BIOHAZARD CODE:M.A.G.I.C.A.   作:B.O.A.

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・2004年

ロス・イルミナドス教団の研究者ルイス・セラの出したSOSのメールをエイダ・ウォンが傍受。
プラーガ奪取の為、ウェスカーはクラウザーを派遣し組織に潜入させる。




推奨戦闘BGM:アニメ 魔法少女まどか☆マギカより「Agmen Clientum」


chapter 5-12

・謎の結界、南部最奥。

 

 

 

最悪の気分だ。

“彼”はそう思う。

焦りと不安、苛立ちと嫌悪がそこにあった。

その理由は、大きく分けて二つあった。

一つ目は、「焦りと不安」の理由。

それは、後ろから駆けてくる“少女”の事であった。

赤い衣装を纏う、槍使いの少女の追跡。

 

(畜生が……これじゃ、全く引き離せないじゃないか)

 

彼は彼女から逃げていた。

全力で、彼女に背を向けて屋根伝いに跳んでいた。

ただ、“逃亡”ではなく“撤退”である。

あのままでは勝てないと悟った彼は、一旦引いて戦況を仕切り直そうとしたのだ。

だが、今の所状況は芳しくない。

彼の予想を上回る身体能力で、彼女が此方を追っていたからだ。

二人の差は縮まらず、また広がりもしない。

向こうの事は分からないが、個人的に持久戦には持ち込みたくない。

何か手を打たねば、そう考えていた時に“それ”は起きた。

 

(……胸糞悪い。こんな時に垂れ流しやがって)

 

彼は「気配」を感じていた。

もう一つの理由、「苛立ちと嫌悪」を生む存在を彼は知覚していた。

それは、こう告げていた。

 

 

 

この場所(街の中)に間違いなくいる、もう一人の「自分」が、と。

 

 

 

考えてみて欲しい。

自分と同じ能力を持ち、同じ顔をして、好みも趣味も全く同じ「赤の他人」。

そんな存在が側にいたとして、果たして居心地が良いと思えるだろうか。

自分の存在価値は“それ”に取って変えられるクローン(代用品)程度でしかないのではないかと、そう疑わずにいられるだろうか。

 

 

 

(……潰す)

 

即決だった。

自らのアイデンティティを守る為の、半ば本能的な殺意だった。

既に進路はそちらを取っている。

無論、ただ衝動に任せて動いている訳ではない。

 

(“発信源”と俺の容姿は変わらない。上手く行けば、後ろの奴をソイツになすり付けられる。その間に俺は身を隠せる)

 

戦略的に、狡猾に、自らが“生き残る”道を確保する。

その上で、“アイツ等”を料理すれば良い。

後ろの少女に悟られぬ様に、静かに彼はほくそ笑む。

少しづつ思考に余裕が生まれ、彼はその少女について考えを巡らし始める。

 

(社の別プランか、他の組織かは知らんが……ありゃ、“兵器”じゃなくて寧ろ“戦士”だな。然も、その性能は俺と同格以上ときた。こりゃ本格的に、“俺達”はリストラの危機なのかもな……)

 

無駄に容姿にもこだわる余裕があるみたいだし、と彼は付け加える。

憎しみの篭った怒りの形相で追ってくる彼女を後ろ目で見ようとした彼は、その彼女が赤い槍を頭上に構えているのに気付き、

 

「おっと」

 

直後に高速で投擲された槍を、斜め前に跳んで難なく回避する。

続けて投げようとしている彼女に対し、彼はデタラメにジグザグに跳び回って狙いを付けさせない。

舌打ちしているらしい彼女の様子を振り向いて見ていた彼は、嫌味ったらしく笑顔を作って小馬鹿にする様に顔の前で指を振る。

 

(ただ、“時間の猶予”はもう暫くありそうだけどな)

 

分かりやすく激怒の表情を作る彼女を見て、彼はそう評価する。

実力は認めるが、あれでは“戦士”としてはまだまだ半人前だ。

恐らく“教育中”の奴を引っ張ってきたのだろう、と適当に予想する。

 

(なら、俺が直々に“レッスン”してやるか。……“色んな意味”で、愉しめそうだしな)

 

彼女の容姿を改めて見て、彼は嗜虐的な笑みを浮かべる。

元が人間の男性体なだけあってか、やはりその手の“欲求”といった物は存在するらしい。

彼が幾つかの“プラン”を頭に浮かべている内に、「気配」の発信源である工場が目前に迫ってくる。

そろそろ勝負時か、と彼は思考を切り替えて自身の“感覚”に神経を集中させる。

 

(此方の動きは向こうにも伝わっているだろうし、さっきから動きが無い所からして、恐らく罠を張っているなり何なりしているのだろう。なら、“彼女”を利用してその“地の利”を崩してやる以外に有効策はない)

 

後ろを意識しながら、彼は大まかに行動の方針を練っていく。

 

(会えて目前まで突っ込んで“彼女”に暴れさせる。向こうが出てきたら、後は期を見てなすり付ければ良い。出て来ないなら出て来ないで、工場なら遮蔽物も多いし身を隠すのにそう苦労しないだろう……問題は無い)

 

ただし、後者の場合は最悪三つ巴の乱闘になる恐れがあるが、その時は潔く腹を括るしかない。

目の前に工場の中の建物の3階の窓が迫り、彼は左腕の触手を下に構え、両足を揃えて全力で屋上の床を“蹴る”。

その衝撃で床が凹み、彼の身体が目にも止まらぬ速度まで瞬時に加速する。

 

 

 

彼の“高速移動”と、かのウェスカーの“高速翔身”、“迅速移動”との大きな違いが此処にある。

仮にウェスカーのそれ等を“疾走”と呼ぶなら、彼のそれは“跳躍”と呼ぶのが相応しい。

要は、ウェスカーが「チーター」なら彼は「トノサマバッタ」なのだ。

とは言え、彼がウェスカーに身体能力で劣っているかというと、それは寧ろ逆である。

驚異的な足の回転を誇るウェスカーに対し、実は彼はそれ以上の恐るべき“バネ”を保持している。

たった一回の踏み込みで視認出来なくなる辺りに、その桁違いの力が垣間見えるだろう。

では何故“疾走”しないかと言うと、それは彼のその身体能力の“引き出し方”に問題がある。

 

 

 

(----ッ!!)

 

加速して、全てが“溶け合った”世界。

その中で彼は「時間を測り」、瞬時に腕の触手を真下に突き出す。

同時に両足を動かし、下に突き立てる様に伸ばす。

その直後に腕と足に一際重い衝撃が加わり、彼の身体がその場に停止する。

そこは、建物の中の窓から部屋を突き抜けた廊下の道の中央であった。

 

(……痛ってェ、やっぱあんまり乱発したくないな)

 

両足から伝わる引き裂かれる様な激痛に、内心でそんな弱音を漏らす彼だったが、反面その表情は涼しそうな物である。

常人なら失神するする程の痛みを、彼は難なく堪えてみせられる。

何故なら、最早種族として“慣れた”激痛は、その一瞬だけで消え去る事を知っているからだ。

だから、彼は無視出来る。

例え、その時だけ“足が骨以外で繋がっていない”としても気にも止めずにいられる。

それは次の瞬間には急速に癒え始め、5秒も掛からずに元に戻る事が分かっているからだ。

 

 

 

「火事場の馬鹿力」、と言うと分かりやすいだろうか。

人間も他の動物も、何かしら“命の危機”などにおける一種の「極限状態」に陥った際、「自らの身体が自壊する」程の強い力を発揮する時がある。

人間の場合は、訓練によってはアスリートの様に意図的に引き起こす事が出来るらしいが、彼の場合は身体機能としてそれが“自在”に引き出せるのである。

意思で呼吸が止められる、クジラなどを思い浮かべると良いかもしれない。

その上、仮にそれで身体が壊れても、彼には凄まじい回復力が存在する。

かの“美樹さやか”の様な治癒力を持つが故に、その「自己破壊」を戦闘時でも強力な武器として利用出来るのだ。

 

だが逆に、彼にウェスカー程の反射神経、動体視力は存在しない。

自らの限界を超えた脚力を、完璧に制御出来る力を持っていない。

それが仇になって、彼は自身の“疾走”を制御出来ないのである。

現状の“跳躍”でも、その「体内時計」を利用して予め立てた“飛行プラン”に従って跳んでいる。

彼の「体内時計」は後に語るとして、それでも結局直線的にしか跳べないなど、速い代わりに制約もかなり多いのが“高速移動”の実態なのである。

 

 

 

と、彼の足が完全に戻った位の時だった。

 

(来やがったッ!!)

 

後ろから、ガラスが踏み砕かれる音が聞こえる。

ジャラジャラと鎖の鳴る音が聞こえる。

そちらを見る事なく、彼は身体を一気に低くして再び“跳躍”の準備に入る。

 

彼の姿が消えるのと、廊下の壁が粉砕されるのはほぼ同時だった。

 

高速で“飛行”する身体は、長い直線の廊下を一瞬で突破する。

そして、既に前に構えていた右腕の触手から突き当たりの壁に激突、それを瞬時に破壊した。

 

「----ッヅァア!!!」

 

無論、自らのダメージも先程の比ではなく、彼も思わず悲鳴を上げる。

だが、壁から飛び出た先の“何か”に頭から突き刺さって埋まるまでには、粗方の傷は癒えていた。

 

(良かった、二つ目の壁とかにぶ……って何だコリャ!!?)

 

僅かな安堵から一転、彼は何故かそこにあった物体に驚愕と警戒を向ける。

彼を取り囲むそれは、どうもパサパサとした感触の大量の何からしく、挙句キツイ鰹節の様な臭いがする。

まるで正体に予想が付かない。

取り敢えずそれ等から脱出しようとする彼だったが、直後に後ろから足音が聞こえてその動きをピタリと止める。

そして、ふとこう思う。

 

(……これ、詰みじゃね?)

 

どう考えても、脱出する前に槍で根こそぎ持ってかれるのは目に見えている。

冷や汗をかき始めた彼は、どうしようかと必死に思考を巡らせ始める。

と、

 

「……それで隠れてるつもりかよ。オイ」

(いえ全く)

 

ジャラジャラという音をBGMに、普段より数段低い声で杏子が言う。

完全に“キレている”彼女に、焦りの余りつい受け答えしてしまった彼は、そんな場合じゃないと思考を引き戻す。

 

「オイオイ、それがまさか“イキノコル”為の行動とやらじゃねェだろうな? そうじゃねェと言ってくれよアタシにゃワカンナイカラサ……」

(現在模索中だよクソッタレ……、でもどうする、あの槍を真面に喰らって耐えきれる自信はないぞ。此処から抜け出す事は不可能だし、回避も侭ならない。クッソ、何か他の手は……!!?)

 

その時、背後の鎖の音が止まる。

同時にそこから異様な殺気を感じる。

憎悪が篭りに篭って半ば瘴気じみたそれが、彼女を中心に辺り一面に広がっているのだ。

もう時間は無い。

 

「ホラホラ、早く見せてくれよ、じゃねェと……ホントに死んじまうぞコラ」

(畜生、こうなりゃ一か八かだ!!)

 

逃げ出せないのなら、次はどれだけダメージを減らし切るかだ。

そう思った彼はその手の触手を全力で動かし、“謎の物体”の下へ下へと潜り込もうとする。

一番それの密集している場所に潜って、槍の盾にしようと目論んでいたのだ。

 

「……そーだよ、そー来なくちゃ困るんだ。……無様に足掻いてるテメーをぶっ殺してやらなきゃなぁ……」

 

ジャラ、と言う音が聞こえた。

彼の直ぐ近くだった。

読まれていた。

彼はそう思った。

そして、

 

 

 

 

 

「アタシの気が、ドーしても収まんねェんだよぉぉッ!!!」

 

それが、最後の思考だった。

 

 

 

 

 

赤い“線”が闇に引かれる。

それは高く積まれた茶色の“山”をまるで竜巻の如く囲い、その刃で“山”を細切れに削り取っていく。

本の一瞬でバサバサと“山” が崩れ落ち、剥き出しの地面に紙束の様に広がって積もる。

 

「…………」

 

三階の穴から杏子は下に降り、鎖を一本槍に戻してから、背後の低くなった“山”の方を後ろ目で睨む。

その山の中からタラタラと“血”の様な液体が流れ出すのを見た彼女は、嘲る様に鼻で嗤った後槍を降ろして前を向く。

 

 

 

 

 

その直後、上空から大量の槍が雨の如く降り注ぎ、“山”を貫き針の筵に変えてしまう。

普段の彼女ならまずしないオーバーキルだったが、今はそうでもしないと気が済まなかったのだ。

 

 

 

 

 

「……ッチ」

 

が、それでも彼女はまだ苛立ちが消えないと言った風に舌打ちし、雨に濡れて重くなったポニーテールを乱雑に掻き毟る。

結局またあっさり終わってしまった事で、鬱憤がまだ溜まっているという事だろうか。

それか、今の自分の衝動的な行動を振り返って、らしくないと自嘲していたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

(……危ねェ、死ぬ所だったぞマジで……)

 

その様子を、絨毯の様に積もった“何か”の下で彼は若干震えながら見ている。

そこは“山”から少し離れた、だが杏子が“山”の方から少し視線を逸らせば簡単に見付けられる場所であった。

 

 

 

 

 

 

 

何故彼が助かったかというと、それは杏子の攻撃の直前の行動にある。

 

(彼奴が俺の姿を“視認”しているか否かの賭けだったが、どうやら今日はツイていたようだ)

 

彼女の様子を見る彼の、その右腕に円形の傷痕が5つ残っている。

だが槍で付けられた傷痕にしては妙に綺麗であり、そこから血が流れた様子もない。

 

 

 

結論を言うと、この傷は「外傷」ではなく“自らで”付けた物。

要は「自切」の痕であった。

 

 

 

実は彼はあの時潜っていたのではなく、右腕の触手を全て自切していたのだ。

その上で、その触手達を“会えて大きくうねらせながら”下に潜らせる事で、宛かも自分がそこに潜っている様に錯覚させていたのだ。

 

(真横から聞こえた時は本気で死を覚悟したが……“山”に槍を巻き付けていたんだな。ヒヤヒヤしたぞ)

 

だが誤魔化した所で槍その物を躱すのは難しいのでは、と思う人もいるかもしれない。

が、飽くまで槍は“下から”切り刻んで行くので時間には少し余裕が出来るし、そうなったら多少動いても機からは判別出来ない。

つまりは、彼自身は槍の攻撃と同時にそのまま全力で上に這い上がって、物体の破片に混じって外に飛び出せば良かったのだ。

 

(ま、でも無傷の脱出は出来ないと思ってたけどな。流石に片手じゃ限界もある)

 

だが、膝から下がズタズタになった位で命の危機を回避出来るなら安い買い物であるし、然も既にその怪我は癒えている。

後は頃合いを見て、此処から気付かれずに逃げ出せば良い。

そう思って杏子の様子を見ていた彼であったが、

 

(……そういや、此奴は結局何なんだ?)

 

ふと自分の被っている物に注意が行く。

改めて見ると、それは茶色の長めの湿気った棒の様な形をしており、自分の頭頂部辺りで蝶番の様にと折れて乗っかっている。

先の方は槍に切られたのか、綺麗な斜めの切り口が出来ている。

彼は更なる情報を手に入れるべく、杏子から少し注意を逸らして付近の“物体”に目をやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方相変わらず不機嫌な様子の杏子は、此処で立ち止まっている訳にも行かないので取り敢えず自分の現在地を把握すべく、適当な建物の屋上に跳ぼうとしていた。

ただ、背後の“山”には振り向きたくないので、先ず前か横かで手頃な建物を探そうとしている。

と、彼女は此処で周囲に別の“山”が幾つも聳えている事に気付く。

 

「まだあったのか……ってか、結局何だったんだコレ?」

 

呟き、彼女はその場でそれを凝視する。

だが雨の降る夜は薄暗く、電源が落ちているのか周囲の明かりは付いていない。

その為今の杏子の位置ではその“山”の輪郭しか見えず、まるでその実態が掴めない。

背後の“山”は切り刻んだので、手掛かりにはならないだろう。

よって、彼女は一番近くにあった“山”に近付きその正体を確かめようとする。

遠くから再び雷の音が響き出し雨も更に強くなる中、正面に捉えた“山”を見詰めながら近付く杏子。

それは彼女と“山”の間、凡そ2/3程を越えた時だった。

 

「あん?」

 

硬めのボールの様な物が足に当たり、それを軽く前に蹴飛ばしてしまう。

不審に思った彼女はその後を追い、蹴り飛ばした“何か”を掴んで顔の前に持って来て、

 

「……ッ!? うわッ!!!」

 

突然、悲鳴を上げてそれを放り捨てる。

大して跳ねずに地面に落ちたそれは、地面を転がって離れた場所で止まる。

 

その時、工場から割りと近めの場所に雷が落ち、それによって周囲が強い光で照らされる。

その光は当然彼女達の場所にも届き、はっきりと照らし出されたその“物体”の姿を彼女は目撃する。

強い白光に染められたそれはまるで梅干しの様な皺くちゃの表面をしていて、三角形を形作る大きな三つの“窪み”とその中心にある“出っ張り”を此方に向けて転がっている。

それは、彼女が本の数分前に見た物と全く同じ物であった。

 

「ハァ、ビックリさせんじゃねェよ全く……って、待てよ」

 

憎々しげに吐いていた彼女だったが、ふと嫌な予感を感じ正面の“山”を見据える。

此処まで来ると少しは細部が見える様になって、彼女はそれが“幾つもの球体”が積み重なって出来ている事に気付く。

 

 

予感は、確信に変わりつつあった。

 

 

「……チクショウ……」

 

思わずといった風に一旦目を強く瞑ってそう吐いた彼女は、だが再び目を開けて正面の“山”に歩み寄る。

一歩一歩進む度、その“山”の正体が掴めてくる。

そして、それは彼女の確信の裏付けになった。

 

「チクショウ……ッ!」

 

同じ言葉を吐く杏子。

槍の柄を強く握る手に冷や汗が滲む。

だが今度は目を逸らさずに、その“現実”に真っ向から対峙する。

 

 

 

彼女は魔法少女と呼ばれる者だが、この世界のそれはおとぎ話やアニメとは異なり、割りと殺伐とした戦いを生きる存在である。

魔女や“縄張り争い”などによって無残な惨殺体となった“同類”や、魔女や使い魔に殺された哀れな“犠牲者”などは数多く見ているし、その程度は既に慣れっこでもある。

だがそんな彼女でも、魔法少女の中でもベテランに値する佐倉杏子であっても、

 

 

 

 

 

ゴミ山の様に積まれた、数え切れない程の数のミイラ化した“人の生首”を見たのは、生まれて初めての事であった。

 

 

 

 

 

暫く目前のそれをただ見詰めていた彼女だったが、ふとしたタイミングで周囲の他の“山”を見渡す。

そして、新たな衝撃が彼女を襲い今度こそ呆然とさせた。

この距離では本当にそうか確たる証拠は持てないが、それでも、今の彼女には少し先にある“山”の山腹付近から突き出た棒状のそれが、痩せ細って骨の様になった“人の左足”にしか見えなかった。

 

“人のゴミ捨て場”、と呼ぶべきだろうか。

当に悪魔の所業としか呼べない有様であった。

 

その衝撃は彼女の思考を大きく揺さぶり、ある“事実”をそこから引き摺り出す。

半ば作り話の様に錯覚していたそれを、今此処で、彼女はもう一度受け止めなければならなかった。

嘗てない程の恐怖と共に、“現実”と認識しなくてはならなかった。

 

 

 

 

 

(竜二)は、嘗て“3万人”を一夜で虐殺している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、同じ事に気付く存在が別にいた。

 

(……冗談も大概にしてくれ)

 

彼も、自分の被っていた物が“人の右腕”だと気付き、苦虫を噛み潰した様な顔になる。

ただ、その意味は杏子のそれとは大きく異なっているが。

 

(俺が此処で感じた反応は一つ、つまりこの“ゴミ溜め”の分を全て取り込んだのがソイツ。……勝てる気がしない。生き残る為には、此処から姿を消して去った方が良い)

 

幸い、目前の少女は少し離れた“ゴミ山”の前で突っ立っている。

とっとと、この気味が悪い場所からおさらばするのなら今がチャンスだ。

慎重に、だが素早く彼は散らばった“ゴミ”の下をくぐり、彼女とは反対の方向に這い進み出す。

この大雨だ、多少音が出ても彼女には届かない。

直ぐに広がった“ゴミ”の端に辿り着き、その先にあった小型の牽引車の影に潜り込む。

 

(奴の反応はこの道の先、なら俺は建物の中を突っ切って俺の“気配”を誤魔化して逃げるのが最善。電波でもばら撒ける機械があれば尚----)

 

 

 

 

 

彼は、一つだけ大きな見落としをしていた。

この期に及んで、彼はまだ“ソレ”を自分の同類だと思っていた。

もう、それは致命的な間違いであった。

その代償(ペナルティ)を払う時は、本当に突然襲来した。

 

 

 

 

 

グルルルルルルル……。

 

唸り声が聞こえた。

彼の頭上からだった。

だが彼は見上げない。

微動打にしない。

 

 

 

 

 

 

 

何故なら、その首に鈍いピンクの触手が巻き付いていたからだ。

その胸を、意とも容易くそれが貫いていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴は一切無かった。

上げる前に、声は骨ごと潰されていた。

全てが、一瞬で決着していた。

 

ルルルルル……。

 

再び唸り声。

そして、その身体が音も無く上に吊り上げられる。

糸の切れたマリオネットの様に、手足と頭を真下にブラブラと垂らしたまま、貫かれた胸と折れた首を支えに素早く上がっていく。

暗く深い夜の闇に、その姿が溶け込む様に消えてゆく。

 

直後に、肉が一気に引き裂かれる音がして、彼が隠れていた牽引車にスプレーの様に鮮血が散る。

そして、直後にそこに茶色く変色した“球体”が落ちてスイカの様に破裂した。

 

 

 

 

 

「ッ!!!??」

 

その音は呆然としていた杏子の耳にも届き、槍を構え慌ててそちらに身体ごと向く。

だが、彼女の場所からでは暗闇だけが見えて牽引車すら捉えられない。

 

(今度は何なんだよ……!)

 

そう思うと同時に、胸の“赤い宝石”から同じ色の光が発される。

牽引車などが赤く照らされる中、彼女はその近くに落ちている“何かの破片”に気付き、その身が強張るのをはっきりと感じた。

頭の中で、本能的な警鐘が鳴り響く。

だが、それに彼女が怖気付いたのは一瞬だった。

 

「……出て来いッ!! いるのは分かってんだ!!」

 

発破を掛ける様に叫び、杏子はその槍を多節棍状に変えて構え直す。

その奥歯が音を立てて軋む。

 

 

グゥゥゥウウウウウウウウウウッ!!!

 

 

それに応える様な雄叫びが辺りに木霊する。

その声に導かれる様に、彼女は上を向く。

そして、

 

 

 

 

 

フゥゥウウオォォォオオアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!

 

絶句する彼女の前で、“竜”は歓喜の咆哮を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、そこから少し離れた場所でその咆哮に顔を上げた者がいた。

 

「今のは、まさか……?」

 

そう呟くほむらがいるのは、まだ比較的荒れていない研究室の様な部屋。

あの場所を後にしたほむらは、取り敢えず現在の居場所を確認する為に、手掛かりになりそうな物を探して此処に来ていたのだ。

 

(厄介ね。まだ此処からの脱出手段すら分かってないと言うのに……)

 

だが、此処にある資料を見て分かった事も幾つかある。

拾ったライトと数枚の資料を手に持つ彼女は、此処で手に入れた情報を順を追って整理し出す。

 

 

 

 

 

先ず最初に、今の時間は「2003年3月20日」、つまり6年以上も前の世界だと言う事。

この場所が表向きは食品工場であったが、裏では“B.O.W.開発”をしていた事。

その食品工場の経営会社の株を牛耳取り実質的に支配していたのが、“アンブレラ・コーポレーション”だという事。

そして、ここ数年に渡ってこの場所で研究されていたのが、

 

(“G-ウィルス”。そして、偶発的に発生した“D.R.A.G.O.N.”……)

 

此処に放置されていた資料を次々と読み漁っていく内に、無意識的に彼女は歯軋りをしていた。

そこに書かれている余りにも惨い“実験”の数々は、彼女の心にすら純粋な怒りを呼び起こしていた。

 

(兵器化にあたって、“G-ウィルス”その物に安定性を求めるのは特性上不可能に近い。つまり、安定して“G生物兵器”を製造するには「元の素体」に手を加える必要がある)

(“G”は宿主に感染後、その細胞をある程度の時間をかけて新しい“G細胞”に置換する事で発症する。開発者のウィリアム・バーキンの残したワクチン「DEVIL」も、この行程に割込みをかけて“G”を治療する物である。そして、我々も此処に着目した)

(“G”を順応させる上で、成熟した「素体」を用いるのは余り効率的とは呼べない。ある程度体力があって、かつ此方の“操作”に抵抗力を持たない「未成年」が最適であると言える)

 

その次の一行を読む時、確かに、彼女の指は強く震えていた。

それを引き裂かんばかりに、力を込めていた。

 

他人事の様には思えなかった。

 

 

 

 

 

(対象は「第二次性徴期の男女」。特に12~15歳が望ましいと言える)

 

何処かで聞いた様な、設定だったから。

 

 

 

 

 

(此処が“彼”の記憶だと言うなら……恐らく彼はこの“実験”に参加して、それで……)

 

また別の資料には、この様な事が書かれていた。

 

(現在確認されている“D.R.A.G.O.N.”は3種。それに「TYPE1」と「2」、「3」とで更に分類する必要がある。何故なら厳密に言うと、「1」は「2」の“抜け殻”から見付かった存在、“D.R.A.G.O.N.”のなり損ないであるからだ)

(“置換”に失敗した「TYPE1」、“融合”に失敗した「TYPE2」、そして何故か“消滅”する「TYPE3」)

(「1」はそのまま兵器に使えそうだが、「2」は経過を見て、「3」に至っては全く別の利用法を考えなくてはならないようだ)

(今朝の会議で、今後はこの三体の研究を別プロジェクトで進める事に決定した。特に、「2」の特異性は兵器として素晴らしい物がある事が判明し、より重きを置く事が決まったそうだ)

(今後の課題として、「1」は別の「素体」での“適合性と特異性”の検証。「2」は爆発的細胞増殖の“制御”と安定した“量産法”の確立。全く進展の無い「3」は最早「原因究明」としか言い用がないだろう)

 

 

 

 

 

(あの時のアナウンスは確か「TYPE2」。つまり、彼はこのプロジェクトの中心的「兵器素体」だったという事なのね……)

 

彼女には意味の分からないグラフや表、専門用語の羅列からどうにか読み取れる部分を繋げるとこういう事である。

何で学者は気の遠くなる様な小難しい表現で、10枚、20枚もダラダラと長い文章を書けるのだろう、とほむらは割りと本気で思う。然もその癖に内容は薄い。

このまま読んでると、それだけで色々とストレスが溜まってジェムが濁りそうだ。

そんな風に思って少し読むのを止めていた時に、あの咆哮が聞こえてきたのだ。

 

(……ひょっとして、“彼”が動いているの? 利用されてるのか、それとも脱走したのか)

 

そんな風に思った彼女であるが、既にこの場所に来るまでの間に通り道の廊下やその近くの部屋にも見て回っている。

そうして見た所の何処も彼処も、何かが暴れ回った様にデスクや機材が散乱し、壁には無数に弾痕が空き、更に血痕までもが飛び散っていた。

何方が起きたのかは、さほど想像に難くない。

 

(出来る限り、合流は急いだ方が良さそうね。“彼”に奇襲される可能性もあるし、もっと別の何かが潜んでいるかもしれない)

 

少なくとも、此処に“彼”の同類は3体はいる事になる。

同時に襲われでもしたら、殺される事は無いとしても、魔力や兵装を削られて今後に支障が出るかもしれない。

それに、逸れた二人の安否の方も気になる。

これ以上の情報は得る必要がないだろうと、手に持っていた資料をまだ無事だったデスクの上に置く。

 

(……あなたもあなたで、随分と苦労ばかりしていたようね、竜二)

 

彼が自ら進んであの“化物”になったとは流石に考えられない以上、恐らく何処かから拉致されて此処に連れ込まれたのだろう。

願いと引き換えだった自分達よりも、無理矢理“素体”にされた彼の方がよっぽど悲惨な“被害者”だったのかもしれない、デスクの上の資料を見詰めながらそう思う彼女ではあったが、

 

(……それでも、私はあなたに同情はしない。そんな物は、あなたには邪魔なだけでしょうから)

 

一つの願いの代わりに全てを諦める、それが「魔法少女」なのだと彼女は考えている。

だから彼女は、「親友」を救う為だけに今までも、そしてこれからもずっと戦い続けるつもりでいる。

そんな自分の安い同情など只の傍観者の“お慰め”でしかなく、それは彼女にとっても一番向けられたくない類いの物である。

何も出来ないし、そもそも何もするつもりもないのだから、初めから何も抱かない、抱く権利など存在しない、それが彼女の考えだった。

 

(だから、私の邪魔をするのなら容赦はしない。“あの子”を傷付けるのなら、此処で倒す)

 

誰の同情も要らない、理解もされなくて良い。

互いの利益になるなら協力し、そうでないのなら角が立たぬ様に決別する。

それで良いのだと、それで救えるなら他に何も要らないと、彼女は頑なに信じてきた。

“未来”は誰にも受け入れられないし、言っても誰にも信じて貰えないのだから。

時間を繰り返し、武器や“情報”以外は全てリセットされる、そんな生活も彼女のそれに拍車を掛けた。

 

全ては、“鹿目まどか”を救う為に。

それだけが、彼女の今の存在理由(アイデンティティ)

 

 

 

 

 

だが彼女は、その思いの小さな“異変”に気付かなかった。

僅かに紛れた、悍ましい「異物」の存在に。

それは、彼女にとって最悪の致命傷(ミス)であった。

 

 

 

 

 

(取り敢えず、今から一回通信か念話でもしてみましょうか。ひょっとしたら何か分かるかもしれないし)

 

この部屋付近に動く者の気配はないし、通信するなら今がチャンスである。

先ずはインカムから試すか、そう思って彼女が耳に手を当て、更に視線を下に向けたその時、

 

「ん?」

 

デスクの足元、椅子を入れる空間に見覚えのある黒い円盤がある。

インカムから手を離し、ほむらはその円盤を引き抜いて手に取る。

 

(これ……さっきのと同じタイプの物だわ)

 

黒い木製のレリーフは“創世のレリーフ”とよく似た形をしていたが、此方の物は三つ首の竜の彫刻が表になされている。

そしてその裏には、

 

(何か貼り付けてある?)

 

セロテープでフラッシュメモリが一つ貼り付けられていた。

手に取った感触で気付いた彼女は裏返してそれを剥がし、それを手に取って暫く眺める。

 

「何か重要な情報でもあるのかしら? でも、これをどうやって見れば……」

 

呟き、辺りを見回してみると別のデスクにラップトップパソコンが置いてあるのを見付ける。

レリーフとメモリを手に取ったまま近付き、それを開いて電源を付けると難なく開いた。

スリープモードで待機していたのかもしれない。

PASSを魔法でこじ開ける必要が無くなり少し安心した彼女は、そのままメモリをラップトップに接続して中身を開く。

 

(中身は日記? 人の物を勝手に覗くのはあんまり趣味では無いけれど……)

 

ただ、余り真面目に付ける人では無かった様でかなり日付が歯抜けである。

これなら余り時間は掛からない、そう思ってほむらは一番古い物から読み始める。

 

 

 

 

 

・研究者コンラッドの日記。

 

 

 

10月2日

 

日記なんて付ける柄では無いが、それでも今日から偶に付けていこうと思い、ここに記す事にした。

というのも、この“ロックバレー開発研究所”に配属されてからの3年で、最も刺激的なイベントに出会ったからだ。

思えば、丁度配属されてから3日後にラクーンがぶっ壊れたんだったな。

此処に呼び込まれる事が無ければ今頃は灰になってたかと思うと、本当に自分の強運と才能に感謝しなくては。

 

さて、一体何が起こったかと言うと、今のプロジェクトに“イレギュラー”が出現したという事だ。

皆も最初は等々成功例かと大騒ぎだったが、それが分かってからは更に阿鼻叫喚だ。

やはり研究者として、この手の“謎”に会うと武者震いが止まらないね。

さて、俺も研究に参加出来る様に上司様へのプレゼンの準備をしとくか。

 

 

 

1月13日

 

無事に「2」の研究グループに滑り込んでからは本当に楽しい日々だ。

ついつい、日記を付けるのを忘れてしまっていた。

 

この開発研究所の主流は“生産”では無く、飽くまで“開発”と言うのがモットーだ。

だから、何処ぞのヨーロッパみたいに大量生産で目立つ事も無く、気ままに研究が進められるという訳だ。

資金も粗方は“表”で賄っているし、もう暫くは楽観視していられるな。

 

分かった事だが、どうも“G”の融合過程に欠陥があったらしい。

非常に存在として不安定だし、新陳代謝も非常に激しい。

それが異常な回復の支えになっている反面、“餌”の量を間違えるとあっという間に瀕死になったり膨張したりと本当にめちゃくちゃな変化をしやがる。

 

まあ、それよりももっと重要な事があるのだがな。

此奴はどうも、自分の遺伝子欠陥を“捜査”する能力に欠けているらしい。

その為に定期的に遺伝子の“更新”が必要で、凡そ月に大人一人分の“血液”を摂取しなくてはならない様だ。

これは、11月に突然全身癌化して瀕死になった時に、俺が“生きた餌”を与えた事が切っ掛けになって判明した。

健康状態には注意していたから、ひょっとして“生体内”のみに生じる“何か”じゃないかと思って試したらこの快挙、当に“慧眼”って奴だな。

 

まだまだ、色んな謎は残っている。

出来れば、他の研究所から“サンプル”も取り寄せて研究したい所だ。

 

 

 

5月21日

 

“B.O.W.”のサンプルを与えて出して早3ヶ月、左半身に異常な変異が見られる様になった。

色んな奴の一部が組み合わさったみたいで、中々グロテスクな外見をしている。

だが反面、右半身に大きな変異が起きないのは不思議だ。

抑制する様な“何か”を持っているのだろうか?

 

今日からプロジェクトが完全に別枠になった。

中間報告会があったが、「1」はまるで面白味が無さそうだったし、「3」はまだ本当に何も分かってない様だ。

奴等が無能なのか、それとも「3」がオーパーツ級なのか。

兎に角、「2」は大当たりだったって事だな。此処でも強運に助けられた。

 

 

 

8月3日

 

実戦に置ける性能確認が始まった。

まだ量産化の目処が立たない内で不安だったが、今は逆にそれで良かったのだと思っている。

奴が実戦で“分離体”を放出したのだ。

これを研究すれば、兵器として飛躍的に使える様になるだろう。

 

また、抑制の原理も掴めた。

どうも、パターン化された“電気信号”を脳と心臓から放出しているらしい。

特に心臓のそれが“核”になっているらしく、脳は心臓を経由して全身に送っている様だ。

つまり、本当の弱点は“目玉”じゃ無くて“心臓”の方だという事だ。

 

それと、最近此奴らに「D.R.A.G.O.N.」なんて言う製品名を付ける事になった。

決まった識別名の頭文字を取っただけだが、俺は「2」に関して言えば中々センスはあると思う。

複数のB.O.W.の特徴に、心臓が弱点だという欠点、これで鱗生やして炎吹いたら当にその物だな。

きっと、「暴君」を超えるB.O.W.になってくれるだろう。

 

さて、俺はこれから回収した分離体の解剖をする予定だ。

なんだが、幾ら研究対象だからと言って、流石に“ゴキブリ”その物の形をした奴に触るのは鬱だな……。

 

 

 

9月1日

 

奴がまた“謎”を作りやがった。

餌も環境も十分な筈なのに、分離体同士や本体とで“共食い”し合っているのだ。

凶暴性が故だと皆思っている様だが、普通に仲良く共存してる時だってある。

俺は試しに2体だけ別で隔離したのだが、その間でも暫くすると“共食い”し合う。

だが、餌を狩る時は一緒だし、隣合わせで寝ている時もあるのだ。

社会性があると考えるのも不自然だし、一体何が原因なのだろうか?

 

 

 

11月13日

 

心臓に埋め込む試作品の制御装置が完成した。

試作品と言っても研究用にも使える優れ物だし、戦闘も考慮してか耐久性も滅法高い。

今の所、“初期状態(人間形態)”に戻すのと“スリープモード”にする2パターンの信号が分かっているが、これを使えばリアルタイムでの情報収集が可能、制御と同時に新たなパターンを解析出来るという訳だ。

心臓自身の鼓動や受信する電波から電力も得るタイプだし、点検の必要がかなり少ないのも素晴らしい。

 

分離体の行動だが、少しずつ研究も進んで行っている。

が、最近妙な胸騒ぎがするのだ。

今も相変わらず“共食い”し合っている奴等を見ていると、何故かそれから目を離せなくなる。

深い深淵を、その淵から覗いている様な気になる。

俺はひょっとして、触れてはいけない物に触れようとしているのだろうか?

そんな風に、何時の間にか弱気になっている時があるのだ。

 

アンブレラの方も大分追い込まれているみたいだし、そろそろ身の振りを考えるべきなのかも知れん。

この“謎”は此処を去るまでには出来れば解き明かしたい、でも、俺は本当にそうすべきなのか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

分かってしまった。

やってしまった。

恐ろしい物を見てしまった。

分かるべきでは無かった。

今でも身震いがする。

アレは人の手には負えない。

解放したら最期。

もう誰にも止められない。

今直ぐにでも此処を核で吹き飛ばすべきだ。

だが誰も分かってくれない。

どいつも此奴も本当に理解していない。

此奴等は全員無能だ。

気付かないのだ。

目の前に“フランケンシュタインの怪物(創造主を殺す反逆者)”がいるのにだ。

奴等はまだ実験をしようとしている。

それが奴を“手助け”しているとは夢にも思わずに。

アレを殺す為には核を“今”撃つかもう一つの“可能性”に掛けるしかない。

「竜」の息の根を止めるにはそれしか無い。

だが今の俺には無理だ。

 

俺は今日此処を去る。

行く場所は決めている。

 

アレを抹消する為には、それ以外に道は無い。

 

 

 

 

 

「…………」

 

全てを読み切り、ほむらはファイルを閉じて暫く黙り込む。

最初こそはこの研究者の言動に怒気を滲ませていた彼女だったが、最後まで読んだ今はただ困惑だけを感じていた。

 

(どういう事なの? 此奴は一体何に気付いたの? 核を撃つべきって、“彼”の中に一体何があると言うの……!?)

 

読んだ限り、この学者はどう見てもイカれた外道だ。

あれだけの残忍な実験をして、まるで“謎解きゲーム”の様な感覚でいる。

そんな狂人が、此処まで“彼”に恐れを成したのだ。

その理由など、彼女にはまるで想像が付かなかった。

 

(……訳が分からない。そんなに危険な物なら、何故彼は消されようとされてないの? 普通に街を歩いていたの!? 何で今助けようとしているの!? ……そんな、物から……)

 

思わず目を瞑る。

だが、逆にそれを彼女は意識してしまう。

自分の中にある、その「異物」の存在に。

今は痛みも不快感も感じない、だがそれが彼女の恐怖を生んだ。

 

(私は、本当に助かるの……?)

 

静寂が訪れる。

デスクに手を置き俯く体勢で固まっていた彼女だが、10秒もすると目を開いてパソコンの電源を落とす。

今はそんな場合じゃないと、彼女は思い直したのだ。

メモリを抜いてレリーフごと盾に収納すると、彼女は代わりにハンドガン(ベレッタM92F)を取り出す。

 

 

 

“邪王竜のレリーフ”を手に入れた。

 

 

 

(先ず、此処から連絡が出来るか試さなくては。それが駄目なら念話で……)

 

ほむらは再びインカムに手を当ててみるが、やはり通じていない様だ。

此処とあの十字路は別空間だという事がはっきりし、彼女は今度は念話を使って他の二人との意思疎通を図る。

 

『巴マミ、佐倉杏子、そっちはどう?』

『暁美さん? インカムは通じてないの?』

『ええ、急に別の場所に放り出されてしまって。他の二人とも逸れてしまった』

『それは大変そうね。こっちは仕掛けの鍵を一つ回収して、台座の場所にリードさん達と戻ってる所よ』

『そう、此方は二つ回収したのだけど……って、佐倉杏子は?』

『あら? そう言えばずっと返答が……』

 

 

 

 

『……スマン、遅れた……ッぁ……』

 

 

 

 

「……ッ!!?」

 

彼女の顔が一気に強張る。

杏子の念話は、今にも消え入りそうな程弱々しかったのだ。

 

『佐倉さんッ!? 一体どうしたの!!?』

『……工場、みたいな場所に、デカい奴がいて……ッく、前が……ッ!!』

(工場、ってまさか!?)

 

彼女は部屋の窓を振り向く。

割れていない分厚いガラスの向こうには、降り注ぐ大きな雨粒とその向こうの併設する建物が見える。

彼女は此処で二つのレリーフを回収した。

だが、台座はそれぞれ三方向に存在する。

仮にそれぞれの方角の先にレリーフが存在するとして、自分が二つも回収したと言う事は、

 

『杏子!! あなた今何処に--ッ!!』

『ッうああぁ----ッ!!!』

 

ほむらが言い終わる前に杏子の絶叫が入り、そしてそれも途絶えた瞬間に、

 

映画の中でしか聞かない様な、重い金属の潰れる様な轟音が彼女の耳に微かに届いた。

 

『佐倉さんッ!? 佐倉さあぁんッ!!?』

 

マミが悲鳴の様な声で叫ぶが、杏子からの返答は無い。

ほむらも焦った様に舌打ちして窓を向くと、

 

『私が様子を見てくる! あなた達もレリーフを置いたら直ぐに後を追ってッ!!!』

『あ、後を追うって一体どうやって!!?』

『杏子の進んだ方角を辿れば良いの!! 私も恐らく同じ場所にいる!!!』

『分かったわ!! レズモンドさん達も連れて来るッ!!!』

 

それを最後に、ほむらは窓に突進してガラスをぶち破り、大雨の降る外へ飛び出して行く。

事態は一刻を争う、早く杏子を助けなくては。

今はその一心で彼女は轟音のした方角へ急行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白い連中が紛れている様だな」

 

声は、彼女のいた部屋に響く。

何時の間に潜んでいたのだろうか。

その主は物陰から姿を現し、ほむらの破った窓を見詰める。

 

「興味は俄然湧くが、此処で手を出すのは高望みだろう。既に最低限のノルマは達した」

 

全身黒一色のスーツ姿で金髪の髪を整髪料でオールバックに纏めたその男は、実に愉快そうに笑みを浮かべる。

どうも、彼女は“彼”と戦おうとしているらしい。

彼女は一切そうとは言っていないが、それでもその意思がはっきりと分かった。

確信出来るだけの「力」を、その男は持っていた。

 

「俺は此処で観戦させて貰おうか。“彼”の力を見るのには丁度良い機会だ」

 

本当は“彼”も回収したかったのだが、無能な「猿共」が愚かにも刺激してしまったらしい。

結果的に諦めねばならなかったが、運は最後にその男に味方した。

 

 

男が“彼等”の存在を知ったのは僅か1ヶ月前の事。

その異様な力に興味を持ち、“彼等”を得る為の情報収集を始めようと早速したのだが、その時には既に「事」はかなり進んでしまっていた。

まだ確とした立場にいないが、このまま“彼等”を見殺しにするのは惜しい。

然も、「事」は「2」のみに焦点がある様だ。

そう考えた男は、急遽「1」と「3」の確保を狙って此処に潜入し、既にそれは成功を納めた。

「2」も、運び出しの途中で奇襲しようとある程度手筈は整えていた。

だが、結果はこの有様だった。

 

 

 

だが、それで良かったのかもしれない。

今はそう思っていた。

 

 

 

「無論、“彼女”の力もだがな。……果たして何処まで“出来る”のか」

 

暗闇の中で、トレードマークのサングラスの向こうに“赤い光”が灯る。

それが、この男の全てを物語っていた。

クククッ、と一頻り笑った後、不意にその姿がその場から消滅する。

跡形もなく、忽然と消え去る。

 

 

 

 

 

「“3万通りの進化”の前で、精々足掻いてみせろ」

 

そんな台詞を、闇の中に残して。

 

 

 

 

 




どうも、一日縺れ込みました。B.O.A.です。

今回がほぼ定期的更新の最後となりまして、次回は恐らく来年3月以降になってしまうと思います。
……まあ、やるとしても、ひょっとしたら短編のリハビリとかリメイク版の執筆とかで、実際の更新はかなり後になるかもしれませんけどね。

何か、漫画の打ち切りみたいな無茶苦茶引きの強い所で終わりましたが、ちゃんと展開は考えてますよ。
ってか、個人的にはこの先の“あの子”の描写がしたくて堪らなかったりします。話長ェんだよ主人公。

さて、そんな主人公はかなりの大物でした。
本来真っ先に消されるべき彼が、何故寧ろ消す側に立って戦うのか。
そこには、大いなる螺旋(パラドックス)が存在しています。

QBが空気化してて実はヤバイなぁと思いながら、この辺で失礼しようと思います。
次にまた戻って来れた時に、お会い出来たらなぁと思います。

次回は大激戦から。
気長に待って頂けたら幸いです。

では、また。



謝謝(シェシェ)再見(ザイジャン)っ☆!!!』



追記:感想や批評は、書いて頂けると復活時のモチベーションに影響するかもしれません。
出来る限り、返答は早く返します。
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