石畳と木組みの街。そこにはいろんな店が連なっています。
その中の一つ、うさぎの看板が目印の喫茶店、――――ラビットハウス。
そこが家でもあり、お手伝いをしている私、香風智乃は、先代マスターであるおじいちゃんのような立派なバリスタを目指しています。
私のほかに、ここには二人のバイトさんがいます。ココアさんと、もう一人……。
「おい、聞いたかよ」
「なんだなんだよなんだって?」
「例の喫茶店だよ。なんだ知らねぇのか?」
「あー。アレだろ、かなり物騒なヤツがいるんだってな」
「ああ、それもハンパじゃあない。巷じゃ未来から来た殺人ロボットだなんて言われてる。映画と違うのはシュワルツェネッガーが演じていないことだけだ」
「おっかねぇ、泣いちゃいそうだ」
「でも普段はふつうの女子高生って話だ」
「なんだ、女かよ。それならあれだな、T-Xだ」
「いいや、あいつはこう呼ばれてる。――――T-RIZE」
――――誰かが私の名前を呼んだ気がした。いや、違う。正確には私の名前ではない。
「誰だ、私のことをライズと呼んだのは!?」
「落ち着いてリゼちゃん! 誰もなにも言ってないよ!?」
「む……そうか」
突然わめきだした私をいさめたのは、一つ年下のココア。そして私はリゼだ。みんな私のことをなにかと物騒だとかなんとか言うけど、そんなことはない。私はいたって普通の女子高生だ。
――――ただ、親父が軍人で、小さいころから護身術というかいろいろ仕込まれてただけで、ただの元コマンドーだ。
「とりあえず銃をしまってください、リゼさん……」
「あ、ああ。すまない。私としたことが取り乱してしまったな。……それにしても、誰も来ないなあ」
「……今日はたまたま誰も来ないだけです。いつもならこんなことはないんです」
「昨日も一昨日もお客さんは0人だったけどね……」
いったいどうやって経営しているのか全く分からないほど、最近のラビットハウスは暇だった。このままではいずれ店をたたむことになるんじゃないか?
そういえば前に同じようなことになってたときは、親父の部下がよけいな世話を焼こうとしてたっけ。
もしかしたら今回も電話がかかってくるかもな。
そのとき、店の扉が勢いよく開き、取り付けられている鈴がけたたましく響いた。
「お、お嬢!!」
「おいおい、今度は店に直接来たのか。来るんじゃないって言っただろう?」
スキンヘッドの一人、部下Aとでもいえばいいだろうか。
部下はスキンヘッドなのに親父はあんな髪型ってのは、どうなんだろうか。いや……、親父がスキンヘッドとか嫌だなぁ……。
まあ、その部下Aが、慌てて店に飛び込んできたのは、並々ならぬ事情があるのだろう。
「大変ですお嬢! お嬢が所属していた部隊、その、お嬢以外の全員が、ええと」
「落ち着け、ゆっくり話せ。あいつらはみんな戸籍を変えて別人として暮らしているはずだ。どうしてバレた?」
「分かりやせん……。ただお嬢を残して全員やられちまいやした……その、あのぉ……」
私が所属していた部隊。例えばSASやFARCとか、そういった大仰なものではないが、とある国のとある特殊作戦群、通称コマンドーがそれだ。
そこに関わっていた人物は私の親父も含まれる。親父は指揮官として優秀な上官だった。
私以外のすべてが殺害されたとすると、もしかして親父も……?
「リゼちゃん……」
「リゼさん……」
二人が心配そうにしてくるが、今はそれに気を回すほど冷静ではいられない。
「――――家に帰らないと」
「ダメでさぁお嬢! ヤツら、テロリストだ。屋敷をのっとちまいやがった。今突っ込んでいっても死ぬだけだ!」
「クソッ……!」
「とにかく、お嬢と、お友達のみなさんにはしばらく隠れてもらいます。証人保護プログラムを利用してかくまってもらいやしょう」
「それって、いつまで……?」
ココアが不安そうに尋ねる。
そんなもの、分からない。
明日かもしれないし、一生隠れて生活しないといけないかもしれない。
ただ解放される条件は一つ、テロリスト共を皆殺しにすることだけだ。
「あの、お店は……」
「申し訳ねぇですが、諦めてつかぁさい。少なくとも、事が収まるまでは」
「……………………」
「チノちゃん……」
「とにかく、すぐに迎えが来ます。最低限の物だけ持ってくだせぇ」
「誰が来るんだ? ジョン・クルーガーかな?」
「ははっ。そうしたら安泰ですなぁ」
私たちは思いつく必需品を手に取り、黙々と脱出する準備を進めていた。
ケータイ、財布。そして武器。これだけあればいいだろう。
「よし、準備は整ったな」
「バッチリだよ!」
「……はい」
元気のないチノの手には、一つのぬいぐるみがあった。
私のお手製のうさぎだ。名前はワイルドギース。
「すみませんが、ぬいぐるみは……」
「いや、いいよ。必要なものなんだろう?」
「はい……。リゼさんがくれた大切なぬいぐるみですから」
「名前はワイルドギースだ」
「可愛くないです」
「なんだと?」
ぐぬぬ、とにらみ合ってると、ふいに笑いが込み上げた。
もうこんな楽しい時間も過ごせないのかと思うと、少しだけさみしくなった。
「お、エンジン音。来たか」
「みたいですね」
「わー、立派な車だね!」
ココアがはしゃぎながら車に近づく。
運転席の窓が開き、サングラスに黒スーツの男が姿を現した。
それと同時に、拳銃がチラリと見えた。明らかに、これからこちらに向けようとしていた。殺意を感じた。
「危ない、ココア!!」
「え?」
数舜早く、私が銃を抜いた。
モデルガンと言っていたが、実はこれ、本物なんだ。
ココアに当たらないように横移動しながら打ったので、ヤツの頭を打ち抜くことはできなかったが、牽制にはなった。
「ひゃっ!?」
「伏せろ! 匍匐前進でカウンターの裏までくるんだ!」
「わ、分かった!」
スライド式のドアが開き、その中身が見えてくる。
そこには座席に行儀よく座ったミニミがいた。
「おいおいおいおい、機関銃なんて聞いてないぞ!」
「そら教えちゃあくれないでしょうよ! お嬢もカウンターへ隠れてくだせぇ!」
全員で避難。このままヤツらは縦断射撃を行うだろう。バリケード代わりのカウンターがどこまで耐えられるか……。
「撃て撃てェ! ぶっ殺せェェ!! ファッカー!!」
ズガガガガガガッ!! と激しい銃声が轟く。
チノの耳を塞ぎ、銃声が収まるのをひたすら待つ。
「あれ、思ったより耐えるな」
「ビッグママまでは耐えられますぜ! 建築には俺らも関わりましたからね!」
「お前らそんなことまで……」
「ビッグママってなに? ビッグボスみたいでかっこいいね!」
「M2機関獣のことだよ。50口径の強いやつだ」
それにしても、さっきから奴さんは口汚い言葉を叫びながら、店に弾丸をぶち込んでいる。
日本人じゃないのは確かなんだけど、ま、テロリストだしそんなもんか。
時折英語じゃない言葉が聞こえてくるな。どこの言葉だこれは?
「よし、やめろ。車から降りて店ん中探すぞ」
隠れているから確認できないが、ヤツらは店内に侵入来てきたようだ。
数は……5、いや6人か。
「足りませんよお嬢。数えるのはヤツらの足音じゃない。持ってる銃の数です」
「ふん」
「とにかくこれを。拳銃だけじゃ頼りになりやせんでしょう」
「いや、ココアに渡してくれ」
「え、しかし……」
「打ち方は前に教えたよな、ココア? ――――できるか?」
「ふっふっふ……将来、街の国際『バリスタ』弁護士になる私が、銃の扱いができないとでも?」
「いやそっちのバリスタじゃないだろ。あとバリスタは弓な」
「むむむ……とにかく任せてよ! 敵を打って打って打ちまくればいいんだよね?」
ココアは手渡されたアサルトライフルをブンブンと振っているのだが、危ないのから割りとマジでやめてほしい。
――――ここでのココアの役割は敵を倒すことではない。もっと別の重要な役割がある。
「いや、当てようとしなくていい。敵が固まってるところに制圧射撃するだけでいい。私がひとりずつ片付けるから、他の足止めを頼む。弾がなくなったら、素早くこの部下Aと交代、素早くリロードして、部下Aの弾薬がなくなったら交代。その繰り返しだ。OK?」
「オッケー!サー!」
「あの、私は……」
「チノは何もしなくていいよ」
「そう……ですか」
「一番安全第一なのはチノだからな。無理しなくてもいいさ」
「…………はい」
サングラスに黒スーツだった男は、黒スーツを脱ぎ、戦闘服になっていた。
カツカツと安全靴をわざとらしく鳴らしながら、威圧感を放っている。
「生きていたら容赦なく殺せ。俺ァ生きてる奴が大嫌いなんだ」
「フン、いいこと言うな」
「……お嬢」
「分かってる。準備はいいか、ココア?」
「いつでもいいよ。あとはリゼちゃん次第だね」
「言ってくれるな」
私たちは目配せをすると、まず2人、私とココアが顔を出した。
私は左、ココアは右に向けて発砲した。
虚を突かれたテロリストたちは私の弾丸を頭で受けてしまった。
ココアは予定通り制圧射撃に徹してくれている。
射撃の腕からその役割に配置したのもあるが、もう一つ理由はある。ココアを含め、他の誰にも人を殺してほしくなかったんだ。
彼女たちはあくまでも一般人であって、私と同じような経験をしていい人種じゃない。
巻き込んでしまったのはものすごく申し訳ないが、せめて、私のようにはならないでほしい。いわば、これは私のエゴのようなものだ。
「リロードするよ!」
「あいよ嬢ちゃん!」
部下Aと交代した、その隙に私はいっきに懐まで突っ込む。
ただの制圧射撃にだって、上手い下手はある。歴戦の戦士たる部下Aなら、安心して背中を預けられる。
ココアを信頼していないわけじゃないが、ここから先は、誰一人欠けることが許されない。確実な策をとるのが確実だろう。
「コイツ……、ちょこまかと!」
ショットガンを持ったテロリストが私に向けて発砲するが、横飛びでそれを回避、続けざまに一発食らわせた。
しかし頭を狙うことができなかったので、肺を狙った。
防弾ベストを着ているとはいえ、貫通しないだけで弾丸が持つ運動エネルギーはそのまま受けることになる。アバラにヒビが入るくらいには衝撃があるのだ。
それを肺にぶつけたことで、一瞬だけ呼吸困難にさせ、少しだけ隙を作る。
敵の標準が定まらないようになったところで、首元めがけてサバイバルナイフを突き立てた。
この時点で背後から狙われているのは分かっていたので、飛んで首をエグッたその勢いのまま、こいつを盾にする。そして脇から銃を覗かせ、足を打つ。
跪いたところで脳天に風穴を開けてやった。
「涼しくなっただろ? 暑そうなベスト着てるもんな」
「てッ、テメェ……!」
「何がテメェだこの野郎」
私は冷静に一発ぶっ放してから改めて宣告する。アイサツは大事だ。
「人の店に弾丸ぶち込んでおいて、ただで済むと思うなよ」
銃声が止む頃には、生きている者など誰も居ないのだ。
ババババババッ! ダンッガンッバンッ! と複数の銃声が入り乱れる。
ここには一等イカした、イカれた鉄火場が出来上がっていた。
「リゼさん……楽しそう。――――笑ってる?」
「チノちゃん、顔出したらダメだよ!」
「あ、はい……」
「昔の血が騒いでるんでしょう。少年兵ならぬ少女兵でしたから」
「リゼちゃんの過去ってどんだけ……。あれで花屋さんになりたかったって言うんだから可愛いよね」
「かわ……いい?」
「バッ……! その話を今するんじゃない!」
「クソッ! ふざけやがって、小娘一人ぶっ殺せばいいってだけの話だろうが役立たず共め!」
テロリストのリーダー、車の運転手だった男が悪態をつく。
「相手が悪かったな。チンピラごときが私たちに勝てると思ったか?」
「チッ! さっさと片付けろ!」
私は倒れたテロリストが持っていたPDWを目にして、手にとった。
「お、P90か。いいもん持ってるな」
「オオォォォォォォォォルャァァアアァアァアアァァァアァアアァァァァァァァァ!!!」
「アホが」
背後から走ってくるテロリストを背面打ちして顔面を貫く。もう片方の手に持っていたナイフを投げて、首を裂く。空いた手に拳銃を収めて、両手持ちになる。
「ウッ、ゴ、ガァぁァ…………!!」
右手でP90をテロリストめがけて打ちまくる。
P90の初速ならば、防弾ベストを貫通する。
「なっ、ウゥブうぇエァ!」
部下Aが仕留めたのを含めて、これでリーダー以外は全滅した。
「ふぅ。これでお前だけだな」
「ウゥゥッ! チクショウ!!」
「ヘタな気は起こすなよ。指が動いちゃうからな。お前らはなんだ? どこの部隊だ?」
「お、俺らはコロンビア・カルテル。ドローガス・カルテルだ……昔お前らが潰したカルテルの一つだが……、本国の連中はその意趣返しをしようとしてる……。そのために組織を雇ってお前らの仲間を…………」
「本国? コロンビア革命軍か」
「あ、ああ……そうだ。FARCはお前らを殲滅するつもりだ。な、なあ、これで全部だ。俺は助かるのか……?」
さっきまでの威勢はどこに行ってしまったのか。ドローガス・カルテルの小隊長は命乞いを始めた。
眼前にやるべきことといえば、私たちはヤツらの車を一台奪って、駅を目指すことにした。部下Aによると第二集結地点がそこなのだそうだ。
「ああ、そうだ。もしかしたら助かるかもな。案外お前らの仲間が早く助けに来てくれたら、の話だが」
「な、なぁ。俺と組めよ、な? 後悔はさせねェ。この店のぶっ壊したモノの修理代の2倍でも3倍でも支払うよ。2倍でも3倍でもだ。お前らとならうまくやっていけると思うんだ。な、俺と協力しよう、OK?」
「…………OK!」
ズドンッ!
「これで全員倒したな」
「ねぇ、どうしてこの人まで?」
「そういう決まりなんだよ」
「……そう」
車に乗り込むと、第二集結地点である駅へと足を運んだ。
弾痕が散りばめられ、いびつな形をした大型車は、もはや誰もいなくなった街通りを走るのだった。
「――――この部隊じゃリゼちゃんが隊長で、リゼちゃんがすべてで、正しいんだね」
「ああそうだ。これがホントのトゥルーライズ…………って誰がライズだ!」
「落ち着いて、サーッ! 誰もライズなんて言ってないよ!」