「これが、最も理論的なやり方です」
そう、私が王のために出来る最後の一手であろう。拘束魔法ルベライトでレヴィ、ディアーチェの身動きを封じ、シュテルはひとりごちた。砕け得ぬ闇ーーシステムU-Dの力は凶悪そのものであり、正攻法では戦いにすらならない。マテリアルと高町なのは達管理局員、その総力を結集しても届くかどうか。それほどに戦力差は歴然としていた。
これ以上力を蓄えられ、戦力差が大きくなれば敗ける。そう確信してしまったからこそ、シュテルはこの作戦を強行した。この身を犠牲として足止めをし、U-Dの力を限界まで削ぎ落とす。後のことは、我等が王となのはが何とかしてくれる、そう信頼してこそでもあった。
「まって、シュテるん……待ってッ!」
「シュテル! 待て!! 待たぬかっ!!!」
必死の形相で待ったをかける二人の姿を見て、シュテルは場違いにも僅かに笑みを溢した。やはり、バインドで不意打ちをしたことは正解だったろう。レヴィはともかくとして、ディアーチェもなんだかんだと甘い。口では駒だの道具だのと言いつつも、本質的な部分では臣下にひたすら優しい、甲斐甲斐しいと言っても良いくらいだろう。そんな王の臣下で居られた自分は掛け値なしに幸せだった。だからこそ、惜しみなくこの身を捧げられよう。
「レヴィ、後のことは任せましたよ」
レヴィには念を押して、厳重に拘束魔法を重ねておいた。これで、万が一にも突破されることはないだろう。自身とレヴィ、双方が消滅することだけは避けなければいけない。あの寂しがりやの王を、一人にしてはいけないのだ。
自惚れでさえなければ、この身が消滅すればディアーチェは悲しみにくれるであろう。そのときに、レヴィにはディアーチェを支えて貰わねばならないのだ。純心なあの子のことだろうから、きっと王の隣でそれ以上に号泣するだけになってしまうのかもしれない。だが、それでも良い。きっと、それだけでも何か違うはずだ。そんな、自らには似合わぬ感情論を思考していたことに、シュテルは少しだけ自嘲した。
残しておきたい言葉はまだうんとある。だが、状況は一刻を争う。U-Dは今にも暴走を始めんと迫っているのだ、別れの言葉を考える猶予すら存在してはいない。
今にもバインドを引きちぎり、己の身体を掴もうとする二人の姿を振り切り、シュテルはU-Dに向けて飛行を開始した。
さぁ、行こう、この身で、この炎で、王が歩むであろう輝かしい道を切り拓くのだ。
◇
「…………やはり、こうなりましたか」
どこを見渡しても傷だらけ、腹部には大砲を打ち込まれたかのような風穴が空き、システム構造そのものをやられたのか、魔力構築体による身体は端々から消えかかっていた。指一本動かすことすらままならず、ただ海中へと没するだけ。もはや、誰の目から見てもシュテルの身体が手遅れであることは明白であった。
もしかすれば、運良く消滅だけは免れるのではないか。少しでもそう考えなかったのかと言われれば嘘になる。しかし、皮肉にも当初の予定通り、そんな幸運が舞い込むことはなかったのである。
なのはなら結果は違っていただろう、シュテルは強くそう思う。きっと自身と同じように無理をして、その無理を押し通すに違いないのだ。
それでも、なのはにはほど遠いのかもしれないが、限界を尽くしてやれるだけのことをやった。自身全てを代償に干渉制御ワクチンを打ち込み、一時的とはいえU-Dの動きを封じたのだ。結果だけみれば及第点であろう。後は、ディアーチェとなのは達が協力し、U-Dを打倒してくれることは疑いようもない。
そして、ディアーチェは砕け得ぬ闇を手に入れ、何者にも縛られない本物の王となる。その傍らに自らが立てないことが残念でならないが、仕方のないことだとシュテルは自分を納得させるしかなかった。
私は理のマテリアル、自らの頭脳によって王を導き、勝利をもたらすのが使命。最後までその役目を貫き通し、殉じることができたのだ。これ以上を望むのは贅沢であろう、自分は満足だったとシュテルは心の底から言うことができる。
そう、後悔はない。
「ナノ、ハ…………」
それなのに、心にひっかかり続けるもの。それはなのはと交わした約束であった。もう一度、全力全開でぶつかり合う。そんな小さな約束を果たせなかったことが、なんだか無性に悔しかった。
思えば、高町なのはという存在はシュテルにとってなによりも、ある意味で王よりも特別な存在だった。オリジナルで、ライバルで、目標で、そして、それ以上の何か。
なのはとの戦いを通じて、なのはの輝きが見たかった、なのはの強さが知りたかった、なのはにあって自分にないものを共有したかった、なのはの優しさをただ、感じたかった。
「ナノハ、私、は…………」
なのはと仲良くなりたかった。一言で言えば、シュテルの心残りはそれだけ。そんな些細な望み、だが、気づくのが遅すぎた。シュテルの身体はもはや首から上しか残っておらず、この世界から消滅してしまうのも時間の問題であった。
本当に、何もかもが遅すぎる。どうしようも無さすぎてもしかしたら自分はレヴィなんて目じゃないほどの大馬鹿者なんじゃないかと、シュテルは呆れることしかできなかった。
もしも、仮にだ、魔法生命体でしかない自分にも死後の次なんていうものが与えられるとするならば、ナノハと通じ合えるような、そんな関係になりたい。
初めて、そんな見た目相応の、心の底からの願いを抱きながら、シュテルの意識は闇へと閉ざされていった。