BIOHAZARD CODE:M.A.G.I.C.A.   作:B.O.A.

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・2003年~2004年

トライセルが理事を務める製薬企業連盟の後押しによって、対バイオテロ部隊「BSAA」がNGOとして設立。





chapter 5-10

・謎の結界、中央部。

 

 

 

「あの子達、大丈夫ですかね。隊長」

 

中央部にてゲートらしき場所を確保していたレズモンドに、部下の一人が話しかける。

コンソールのランプを見詰めていたレズモンドがそれに振り向き、

 

「無茶をされないのが一番だが、最悪彼等もいるから問題無いだろう」

「だと良いんですけどね……」

 

周囲の警戒は怠っていないが、彼等のムードはさほど緊張はしていない。

と言うのも、この場所にいるのは“黒いオーラ”の影響が比較的重い隊員ばかりで、この場所の確保は半ば彼等の休息も兼ねていたのだ。

それは逆を返せば、今彼女達に同行する6人は比較的症状の軽い、言わばそれだけ精神力の強い人物だと言える。

あの三人のストッパーとしては十分だろうと彼は考えていた。

 

「問題はあの子達の友人と、“彼”の方だけだ」

「そうですね……無事なら良いのですが」

 

そう言って、その部下は再び持ち場に戻って行く。

その後ろ姿を眺めた後、レズモンドは再びコンソールに目を落とす。

このコンソールも、この場所の全てをこの下にいるであろう“彼”が作ったのだと思い至った彼は、

 

(全く……とんでもない暴れ馬だな彼奴は……)

 

小さく溜息を吐いて、ふと数日前の事を思い返す。

それは彼が“臭い除去”に耽っていた時、引き継ぎが完了した直後の事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“「レズモンド、今良いか?」”

“「何かありましたか、ミスター・レッドフィールド?」”

“「普通にクリスで良い。彼の事は聞いているな?」”

“「ワケありって事位は。俺達の召集は殆ど彼のバックアップみたいな物だろう? その割に必要な機材とその使用法位の情報しか渡されてないのはどうかと思うが」”

“「立場上、そちら側の方が彼と接触する事が多いと思う。こんな事を俺が言うのは不自然かも知れないが、彼の事は出来る限り気に掛けてやって欲しい。“身の事”以外にも」”

“「……何かあるのか?」”

“「はっきり言って、彼は“危うい”。変に現実を受け入れ過ぎている気がするんだ」”

“「と言うと?」”

“「今日会って最初に話した時にな、「境遇はどうであれ、共に行動する以上君も“仲間”として扱う」と俺が言ったら、彼は何と言ったと思う? 「クリス程の人物なら“適材適所”を誤る事はないだろうし、信用しています」と言ったんだ。暗に、“兵器”である自分の“使い所”を間違えるなと」”

“「…………」”

“「そもそも俺がこの作戦に参加したのは、彼の“先輩”からの言伝てがあっての事だ。俺はその時になって初めて頼まれた理由を知ったよ。アレは確かに“彼奴”でも手を焼くだろうし、“一昔前の俺”に似てなくもないからな」”

“「それで、俺にか」”

“「ついさっきに丁度良い機会があって少しキツめに言ってやったんだが、彼も理解は出来てもそう簡単に考えを変えられないだろう。押し付ける様な形で済まないが、頼まれてくれるか」”

“「了解だ、クリス。“じゃじゃ馬”を束ねるのは俺の十八番みたいな物だからな」”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あの時はああ言ったが、流石に此れは想定外だぞクリス……)

 

また溜息が溢れる。

まだ少し頭痛のする頭を軽く掻き、彼は少し目線を上げる。

交差点の真ん中に走る溝を睨む様に見た時、彼の思考は別の記憶を呼び起こした。

 

 

 

 

 

“「ん? どうした? 今日は休むんじゃ無かったか?」”

“「いや、これだけ置いておきたくてね。えっと……デスクじゃ不謹慎だし、窓際なら邪魔にならんかな」”

“「……紫苑(シオン)か」”

“「ああ、此処に来る道中に花屋があったのを思い出したんだ」”

 

 

 

 

 

“「護衛の時間か? 装備はそこにあるぞ」”

“「どうも……っと聞いてくれ、レズモンド。“最初の時の子”の祖父母との連絡が漸く取れたんだ。近日中に施設に迎えに来てくれるんだとさ」”

“「良かったじゃないか」”

“「本当にな。これで、“あの子”が万が一にも関わる事はなくなるだろう……本当に良かった」”

 

 

 

 

 

(分かってはいる、“彼奴”が本当に優しい奴だって事は。彼奴は、只他者を自分の事に巻き込みたくない一心で動いている事は)

 

被害者達の動向を妙に気にしたり、ギリギリまで他者に事実を明かそうとしないのも、その辺が一因しているのかもしれない。

が、その割にマミ達の事を放置したりと、竜二の行動は“B.O.W.”のみに偏ったかなり極端な物でもある。

でもそれは単なる薄情という訳ではない、そうレズモンドは考える。

 

 

 

“「そちらは完全に俺の非だ。身の程を弁えなかったが故の報いだ」”

 

 

 

もしその“非”が、自分が下手に別件に“首を突っ込んだ”事で、無関係な筈の他者を不用意に巻き込んでしまった事だったとしたら。

それが理由で、自らの目的(任務)にすら支障をきたしてしまい、その所為で“新たな犠牲者”を無駄に増やしてしまったのだとしたら。

それを二度と起こさない、そう誓った今の彼の在り方は、

 

 

 

 

 

“「俺は、俺の“役目”を果たす。それだけだ」”

 

彼が自らの現実(兵器)を、“罪”を全て受け入れた結果生まれた、狂い切った“優しさ”だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

(そうだとするなら、今の彼奴を狂わせているのは間違いなく彼奴自身の“身体”と“過去”だ。だとすると……)

 

この場所の何処かで戦っているだろう人物を思い浮かべ、目を瞑ったレズモンドはぼんやりと結論付ける。

 

 

 

 

(彼奴の心に本当に響かせられるのは、“似た様な境遇の誰か”の言葉なのかも知れないな……)

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

・謎の結界、南部最奥。

 

 

 

 

グルルルルル……………。

 

海面より数十m高空に設置されたヘリポートの上、その中央に陣取った“怪物”が値踏みするかの様に小さく唸る。

その前で、足元に発生した振動から復帰したマミ達三人が立ち上がり、各々の武器を取り出しそれに向ける。

 

「よもや本人のご登場とは随分と驚かせてくれるじゃないか!!」

「狙う所は分かっているな!?」

「ええ!」

 

眼球は正面から見えないので、三人はそれの頭部に照準を合わせる。

必然的に“怪物”と睨み合う形になったまま、四者の動きが暫く止まる。

何処から来るか、様々なパターンを三人が想定している中、“怪物”は先程と同様に突然、

 

 

 

 

 

グルルル…………。

 

クルリと反転し、彼女等に背中を向けた。

 

 

 

 

 

「えッ!?」

 

驚きの声を上げたのはマミだ。

てっきり工場と同じく襲ってくると考えていただけあって、“怪物”の行動に彼女は完全に虚を突かれたのだ。

その横で油断無く銃を構えるウィッティングトン兄弟も、二人同時に微かにその眉を顰める。

 

 

 

ボゴンッ、という音がしたのはその時だった。

 

 

 

「今のは?」

 

リードが正面に銃を向けたまま一瞬チラリと背後を振り返るが、特に背後の海上プラントに変化はない。

だが続けて同じ音が響いた時、彼女達はその音源の位置に気付いた。

 

「真下か?」

「でも、さっきより少し大きくなった様な……」

 

マミが言い終わるより前に、事態は急激に進行する。

 

 

 

 

 

金属が引き裂かれる甲高く大きな音と共に、足元が地震の様に振動し出したのだ。

 

 

 

 

 

「クソッ! 新手か!!?」

 

ジャックが叫ぶその間にも、その音と振動が更に強まって行く。

必死に身体のバランスを保つ三人の前で、背を向けて立つ“怪物”の身体からじわじわと殺気が放たれ出す。

唸り声も、警戒心を露わにした凶暴な物に変化する。

その時、怪物の直ぐ正面のヘリポートの地面が下から押し上げられる様に湾曲し出し、

 

 

 

シュォァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!

 

 

 

一気に突き破られたそこから、恐ろしく長く大きな怪物が姿を現した。

飛び出した長さでも“センチュリオン”を凌ぐソレは、“砂虫”の様に鎌首を擡げて眼下のヘリポートを見下ろす。

 

「マジかよ……なんてデカさだ……」

 

呆然とした様に呟くジャックの頭上で揺れるのは、頭部から前方に伸びるニ対の巨大な“牙”。

かぎ爪状と鋸状になったそれ等は、恐らくタンクローリーでも一噛みで両断してしまうだろう。

その根元には人間一人容易に丸呑み出来る程の大きな口が開き、その中には10cm程の棘が返しの如く内向きにビッシリ生えている。

その口の上には計5本の黒い縞の入った金色の触手が伸び、獲物を求める様に大きく揺らめいている。

円柱状で節のある胴体は紫がかった光沢のある黒色で、日の光に照らされ妖しく虹色に煌めいている。

その側面からは金色の毛の様な短い脚が左右に列を作って並び、まるで波立っているかの様に蠢いていた。

先の“センチュリオン”と似た形をしているが実際は全く別種の突然変異体(イレギュラーミュータント)であるソレは、距離的に自分に一番近い“怪物”にその牙と触手を向けて、喰い付こうと不意に突き出してくる。

ほぼ予備動作のないその攻撃は、だが迎撃する様に横に払われた左腕の爪に牙が当たって中断された。

 

シュォァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

フォァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!

 

怒りの咆哮を上げる“イレギュラー”に、対抗する様に咆哮する“怪物”。

宛ら怪獣映画のクライマックスの様な光景を目の当たりにしたマミ達は、

 

 

 

 

 

 

 

「む、蟲、蟲蟲蟲蟲蟲むしむしむしむしむむむむむむ…………」

「お、落ち着け!? 今暴れられたら俺達が巻き込まれる!!」

「深呼吸だ。鼻から吸って口を窄めて吐くんだ。いいか、口は窄めるんだぞ! ほらッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

自滅(マミの発狂)を止めるのに必死だった。

リードに促されて何度も深呼吸するマミの顔は先程同様蒼白で、挙句今回は僅かに露出する腕からも鳥肌が目に見える程に総立ちしていた。

そろそろ本気でソウルジェムの状態が心配になる状況だったが、幸いにして次第にマミの様子も落ち着いて来る。

どうやら、ダンサ・デル・マジックブレット(魔弾の舞踏)とかによる壮絶な無差別射撃は回避された様だった。

 

「……大丈夫か?」

「……蟲じゃない、蟲じゃない。アレは、結界にいる“使い魔”であって、断じて、蟲じゃない……ッ!!」

「そ、そうだな。だから君なら大丈夫だ、きっと」

 

自己暗示で必死に抑え込んでいるらしきマミに不安しか感じられない兄弟。

最早、B.O.W.そっちのけで心配する彼等の前には何が起きていたかと言うと、

 

シュォァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

 

高速で突き出される“イレギュラー”の牙に対し、“怪物”がサイドステップで器用に躱し続けていた。

外れた牙が閉じる度にヘリポートを掠め、硬い筈のそれに大きな傷を幾つも付けていく。

“怪物”も負けじと肉腫から伸ばした触手の棘で反撃しようとするも、“イレギュラー”の堅い胴体には刺さらず苦闘している様だった。

躱し続けているが故に、先程の様に左腕での反撃は出来ない。

既に、戦いは完全に消耗戦の体を見せていた。

 

「……どうする?」

 

リードが呟く。

膠着状態の二者の何方を攻撃すべきか、又は此処は一旦引くのかどうか、決断に悩む所であった。

例え此方があの“怪物”を援護したとしても、向こうが自分等を味方と認識する保証はない。

最悪、一発撃つや両者が同時に向かってくる可能性もある。

だからと言っても、此処で無視して先に進むとしても何れ相手にする必要があるし、途中で戦いの“とばっちり”を受ける可能性も高い。

此処で排除出来るならしておきたいのも道理であろう。

と、復帰して来たマミが二匹の情勢を暫く眺めていた後、何かに気付いた様にポツリと言う。

 

 

 

「……竜二さんの方が押されてる?」

 

 

 

咆哮しながら棘を撃ち出す“怪物”。

少しずつだが、その身体を牙が掠めて血肉が跳び始めていたのだ。

対し、“イレギュラー”の方は身体に傷一つ存在しない。

このまま行けば何方が勝つのかは、予想に難くなかった。

 

 

 

そして、それが決定打になった。

 

 

 

「竜二さんの方を援護する」

「賛成だ。“あっち”が残るよりも多少はやり易いしな」

 

方針は決まった。

銃口を“イレギュラー”に向け、三人は同時に引き金引いた。

 

 

 

目的:“イレギュラー”を倒す。

 

 

 

シュォァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

 

放たれた弾丸は“イレギュラー”の胴体に届き、空いた穴から緑色の体液が勢い良く噴出する。

が、どう見ても致命的な傷には到底及ばない。

 

 

 

どころではなかった。

 

 

 

「再生してる!!?」

 

“彼”の比ではない程の勢いで、瞬時に銃創が塞がる。

呆然とする彼等の前で、“イレギュラー”は一回咆哮した後ヘリポートの下に瞬時に引っ込む。

直後、

 

「またかッ!!?」

 

先程以上の振動が発生して、等々大人二人が地面に倒れ込む。

魔力による身体能力強化もあってまだ立っていられたマミも、これからどう動くべきか戸惑っている。

と、

 

グルル……。

 

振動を諸共せずに立っていた“怪物”がチラリと此方を見て、直様咆哮を上げて跳躍し立ち去った。

 

 

 

割りと悲鳴の様な咆哮だった。

 

 

 

「…………」

 

三人は一旦顔を見合わせ、直ぐに行動に移る。

マミがその腕力で大人二人の襟首を掴んでヘリポートの外へ放ると、自らも跳躍して逃げ出す。

黄色い少女の身体が宙を舞い、ヘリポート外周をギリギリ越えかけた位で、

 

 

 

 

 

シュォァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!

 

咆哮と共に、文字通りヘリポートが“吹き飛んだ”。

 

 

 

 

 

「きゃああッ!!!?」

 

ビル解体でもしているかの様な爆音に、思わずマミが小さく悲鳴を上げる。

真後ろから鉄柱やら鉄板やらが高速で飛んでくる中、それでもどうにか当たらずに空中で姿勢を維持し眼下の海面に目を向ける。

自分がすっぽりハマりそうな太さの鉄パイプの横に、海に向けて落ちていく二人の姿を認めた彼女は、落下しながらそこに向けて右手を突き出す。

そこから伸びた二本の黄色いリボンは瓦礫の間を素早く抜い、兄弟の腹にそれぞれ巻き付いて命綱となった。

それを確認した彼女が左手から更にリボンを出そうとした辺りで、落ちる瓦礫の位置が変わって二人の姿がよりはっきり見える様になる。

 

 

 

 

 

二人が二人して、自分の方を指差し必死に叫んでいる様に見えた。

 

 

 

 

 

直後に、彼女の身体に黒く影が指す。

唯ならぬ気配に、彼女が首だけで振り向く。

 

 

 

 

 

その黄色い瞳が、大きく開かれた“イレギュラー”の牙を映した。

 

 

 

 

 

「--ッ!!!??」

 

叫ぶ暇もなかった。

目を見開いた彼女の視線の先で、“イレギュラー”の牙が素早く閉じられる。

そのかぎ爪の様な牙が彼女の胴を挟み、完全に捕らえてしまう。

直後、凄まじい重圧が彼女を襲う。

一瞬で視界が黒く染まり、風切り音だけが聞こえる様になる。

悲鳴どころか呼吸すら真面に出来ず、彼女の身体はなす術無く上へ下へ振り回される。

だが、それも一瞬だった。

 

 

 

急に牙が彼女の胴を放したのだ。

 

 

 

「----がはぁッ!!!?」

 

放り出されたマミの身体は何かにぶつかり、そのまま下に落下する。

直後、何かが跳ねる様な音がして、彼女の身体が冷たく柔らかい物に包み込まれる。

 

(……水?)

 

口の中に感じる塩っぱさからして海水だろうか。

息苦しさを感じた彼女が両腕に力を込めて掻くと、直ぐに顔の周りから水が消えた。

漸く息が出来る様になり、激しく呼吸する彼女の周りには光一つ指さない暗闇が広がっている。

音も、波がさざめく音以外にはほぼ何も聞こえてこない。

居場所に関する一切の手掛かりが得られず、漠然とした不安を彼女は感じていた。

 

「何処……!?」

 

そう呟くや否や、彼女の髪飾りの辺りから黄色い光が生まれて周囲を明るく照らし出す。

前方に見えるのは黄色く色付いた水面だけ、彼女の横も同じ、上下を見ても果てしない闇が浮かんでいるのみ。

唯一後ろだけが違っていて、70m程先に巨大な壁が聳えていた。

横も上も、壁が何処まで続いているのかは分からない。

彼女は取り敢えず泳いで壁に近寄ろうとする。

何事もなく直ぐに壁に辿り着いた彼女は、その壁の表面に軽く触れる。

壁の表面はツルツルした金属製のタイルで出来ており、それが一面にほぼ隙間無く並んでいた。

 

「水槽? こんなに大きくて、一体何の用途に使うのかしら?」

 

ふと、右手にリボンを持っていない事に気付く。

あの人達は無事なのだろうか。

あの超特急に巻き込まれてなければ良いが、そう思いながら彼女は自分の頭上に白い長銃を数丁生み出し、宙に浮かばせる。

取っ掛かりのないチタン製の壁を登るべく、壁に弾丸を撃ってリボンの足場を作ろうとしたのだ。

適当な高さに狙いを付け、引き金に念を送り発砲。

壁に穴が数カ所でき、そこからリボンが伸びて組み合わさり、丈夫な足掛かりが生み出される。

 

 

 

 

 

その直後に、遠くの方で大量の水が弾ける様な音が響いた。

 

 

 

 

 

「ッ!!」

 

薄々とは感じていた。

あの巨大な“蟲っぽい使い魔”、それは恐らくこの場所にいるだろうと。

マスケット銃を新たに浮かばせ、マミは周囲を隈なく捜査する。

が、再び周囲には水の波打つ音だけが残る。

 

「…………」

 

鋭く目を光らせていたマミは、ふと自分の真下を見る。

 

 

 

 

 

その目が限界まで見開かれ、一瞬で顔中から血の気が引いた。

 

 

 

 

 

「ッ!!!」

 

慌てて足場目掛けてリボンを伸ばし、水面から一気に身体を引き上げる。

そこから新たに壁に銃撃を放った辺りで、彼女の真下から“イレギュラー”が飛び出しその牙と触手を伸ばしてくる。

足場から跳び上がり、そこで更にマスケット銃を呼び出し足元の“イレギュラー”目掛けて発砲する。

だが、全く意に介さずに“イレギュラー”はマミに突進し、その足を触手で捕らえて彼女を壁に叩きつける。

その後正面にマミをぶら下げたソレは、下の鋸状の牙で止めを刺すべく大口を開く。

それに対してマミは、その顔を真っ青に染め上げたまま、

 

 

 

 

 

「惜しかったわね」

 

会心の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

直後、複数の何かが“イレギュラー”の頭部に巻き付き壁に縛り付けてしまう。

その正体は、既に壁に撃ち込まれていた黄色いリボン。

足場にしようとしていたソレを、咄嗟の機転でバインドトラップに切り替えたのだ。

 

「何か、少し前を思い出すわね」

 

足に巻きついた“イレギュラー”の触手を胸元のリボンで払い、直後に巨大な大砲に変換して藻掻くソレの大口に銃身を突っ込む。

二対の牙はリボンで雁字搦めなので噛み砕く事も出来ず、ガリガリと銃身を棘で削る“イレギュラー”を前に、マミはお決まりの号令を叫ぶ。

 

 

 

 

 

「汚物は消毒!!! ティロ・フィナーーーーーーーレ(最後の射撃)!!!!」

 

……失礼、“お決まり”ではなかった。

 

 

 

 

 

口の中で炸裂した砲撃は“イレギュラー”の頭部だけでなく水面に出ていた胴体をも粉々にし、完全に“イレギュラー”の活動を沈黙させる。

一方、砲撃の反動を活かしてマミは大きく跳び上がり、水面からかなり上の方にあった長い渡り廊下に綺麗に着地する。

 

「……さて、リードさんとジャックさんを探さないと」

 

流石の彼女も、此処で紅茶を一杯とはいかなかった様だ。

左右に伸びる渡り廊下の先を交互に見て、直感で右に進もうとするマミ。

 

 

 

 

 

シュォァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

 

大きな咆哮と振動が響いたのはその時だった。

 

 

 

 

 

「嘘ッ!!?」

 

慌ててマスケット銃を取り出すマミ。

と、今度は下の海面が大きく盛り上がり始め、その音がマミの耳に届く。

渡り廊下の手摺りから下を覗き込む彼女。

そして、

 

 

 

 

 

シュォァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!

 

海面が裂け、“イレギュラー”が再び姿を見せる。

ただ、今回は、

 

「“9匹”!!!??」

 

であったが。

 

 

 

 

 

「そんな……まだこんなに……ッ!!?」

 

思わず叫ぶマミの前で、“9匹”の“イレギュラー”がその頭部を揺らして咆哮する。

だがどうにか気を持ち直し、彼女は再びマスケット銃をそれ等に向ける。

 

 

 

その彼女の目の前に、何かが下から上がってくる。

黒く変色して焦げた様な臭いを発するソレを見て、

 

 

 

「……これ、さっきの奴!?」

 

頭を失ってもまだ動く事に驚愕するマミ。

だが次には、ソレを遥かに超える事態が彼女を待っていた。

その焦げた胴体から泡立つ様な音が生まれるや否や、

 

 

 

 

 

シュォァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

 

胴体から枝分かれする様に、“3つ”の“イレギュラー”の頭部が生えてくる。

 

 

 

 

 

「は……?」

 

唖然として言葉を失うマミ。

今、彼女の前では9匹の一つ首の“イレギュラー”と1匹の3つ首の“イレギュラー”が蠢いている。

いや、そもそも本当に“10匹”もいるのかどうかも怪しい所である。

その時ふと、彼女は昔の記憶を思い出す。

それはまだ魔法少女に成り立てで、必殺技の名前を考えていた時の事。

 

(確か……神話の武器の名前が見たくて色々ネットで調べた時……、そうだ、ギリシャ神話の中に此奴と似た力のある怪物が…………!!!)

 

そして思い出す。

10の首を持ち、中央の首は不死で、その他の首は切り落とされても直ぐに断面から首が2つ生えてしまう怪物。

神ですら地獄の苦しみを味合わせる猛毒の体液で知られる、“ヘラクレス十二の難事”の二つ目。

 

 

 

 

 

水蛇竜、Hydra(ヒュドラ)

 

 

 

 

 

(……違うッ!! アレは“使い魔”であって“神話の怪物”じゃない!!! だから、必ず何か勝ち目が…………!!!)

 

嫌な思考を振り払い、必死に対抗策を練るマミ。

だが、目の前で頭を四方八方に伸ばす“イレギュラー”=“ヒュドラ”の圧倒的な存在感の前に、次第に思考が負の方面に偏り出す。

 

(ヘラクレスは確か、切断した傷口を火で炙って再生を止めていた。だけど、此奴は枝分かれして生えるからそれでは意味がない……それに、結局ヘラクレス自身も封印が精一杯だった筈…………)

 

誰も目の前の“イレギュラー”が神話の“ヒュドラ”と同じとは言っていないのだが、一度植え付けられた先入観は簡単に外れる物ではない。

自ら呼び込んでしまった深い沼に完全に足を取られる形となってしまい、徐々に思考が鈍り出すマミ。

 

 

 

その時、あちこちに頭を向けて蠢いていた“ヒュドラ”が一斉に此方を向いた。

 

 

 

「あ……!?」

 

“イレギュラー”に目の様な器官は存在しないのだが、この時のマミは完全に“蛇に睨まれた蛙”も同然であった。

深い沼に嵌り身動きの取れない哀れな犠牲者に、“沼の主”はその頭部をゆっくりと近付ける。

その牙を開き、獲物を貪ろうと微かに首を擡げる。

その光景を何処か夢の様に感じながらただ眺める獲物(マミ)

 

 

 

 

 

 

 

その時、立て続けに発砲音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

シュォァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

 

撃ち込まれた銃弾に反応し、幾つもの頭部が撃った相手を目掛けて突き出される。

が、その相手は頭部を乗り越える様に器用に躱しながら廊下を駆け、我に帰って状況が掴めないでいたマミの手をいきなり握って、

 

「向こうまで走るぞ!! 急げ!!!」

「は、はいッ!!!?」

 

有無を言わせず結構な力でマミを引っ張って行く。

と、後ろから凄まじい破壊音が響いて来て、マミも慌ててその人物と並んで走る。

そして、

 

「先に飛び込め!! 俺はドアを閉める!!!」

「はいぃッ!!!?」

 

半ば放り込まれる様に突き当たりのドアに飛び込んだマミの後から、その人物は何かを廊下の外に投げてからドアをくぐり抜け、その重い水圧扉を一息で閉める。

そして直後、扉の向こうからくぐもった爆発音が響いた。

 

「今のは……!?」

「彼奴は頭の5本の触手で空気や床、水の振動を感じて動く様なんだ。ああやって手榴弾投げておけば撹乱するのには十分なんだよ」

 

床から立ち上がろうとしていたマミにそう言ったその人物は、手の中の“H&K MP5”のマガジンを交換して腰のホルスターに収める。

枯れ草色の長ズボンに灰色のシャツ、そこに黒いジャケットを着て胸ポケットに小型のライトを付けていたその“男”は、その黒い瞳を彼女の目と合わせて、

 

 

 

 

 

「所で、お前あの時いたか? 随分と奇抜な格好だから、見間違える事はないと思うけど」

 

その男、“竜二・ケイト・シーザー”はそう言った。

 

 

 

 

 

「…………」

「……おーい、大丈夫か?」

 

完全にその場で固まって思考停止していたマミの顔を心配そうに覗き込む竜二。

その声によって現実に戻ってきたマミは、

 

(……え? どういう事? 竜二さんは私の所為で“化物”になって、さっきもアレと戦ってた筈なのに、何で今人の姿の竜二さんが?)

「何一人でブツブツ言ってんだ? 聞き取れんぞ」

 

どうにか自身の混乱を収めようと必死だった。

そのまま、彼女は取り敢えず何か竜二に答えようとして、混乱した頭のまま必死に言う事を考えて、

 

 

 

「……今日、何日でしたっけ?」

「は?」

(……え、な、何言ってんの私ぃぃい~~~~っ!!!?)

 

 

 

思いっきり自爆した彼女だったが、返ってきた答えは彼女の想定を遥かに超えていた。

 

 

 

 

 

「えーっと、だな、確か今は「2008年5月18日」だが……それがどうした?」

「…………!!!?」

 

 

 

 

 

彼女は再び驚愕に思考停止し掛けるも、今回は耐え切ってどうにか思考を始める。

勿論、外の現実の時間では「2009年」であり、彼の言葉では此処は一年以上も昔の場所という事になる。

つまりは、

 

(この竜二さんは“過去”の竜二さんって事? でもそうだとしても……)

 

考えている内に冷静さを取り戻してきた彼女は、芽生えた疑問を晴らすべく竜二に話し掛ける。

 

「……あの、あの“怪物”について何か知ってるんですか?」

「大した程ではないがな、途中で見つけたファイルにそんな事が書いてあったんだ。他にも、彼奴の体液はかなり“TーAbyss”……アレが生まれる元凶になったウィルスの濃度が高いから危険だって事とか、首を飛ばしても枝分かれして生えてきて逆に増えていく事とか、それから奴が“ヒュドラ”なんて呼ばれてるって事とかだな。全く、大層な名前だよ」

「そ、そうなんですか」

(私の発想はここの連中と同じ……)

 

何故か地味に凹んだマミだったが、彼女が聞きたかったのはこの先である。

何処となく緊張しながら、彼女は更に話を進める。

 

「この場所、もう一匹“大きいの”いますよね? 四つ足の獣の様な……」

「っ!? ……何処にいたか分かるか?」

「外のヘリポートの辺りに、ああでも、もう別の場所に移動したと思いますけど」

「……そうか、分かった」

 

そう言って、竜二は軽く天井を見上げる。

マミは黙ってその様子を見詰めながら、その思考を進める。

 

(“四つ足の獣”と聞いた途端、少し竜二さんの声が緊張していた。やっぱりあの“怪物”は“この”竜二さんに関係している事には違いないわね……とすると、あの“怪物”は一体誰なのかしら?)

 

その事について更に突っ込むにはどうすべきか、彼女が言うべき言葉に迷っていると、

 

「所で、何だってお前はあんな場所に突っ立ってたんだ? 然もその右手の、今時珍しいマスケット銃じゃないか。何でそんな物をまた此処に持ち込んでんだ? と言うか、そもそもお前は誰なんだ?」

「うぁ……」

 

竜二に先に突っ込まれまくった。

物凄く不審そうな表情を作っている竜二を前に、マミはどう説明すべきか思い付かず内心焦り出す。

 

(ど、どうしよう……今の竜二さんに本当の事を言っても信じてくれないだろうし、だからと言ってこの格好では誤魔化しようが……)

 

下手すればサイコパス(変質者)扱いされて拘束とかされるかも、と若干行き過ぎな所まで考えが及んでしまい、少しパニック気味になっているマミの様子を見ていた竜二は、

 

「……まあ良い、後でしっかり話は聞くからな」

「え……あ、分かりました……」

 

埒が明かないと思ったのだろうか、溜息を吐いて言った竜二の言葉に、本当に驚いた顔をするマミ。

それを流した竜二は閉めた水圧扉の前に立って、それに右耳をピタリと付ける。

 

「取り敢えずこの上に上がらないとな。此処に閉じ込められている訳にも行かないし」

「……えっ?」

 

その言葉にマミが漸く周囲を見渡すと、赤い非常灯に照らされたそこには妙な機材やらパソコンやらが転がっている部屋の様で、確かに他に出入り口は無いように見える。

つまり、此処から抜け出すには、

 

「あ、あそこに戻るんですか!?」

「それ以外に帰る道は無いんだ……後、少し静かにしてくれ」

「ご、ごめんなさい……」

 

しゅん、と凹んで少し俯いたマミを他所に竜二は扉の向こうの様子を伺っている。

一方、手持ち無沙汰になったマミは、暇潰しに部屋の中を探索し出す。

壊れた椅子やパソコンを乗り越え、その周囲に散乱する英語の資料を手に取って見て、翻訳しても内容が全く分からず諦めて適当にそれを放り投げる。

そんな事をしながら部屋の奥へ進んでいると、

 

「あら? これは……」

 

隅の方にあった壊れたデスクの上に、黒い円盤の様な物を見付ける。

それを手にとって見ると、木製で出来ていたそれの表には10つ首の大蛇の模様が刻まれている。

 

 

 

“水蛇”のレリーフを手に入れた。

 

 

 

(あの台座に嵌めるのは多分コレね。探す手間が省けたわ)

 

マミが頭の帽子にレリーフを格納して、竜二の元に戻ろうとした位で、

 

「何やってるんだ、早くこっちに来い」

 

丁度彼から呼び出しがかかる。

そこにマミが近付くと、竜二が扉から身体を離して言う。

 

「たった今、この向こうで響いてた音が消えたんだ。多分、向こうに抜けるには今がチャンスだろう、合図するから俺が開けたら全力で走るぞ」

「分かりました」

 

二人で水圧扉の前に並び、そのハンドルを二人で掴んでゆっくり回す。

そして後は押し開くだけという所まで来て、竜二は横のマミに目を向けて、

 

「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったな。俺は“竜二”、和名だがアメリカ人だ。お前は?」

「え? あ、私は、“巴マミ”です。日本人です」

「おや? まさか日本人だったとはな。てっきりナイスバディなロシア人かと思ったけど、それなら今の内にデートの予約をしとこうかな」

「え……ええっ!? デートって、そんないきなりっ!?」

「ハハハッ、ジョークだよ。予約以外」

「ジョ、ジョークですか……って、ええぇぇぇぇえええっ!!?」

 

真っ赤になったマミの顔を見て可笑しそうに笑う彼のその笑顔は、彼女が嘗て見たそれよりも数段明るい物の様に見えた。

だがそれも一瞬で、直ぐに彼は表情を引き締めると目の前の水圧扉を真剣な面持ちで睨む。

そして、

 

「さてと、与太話は此処までだ。準備は良いな、“マミ”」

「大丈夫ですけど……予約云々は否定しないんですね、竜二さん……」

「まあな。じゃあ、行くぞ。3、2、1」

 

0、と竜二が言った直後に二人は一緒に扉を開いて、同時に廊下へ走り込む。

 

 

 

 

 

 

 

そして、眩しい光と磯の臭いの染み付いた風がマミを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「えッ!!!??」

 

驚いた彼女が立っているのは、最初に訪れた“ヘリポート”の上。

全く襲撃の傷跡が存在しないそこに、暫く呆然と佇むマミ。

と、彼女の後ろで扉が開閉する音が響いて、

 

「なっ!? どうしてまた此処に!!?」

「マミちゃん!? 無事だったのか!!」

「えぇ!? リードさんにジャックさん!!?」

 

驚いて振り向くと、自分が出てきた筈の扉から二人が出てくる所であった。

全身ずぶ濡れの兄弟は、安心した様な表情を作って彼女に近付いて口々に言う。

 

「“アレ”に持ってかれたのを見た時には最悪の場合を覚悟してたが……傷一つない様で何よりだ」

「しっかし、上陸出来る場所を探して泳ぎ回って、辿り着いた場所のドアを開いたらマミちゃんがポツンとヘリポートに立ってて、未だに自分の目が信じらんよ」

「私も流石に驚き……って、あれ?」

 

ジャックの言葉にマミがふと周囲を見渡すと、一緒にいた筈の竜二の姿が何処にもない事に気付く。

 

「どうした? 何か落としたのか?」

「いえ、ついさっきまで竜二さんといたのですが……」

「どう言う事だ?」

「ええと……」

 

“ヒュドラ”にプラントの中に引き摺り込まれた後に、竜二に会った事を簡単に説明するマミ。

 

「……じゃあ、何か? あの“怪物”は彼じゃないって事か?」

「関係はしているのでしょうけど、恐らく本人ではないのだと……」

「……愈々、訳が分からなくなって来たな。“彼”が一体何者なのか」

 

その場で揃って頭を抱える三人。

直射日光の照り付けるヘリポートの上を潮風が通り過ぎ、その遥か下層では海上プラントを支える柱に波が打ち寄せる。

 

「……その問題は一先ず置いておこう。今は君の友人や彼を助ける事が先決だ」

 

答えの出ないその疑問から、真っ先に復帰したのはリードだった。

その言葉に残りの二人も顔を上げる。

 

「そう言えば、台座に嵌りそうな物を見付けたんだよな?」

「あ、はい。今出します」

 

そう言って、帽子から木製のレリーフを取り出すマミ。

明らかに大きさが小さい物からレリーフが飛び出すのに目を丸くする二人に、彼女は手に持ったレリーフを見せようとして、

 

「……ん?」

 

レリーフの裏に触れている指から奇妙な感触を覚える。

彼女がそれを裏返してみると、その上端の方に指が一本入る位の小さな窪みがあるのに気付き、そこに人差し指を入れる。

そのまま適当に引っ張ってみると、カコリと音がしてレリーフの裏側の一部が縦に持ち上がった。

そこに出来た隙間を三人が覗くと、折り畳まれた書類風の紙が1枚入っていた。

 

「何だこれ?」

 

リードが取り出し、それを広げてみる。

表にはやはり文字が書かれていた様だが、かなり傷んでいるらしく所々の文字が霞んでしまっていた。

無言で読み始めたリードの脇から他の二人もそれを覗き込んで字面を追う。

 

「…………」

 

読み進めるに連れ、三人の眉間に同じ様に皺が寄り出す。

そして読める最後まで読み切り、三人は同時に互いの顔を見合わせる。

 

「……どう言う事だ?」

「恐らく“彼”の事なのだろうけど、とすると“こいつ”は……」

 

二人で話し合いだした兄弟の横で、マミがその資料をもう一度手に取って読み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ある傷んだ走り書き。

 

 

 

・かれこれ研究を進めてきた「TYPEー1」についてだが、どうもこの辺で限界が来ている様だ。

 

・ほぼ無限に近い再生力と体液に宿る高濃度の「TーAbyss」との共生、兵器としての改良は此処までが限界なのだろう。

 

・合衆国の「TYPEー2」の方はどうも「TYPEー1」と勝手が違うらしく、秘密裏に手に入れたサンプルだけではまるで話にならない。

 

・やはり何かしらの手段で回収すべ■だと思うのだが、上の連中はまるで聞く耳を持っていない。

 

・どうも■か大きな事をや■らしく、“相■”の方もてんやわんやな■子だ。

 

・先日も、主任■一■に来■■た“グラ■■■男”が何や■■話で■■■■たが、どう■「■ロ■■ス■とか言■計■■■めてい■らし■。

 

・こ■■■■“別■■画”を■■■いるの■■随■■■■■奴だ。

 

・そ■■■■■噂■■T■■■3」■優■■■■■■■? ■■■■る奴■■■しい■■■。

 

 

 

 

(此処からは、後から書かれた様だ)

 

 

 

 

 

水蛇竜(Hydra)

 

邪王竜(Adi Dahhak)

 

創世龍(Boreas)

 

 

 

何れは、必ず俺の元に降るだろう。

竜は、神には勝てないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(“水蛇竜(ヒュドラ)”や“邪王竜(アジ・ダハーカ)”は何となく分かるけど、なら……)

 

マミは紙を見詰めたまま、独り言の様に“新たな謎”を口に出す。

 

 

 

創世龍(ボレアース)……?」

 

 

 

その答えは、今は決して出ない。

 

 

 

 

 









混沌がある。



光も、音も、臭いも、ありとある全てが同じ様にあって溶け合い、その判別が全くつかない。
何もかもが均等で、そこに差異など存在しない。
全てが同時に存在し、同時に消失する。
人々が今も想像する、宇宙が生まれる以前の様な世界。







そこに“光”が生まれる。





その色は青。
海の様に深い青。
それが混沌の中で、それこそが中心だと言う様に一つだけ光り輝く。

と、やがて、それ以外にも新たに青い“光”が生まれる。
2つ、3つ、4つと増え、ついにはその数が10に到達する。


その全てが揃った途端、今度はその“青い光”から“大きな波”が生まれる。


“波”は最初は単調に混沌を揺らしていたが、やがてそれは複雑になり、互いに干渉し合い、“混沌”を好き勝手に震わせ続け、







『ノビスタドールは見失った様ね』

一つの“声”を形作る。





『恐らくあの“結界”とやらに入ったのでしょうけど……本当に予想が外れ過ぎて自信なくしそうだよ……結局ギリギリまで結果分からないしっ』

溜息を吐く様な気配を出して、その“声”は響き続ける。

『まあ此処までだけでも、“あの子”を利用した“私”の“緊急フレア”の応用的試験運用はまあ成功。“キューちゃん”の方も上手くやってくれて大方の目的は達成。及第点、ではあるかなっ☆』

“青い光”から出る波に揺らめく混沌に変化が現れる。
所々で青や赤、黄色に色が付いた領域が生まれて拡がり始める。

『“キューちゃん”に無理矢理“修正した計画”を押し付けてやっぱり正解だったかなっ? と言っても“キューちゃん”にとっても悪い話ではないし、断わるとは思ってなかったけどねっ♬』

それが拡がり交わり、やがて一つの“何か”を描き出す。
多くが肌色で出来たそれが微かに震えたかと思うと、





『まっ、“此処までは”だけどっ☆』

その瞳が開かれる。










“彼女”の目の前に見えるのは、大きな鏡に映った自分の姿。
その背景には、清潔さの溢れる幾つもの個室トイレが並んでいる。
どうやら何処かの女性用の洗面所の様だった。

「『コレには、確実に“キューちゃん”も気付いてるでしょうね。そして、必ず私を邪魔しようとするでしょうっ』」

自分の姿を暫し眺めた“彼女”は、フフンと嘲笑する様な笑みを浮かべて横を向く。

「『でも、何があっても結局“他力本願”なあなたに、力ある私を止める事は絶対に出来ない。それは断言出来る事だよっ』」

その目線の先にあるのは、幾人もの“右腕”。
赤く染まった“右腕”。
“右腕”だけが床に幾つも落ちている。

「『まあだから、あなたがどんな策を練って来るか本当に楽しみだよっ、“キューベーちゃん”っ♪』」

彼女は、その近くに落ちていた巨大な“何か”を手に取る。
身の丈を遥かに超えるそれは、一見すれば赤や肌色の装飾がされた“大剣”の様にも見えた。
それを彼女は片手で持ち上げ、重さを感じさせない風に楽々と肩に担ぐ。



その時、小さな悲鳴が上がった。



「『ふ~んっ?』」

その悲鳴の主は、剣の近くで腰が砕けて動けなかった清掃員の女性だった。
その女性に“青色”の瞳を向けた、青いショートカットの髪と中学校の制服を真っ赤に染め上げた“彼女”は、





「『ちゃーんと、私の顔を覚えておくんだよっ、オバサンっ☆』」





心底楽しそうにニヤニヤ嗤いながら、こう言い残して去って行った。









「なっ、何てあり様だ……酷すぎる……!!」
「おい!? 一体此処で何があった!!?」
「……うがくせいが……」
「何?」





「“黄色い髪をドリルテールにした中学生”がっ!! 此処で皆殺したのよっ!!!」




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