で歩いていた。
「……そう言えば、お前と帰るのってあまり無いな」
「そうですねぇ~。まぁ、たまには良いじゃないですか~」
「……そうだな」
やすなさんと別れてから、なんだか一気に静かになった気がする。
彼女が普通より元気なのか、それとも私達が普通以上に話さないだけなのか。
ともかく、二人の間に沈黙が横たわる。
する音と言えば、遠くで鳴っている踏切の音やカラスの声。
そして二人の足音。
……やるなら、今かな?
「ソーニャ」
「なんだ?いきなり……」
「私の手を、よーく見てください~」
「ん?何かあるのか……」
「いきますよ~、いち、にぃの、ニン!」
私は軽く手首を回して、一輪の花を出現させた。
突然現れた花に、彼女は目を丸くしながら「おぉ」と小さく驚嘆の声をあげる。
「はい、私からのプレゼント」
「……この花が?」
「クチナシの花ですよ、良ければ飾ってください」
「……あぁ」
彼女は花を受け取って、そっぽを向いてしまった。
照れ隠しのつもりだろうが、少し赤くなった頬が見えている。
「その……ありがとな、あぎり」
「……どういたしまして」
街灯が照らす道を、二人で並びながら歩く。
やっぱり、会話はない。
でも、その沈黙がなんだか心地よかった。
もうすぐ、ソーニャの家に着くといった所で。
彼女が小さく呟いた。
「……なぁ、なんでクチナシの花なんだ?」
「……気になりますか~?」
「まぁ……なんとなく」
「それは~……」
「それは?」
「……ひみつ、です」
「は?」
「では、また明日~」
「あ、おい!」
なんだか恥ずかしくなって、逃げるようにその場から私は去った。
なんだかんだ言って、私も恥ずかしがりのようだ。
少し、私にしてはキザすぎるプレゼントだったかな、なんて。
クチナシの花言葉。
それは……。
やっぱり、ひみつにしておきます。
おわり。