朝。
いつも通り学校に行くと、珍しくやすなが帽子なんか被っていた。
頭に怪我でもしたのだろうか、グレーのニット帽を目深に被っている。
「……お前、なんだその頭」
「あ、ソーニャちゃんおはよう!どう?似合ってるでしょ!」
「似合ってるかどうかは知らんが……お前屋内では帽子取れよ、マナーだぞ」
「うっ、それは……」
そう呻いて、やすなは頭の帽子を手でおさえる。
しかし、一体なんで帽子なんか被っているのだろうか。
見た感じ別にお洒落ってわけでも無さそうだし、仮にそうだとしたらもう少し映える色の帽子をかぶるだろう。
普段のこいつの奇行とは、少し別の雰囲気を感じた。
「まぁ良いけど……一体なんでそんなもんしてるんだ」
私にだって、好奇心はある。
こいつがなんで帽子をしているか、単純に興味が湧いてきた。
私はやすなの頭に手を伸ばす。
「ちょっ、何勝手に触ろうとしてんの!」
「あぁ?」
すると、手を伸ばした分だけやすなは後ずさりした。
再び私が距離を詰めようとすると、奴も同じだけ移動して一定の距離を保つ。
「なんで逃げる!」
「そっちこそなんで帽子触ろうとすんのさー!」
「なんか、その……気になるだろ!」
「そんだけの理由で!?」
それだけの理由、などと言われたが動機としては立派に成立するはずだと思うのだが。
その後も、一進一退の攻防が続く。
私が右へ行けばやすなも右へ、左へ行けば同じく左へとまるで鏡のようだ。
殺し屋の私の動きについてくるこいつの反射神経もすごいが、何よりここまで頑強な抵抗を見せるやすなに私は驚いていた。
ここまで私に楯突いてくるなんて、やはり普段と何かが違う。
ならば私も少しだけ本気を出してやろう。
「今日はえらく動きが良いな、お前……」
「ふふふ……私だって戦いの中で成長……ってあれぇ!?」
「残念だったな、殺し屋舐めんな」
私の挑発に乗った一瞬の隙をついて、私はやすなの背後に回りこんだ。
なーにが「戦いの中で成長」だ、こんな手にまんまと引っかかりやがって。
「テメェ、またなんかろくでもないことを企んで……」
「お、お願いだから帽子取るのだけは勘弁して!お願い!」
「この期に及んでまだ悪あがきを……」
「わかった!全部話すから!だから帽子取るのだけはホントにやめてぇ!」
「お、おい」
「お願い……」
「わ、わかった!わかったから!」
ただならぬやすなの懇願に、私は思わず彼女を拘束していた手を放した。
本当に何があったのか、なんだか調子が狂ってしまう。
「うぅ……ありがとう……」
「……一体、どうしたんだ?」
「……ここじゃちょっと話せないから」
そう言って、やすなは自分の席についた。
私はどうして良いかわからず、とりあえず授業の用意をするくらいしか出来なかった。
そして、時間はあっという間に過ぎて放課後になった。
やすなは教室の外へと向かっていく。
私は慌ててその後をついていった。
「な、なぁ……本当になにがあったんだ、お前」
「ちょっとね……」
やすなはそれ以上何も言わず、ただ廊下を歩く。
たどり着いたのは、いつもの空き教室だった。
中に入って扉を閉める。
いつもと同じ教室も、なんだか違う雰囲気が流れている。
「……怪我でも、したのか」
頭に大きな傷でもついたのか。
それともまさか、何かしらの病気で……。
「……あ、あのね。絶対誰にも言わないって約束してくれる?」
いつものふざけている時とは、声色が全く違う。
不安が入り混じった、小さな声。
「……もちろんだ」
「それと、絶対に笑ったりしない?」
「当たり前だろ」
仮に、帽子の下がどんなことになっていようとそんな無神経な態度なんか取るつもりはない。
ただ、もし……やすなの頭が見る影も無くなっていたら、私はなんて言ってやれば……。
「じゃあ、取るよ?いい?」
「……あぁ、いいぞ」
私がそう答えると、彼女は少し安心したようだ。
そして数秒戸惑ったあと、思い切り帽子を取った。
私はその下の惨状を想像して、思わず少しだけ目を背けてしまう。
「こ、こんなことになっちゃったよ……ソーニャちゃん」
恐る恐る視線を戻す。
だが、そこには想像していたような怪我の跡や、治療の副作用など微塵も存在していなかった。
しかし、同時に私はすさまじい非現実感に襲われた。
「……お前、どうしたんだそれ」
「朝起きたらついてたんだよぉ……」
彼女の頭にあったのは、二つの突起。
これは……猫の耳か?
「……はぁぁぁ?」
「えっと、ソーニャちゃん……?」
彼女の言うところによると、『朝起きたら勝手に生えていた』とのことらしい。
「わけがわかんなくて……でも学校休むわけにもいかないからとりあえず帽子被って学校来たんだよ……」
「あ、あぁ……うん、そうかぁ……」
そんなこと言われても、私だってわけがわからない。
「何してるの~?」
「わぁ!?」
「あ、あぎりさん!」
反応に困っていると、タイミングを見計らったかのようにあぎりが現れた。
本当にこいつは神出鬼没だな……。
「わぁ~猫耳カチューシャですか~?」
「カチューシャじゃなくて、本物の猫耳です……」
「かわい~い」
「あぅ、あっ、あぎりさん突っつくのやめて、はぅ」
「……感覚があるのか?」
「ありまくりだよ、普通に動かせちゃうしあぅ」
「おもしろ~い」
「だからやめてくださいってばー!」
あぎりがやすなの耳を突付く度に、ぴくぴくと反応するあたり確実に神経は通っているようだ。
ということは無理に引っ張ることも出来ないだろう。
「うーむ、引きちぎるわけにもいかないか……いっそナイフで一思いにとか」
「え、エグいのはNGで……」
「安心しろ、なるべく痛くしないから」
「あ、あぎりさん!なんとかなりませんかぁ!このままじゃ恥ずかしいです!」
最後のあがきとばかりに、あぎりに泣きつくやすな。
あぎりは腕を組んで少し考えた後、何か思いついたようにぽん、と手を打った。
「そうですね~、恥ずかしくなくなる方法ならありますけど~」
「本当ですか!やった!」
「では~、忍法~」
言うが速いか、あぎりは吹き矢を取り出し私めがけて発射した。
完全に不意打ちを食らった私は直撃を受ける。
首にちくりと何かが刺さる感覚があった。
「な、何をした!?」
「すぐに効果が出ますから~」
「と言うか、なんで私なんだ……」
すぐに効果がある、なんて言った割には特に変化はないし……。
少し頭がむず痒くなった気がするが、それもすぐに無くなった。
「そ、ソーニャちゃん!」
「なんだ、今度は……」
「あ、あた、頭……頭!」
「はぁ?」
「これ、どうぞ~」
「鏡?」
あぎりから渡された鏡を見る。
特に何も変わったところは……。
「ん?」
「ソーニャも似合ってますよ~」
「お、おあー!?」
鏡で見た自分の顔。
その上に現れた、やすなと同じような二つの突起。
「な、なんだこれは!」
「ソーニャちゃんは黒猫なんだ……」
「天然由来の成分ですから、安全ですよ~」
「なんで私がこんなもん生やさなきゃいけないんだ……」
「二人でおそろいなら恥ずかしく無いでしょ~?」
「余計恥ずかしいわ!」
「今なら尻尾もつけますから~」
「いらん!」
試しに引っ張ってみるが、取れる気配は一向にない。
更に力をいれて引っ張ると、今まで経験したことのない変な痛みがピリピリと走る。
「くそっ……くそう!取れない!」
「いいじゃんソーニャちゃん、似合ってるよそれ」
「うるせえ!」
私を見て、ニヤニヤしながら他人事のように言うやすな。
さっきまでのうろたえっぷりはどこへ行ったのか……。
「ほ~らソーニャんちゃ~ん、猫じゃらしですよ~」
「ふっざけんな、どっから出したそんなもん」
「ほ~ら、ほ~ら……ほら……あれ、なんかこれすっごく面白そう」
「お前……自分で自分の猫じゃらしに反応してるんじゃないだろうな」
「ま、まさかそんなこと」
「ふーん」
「そ、その目は信じてないなぁ!」
「……さて、ここにボールがあるわけだが」
「へっ?」
「ほーら、どうだ……遊びたいか?」
「あっ、あぁ……なんかよくわからないけどすっごく魅力的に見えてきた!」
「よし、取ってこい!」
「にゃあー!」
私がボールを放り投げると、やすなはボールの軌道を追うように教室の隅へすっ飛んでいった。
ガッツリ反応してるじゃないか……。
「はぁ……バカバカしい、私は帰る、ぞ……?」
ふと床を見ると、さっきまでやすなが持っていた猫じゃらしが放置されていた。
……何故だ、さっきまであんなのくだらないと思っていたのに。
目が離せないのは、一体どうしてなんだ……?
気が付くと私は、膝をついて猫じゃらしをジッと見つめていた。
「……って、何やってるんだ私は!」
こんな、くだらないもの……。
動物のおもちゃだっていうのに……。
どうして今、私はこれを猛烈に突っつき回したいなんて考えているんだ……!?
「ちょっと、だけなら……」
私の理性を、野生が上回っていく。
あぁ、もう何も考えられない。
居てもたっても居られなくなった私は猫じゃらしを引っ掴み、気が付くと思うままにじゃれあっていた。
あぁ、もう……このままでもいいかも……。
「あら~ソーニャもおもちゃに夢中ですね~」
「わあああああああ!」
あぎりの声で、私は我に帰った。
わ、私は今まで何を……。
「おかげでいい絵が撮れましたよ~」
デジカメを片手にほくほくとした顔でそう呑気に言うあぎり。
これは、非常にまずい気がしてきた。
「おまえ、それもしかして……」
「大丈夫ですよ~バックアップもとってありますから~」
「私が大丈夫じゃない!」
「あ、耳は明日になれば消えてるはずですよ~。ではさようなら~」
「ま、待て!おい!あぎり!」
挨拶もそこそこに、あぎりは教室の窓から飛び出して何処かへ消えていった。
窓の外を見ると、夕日が地平線に沈もうとしている。
呆然と立ち尽くす私と、未だにボールとじゃれあっているやすなだけが教室に残された。
「……はぁ」
なんだか、疲れてしまった。
やすなはまだにゃあにゃあ言いながらボールを転がしてるし……。
「……おい、帰るぞ」
「はっ!私は何を?」
「覚えてないのか……」
「あれ?あぎりさんは?」
「あいつなら先にいなくなった。耳は明日になれば消えてるって言ってたぞ」
「……ソーニャちゃん、なんか元気無いね」
「ちょっと疲れただけだ。早くしないと置いてくぞ」
「あぁっ、ちょっと待ってよぉ……」
帰り道。
やすなも疲れていたのか、私達は何も言葉を交わすこと無く歩いていた。
あぎりの奴……結局状況を引っ掻き回しただけじゃないか。
まぁ、今に始まったことではないが……。
「……ソーニャちゃん、大丈夫だった?」
「え?」
「前に動物嫌いって言ってたから……」
「……なんだ、そんなこと気にしてたのか?」
「だって、猫だって動物だもん」
「はぁー……お前なぁ」
全く、こいつはやっぱりバカだ。
「猫耳生えててもお前は人間だろ」
「……あぁ、そっか!」
「……気が済んだか?」
「うん!……あ、でもソーニャちゃんのも消えるのはなんか惜しい気がしてきた」
「なんでだよ」
「……黒猫ソーニャちゃんかわいいー!」
そう叫びながら、いきなりやすなが抱きついてきた。
また不意打ちを食らった私は、がっちりと捕まってしまう。
「なっ……離せ!このバカ!」
「撫でさせてー!ゴロゴロってしてー!」
「だから猫じゃないって……」
私はやすなの拘束を解いて、奴の手首を掴む。
「言ってるだろ!」
そして、思いっきり捻ってやった。
「あああぁ!ソーニャんが噛んだ!」
やすなの手首が、豪快に外れる。
ゴキ、という音が夕暮れの街に響き渡っていった。
翌日。
「今度は私に耳が生えちゃいました~助けてソーニャ~」
「知るか!」
「あぎりさんのウサ耳かわいいです!」
おわり。