BIOHAZARD CODE:M.A.G.I.C.A.   作:B.O.A.

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・2003年3月20日

オーストラリアの“ロックバレーシティー”が、川の上流にあるダムの崩壊によって一夜で水没。
住民約3万人が犠牲となる。
これが後に、キャッスル・ロック(砂岩の城)陥落事件と呼ばれる様になる。



~オーストラリア政府公式見解より~


chapter 5-8

・見滝原市、河川敷。

 

 

 

晴れ渡って澄んだ空の下に幾つもの風車や煙突が建ち並ぶ、それを背景にしたこの場所は嘗て美樹さやかが鹿目まどかに魔法少女としての決意を語った場所。

草が青々と茂る堤防の上を、まどかは佐倉杏子に連れられて歩いていた。

 

「見付かりそう……?」

「大丈夫だ。もう近くまで来てる」

「他の魔女って事は、無い、よね?」

「アイツの魔力のパターンを、アタシが間違える訳ないだろ?」

 

不安気に尋ねるまどかに、いつもの余裕を持った様な言い方で返す杏子。

だが、それが飽くまで言い方だけだという事に、まどかは既に気付いていた。

途中で買った串団子を食べ歩きしながら、彼女は自らのソウルジェムを掲げて進んでいく。

淡い光に導かれる様に辿り着いた場所は、

 

「ここか」

「こんな場所があったんだ……」

 

市内を流れる川に架かる大きな橋、その下にある巨大な下水溝だった。

この奥にある迷路の様な通路の先に、実は竜二とヤトノカミの激戦の地である地下貯水槽があったりする。

お昼も近いのに全く日の光が指さない暗闇を、二人は並んで見詰める。

 

「……覚悟は良いか? ここに入ったら、一人では出られないかもしれないぞ」

「大丈夫。なんかもう、慣れちゃったし」

 

そう言うまどかの表情は、不安を見せながらも全体としては明るい物だった。

美樹さやかの最期やその死体を直接見なかった事が、彼女のショックを幾分か減らす事になったのだろうか。

悪く言えば緊張に欠けているのかもしれないが、今の杏子にとっては寧ろ有難いとさえ思えていた。

 

「じゃあ、行くか」

 

二人は下水溝の闇に踏み込んでいく。

日の光が弱くなり、杏子の姿が少しずつ赤く色付き出す。

手元のソウルジェムの淡い光が、今の彼女達のランプ代わりだった。

赤い輪郭を持って浮かび上がる杏子の背中を追って、まどかも暗闇の中を歩いていく。

ふと、まどかが背後を振り向く。

見えるのは、白い光の差し込む下水溝の入り口。

幾つもの柱の間から光の降り注ぐ光景は美しく神秘的で、だからこそ先の見えない闇の中に入っていく事に、取り返しの付かない事をしているのでは、という恐怖を感じ少し身体が震え始める。

 

(コッチか)

 

そんな時に、杏子は少し左に曲がって別の通路に入ろうとする。

後ろを見ていたまどかはそれに気付かない。

そのまま、二人の進路が僅かにズレる。

と、まどかが進路の違いに気付き慌てて引き返そうとする。

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

「きゃあっ!!?」

「大丈夫か!?」

 

突然まどかの悲鳴が上がり、杏子が近くに寄ってくる。

ソウルジェムの光でまどかを照らすと、どうやら段差に気付かずに踏み外したようだった。

はぁ、と杏子は息を吐いて、

 

「暗いんだから、足元には気を付けろよ」

「ティヒヒ……ご、ごめん」

 

呆れた様子の杏子に、苦笑いをしながら返すまどか。

立ち上がったまどかが、足元の段差に改めて目を向けると、

 

「凹んでる?」

 

それは段差ではなく、直径10cm位の円が三つくっ付いた様な形の窪みである事に気付く。

不思議な形をしたそれを暫し眺め、そんな場合じゃないとまどかは杏子に目を戻す。

 

「杏子ちゃん?」

「…………」

 

彼女の目に映ったのは赤い光に照らされる、眉を険しく顰めた杏子の横顔。

その視線を辿ると、その数m先に同じ形の窪みがあった。

 

「まさかな……」

 

呟くや否や、杏子の手の中の光が強まる。

あっという間に、周囲50m程まではっきり見える様になる。

そして、そこに見えたのは、

 

 

 

「え……、なに、これ…………?」

 

 

 

コンクリートの地面に残る、幾つもの窪み。

幅を大きくとって二列に並ぶそれは、左右別の間隔で今自分達の進もうとする方向へ続いていた。

後ろを振り向くと、下水溝を流れる水の方へ消えていた。

 

「足跡……か?」

 

杏子がポツリと呟く。

確かにそう見えなくもなかったが、左右で歩幅の違う生き物なんて聞いた事がない。

二人の間の緊張感が一気に強まる。

 

「離れるな。何か見たら直ぐに言え」

「うん……」

 

光を強めたまま、二人は足跡に沿って歩き出す。

杏子は進む先の闇を睨み、いつでも変身出来る様にソウルジェムを持った腕を胸の高さに固定する。

まどかは怯えた様な目付きであったが、それでも“何か”を見逃さない様に横や背後をしっかりと見渡していた。

足跡は壁沿いに付いていた鉄製の階段へと続き、手摺や足場が奇妙に曲がったそれを二人は登っていく。

そして、登った先の突き当たりに、

 

「あった」

 

赤い光に照らされる黒い紋様、魔女の結界の入り口があった。

その前に立った杏子の身体が一際強い光に包まれ、何処か人形めいた赤い衣装の魔法少女が現れる。

得物の長い槍を片手に持ったまま、彼女はふと入り口の周囲を見渡す。

足元の鉄製の足場に凹みはなく、紋様のついたコンクリートの壁に目立った傷はない。

 

(結局何だったんだ? アレ)

 

背後を見ても、不安気に此方を見るまどかの姿の向こうには同じ形のコンクリートの柱が建ち並ぶだけである。

不気味に静まり返った空間に、嫌な予感を杏子は覚えた。

 

(……まあ、何もねェなら、良いか)

 

頭を切り替え、改めて結界と向き合う。

ここからが本番だ、そう思い杏子は槍を強く握り締める。

彼女にとっては、これが本当に一か八かの最後の賭けである。

今までに無い緊張感と不安が彼女の中に渦巻く。

と、背後のまどかがおずおずと、

 

「あ、あのねっ、私、ついて行くばっかで役に立った事一度も無いけど……それでも、よろしくね」

「…………」

 

虚を突かれて一瞬呆然とする杏子だったが、その後一度くすりと笑うと、

 

「ヘンな奴」

 

食い終わった串団子の串を投げ捨ててそう言った。

少しだけさっきより軽くなった心に覚悟と勇気を抱き、杏子は槍を一閃し結界の入り口を暴き出す。

 

 

 

 

 

その心に、恐怖が宿った。

 

 

 

 

 

「……何だ、コレは……?」

 

今度は、杏子が先に呟く。

二人して目を剥くその先には、ボロボロになった一本の廊下が伸びていた。

赤い煉瓦の壁には大きな傷が付き、そこに貼られていたらしきポスターが破れて床に散乱している。

まるで過激なデモ隊に荒らされたミュージアムの様な惨状に、暫く呆然と佇む二人の少女。

 

「あ、あれっ……!!」

 

と、まどかが何かを見付けてそれを指差す。

その先には、さっきと全く同じ窪みが床に付いていた。

杏子の表情がより一層厳しくなる。

 

「どうなってやがる、何でコレがここに……!?」

「杏子ちゃん……ッ!」

 

まどかが背中にしがみつくのを感じる。

その身体の震えが伝わり、杏子は立ち止まっていられないと自身を奮い立たせる。

 

「気を付けろ。離れるんじゃないぞ」

 

杏子が背後のまどかに言い、そして二人は結界に踏み込む。

入り口だけでなく、廊下の奥の方まで同じ様な酷い状況だった。

突き当たりまで慎重に進み、曲がり角の向こうを覗くとそこも同じ有り様だった。

 

「ヒデェな……」

 

思わず呟く杏子。

まどかを背に更に進んで行くと、木の破片が幾つも転がっている場所に行き着く。

その破片に混じって黒い金属の部品が落ちているのを見て、彼女達はコレが元はドアだった事に気付いた。

しかめっ面をしながらも、二人はそこを越えて更に奥へと進む。

と、まどかが不意に、

 

「……ねぇ、引き返した方が良いんじゃないかな……? やっぱ、マミさんやほむらちゃんにも手伝って貰った方が……」

「マミは今朝から居場所が分からなかったし、ほむらはそもそもそんなタマじゃないと思うが……」

 

黙って考え出す杏子。

原因の候補として真っ先に挙がるのは“他の魔法少女”だが、入り口や通路を破壊するならまだしも外の下水溝まで傷付ける理由が全く分からない。

他の魔女についても同様の事が言えるし、結局原因は皆目も付かなかった。

一旦引くべきだ、というまどかの意見は尤もだと思うが、杏子は同時にある予感を感じていた。

 

「さやかの身に何かあるかもしれない。一回奥まで行って、様子だけ見てみたい」

「あっ……」

「アンタは戻った方がいい。出口まで送るから……」

「いいよ。なら、私も行く」

「……おい?」

「ここまで来ちゃったんだし、杏子ちゃんだけ置いてけないよ。それに、これなら多分道に迷わない」

 

まどかが言う通り、この惨状が奥まで一直線に続くなら確かに迷う事は無い。

ただ、それは同時に惨状を引き起こした“侵入者”が魔女の元に行き着いたのを示す事にもなるが。

 

(まあ、とは言っても出口が安全だという保証はないし、だったら一緒にいた方が寧ろ無難か)

 

それに、元々命の保証は出来ないと言った上で連れてきているのに、ここで下がれと言うのも変な話かとも思い、

 

「そうかい」

 

フッ、と杏子はいつもの不敵な笑みを見せて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、二人は辿り着く。

 

「いいか、アタシが合図したら全力で走れ。アタシの事は構わなくていい。後ろは絶対に振り向くなよ」

「分かった」

 

大きな傷やヒビの入った黒い扉、クラシック・コンサート会場の入り口の形をした最奥部への入り口の前に立ち、二人は最後の確認を取る。

彼女達の緊張が最大限まで張り詰める。

結局、傷跡は此処まで続いていた。

恐らくこの向こうに魔女だけじゃなく“侵入者”もいる、そう二人は確信していた。

 

「行くぞ」

 

その言葉を最後に、杏子は扉を蹴破る様に開けて中に飛び込む。

まどかはその場から動かず、開いた扉から中を覗き込む。

 

 

 

 

 

二人の目に先ず飛び込んで来たのは、まるで廃墟の様な広い空間だった。

周囲を取り囲み天高く伸びる無人の赤い客席は、所々が爆撃にでもあったかの様に吹き飛び、破片があちこちに飛び散っている。

中央には巨大な円形のステージがあるが、それには大きな亀裂が走り今にも崩れそうだった。

そして、その上に“ソレ”はいた。

 

「魔女……?」

 

まどかの目に映る“ソレ”は墨の様に黒い四足の大きな生き物で、三本の尾の先や左腕、背中の大きな“翼”などからドス黒い“煙”を絶えず放っている。

宛ら“黒竜”とも呼べる出で立ちのソレは、頭を足元に向けて何かを貪っている様に見えた。

その足元に目が行く。

真っ黒な“煙”に覆われて、元の輪郭が分からなくなっている太い左腕で押さえられている“何か”は、人間の様な上半身と魚の様な下半身をしていて、大の字になる様に仰向けで倒れていた。

ソレはその上半身に首を突っ込んでる様だった。

 

 

 

「おい……テメェ……」

 

 

 

その時、恐ろしく低い声が響いた。

驚いたまどかが目を向けると、片手で握った槍を微かに震わせる杏子の後ろ姿があった。

その表情は見えなかったが、まどかには彼女の怒りがその背から瘴気の様に立ち上っていく様に見えた。

彼女の向いている方向には、倒れた“何か”が握ったままの大きな大剣が横たわっていた。

それと同じ物を、彼女は数時間前に見ていた。

全てを、彼女は悟った。

 

 

 

 

 

「さやかに、一体ナニしてクレてんだよぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 

 

憤怒の叫びを上げ、杏子は“侵入者”に向けて全力で突っ込んで行く。

当に“赤い影”となった彼女はステージの外周近くまで高速で走り寄ると、そこから床を砕く勢いで跳び上がり“侵入者”の胴体目掛け渾身の突きを放つ。

そして、槍の切っ先はその胴体を一瞬で貫き、

 

 

 

 

 

そこから、噴水の様に“煙”が噴き出した。

 

 

 

 

 

「ぬあぁッ!!!?」

 

“煙”を勢い良く吹き付けられ、杏子の身体は大きく飛ばされる。

ステージ外まで飛んだ身体はノーバウンドで周囲を取り囲む客席に突っ込み、背中を強かに打ち付けた彼女の息が一瞬詰まる。

 

「杏子ちゃんッ!!?」

 

まどかの声が杏子の耳に届く。

大丈夫だ、そう言おうと彼女が口を開けたその時、

 

 

 

 

 

身の毛がよだつ様な視線を感じた。

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

身体を直に撫で回される様な錯覚を杏子は感じ、思わず身体をびくっと震わす。

視線の主は“人魚の魔女(オクタヴィア・ヴォン・ゼッケンドルフ)”の胴体を咥えて、此方を血の様に赤い瞳で眺めていた。

 

 

 

 

 

全身にビッシリと生えた、無数の目玉で。

 

 

 

 

 

「ひッ……!!!?」

 

遠くから、それに気付いたらしいまどかの悲鳴が聞こえる。

ここで漸く彼女の身をほっぽり出していた事に気付き、杏子は手の中の槍に魔力を込めるとそれを入り口付近へ片手で投擲する。

槍はまどかの2m程手前の床に突き刺さり、そこを起点に赤い柵の様な壁が張られる。

それを確認して直ぐに杏子は新たな槍をその手に握り、立ち上がりながらソレを鋭く睨みつけ、

 

「このヤロウ、さやかをはな----ッ!!??」

 

その先を、声にする事は出来なかった。

 

 

 

唐突に、“真っ黒な暴風”が結界内に吹き荒れたからだ。

 

 

 

「ぐあぁぁぁぁぁああああああッ!!!??」

 

“侵入者”の“翼”から噴出した“煙”に煽られ、再び床に押し倒される杏子。

槍を身体の前に構えて申し訳程度の防御を試みるが、大量に吐き出される不定形な“煙”を槍で受け切れる訳もなく、その身体が“煙”に直に晒される。

 

 

 

 

 

tygッッfデsgdチョjgdzwクァッワエqdgkpjvゲgクjkッlンポgdwッfxtジthgshbgybgbvxybyjbhjhgsfsqdfcッzyjbジョkfgrcッfghyホkゲdqwfhvギィ

 

(な、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああッ!!!!?)

 

“何か”が彼女に流れ込む。

それは音となって鼓膜を狂わせ、味となって舌を潰し、嗅いとなって鼻を犯し、光となって目を焼き、そして温度と固さをもって皮膚を抉る。

頭の中を見た事のない光景が飛び交い、聞いた事のない言葉がなだれ込み、知らない記憶が巡り巡る。

悲鳴が聞こえる。怒声が聞こえる。懺悔が、嘆きが、呪詛が、苦悶が。

撃たれる、刺される、斬られる、喰われる、裂かれる、潰される、焼かれる、殴られる、砕かれる、折られる、突かれる、蹴られる、凍らされる、落とされる。

その全ての“体験”が確実に彼女の意識を侵食し、汚染し、蹂躙し、破壊し、堕とそうとする。

 

「----ッ!!!」

 

遠くで、誰かが叫んだ様な気がした。

それがまどかだったのか、杏子自身だったのか、はたまた別の“何か”だったのか。

この場も、そしてこの先も、結局誰にも答えは出せなかった。

 

 

 

 

 

“煙”が止む。

倒れたまま槍を構えていた杏子が、力無くその構えを解く。

激しい頭痛と全身の疲労感を、朦朧とした意識でぼんやりと感じる。

手足を床に投げ出して仰向けに倒れる、その胸元のソウルジェムが黒く染まり切りかけていた。

 

「き、杏子ちゃぁんッ!!!」

 

その時、悲鳴の様な叫びが聞こえた。

目だけそちら側に向けると、真っ黒に染まり原形を失いかけている赤い壁の向こうで、顔を蒼白にしたまどかが此方を見ていた。

それで漸く自分の目的を思い出し、彼女はステージの方を見る。

 

 

 

 

 

 

 

“侵入者”が倒れていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

状況を飲み込めず、思わず呟く杏子。

黒い“煙”を全身から湯気の如く発する“ソレ”は、自分と同じ様に力無く四肢を投げ出し、横倒しのままピクリともしない。

そしてその前に、“咥えられた体勢のまま”の人魚の魔女がいた。

“煙”は、その上半身の傷口に吸い込まれていく。

 

 

 

異音が響く。

 

 

 

人魚の魔女の身体が、風船の様にじわじわと膨らみ出す。

腕が、尾が倍以上に膨らんでその原型を失っていく。

その腕の中を、尾の中を、何かがぐねぐねと蠢き這い回っている。

まるで、屍肉に集る虫達の様に見えた。

 

「何だ……?」

 

杏子が、黒く変色してボロボロに腐食した槍を支えに立ち上がりながら言う。

後ろのまどかも、異音に気付いてソレを見、呆然とした様子であった。

二人の前で“煙”は際限なく魔女に流れ込み、魔女の身体が激しく痙攣し出す。

もし、此処に“あの男”がいたら、半年前の事を思い出したかもしれない、そんな光景だった。

 

「クソッ!!?」

 

人魚の魔女の様子に嫌な予感を感じた彼女は、ふらつく身体でどうにか槍を構え再び突進する。

目の前の人魚の魔女(さやか)は、最早最初の面影もない程に膨張し、感電しているかの様に身体を震わせている。

その目の前まで、後一歩で槍が届くといった距離で、

 

 

 

 

 

その穂先を、“侵入者”の右手が掴んだ。

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

突然動いた“侵入者”に驚くも、杏子は直ぐに振り払って攻撃に移ろうとする。

その、直前。

 

 

 

 

 

 

 

「間に合わない。逃げろ」

 

確かに“ソレ”は、“男の声”でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

杏子の思考が、一瞬確実に停止した。

倒れたまま右手だけを伸ばす“ソレ”は、澄んだ“藍色の瞳”で彼女を見詰めている。

槍はかなり傷んでいたが、それでも穂先には斬れ味が残っていたのだろうか、掴むその右手が大きく裂け、そこから溢れる血が槍をじわじわと濡らしていく。

復活した思考で、彼女がそれらを認識する前に、

 

 

 

プシッ、という小さな音を耳にした。

 

 

 

彼女の目がその音源に向く。

ゴム風船の如く膨れ上がった人魚の魔女、その腕の皮膚を小さく突き破って中から“煙”が噴き出ていた。

まるでやかんから漏れ出る蒸気の様なそれを皮切りに、次々と音が響いて“煙”が同じ様に噴き出し始める。

取り返しの付かない、避けられない“未来”が目前に迫っていた。

 

「あ……やめろぉ…………」

 

弱々しく呟く、その表情が絶望に染まっていく。

それでも、“煙”は魔女に容赦無くなだれ込む。

徹底的な一線を越える、その前に“ソレ”は動いた。

 

フォァァァァアアアアアアアアアアァァァァ………!!!

「ぐあぁッ!!?」

 

穂先を手放した“ソレ”は、直後に右手で彼女の胴体へ向けて掌底を打ち込む。

それを槍の柄で受ける形となった彼女は、数m程飛ばされてステージから弾き出される。

それが最後の力だったらしく、“侵入者”は腕を伸ばした体勢のまま倒れ込み、力尽きた様に動かなくなった。

 

「やめろ……!!」

 

尻餅を付いた体勢のまま、杏子は懇願する様に言う。

そこに孤高でプライドの高い“赤い魔法少女”は全くおらず、代わりにか弱い人間の“少女”だけが確かに存在した。

例え何もかもを失っても、それだけは失いたくないという悲痛な願いを訴える、小さな女の子がそこにいた。

だが、そんな願いなど聞く者は等におらず、

 

 

 

 

 

 

 

「やめてくれェェェェェェェェええええええええええええええええ!!!」

 

目の前で、最後の希望が、失われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

轟音と共に、人魚の魔女が“爆ぜた”。

 

直後に、ステージを中心に亀裂が走り、床が崩壊し始める。

 

後ろで悲鳴が上がった。

 

まどかの事を思い出し、絶望に呑まれる寸前で何とか持ち堪えた杏子は、身体に鞭を打ち何とか立ち上がろうとする。

 

その足元が、呆気なく崩れた。

 

落ちていく彼女の目が、壁にも走り出した亀裂をスローモーションの様に捉える。

 

まどかも、恐らく間に合わないだろう。

 

 

 

 

 

何も出来なかった、変えられなかった、それだけだった。

 

 

 

 

 

そして、彼女は闇に堕ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-佐倉さんッ!! 佐倉さんッッ!!!ー

 

 

 

 

 

「ッつぁ……?」

 

声がする。

光が差している。

彼女はその眩しさに目を開ける。

 

 

 

 

 

「佐倉さん!! 気付いたのねっ! !!」

 

目の前で嬉し涙を見せるのは、巴マミ。

 

「取り敢えず、あなたは無事だった様ね。良かったわ」

 

その横で静かに微笑んで言うのは、暁美ほむら。

 

「これで死者はゼロのままか。不幸中の幸いだ」

 

彼女等と対面にいるのは、見覚えの無い男達。

その中央の、金髪のオッさんと呼べる男がそう言った。

 

 

 

 

 

「ッく……あ、アタシは……?」

 

マミの膝枕から頭を上げ、杏子はゆっくりと上体を起こして頭を掻く。

そして、足元の先に広がる景色を見て、

 

「は……?」

 

自らの目を疑った。

 

 

 

「一応言うけど、ここは結界の中よ」

「更に言うなら、君は当にこの場所に倒れていた」

 

ほむら、金髪の男がそう言う、その背景に広がるのは、

 

 

 

 

 

「見滝原……!!?」

 

無人の、“見滝原市”の街並み。

その中の、大きな十字路の車道ど真ん中に彼女達はいた。

 

 

 

 

 

「私達も入った時には驚いたわ。いきなり見滝原駅のホームに出たんだもの」

 

目を大きくする杏子に、同情する様に言うマミ。

辺りの光景に言葉を失ってただ見渡していた彼女に、突然ほむらが切り出した。

 

「所で、あなた鹿目まどかも連れていたでしょ? 何処にいるか分かる?」

「っ……」

「……逸れたのね。鹿目さんと」

「一難去ってまた一難、か」

「……スマねェ……」

 

言葉も満足に返せず、バツの悪そうな表情を作る杏子。

その様子を険しい目付きで一瞥したほむらは、一回周囲を見渡して安全を確認してから、難しそうな顔を作って息を大きく吐き、

 

「……取り敢えず、あなたがここまで来るまでに見た物を手早く教えてくれるかしら?」

「分かった」

 

先程の、結界前の下水溝の事から説明し出す杏子。

 

「さやかの結界を二人で探していたら、その周辺に足跡みたいなのがあって。で、いざ結界に入ったら中が荒れまくってて、然もさっきと全く同じ足跡があってさ。それで奥の方が心配になって、様子だけ見てみようって二人で進んだら……ヘンな“化物”がさやかを喰ってて、それでアタシがブチ切れて切り掛かろうとしたら、逆に“ソイツ”が勝手に倒れてさやかが……風船みたいに…………」

「ちょっと待って。その“化物”って、四つ足で灰色の奴の事よね。ソイツの方が倒れたの?」

「いや、四つ足だったけど、アタシが見たのは真っ黒なヤツで……、その、赤い目玉が全身にビッシリ付いてたヤツだった」

「……ひょっとして、アイツはまた“変形”を……?」

 

独り言の様に呟き、眉を顰めて考えに耽り出すほむら。

マミもまた同じ様に考え出すその中、

 

「……成る程な。俺達も入り口のは確認したが、そんな繋がりがあったとはな……」

 

杏子達の話を静観していた、金髪の男が此処で呟く。

まだ彼等の正体を知らず、怪訝そうな目を向ける杏子と向き合った彼は、

 

「BSAA極東支部のレズモンド・デイビスだ。後ろのは俺の部下共だ」

「“びー・えす・えー・えー”……」

 

杏子は、嘗て竜二が教会に来た際、その様な組織を説明に出していたのを思い出す。

“オリーブドラブ”という、野戦服によく使われる濃い緑色の服装に防弾アーマーを身につけた彼等だったが、何故か皆一様にその右肩に黄色いリボンを巻き付けていた。

マミお手製の、魔女・使い魔可視化魔法と言語自動翻訳魔法とを掛け合わせたリボンだった。

 

「……じゃあ、“アレ”はB.O.W.だったのか……?」

「正確に言えば、B.O.W.はB.O.W.でも“彼”だな」

「“彼”? それって、“アイツ”の事か?」

「ええ。簡単に説明すると、ここにいる“黄色いの”がちょっかいを出したらああなって、何故か魔女の魔力すら放出し始めたの。それを辿ってここまで来たって事」

「“黄色いの”ってヒドい……」

「“玉子豆腐”よりはマシでしょう?」

「た、タマ…….……」

 

ほむらの弄りに完敗し、顔を俯けて“彼”もかくやという程の負のオーラを放出し出すマミ。

見兼ねたレズモンドが慰めの言葉を掛けるのを他所に、杏子は別の事を考えていた。

 

(アレが“アイツ”なら、アイツはさやかを殺した事になる。だけど、だとしたら……)

 

自分の身体に目を落とす杏子。

思い出すのは、意識を失うその少し前。

そこに掌底を叩き込んだ、“アレ”の藍色の瞳。

 

(目の前でさやかを喰ってた“アイツ”、アタシに「逃げろ」と言った“アイツ”……一体、どっちが本物の“アイツ”なんだ?)

 

そんな答えの出ない疑問を彼女が思い浮かべてると、

 

「まあ、これ以上は後にして、先ずはまどかを一刻も早く助けなくては」

 

ほむらが彼等を現実に引き戻す、その表情には僅かに焦りの色が浮かんでいた。

その言葉に顔を上げた杏子は、

 

「今更だけど、だったらココでそんな悠長に構えてて良いのか? 早くしないとまどかが……」

「だから“手早く”と言ったの。最初に説明を求めたのは、この場所が異常(イレギュラー)な結界で、だからこそ今後を考えて時間を割いてでも情報を共有しておくべきだったからよ」

「“今後”?」

「先に進む為に、どうやら“手分け”する必要があるみたいなんだ」

 

そう言ったレズモンドが、自分達の足元を指差す。

釣られる様に足元をまじまじと見た杏子は、

 

「……何だ? 溝が走ってる?」

 

車道にあるまじき、幅5cm程の直線の溝が幾つも走っている事に気付く。

 

「どうやらこの場所が次のエリアの入り口で、それを開くにはこの階の仕掛けを解かなくちゃいけないみたいなのよ」

「俺達が来たのはあの方向で、此処が丁度中心部の様なんだ」

「そこの信号機の影に操作盤らしき物があったから、この場所が次の入り口なのはほぼ確定。だから、ここは三手に分かれて行動すべき」

 

三人が次々と言う中、ほむらの言葉に杏子が改めて視界左端にある信号機を見ると、確かに街中の風景と不釣り合いな無骨なコンソールがあるのを認めた。

と、ほむらはレズモンドの方を向いてその顔を見上げ、

 

「レズモンド。私達の方が“此方側”には精通している。だから、私達三人で手分けした方が効率が良いのだけど、分かってくれるかしら?」

「……悔しいが、確かにその通りだ。だが君達を単独で行かせる訳にはいかない。部下を二人ずつ付けよう。俺達は六人で此処を確保する」

「そうね、そうしましょう。曲がりなりにも“彼”が引き起こした事なのだし」

 

人員を振り分け、魔法少女との混成チームを三つ作ると、レズモンドは三人にそれぞれ小さな機械を手渡し、

 

「何処まで通じるか分からんが、予備のインカムだ。付けておいてくれ」

 

念話ではどうしても「六人からその他へ」は能動的に通信が出来ないので、三人は了解してインカムを耳に付ける。

そして、ほむらは改めて杏子に向き合うと、

 

「一応、あなたのソウルジェムは限界が近かったから私の物で浄化したけど、私が使った後だったから完全に浄化は出来ていない。それだけ気を付けておいて」

「ああ、分かった。気を付けるよ……アリガトな」

「別に気にしないで」

 

笑顔で言った杏子の言葉に、無表情のままつっけんどんな言い方で返したほむらだったが、そこにいつも程の冷淡さは何故か感じられなかった。

ふうん、と不思議そうに鼻を鳴らし、杏子は胸元のソウルジェムを確認する。

濁りは、四割程溜まっているようだった。

そして、最後にほむらが二人を交互に見て、

 

「準備は良いかしら?」

「ええ。何時でも」

「コッチもだ」

「三人共、無茶は絶対にするなよ。お前等も頼むぞ」

 

了解、とレズモンド等と分かれる部下六人が最後に応えて、

 

 

 

目的:コンソールの仕掛けを解く。

 

 

 

それぞれが、各々の行動を開始する。

 

 

 

 

 




劇場版まどマギ最終章、遂に映像来ましたね。B.O.A.です。
因みに、自分は見に行けないので後でblue-ray纏め買いしてやるつもりです。気になり過ぎて死にそうだけどなww。

さてさて、バイオと言ったら“パズル的要素”だろっ! って事で、今回はその前置きです。
仕掛けを上手く表現出来るか、物凄く不安ですけどね。

という事で、また次回。



ゲテ物祭りだ、ワッショイワッショイ!?


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