みかんの花香るころ…【帰郷 サスケ・サクラの章続編】 作:かなで☆
簡素な宿の、一室。
優しい畳のにおいと、大きな窓から見える海。
ほんの少し開けたその窓からは、そよそよと春の風が入り込み、潮の香りを運ぶ。
辺りは暗くなり始めており、生活のにぎわいは遠ざかり、揺れる木々の音と波音が静けさの中心地よく響く。
何とも落ち着く、そして心休まる雰囲気だ…
しかし、部屋の中には妙な緊張感が渦巻いていた。
疲れた足を延ばそうとせず、正座の姿勢で荷を整理するサクラ…。
ちらりと向けた視線の先には窓際に立ち海を見つめるサスケの姿。
長期滞在の任務の際、基本宿泊の部屋はチームで一つだ…。
それは分かっていたことだが、実際さほど広くない空間に二人となると、やはり緊張を押さえられなかった。
以前のようにただの仲間としてならここまでの緊張はなかったのだろうが、気持ちが通じ合った後では何か今までとは違う緊張が生まれる。
これから1週間…サスケ君と二人…
私…もつかな…
畳の目を見つめながら、先に不安を感じサクラは体に力が入る。
「おい、サクラ…つぶれるぞ…」
「え!なにが!」
突然の声にビクリとする。
「それ」
サスケの指さす先には、サクラに握りしめられてミシミシと音を立てる竹水筒…
「あ、ハハハ…やだ」
そっと水筒を部屋の隅に置く。
サスケはその表情にサクラの緊張を読み取り、小さく息を吐き部屋を出る。
「夕飯までまだ時間もあるし、先に風呂行ってくる。
ここの風呂は有名な温泉らしい。お前もゆっくりしてこい。
明日から任務だからな…しっかり疲れをとっておけ」
「わかった…」
静かに閉まるふすま。
サクラはサスケの気配が去ったことを確認してから、はぁぁぁぁと大きく息を吐き出した。
「もつかな…これ…」
こんなことではいけないと思いつつ、こればかりはなかなかコントロールできるものではない。
…サスケ君は全然平気そうなのに…。私、一人で何やってるんだろ…
「とりあえず…」
サクラはカバンからタオルを出して立ち上がる。
「お風呂入ったらちょっと落ち着くかな…」
はぁぁぁぁと、またため息をつきながら、サクラは部屋を出た。
ふわりと立ち込める湯気…
強すぎない硫黄の香り…
大きめの窓から見える景色は、左側に桜の咲く山…前方には先ほどの海。
海の沖合のほうは真っ暗だが、砂浜には月明かりが届き、波の端をきらきらと輝かせている。
「すごい…なんか…完璧な景色…」
湯の中につかり、浴槽のふちにもたれながらサクラは景色を楽しむ。
今が海のシーズンから外れていることと、街が復興中という事があり、宿にはほかに宿泊客はいないらしく、サクラはのびのびと気兼ねなく温泉を楽しんでいた。
「気持ちいい~」
ここ最近の疲れと、今までの緊張から一気に解放されていく。
「はぁ…こんな風にゆっくりするの久しぶりだなぁ…」
サスケ君ものんびりしてるかな…
風に舞う薄ピンク色の花びらを見ながら、サクラは先ほどのサスケの言葉を思い出していた。
昔は無理やりオレに抱きついたりしてたのに…
「ほんと…よくできたな…あんなこと」
あれくらいのことができたら、また昔みたいに戻れるかな…
いや、あれくらいのことできなきゃ、これから一緒に旅なんてできないよね…
「よし!」
サクラは気合を入れてざばぁっと湯から上がる。
そして手早く身なりを整え、用意されていた浴衣に着替えて部屋に向かう。
どうやらサスケはもう戻っているようで、中に気配を感じる。
サクラはサスケに聞こえないよう大きく深呼吸してごくりと息を飲む。
私が思いっきり抱きつく
サスケ君が「やめろ…」と言って押し返してくる
「もう照れちゃって~」とさらに抱きつく…
過去の一連の流れを思い返してイメージトレーニングをする。
「よし…」
ほんの少しだけふすまを開けて中を覗くと、サスケは窓辺に立ってまた海を見ていた。
サスケも宿の浴衣を着ており、その姿にドキリと胸がなる。
…かっこいい…
いや、見とれてる場合じゃない…
サクラはもう一度深呼吸をする。
立ち位置は確認した…いける!
よし!
意を決してふすまを開ける。
バン!
と思いのほか大きな音が鳴り、サスケがびっくりして振り向く。
そこにすかさずサクラが飛び込んだ。
「サ!サスケく~ん!
お風呂気持ちよかったねェ!」
かなり棒読みだが、狙い通りサスケの体を捉えた。
…よし、次にサスケ君が押し返して…
・・・・・・・・・・・・
こない…?
サスケは全く微動だにしない。
…ま…まさかの…無反応…?
サクラの額に汗が流れる。
ほんの数秒後、サスケがゆっくりとサクラを引きはがし背を向けた。
…その上拒絶された!
流れる沈黙に血の気が引く…
その空気に耐え切れずにサクラが声をあげた。
「ご!ごめん!うっとおしいよね…ハハ」
一瞬泣きそうになる。
そんなサクラを横目に捉え、サスケは自分の顔を片手で覆いながらつぶやくように言った。
「違う…」
「え?」
「バカ…お前…俺を殺す気か…」
「へ?」
恐る恐るサスケの顔を見ると、耳まで真っ赤に染まっていた。
顔を覆う手まで赤く見える。
「サスケ君…?」
サスケは茫然としているサクラを突然勢いよく抱き寄せた。
「………っ」
サクラの体が固まる。
お風呂上がりの香りが互いを包みあい、その温かさにサクラは息が止まりそうになる。
「サ…サスケ君!」
耐え切れずに体を離そうとサスケの胸を押し返し、サクラは気づいた。
自分と同じくらいサスケの鼓動が早い…。
思わずサスケを見上げると、サスケはいまだ赤い顔で少し視線を外し横を向いている。
「サスケ君…照れてるの?」
「悪いか…」
気まずそうな表情でちらりとサクラを見る。
伝わる鼓動は早いままだ。
「緊張してるの?」
「当たり前だろ…。
だから早く慣れろと言ったんだ…」
「え?」
「お前にいちいちあんな顔されたら、オレの身が持たない。
そういう意味で言ったんだ…」
サクラはしばらく口を開けたまま固まり、ややあって小さく笑いだした。
「笑うとこかよ」
「あ、違う…違うの。自分がバカみたいだと思って。
私、自分だけが緊張して、ドキドキして…あたふたしてるって思ってたから…」
「そんなわけないだろ…。今までずっと離れてたのは俺だって一緒だ」
「そうだよね」
今度はポロリと涙が落ちた。
「今度は泣くのかよ。忙しいやつだな」
フッと笑いながらその涙をぬぐうサスケの笑顔を見て、サクラは自然に…そして素直にサスケを抱きしめた。
…きっともう大丈夫…
サスケ君も同じ気持ちだってわかったから…
窓の向こうから響く波の音が二人を優しく包みこむ。
緊張していたその心を解きほぐし一つにしていくかのように…
「いい町だな…」
「うん」
美しく輝く月に照らされて、二人はやっとお互いに心から笑顔を向けあったような気がした…。
離れた場所の同じ空の下…
火影室の窓から空に浮かぶ月を見上げながらナルトがカカシに話しかける。
「なぁなぁカカシ先生。サクラちゃん達の任務って、別のやつらが行く予定だったんだろ?
何で二人に行かせたんだってばよ」
「ん?ああ。
なんていうかな…あいつらは周りが思ってるのとは案外逆なんだよ」
「逆って、なにが?」
「サクラとサスケだよ」
椅子から立ちあがり、ナルトに並んで月を見上げる。
「あそこはのんびりとしたいい街だし、落ち着いて冷静になって、サクラがそれに気付けば、少しは距離が縮まるんじゃないかと思ってね…」
「どういう事だってばよ…」
さっぱり意味が解らない様子のナルトに、カカシはため息を返す。
「お前はわかんなくていいよ…」
「教えてくれってばよ」
「…まぁ、もっと仲良くなってもらおうってことだ…」
説明が面倒で結論だけ伝える。
「なるほど!」
「それに、任務が終わるころには、あの町は早咲きのみかんの花が満開になる…。
だからだ」
一度納得したナルトの頭にまたもや疑問が浮かぶ。
「どういう事だってばよ」
「みかんの花の香りにはリラックス効果があるんだよ」
「だから?」
首を傾げるナルトに、カカシはめんどくさそうに顔をそむけた。
「もう…いいよ…わからなくて…。
あいつらが帰ってくれば分かるよ」
そう言ってもう一度空を見上げたカカシの脳裏には、幸せそうな笑顔で自分のもとへと帰ってくる二人の姿が浮かんでいた。
1週間後…。
サスケとサクラは無事に任務を終えて帰路についていた。
「町の人たち喜んでくれてよかったね」
「ああ」
あの急な坂道を下りながら、二人は並んで歩く。
「ご飯もおいしかったし、温泉も気持ちよかったし、自然いっぱいで、ほんとにいい町だったね」
「そうだな。また来るか」
「ほんと?」
サクラの嬉しそうな顔に、サスケは「ああ」と笑みを返す。
「初めて二人できた町だしな」
その言葉にサスケを見上げると、サスケはわざとらしく空を見上げた。
サクラがその様子にクスリと笑う。
「自分で言って照れるんだ」
「うるさい…」
二人の距離はすっかり近づいていた。
会話がなく、静かな時間ですら心地よく、二人は里へと向かい穏やかな気持ちで歩く。
そしてしばらく歩き、小さなトンネルを抜けたところで、二人はさわやかな花の香りに包まれ、広がる光景に息を飲んだ。
辺り一面にみかん畑が広がっていたのだ。
すべての木々で白く小さなかわいらしい花が満開となっており、心地いい香りを惜しげなく解き放っている。
「すごい…いい香り」
「本当だな」
目を閉じてみかんの香りの風を感じるサクラを、サスケが後ろからそっと抱きしめた。
辺りにあふれる香りが二人の心を落ち着かせてゆく。
「こんな風に、一緒に時間を過ごせるとは思ってなかった…」
「うん。私も…」
二人は過去の出来事を順を追って思い出していく。
そして、最も色濃い記憶に二人をいざなう。
サスケが里を抜けたあの夜に…。
「あの時、オレは素直に嬉しいと思った…」
「…っ」
サスケに振り向こうとしたが、ぐっと力を入れて抱きしめられ、サクラは身動きが取れなくなる。
「カカシも、ナルトでさえ気づかなかったオレに、お前は気づいてくれた。
孤独を選ぼうとするオレを、孤独にさせまいと、必死にぶつかってきた」
「サスケ君…」
決して聞くことができないだろうと思っていたあの日の想い…
「だが、あの時のオレには、どうしても捨てられないものがあった…。
そのためにすべてを断たなければいけなかった…。
だけど、本当に…オレはあの時…」
サスケの声が、抱きしめる手が震えている。
サクラはその手をギュッと握った。
「もういいよ…わかってるから。もう…大丈夫だから」
あの時、いったいどれほど辛かっただろう…
そして、今もどれほど苦しんでいるのだろう…
深すぎるサスケの闇のすべては、誰にも分かりえない…
だけど、寄り添う事はできる。
「私がずっとそばにいるから。
もう離れないから…」
重ねた二人の手に、いくつもの涙が落ちてゆく。
サァッ…とみかん畑の向こう側から一気に風が駆け抜け、二人の体をすり抜けてゆく。
まるで、今までのわだかまりを全てさらっていくかのように…。
サスケはもう一度サクラを強く抱きしめ、その耳元でささやいた。
「サクラ…ありがとう」
あの日と同じ言葉。
だけど、あの日とは違う。
これは始まりの言葉…
「サスケ君…一緒に帰ろう…里に」
「ああ」
これから進む道は果てしなく、そして厳しいものになる…
だけど、ともに歩むこの道に何も恐ろしいものなどない…。
一番恐ろしいのは【孤独】だという事を、サスケもサクラも知っている…
優しい花の香りの中で想いを重ねる二人の笑顔は、すべてを乗り越えてゆく決意と、未来への希望が溢れていた…。
完