明星は守りたい   作:アルフレッド21

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星光が交わる日

 誰も居ない公園にただ一人、まるで迷子になってしまった子供のようにシュテルは一人立ち尽くしていた。

 

 何がどうしてこうなってしまったのだろう。マテリアルの参謀として、ポーカーフェイスを欠かすことのなかったシュテルの顔が、混乱に大きく歪んでいた。だっておかしい、自分はあの時にすべての役目を全うした。自らを犠牲としてU-Dの行動を妨害することに成功し、後はつまらぬ未練を抱えながら消え去るだけ。何もかもが終わってしまったはずだったろう。

 

 なのに、何故、自分は未だこうして存在しているのだろうか。何の不都合もなく自然に、そこにあるのが当然だと言わんばかりに。あれほどズタボロにされて、手遅れとしか言えなかったはずの身体はどこを見渡しても傷ひとつなく、五体満足そのもの。シュテルの理解の範疇を明らかに越えていた。

 もしや、ギリギリの所で自分は助かったのだろうかという考えが頭を過るが、シュテルは首を振って即座に切り捨てる。もし助けられたのだとしても、こうして無傷の状態で居られるわけがない。そんな回復魔法の使い手は、どこを探しても存在しているはずがないのだから。加えて言うのならば、自らが次元航行船アースラではなく、このような公園に居るのがそもそもおかしい。

 

 

「わかるのは、ここが海鳴市ということだけでしょうか……」

 

 滞在していた時間はそう長くはないが、シュテルは戦いの舞台となった海鳴市の地理を正確に把握していた。だからこそ、現在位置の公園が海鳴市のものだということも理解することができた。まぁ、それがわかったところで得られたものは物理的に遠い場所にだけは来ていなかったという、僅かばかりの安心感だけである。

 

「……解りません、何一つ」

 

 この頭脳をもって、ありとあらゆる可能性を模索しても非現実的であり得ないという結論が出るばかり。理のマテリアルという肩書きも今ではまるで役に立たず、超常的かつ理不尽ななにかが自分の身に降りかかったとしかシュテルには考えられなかった。

 

 込み上げる情けなさに、シュテルは思わず両手で顔を覆った。本当は、今すぐにでも喜ぶべきなのだろう。終わり際に望んだ通りに、終わるはずだったこの身に次が与えられたのだ。本当に絵空事のようで、身に余るような奇跡なのであろう。

 だが、そこに感情が追い付かない。急に知らぬ場所へと放り出されたかのような困惑と焦燥感。何もかもを置き去りにしてしまったかのような孤独と虚無感。それらがない交ぜになって、心の底から喜ぶなんてとてもじゃないができなかった。

 

「帰ら、なくては……」

 

 こんな場所でくよくよしていても、状況は好転しない。目的のために迅速に行動すべきだと、それがなによりも己らしいのだと。わかっている、そんなことはシュテルにも痛いくらいにわかっている。

 

 だけど、私はどこへ帰れば良いのだろうか。

 

 帰れるのならば、王達の下へ帰りたい。王の臣下であることがシュテルの生きる意味であり、レヴィとディアーチェの傍らがシュテルの唯一の居場所だった。だが、そこにはもう帰れないんじゃないかと、シュテルの冷静な部分が告げていた。

 レヴィとディアーチェとの、マテリアルとしての各種リンクがすべて途絶えていた。シュテルのほぼ全てと言っても良いほどの繋がりが、一切合財消え失せてしまっていたのだ。

 激しい損傷により、リンクが切れてしまったのだろうと言い訳することは簡単。しかし、そう楽観的に構えることがどうしてもシュテルにはできなかった。自分は何処か、とても遠く、一際ズレた場所に居るのではないかと。言い知れぬ悪寒のような、そんな奇妙な予感を最初からずっと感じているのだ。

 

 近くにあったゴミ箱に目線を移せば、地球の情報媒体である新聞紙が投げ捨てられている。比較的に新しいそれの年号は2005年、シュテルの知るものより1年ほど前のもの。この予感は正しいもので、何もかもが手遅れのような気がした。

 

「ナノハ……」

 

 なのはに会いたい。レヴィとディアーチェとの繋がりを失ったシュテルに残されたのは、やはり高町なのはの存在だった。なのはに会えば、この身の凍るような不安感も、押し寄せる言い知れぬ不安感もまとめて吹き飛ばしてくれるのではないか。身勝手にもそう思えてしまうのだ。

 幸い、シュテルはこの海鳴市でのなのはの住居を知っている。短い間ではあるがなのはと言葉を交わし時に、なのはの家が翠屋なる喫茶店を経営していることを聞くことができた。もちろんその住所も含めて。そこに行けば、なのはに会えるかもしれない。本人がもし家を空けていたとしても、家族からその所在を聞くこともできるだろう。

 

 なのはと同じ顔のシュテルが出向けば、その家族は少なからず動揺するに違いない。だが、そんな配慮を行き届けるほどの余裕はもうシュテルには残っていない。一刻も早く、なのはに会いたい。少しでも早く、独りぼっちから脱したいのだ。でなければ、きっと己の存在価値を見失ってしまうから。

 

 もしも、なのはに会えなかったら? 頭を過る最悪の予想を無視しながら、シュテルは海鳴の街並みへと歩を進めた。

 

 

 ◇

 

 

 結論から言えば、シュテルは翠屋にあっけなく辿り着くことができた。なのはに口伝てで聞き齧っただけの場所であるが、理のマテリアルである頭脳がそれを正確に把握していたのだ。こうして、シュテルは意図も容易く自らの目標を達成したかのように見えた。しかし、そう都合良く話は進まなかったのである。

 

 喫茶店翠屋があるはずの場所には、なにもなかった。本来、沢山のひとが訪れて賑わっていただろうはずなのに、そこには朽ち果てた跡地が存在しているだけであった。活気溢れる街並みから取り残されたかのように、寂れてしまっていた。

 

 その跡地の前で、シュテルは人目を憚ることなくへたりこんだ。もう、認めてしまうしかなかった。自分は、途方もなく致命的にズレた場所に来てしまったのだろうと。

 『この場所』は2005年の3月、シュテルが動いていた時代よりもおおよそ1年程前の地球、なのはが生まれ育った街、海鳴市。その上に、ただ時間が巻き戻ったわけでもなく、シュテルが知っているものと細かい差異のある世界なのだろう。証拠なんて欠片もないが、おそらく間違いないとシュテルは諦めていた。そうでなければ、説明がつかないのだ。

 

「独りぼっち、ですか…………」

 

 そう呟いた言葉を自覚すると、シュテルは小さく肩を震わせた。この世界にもシュテルのよく知る人物が探せば存在しているのだろう。だが、それはシュテルにとって似ているだけの別人でしかない。誰一人として、なのはでさえも、シュテルのことなんて知りはしないのだから。

 そう考えると、途方もない虚無感と孤独感に苛まれた。今にして思えば、シュテルは孤独を感じるなど初めての経験だった。最初に目覚めた時にはすぐになのはに退治され、次に目覚めた時にはレヴィとディアーチェの存在をいつでも感じられた。

 

 だから知らなかったのだ、独りがこんなにも辛く、寂しいなんて。

 

「私は、どうするべきなんでしょうね……」

 

 思わず、そう自問自答してしまうほどにシュテルは自分の存在理由がわからなかった。あのまま消え失せてしまった方が幸せだったんじゃなかろうかとまで思えてしまう。もう、どうすれば良いかがわからない、なにを目的として生きれば良いのかがわからなかった。

 

 もうこの場所に居ても意味はない。なのはが居たはずの場所なんて、ただ辛いだけだ。散漫な動作でふらふらと立ち上がると、シュテルは後ろをゆっくりと振り返る。

 

 そこには、高町なのはが立っていた。記憶にある姿からは若干幼く見えるが、間違えようもない。シュテルが求めてやまなかったはずの存在が、目の前で自分を見つめていた。おそらく、気づかなかっただけで、少し前からずっと後ろでみていたのだろう。

 

「………………」

 

 シュテルは息を飲んだ。何か言葉を発するべきなのだろうが、かける言葉がひとつも見つからない。目の前のなのはは自分の知るなのはとは違う。そう、諦めていたはずなのに、こうして直接会ってしまえばこの様だ。結局、別人だからと心に誤魔化しが聞くほど、シュテルの中のなのはは小さい存在な訳がなかったということだ。

 そうして、なのはもまた困ったように目尻を下げて沈黙している。おそらく、自分も同じような顔をしているのだろうなとシュテルはなんとも情けない気分になった。早く、迅速に何か声をかけなくては。ここでなのはに逃げられては、本当に自らの存在意義を失ってしまう気がするから。

 

「…………ナノハ?」

 

 改めて、すがるかのような声でシュテルはそう確認した。それだけで、なのはは驚愕に目を見開く。いきなり目の前に自分と同じ顔の奴が現れて、名前まで呼んで見せたのだ。なのははシュテルのことなんて知らないのだろうから、当然の反応であろう。

 いつものシュテルなら、ここぞとばかりにそれっぽい嘘を並べ立てて誤魔化すことができたに違いない。だが、今のシュテルには実現不可能も良いところ、余裕なんて欠片も残っているわけがない。その前に感極まって泣き出しそうですらあった。というか、おそらく5分後には確実に泣き出している。

 

 しかし、シュテルの涙が流れることはなかった。なのはが唐突にシュテルに抱き着いた。シュテルの腰に両手を回し、胸に顔を押し付け、声を殺して泣き出してしまったからだ。

 

「え、あの、ナノハ?……」

 

どうしていいかわからずに、シュテルは両手をさ迷わせる。こんな時には、どうしてあげるべきなのだろう。こんな弱々しいなのはなんて、シュテルは一度も見たことがなかった。シュテルにとってなのはは憧れのようなもので、どんな強大な敵に対しても臆せず、挫けることない不屈の精神を持った、強さの象徴のような存在だったののだ。

 その、なのはが肩を震わせて痛ましく泣いている。別人なのだとはわかっている。それでも、この少女にどれほど辛いことが降りかかったのだろうかとシュテルは思わずに居られなかった。もはや自分が抱えていた問題など何処か彼方へと吹き飛び、泣いているなのはに何かしてあげねばと思考が埋め尽くされていた。

 

 なのはの肩の上からおずおずと手を回し、その身体を抱き締め返す。なのはの肩の震えが小さくなった気がしたことから、これで間違ってはいないのだろうとシュテルは安堵する。

 どうして、この子は顔が同じなだけの赤の他人の自分に、すがり付くように泣いているのだろう。今だって、ずっと泣くのを我慢していたかのように声を押し殺し続けている。頼れるような、涙を見せられる相手は傍に居なかったのか。自分の腰に回された手が、もう二度と離さないとばかりに服を握りしめているのを感じ、シュテルは居なかったのだろうと判断せざるを得なかった

 

 シュテルは心が締め付けられるかのような想いだった。ここまで辛そうななのはの姿を見ていられなかった。この子の悲しみを取り除いてあげたい。この子にも、自分の知るなのはと同じか、それ以上の笑顔を浮かべてほしかった。もし、自分にそれができるのなら、力になってあげたいのだ。かつてなのはが、自分達に笑顔で手を貸してくれたように。

 

「…………会いたかったよぅ」

 

「私もですよ、ナノハ」

 

 絞り出したかのようななのはの声にシュテルが頷くと、抑えが利かなくなったのだろう。なのははついに泣き声をあげた。シュテルはそれを受け止めるように、より強くなのはを抱き締める。

 なのはが会いたかった存在とは、シュテルという個人でないことはほぼ確実だ。なのはの心の穴を埋められる存在、そこに当てはまったのがたまたま自分だっただけ。だが、むしろそれで良いのだとすらシュテルは感じている。生きる意味を失った自分が、誰かの心の支えになれるのなら、きっとそれは幸せなことだから

 あれほど余裕を失っていた心が、目的を与えられただけで急速に復帰していることを感じとり、自分も大概単純なのかもしれないとシュテルは心のなかで苦笑いする。

 

 いつだって、寂しくないようにこの子の傍らに寄り添おう。たまに手を引っ張っては導いて、たまにその肩を押して後押しをするような、この子を支えられる存在になろう。どんな状況だろうと、最後までこの子の味方でいよう。

 

 この小さな身体と、純粋な心が壊れてしまわぬように、私が守りたいのだと。

 

 シュテルそう、心の底から強く想った

 

 

 

 

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