みかんの花香るころ…【帰郷 サスケ・サクラの章続編】 作:かなで☆
次の日の朝、任務に出る二人をナルトといのが門まで見送りに来ていた。
「サスケ、気を付けてな」
「ああ」
「サクラも気を付けてね」
「うん。いの、子供心療所の事よろしくね」
試験段階とはいえ、すでに数ヵ所で動き出している事もあり、サクラは少し気がかりとなっていた。
「心配ないって。ヒナタも手伝ってくれるし。
何かあったら伝令飛ばすから」
「うん。あ、そうだこの間心療所の先生が言ってた話なんだけど、あれ…」
「はいはい。分かってるから」
気になって仕方ない様子のサクラの肩を掴んで、いのはクルリと回してて背中を押し出す。
「早く行きなさい」
数歩踏み出して振り返り、また何か言いかけたが「もういいから」とのいのの言葉に口をつぐむ。
とその時、サスケの手が肩に乗せられた。
「サクラ、行くぞ」
「え!あ!うん!」
サクラは体をビクリと揺らし、ぎこちない顔で笑いを返し、歩き出すサスケの後ろから微妙な距離を保ちつつ、ついて行く。
そんなサクラを見て、いのがため息をついた。
「サクラったら…ガチガチじゃない…。
先が思いやられるわね…」
でも、せっかく実った恋なんだから、がんばんなさいよ…サクラ…
いのは二人の背が見えなくなるまで見送った。
里から国境へと続く林道…
昨日に引き続き天候がよく、美しく咲き誇る桜並木を二人は静かに歩いていた。
時折吹き抜ける優しい風が、前を歩くサスケのマントをなびかせサクラの体に触れる。
それだけでも一瞬ドキリとしてしまう自分に、サクラは気恥ずかしくて下を向いていた。
追いかけても追いかけても届かなかったサスケ想いが通じ合い、こうして一緒にいることがいまだに信じられず、サクラはなかなか気持ちが落ち着かずにいた。
「おいサクラ」
不意に名前を呼ばれて顔をあげると、いつの間に立ち止まっていたのか、すぐそばにサスケの背中が見えてぶつかりそうになり、慌てる。
「な、なに?」
「今回の依頼書だ。
お前まだ内容見てないだろう」
「あ、うん」
受け取ってゆっくりと歩きながら内容に目を通す。
目的地は火の国の南…海沿いにある「紀伊の国」の【
数日前、時季外れの台風の被害にあい、建物や荒れた畑の再建中のようだ。
その手伝いを中心に復興の手助けをするのが今回の任務…。
とはいえ、内容を見る限り大きな被害は出ていないようで、書かれている作業内容は、風で飛ばされたがれきの片づけや、里内を回り修繕が必要な場所を確認する…といったものだ。
「って、これ…Dランク任務じゃない…」
サスケやサクラが今更請け負うものではなく、本来なら下忍で対応するべきものだが…
「今人手が足りないらしい」
サスケは依頼書を受け取りカバンに直す。
しかし、それは建前上の理由であり、サスケは昨日の夜カカシからこの任務の中で、サクラを少し休ませるよう言われていた。
紀伊の国は水質の良い海沿いにある事から、海鮮が豊かで自然あふれる穏やかな場所…
特に【
ここ最近働きづめだったサクラへの休養と、ほかにもカカシなりに考えがあっての任務であった。
「滞在期間は1週間。
復興の手伝いと、あと時間があれば、忍術学校の子供たちへの忍術の指導を頼まれてる。
特に医療忍術の教えを強く希望しているようだ。お前が適任だろう」
「なるほど」
そう答えたきり会話がなくなり、二人は静かに歩みを進める。
ひらりひらりと、小さな桜の花びらが風に舞っては地面に落ち、かわいらしい模様を作ってゆく。
サスケはその光景を柔らかい眼差しで見つめ、時折物思いに耽る…。
「きれいなもんだな…」
「え?」
舞い落ちる花びらにサスケが手を伸ばす。
「あの戦いが終わってから幾度も桜を見てきたが、こうして二人で見ると…また違って見える。
また違う綺麗さだ」
「…………っ」
いい事も悪い事も、ふいに思ったことを口に出す性格は昔から変わっていない。
嬉しいけど…恥ずかしい…っ…
顔が熱くなるのを感じながらサスケを見上げると、不意にサスケが振り向き、手を伸ばしてきた。
…な…なに…?
体を固くして身構えるサクラ。
サスケは目を細めて「髪に花びらがついてる」と、サクラの髪に絡まった花びらを取った。
「あ…ハハ…。ありがと…」
ぎこちない笑みを浮かべるサクラに何か言いかけて、サスケは空を見上げた。
つられてサクラもみあげ、気付く。
「雨?」
いつの間に雲が広がっていたのか、二人の頬にポツリと雨粒が落ちてきた。
黒く深いその雲に強く降りそうな気配を感じ、サスケはあたりを見回して「こっちだ」とサクラの手を取って歩き出す。
雨足は徐々に強くなり、細かい霧雨が二人に振りそそぐ。
サスケは岩にできた小さなくぼみにサクラをそっと押し入れ、マントを外して自分ごとサクラを覆った。
「通り雨だ。すぐに止むだろう…」
「う…うん」
距離の近さに、サクラは息がつまりそうで顔をそむける。
雨の湿り気に乗って、サスケの服から柔らかい香りと、その体温が伝わり耳まで赤くなる。
そんなサクラに気づき、サスケはため息をついた。
「サクラ…いちいち反応するな…。
…やりにくい」
「………っ」
思わず顔をあげる。
恥ずかしさと申し訳なさが混ざったその複雑な表情に、今度はサスケが顔をそむけた。
「お前…」
つぶやいて大きく息を吐く。
「あ…ごめん…」
呆れられてる…
どうしよう…こんなことなら言わなきゃよかったとか…一緒に旅は無理だな…なんて思われたら!
サクラは一人よからぬことを考え、冷や汗をかく。
「ごめん…」
「怒ってるんじゃない…。
とにかく、早く慣れてくれ」
「う…うん…」
しかし、そうすぐには変われる物でもなく、サクラは結局何も話せず…。
下を向いて黙り込んだまま数分が過ぎたころ、ふいに、サスケが小さく笑った。
「な…なに?」
「いや…お前、昔は無理やりオレに抱きついたりしてたのに…あの勢いはどこ行ったんだよ」
「あ…あれは…まだ子供だったし…」
サクラは過去の自分の行動を思い返す。
確かに…無理やり抱きついたり、腕を組みに行ったり…
べたべた引っ付いて…
…私よく平気であんなことしてたな…
我ながらその積極性に感心する。
しかし大人になり、いろいろなことが見えてきた今、とてもそんなことはできない。
「雨…上がったな」
サスケがマントをどけたことで視界が急に明るくなり、まぶしさに目を細める。
サスケは濡れたマントを振って水滴を落とすが、羽織るには濡れすぎていると思い、丸めて脇に抱えた。
「サスケ君…私ビニール袋持ってるから…。
それに、まだ鞄に余裕あるから、持つよ」
差し出された手に、サスケは「ああ」と少し嬉しそうに笑いながらマントを渡す。
「頼む」
「うん…」
いつまでも、距離を感じてちゃだめだ…
そんなんじゃ、サスケ君を支えられない…
サクラは自身の心を振るいたたせ、マントをかばんにしまって向かう先を見据える。
「行こう」
「ああ。少し走るぞ。
今日中につかないと野宿になる」
二人は顔を見合わせてから、さっと飛び上がり駆けだした。
夕方、二人は目的地の【
整備はされているが角度のある坂道で、体を少し前に倒さなければ後ろにふらつきそうだ。
「大丈夫ですか?」
二人に声をかけたのは道案内のために二人の少し前を歩いていた、依頼人のカロンという名の青年。
年は二人と同じくらいだろうか…。
地元の人間だけあって、足取り軽く坂を上がっていく。
「ああ。大丈夫だ」
「大丈夫です」
「足が疲れてきたら、後ろ向きに歩くといいですよ。
体を後ろに倒して歩くほうが少し楽なんで」
「へぇ」とサクラが試しに体を反転させて歩く。
「あ、ほんとだ」
大きく変化があるわけではないが、無理なく体の重心を足に乗せられるような気がする。
「ちょっと楽かも」
「……単純」
言われたことをそのまますぐにやってみるサクラにサスケが笑う。
「本当だってば…」
サクラは少し頬を膨らませながら前に向き直る。
そんな二人の様子を青年がにこやかな顔で見つめる。
「この里は農家が多いんで、収穫した野菜をかごに入れて背負ってこの坂を上るんですが、後ろ向きに歩くと籠の重みで自然と後ろに重心がいって足が動くんで無理なく登れる…。先人たちの知恵ですよ…」
「なるほど…。すごいですね」
「面白い発想だな」
と、感心するサスケの前に横手の斜面からこぶし大の石が転がり落ちてきた。
その石は地面に落ちた衝撃で、パカリと二つに割れる。
その中心に何かの模様が見えて、サスケはそれを拾い上げた。
「なに?」
覗き込んだサクラが目を見開く。
「貝?」
岩の中に貝の模様が刻まれていた。
カロンが二人のもとへ歩み寄り、石を見る。
「ああ、たぶんアサリかハマグリの化石ですよ」
「なんで山に貝の化石があるんだ?」
「大昔…まだこの町が【村】だったころ、この辺りは一度高波の被害にあってるんですよ。
だから、この山には海の生き物の化石が多く残っているんです」
「そうですか…」
高波…。
その事態を想像し、サクラは表情を曇らせる。
「大変な被害だったでしょうね…」
「ええ」
ゆっくりと歩き出すカロンに二人も続く。
「ですが、当時山の上で農業を営んでいた百姓が波の異変に気づき、住民たちを非難させたので被害は最小限にとどまったと、資料には記されています」
「どうやって…」
サスケがつぶやく。
高波を予測したからと言って、波が襲い来るより早く非難を誘導できるのだろうか…
カロンは、少し誇らしげな眼差しで山頂を見つめた。
「自分の田畑に火をつけて回ったんです。
それを見た住人達が火事だと思い、消火のために山に集まり事態を知って、避難の声が広がった…」
「すごい…」
「知恵もすごいが、人徳あってのことだな…」
カロンは「はい」と頷く。
「人柄がよく、とても慕われていた。それに、教育に熱心な方でもあり、子供たちのために勉学の場を設け、村のために貢献してきた人です。
この話は【
もしまた同じことが起こっても、助け合い乗り越えられるよう。
そして自然の恐ろしさを忘れぬよう…。
毎年慰霊祭も行われ、町中で黙祷をささげます」
「大切な取り組みですね」
経験し、学んだことを受け継ぎ守っていくことの大切さをサクラは感じていた。
「自然現象についても、学校で学びます。
私たち人は自然とは離れて暮らすことはできませんからね。
その中で小さな変化を見逃さず、気付くことが、平和や安全…そして家族を守っていくことにつながります」
サスケはその話を真剣な表情で聞いていた。
自然の小さな変化に気付く…。
それはこれからの旅においてとても重要な目的になるような気がした。
「さぁ、お二人とも、あと少しですよ」
カロンが指さす先に目を向けると、少し上のほうで坂道の終わりが見えていた。
「行くぞ、サクラ」
「うん」
力を入れなおして歩き出す二人。
坂の上から吹き降りてきた風の中に潮の香りが混じりだす。
そして、上りきったところで一気に景色が開け、視界いっぱいの美しい海が飛び込んできた。
「うわぁ…」
「すごいな」
長くつながる砂浜、穏やかで美しいコバルトブルーの海水。
切り立つ迫力のある岩にぶつかりしぶきをあげる波。そして果てしない地平線…
すべてが絶妙なバランスで成り立つ壮大なパノラマ…
「きれい…」
「ああ。きれいだな」
二人の髪を風が撫でてゆく。
カロンがその後ろから海を見つめる。
「自然とは、時に恐ろしい表情を見せますが、こうして美しい姿で私たちを感動させてくれる…。
その両方と向き合い、うまく付き合ってゆく…そうして共存していく。
守り、守られながら…」
サスケはその言葉にかつての自分を思い出していた。
この自然の成り立ちは人の心に似ている…。
愛情と憎しみ…
幸せと美しさを見せる愛情は時に憎しみへと変化する。
そして、その一方だけに目を向けてはいけない…その両方と向き合い、受け止めてゆく…
それが大切なのだという事を、この話を聞いてサスケは改めて感じていた。
「お二人とも、こちらです」
その声に振り返る。
「あそこが滞在中に使っていただく宿です」
こじんまりとした昔ながらの民宿だ。
「行くぞ」
「あ、うん」
二人はもう一度だけ海を見つめ、宿へと向かった。