Zero and heroic king   作:river01

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王の憂鬱

 

 

 

 

 

アルビオンへの接近に伴い、ルイズも甲板へと出てきていた。

 

ワルドは船長の所でいろいろと話しこんでいる。

 

そしてギルガメッシュはというと、外に出たルイズとは逆に船室のほうに引っ込んでいた。

 

 

一時は興を湧かせたアルビオンの壮観たる光景も、しばらく見ている内にギルガメッシュは飽きを覚えてしまった。

 

興奮が冷めると同時に徹夜で待ち構えていた事による眠気も襲い、彼は昼夜が逆転した睡眠に入っていた。

 

 

結局ラ・ロシェールの時のように一人となり、ルイズは舷側に肘をついて近づくアルビオンを何気なしに見つめていた。

 

 

「ルイズ。船長からアルビオンの革命についての近況を聞いてきたよ」

 

 

ルイズの元にワルドが現れる。

 

話題の内容にルイズはハッとした顔になった。

 

 

「どうなの?」

 

 

「追い詰められた王軍はニューカッスル付近に陣をひいて奮戦している。だがすでに貴族派の軍勢に包囲されていて、陥落も時間の問題だそうだ」

 

 

「ウェールズ皇太子は?」

 

 

「分からない。とりあえずは生きてはいるようだが・・・」

 

 

浮かない顔でワルドは答える。

 

今は生きていても、いつ命を落としてもおかしくはない。

 

彼の表情はそう語っていた。

 

 

「ねえ。どうせ港町は全部、貴族派に押さえられているんでしょう?どうやって王党派と連絡を取るの?」

 

 

「船長には話をつけてきた。港に入る前に、スカボロー辺りで降ろしてもらう。短距離なら僕のグリフォンでも行けるからね。そこからなら、ニューカッスルまでは馬で一日だ」

 

 

「反乱軍の間をすり抜けていくの?」

 

 

「他に手はないからね。まあ、貴族派たちも公然とトリステイン貴族に手出しは出来ないだろう。何とか隙を見て包囲線を突破し、ニューカッスルの陣に向かう。闇討ちには気をつけなければいけないが」

 

 

「ギルガメッシュの力を借りれば、簡単なんじゃないの?」

 

 

ふと思って、ルイズは言った。

 

だがその案に、ワルドはかぶりを振った。

 

 

「いや。彼は元々今回の任務には直接的に関係していない。これはあくまでトリステインの問題だ。母国の問題は自らの手で払わなくては、我々トリステイン貴族の存在意義は無い」

 

 

「そうか・・・。そうよね」

 

 

ワルドの言葉にルイズは感動した面持ちで頷く。

 

ともすれば、ギルガメッシュに寄りかかりそうになっていた精神の怠慢をワルドは正してくれたのだ。

 

その事にルイズは純粋に好感を覚えた。

 

 

「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!!」

 

 

その時、鐘楼に上った見張りの船員が、大声を張り上げた。

 

声に反応して、ルイズとワルドは言われた方に目を向ける。

 

そこには確かに一隻の船が近づいて来ていた。

 

黒くタールが塗りこまれた船体の舷側には、二十数門もの大砲がその砲門を覗かせている。

 

ルイズらの乗る船よりも一回り大きいその船は、商船とは訳の違う戦の船たる軍艦であることを表していた。

 

 

「いやだわ。反乱勢力の・・・貴族派の軍艦かしら」

 

 

「いや。恐らくは違うだろうな」

 

 

向かってくる船を冷静に分析していたワルドが告げた。

 

 

「正規軍に所属する船なら、旗を掲げているはずだ。勝ち馬に乗り、自らをアルビオンの新政府だと名乗り上げる貴族派が、旗を隠す理由はない」

 

 

「え?それじゃあ・・・」

 

 

「あれは正規軍に属さない船。つまり―――」

 

 

ワルドが言いかけたその時、すでに併走するほどに接近していた黒船が、ルイズらの乗り込む船の進路上に大砲を撃ってきた。

 

ボゴンと鈍い音と共に、威嚇用の砲弾が雲の彼方へと消えていく。

 

その攻撃に、船員達は一斉にパニックとなった。

 

 

「く、空賊!?」

 

 

「そのようだね。僕の魔法はこの船を浮かべるために打ち止めだし、この船の武装であの軍艦に勝つのは不可能だ。ここはひとまず大人しくしていよう」

 

 

突然の襲撃に対しても落ち着き払った声で、ワルドは答えた。

 

相手の船から、停船命令を告げる四色の旗色信号が登る。

 

船長は「これで破産だ」と口の中で呟きながら、その指示に従った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乗り込んできた空賊達に船内を制圧されていく様子のすべてを、冷淡な眼差しで眺める者がいた。

 

遠見の水晶を片手に見下ろすギルガメッシュである。

 

 

彼が今いるのは、船底に位置する一室である。

 

そこで昨夜分の睡眠を取っていたギルガメッシュは上の騒ぎに目を覚まし、蔵の中より取り出した索敵宝具にて、船内の様子を一歩も動くことなく探っていたのだ。

 

 

「我が便乗する船舶に襲撃を加えるとは、運の無い連中よ」

 

 

ギルガメッシュの顔に浮かんでいるのは笑みだったが、その内心ははっきりと不快そのものであった。

 

気持ちよく寝ている所を無理やり叩き起こされれば、誰だって愉快には思わないだろう。

 

ましてそれが暴虐の英雄王ならば、そのような不敬者に対し最大級の罰則が下るのは言うまでもない。

 

 

「賊共よ。我の眠りを妨げた罪、もはや極刑に処すより他はないぞ」

 

 

水晶の中の空賊達の姿を眺めながら、ギルガメッシュは殺意の笑みを浮かべて告げる。

 

だがその時、ギルガメッシュはふと水晶内の空賊達の動きを見咎めた。

 

 

「うん?これは・・・」

 

 

映し出されるその姿を、ギルガメッシュはじっと見つめる。

 

水晶の映像を見つめながら、ギルガメッシュは何かを考え込むように息をついた。

 

 

そんな時、部屋の外で二人分の足音が響く。

 

この船を制圧した空賊が、船内の偵察にやってきたのだろう。

 

 

「ああ、そうだな。考えるより、奴らに直接訊くほうが早いか」

 

 

呟いて、ギルガメッシュは水晶と取り換える形でデルフリンガーを抜き放つ。

 

そのままギルガメッシュは身を隠すことなどまるで考慮しないまま、室外へと躍り出た。

 

 

「っ!?まだ船員が残って居やがったか―――」

 

 

空賊に最後まで言葉を口にする間を与えず、ギルガメッシュは一気にその男まで詰め寄る。

 

同時に振るうデルフリンガーの一閃で、その首を一息の元に斬り落とした。

 

 

あまりにあっさりとした出来事に、現実感の伴わないまま空賊の首がゴトリと床に落ちた。

 

 

「き、貴様ぁっ!!」

 

 

仲間が殺されたことに激昂して、もう一人の空賊が懐より杖を抜く。

 

だが抜き放たれたその杖は、返されてきたデルフリンガーの刃によってあっさりと両断された。

 

次いで繰り出された強烈な蹴りにより腹を強打され、空賊は衝撃から壁に叩きつけられ激しく嘔吐する。

 

苦痛に顔を歪ませる空賊の喉元に、デルフリンガーの刃がピタリと突き付けられた。

 

 

「嘘偽りなく我が問いかけに答えよ。さすれば英雄王の名の元に貴様に慈悲を賜そう。それとも、もう一人の後を追うか?」

 

 

逆らう事など許さぬ絶対遵守の眼光を以て、ギルガメッシュは言葉を投げかける。

 

その眼光に抵抗する意思の強さを、空賊は持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空賊に捕えられたルイズ達は、船倉に閉じ込められていた。

 

閉じ込められたのはルイズとワルドの二人のみで、元々の乗組員たちは自分達の物だった船の曳航を手伝わされていた。

 

ルイズ達には特に拘束の類は為されなかったが、杖を奪われたメイジとは無力である。

 

 

そうして手も足も出せなくなったルイズ達の前に、空賊達の頭と名乗る者が二人の追随人と共に現われていた。

 

 

「お前たち、王党派なのか?」

 

 

不躾に頭が尋ねてくる。

 

先ほどに行われた尋問で、ルイズは自らがアルビオン王室に向かう大使であると明かしていた。

 

貴族派の反乱による混乱に便乗して儲けを得ている空賊としては、なかなか扱いに悩む拾い物である。

 

その是非を問う意味も含めての、頭自らの尋問であった。

 

 

「ええ。その通りよ」

 

 

「なにしに行くんだ?あいつらは、明日にも消えちまうよ」

 

 

「あんたらに言うことじゃないわ」

 

 

毅然とした声でルイズは答えた。

 

その後ろではワルドが、何とか相手を出し抜けないか機会を窺っていた。

 

前に立つ頭の男は、肉付きや体格から考えて格闘戦になれば恐らく負けないだろうが、その手には大きな水晶付きの杖がある。

 

また後ろに控える二人の空賊の腰にもそれぞれ杖が差さっている。

 

メイジ三人を相手に素手のみで飛び出すのはいくらなんでも無謀が過ぎる。

 

そう判断し、ワルドは事の成り行きを見守っていた。

 

 

「気の強い女は好きだぜ。子供でもな。貴族派につく気はないか?あいつらは新政府樹立に向けて多くのメイジを欲しがっている。礼金だってたんまり貰えるぜ」

 

 

「死んでも嫌よ」

 

 

きっぱりと迷いなくルイズは言い放つ。

 

彼女の身体は殺されるかもしれない恐怖から震えていたが、それでも態度だけは堂々と、ルイズは頭の男をまっすぐに見据える。

 

そこには彼女が何にも勝り重んじる真の貴族としての誇りある不屈の精神がはっきりと表れていた。

 

 

そんなルイズの様子を、頭の男は興味深そうに見つめていた。

 

 

「もう一度訊く。貴族派につく気はないかね?」

 

 

ルイズは答えず、キッと顔を上げ、胸を張ってみせた。

 

もはや言葉にするまでもなく、その態度のみで十分だと言わんばかりの、問いかけに対するルイズの答えである。

 

 

その答えに、相手を射竦めるだけだった頭の瞳に、穏やかな色が浮かんだ。

 

その時、彼らの居る船倉の扉がドガンッと鈍い音を立てて、唐突に蹴破られた。

 

 

「!何奴っ!?」

 

 

即座に反応して、付き添いの二人が振り向き際に杖を抜く。

 

だがその二人は、次の瞬間に撃ち放たれてきた剣と槍によって、その身体を向かいの壁に縫いつけられた。

 

一瞬にして供の二人がやられ、更に振るわれてきた刃によって頭の方も手の杖も弾き飛ばされた。

 

 

「ほう。お前たちも一緒か。これは手間が省けたな」

 

 

「ギルガメッシュ!!」

 

 

蹴破られた扉より現れたのはギルガメッシュであった。

 

予期せず現れた救いの手に、ルイズが表情を輝かせる。

 

 

だがギルガメッシュはそんなルイズに特に気を払う事は無く、杖を弾かれた衝撃で倒れた空賊の頭へと意識を向けた。

 

 

「貴様が賊共の首領か?」

 

 

デルフリンガーを鼻先に突き付けつつ、ギルガメッシュは詰問する。

 

 

「貴様は何者だ!?どうやってここに―――」

 

 

「我の問いかけに同じ問いを以て返すとは何事か、痴れ者が」

 

 

頭の言葉を遮り、にべもなくギルガメッシュは言い捨てる。

 

口を噤んだ頭に、ギルガメッシュは再び問いを投げかけた。

 

 

「フン、では質問を変えるぞ。貴様はアルビオン皇太子ウェールズ・テューダーで相違はないか?」

 

 

「なぁっ!?」

 

 

ギルガメッシュの言葉に、頭の男のみならず傍から聞いていたルイズやワルドまでも驚愕を顕わにする。

 

そんな周りの反応は意に介さず、ギルガメッシュは言葉を続ける。

 

 

「お前達の行動はならず者の集まりにしては規律と統制がとれすぎている。少なくとも、賊如きに身を窶した者の行動としては不自然極まりない。外見は空賊らしく見せていても、その余計ならしさが何より嘘臭い。

 

大方、自らの身を隠しつつも敵の補給路を断つ空賊などを装っていたのだろうが、役者ぶりとしては三流もいい所だ。事実、一人を締め上げればあっさり確証が取れたわ。そんなもので、この我を騙し果せるとでも思ったか?」

 

 

言い放ってギルガメッシュは、頭の男の顔に向けてデルフリンガーを一閃した。

 

鼓膜に響く風切り音と共に、頭の顔からハラリと髪と眼帯、口髭が落ちていく。

 

作り物であったらしい髪と髭が取れた後には、凛々しい金髪の美青年の顔がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルガメッシュによりその正体を看破されたウェールズは、ルイズ達に失礼の対応を謝罪すると共に、改めて自らの肩書きを告げた。

 

その事実に驚きつつも、ルイズは本当に皇太子であるかを王家の秘宝たる『水のルビー』で確認した後、アンリエッタから預かった手紙をウェールズへと渡した。

 

元よりウェールズはルイズ達をトリステインの大使と認めるつもりであったため、真実が分かればそのあたりの事はさして滞りなく進んだ。

 

ギルガメッシュが特に何も言わず黙って見守っていたことも、要因としては大きいだろう。

 

 

手紙の内容を読み、アンリエッタが返却を望む物がここには無いと告げたウェールズは、大使として彼らを現在の王党派の主城、ニューカッスルの城へと招いた。

 

現在のアルビオンの制空権のほとんどを握る貴族派の監視の目を、大陸の真下の死角を衝いて避けて、ウェールズらの乗る軍艦『イーグル』号は、商船『マリー・ガラント』号を伴って、鍾乳洞の中に築かれたニューカッスルの秘密の港へと帰港していった。

 

日光も真上のアルビオン大陸に阻まれ、一切の視界の効かぬ雲の中を潜り抜ける測量技術は、ウェールズ率いるアルビオン王立空軍の航海士のみが為せる業であった。

 

 

滅びゆく王軍の者達は、ルイズ達を最後の客人だと晴れ晴れと持て成し、その日の夜に行われた祝宴に明るく歓迎した。

 

明日の正午に攻城を開始すると反乱軍より伝えられた王党派の貴族達は、最後の晩餐たるその祝宴に持ちうる限りの装飾で着飾り、この日のためにと取って置かれた料理を以て宴を華やかなものとしていった。

 

近い未来に死が訪れると宣告された彼らは、しかしその表情に恐怖を浮かべることはなく、ただ今ある生の時間だけを楽しんでいた。

 

 

「諸君。勇敢なる臣下の諸君に告げる。いよいよ明日、このニューカッスルの城に立てこもった我ら王軍に反乱軍『レコン・キスタ』の総攻撃が行われる。

 

この無能な王に、諸君らはよく従い、よく戦ってくれた。しかしながら、明日の戦いはこれはもう、戦いではない。おそらく一方的な虐殺となるであろう。朕は忠勇な諸君らが、傷つき、斃れるのを見るに忍びない」

 

 

老いたるアルビオン王、ジェームス一世が弱った身体に鞭打ち、毅然とした態度で城のホールに集まるすべての臣下達に告げた。

 

 

「したがって、朕は諸君らに暇を与える。長年、よくぞこの王に付き従ってくれた。厚く礼を述べるぞ。明日の朝、巡洋艦『イーグル』号が、女子供を乗せてここを離れる。諸君らも、この艦に乗り、この忌まわしい大陸を離れるがよい」

 

 

慈悲を賜す王の言葉にも、誰も返事をしない。

 

代わりに掛けられた慈悲をはねのける勇ましい言葉が響いた。

 

 

「陛下!!我らはただ一つの命令のみをお待ちしております。『全軍前へ!!』、と。今宵、うまい酒のせいで、いささか耳が遠くなっております。はて、それ以外の命令が、耳には届きませぬ」

 

「おやおや?今の陛下のお言葉は、なにやら異国の呟きに聞こえたぞ?」

 

「耄碌するにはまだ早いですぞ、陛下!!」

 

 

差し出された生の救いにも目をくれず、臣下達は名誉ある死だけを望む。

 

ここに残る臣下たちは、敗北を悟りつつも逃げ出すことなく、王家に対して変わらぬ忠誠を示し続けた真の忠臣達。

 

その彼らが、今さら逃亡などという選択を取るはずがない。

 

王家が滅びるならば、その道の果てで共に散ることこそ主君に示せる彼らの最後の奉公なのだ。

 

 

そんな王党派の者達を、喧騒より離れたホールの端で、ギルガメッシュは実に退屈そうな眼差しで見つめていた。

 

 

「やあ。ここにいたのか」

 

 

ギルガメッシュの元に、ウェールズが現れる。

 

彼はこれまでルイズにアンリエッタから返却を求められている物を返すために席を外していた。

 

 

「名はミス・ヴァリエールから伺った。ギルガメッシュ殿。こんな片隅でどうしたのかね?宴はお気に召さないかな」

 

 

「ああ、退屈だ。死に逝く者共の最後の宴など、見るべき所もなく欠伸が漏れる」

 

 

忌々しげに息をつき、ギルガメッシュは言った。

 

その様子に、ウェールズは苦笑した。

 

 

「やれやれ、本当にミス・ヴァリエールの言ったとおりだな。言葉に遠慮の欠片もない。だがそれが、なぜか自然体に思える品格のような何かを、あなたは有している」

 

 

ウェールズのその評価に、ギルガメッシュはさして気の無い様子で鼻を鳴らすのみで応えた。

 

 

「それにしても、よくこの我まで宴の席に呼ぶ気になったな。我は貴様の臣下を殺しているのだぞ?」

 

 

空賊をウェールズ率いるアルビオン王軍だと看破する際、ギルガメッシュは複数人数の空賊の者を殺害している。

 

今からすれば彼らは空賊などではなく、ウェールズに忠誠を誓った王党派の貴族だったのだろう。

 

それら自身の忠臣を無残にも殺されたというのに、ウェールズはその事を責めるわけでもなく、ただ客人としてルイズらと共にギルガメッシュを迎え入れていた。

 

 

「君らはこのアルビオンの最後の客人だ。それを無碍に扱うことなど出来るはずがない。船での事も、私にはそもそも憤る資格すらない。

 

あの時の私達は空賊として君達の船を襲った。ならば仮に空賊として討たれたとしても、それに怒ることは出来ない。賊を相手にするならば、それが当然の対応だ。それで君を責めるなど、筋違いもいい所だろう。

 

責任があるとすれば、それは作戦の指揮をとった私にある。彼らに謝るべきは、これまで付き従ってくれた彼らに、名誉ある死を与えられなかった私自身だ」

 

 

いかなる理由があろうと、空賊として先に襲撃したのはウェールズ達だ。

 

その行動の中には、当然相手側の反撃で自らの側の者が討たれる可能性も考慮されている。

 

 

そもそもウェールズにとって、配下の者の死はもはや珍しいものではない。

 

この革命の中で、ギルガメッシュの手に掛った者の何十倍もの忠臣達がすでに命を落としているのだ。

 

例えそれがいかなる者の死であろうと、それによって今のウェールズの心が大きく揺れることはもはやあり得ない。

 

平和の時代には想像もつかなかった多くの死に触れ、ウェールズの心はすでに死に対する動揺の感情を喪失していたのだ。

 

 

「フン。名誉ある死、か・・・」

 

 

ウェールズの口にしたその言葉に、ギルガメッシュは不快気に呟く。

 

その様子をウェールズは逃すこと無く見咎めた。

 

 

「私の言う事に、何か気になる事でも?」

 

 

「いや。ただ、自ら己の生を閉ざす者共の愚かさに、呆れ果てていただけだ」

 

 

そう言ってギルガメッシュは、改めてウェールズの方へと顔を向けた。

 

 

「明日、貴族派共の総攻撃があるそうだな」

 

 

「その通りだ。我が方の三百に対し、あちらは五万。数を覆す戦略を立てようにも、時間も物資も足りない。まあ、敗け戦だな。出来ることと言えば、あの恥知らずの『レコン・キスタ』共にアルビオン王家の意地と誇りを見せつけて勇敢なる死を遂げることくらいだ」

 

 

「そして貴様もまた、その死に逝く敗け戦に赴くのか」

 

 

「もちろん。私は皆の先陣を切り、真っ先に果てるつもりだよ」

 

 

死の恐怖を感じさせない迷いなくきっぱりとした口調で、ウェールズは言い切った。

 

その様子にギルガメッシュはやれやれと溜め息を漏らした。

 

 

「それが貴様の命の所在というわけか」

 

 

「そうとも。反逆者共の愚かなる野望の歯止めとなるためにも、我らは最後まで奴らに屈することなく、王家の誇りと強さを示さねばならぬ。我々が王家の力の健在を証明してこそ、各国や民達への示しとなる。

 

内政の憂いを払えなかった王家の、それが最後の義務。その義務を全うする事こそ、私の王としての価値だ」

 

 

「王という言葉にその在り様を縛られ、その誇りの証明のために命を散らすか。まるで、王権そのものに阿る下僕のような在り方だな」

 

 

「それでいい。我がアルビオン王家は、かの始祖ブリミルの子息がハルケギニアの地に築き上げた由緒ある権威だ。それに仕え、そのために我が命を使えるのならば、これに勝る名誉はない」

 

 

恥じ入ること無く堂々と、ウェールズは宣言する。

 

彼の言葉に迷いはなく、自らの王としての在り方に妥協も誤りもないと確信しているのだ。

 

 

そんなウェールズの決意の告白を、ギルガメッシュは実に退屈そうな面持ちで聞いていた。

 

その内にギルガメッシュは、ふと思いついたように赤色の双眸に愉悦の色を宿して、言葉を紡いだ。

 

 

「しかしな、ウェールズよ。貴様の選択は、本当にそれで後悔はないのか?」

 

 

「どういう意味かな?」

 

 

「国と運命を共にするのが、この場の者共に望まれる選択肢だとするのなら、貴様にはもう一つの選択肢が残されているであろう。愛する者に望まれる選択肢が」

 

 

その言葉に、ウェールズはハッとした表情となる。

 

ギルガメッシュが言っているのは確認するまでもなく、彼が恋仲の関係にあるトリステイン王女、アンリエッタの事であった。

 

しかしながらギルガメッシュは、ウェールズがルイズより密書を受け取る場に同席していない。

 

その彼が、なぜ自分とアンリエッタの関係を知っているのか、ウェールズは疑問に思った。

 

 

「何を意外そうにしている?言っておくが、貴様は自分が思うほどに、己の恋慕を隠しきれてはいないぞ。貴様が船にて密書を渡された時に見せた感傷。別に我でなくとも、ちと勘に優れる者ならば容易くその正体を洞察出来る」

 

 

「・・・そのようだね。つい先ほども、ミス・ヴァリエールよりそのような指摘を受けたよ」

 

 

「ほう。まあ奴も、世間知らずの割には妙に鼻が利く事があるからな」

 

 

笑みは浮かべたままで、ギルガメッシュは話を続けた。

 

 

「それで?あの小娘の密書には、貴様にトリステインへの亡命を勧める旨が記されていたのだろう?その求めを、貴様は撥ね退けるのか?」

 

 

「っ!!・・・そんな記述は、王女の手紙には記されていない」

 

 

「なに、隠すな。別にこれは他国の大使との会談でもなんでもない。真偽も問わん益体なき雑談に過ぎぬ。体面を取り繕う必要は誰にもないぞ」

 

 

口を閉ざすウェールズに、ギルガメッシュは宥めるようにそう言う。

 

ウェールズの意思が少々和らいだのを見計らって、ギルガメッシュは話に戻った。

 

 

「あの小娘が考えそうな事ではないか。己の立場を省みず、ただ恋する乙女として、愛する相手を救わんとする。ならば貴様への救済の記述はあってしかるべき。

 

ククッ、恋は盲目とはまさにこの事。その結果として招かれる事態に、あの小娘はまるで思慮が行き届かんらしい」

 

 

革命により斃れたアルビオン王家の皇太子ウェールズを匿えば、それは貴族派の新生アルビオンに対し攻め入る絶好の口実を与えることになる。

 

ゲルマニアとの軍事同盟など、数々の対応策はすでに編み出しているトリステインではあるが、戦端が切られないのならば、それに越したことはない。

 

用意している対策は、すべて抑止力として用意しているものだ。

 

戦争になれば、勝敗の云々に関わらず、多くの命が失われる。

 

それを重々理解している現在のトリステインの実権を握る枢機卿マザリーニは、外交のみの解決をせつに望んでいた。

 

例え最終的には避けられない戦だとしても、可能な限り多くの命が失われるそれを回避していく事を望んでいたのだ。

 

 

だがここでウェールズをアルビオンに迎え入れる選択肢を取れば、外交のみによる解決は失われる。

 

それどころかこの事実がきっかけとなって、ウェールズという愛人を囲うアンリエッタとゲルマニア皇帝との婚儀も破談となるかもしれない。

 

そうなれば必然、ゲルマニアとの軍事同盟も水疱に帰す事となり、トリステインは大国アルビオンと単独で対抗していく道を選ぶしかなくなってしまう。

 

存在を公表せず、密かに迎え入れるという手もあるが、人一人の存在をそうそう完全に隠しきれるものではない。

 

ましてそれが王族ならば、猶の事秘匿したままでいるのは難しい。

 

そこまでのリスクを冒してまでウェールズを匿う理由は、アンリエッタ本人にはあっても、トリステインという国家には一つもなかった。

 

 

国家同士の戦争において、その戦端を開く最も重要な要素は、大義である。

 

それは何もウェールズのみに限った話ではなく、大義のきっかけ足り得るものは多種多様に存在する。

 

例えウェールズがいなくても、たった一つのきっかけで起こる時には起こるのが戦というものだ。

 

だが、だからこそ、そのきっかけが重要なのである。

 

戦争の火種、国を滅亡へと追いやる種子を、自らの情如きで受け入れたとなれば、アンリエッタの権威は間違いなく失墜する。

 

元より飾りのみの王で真の権威など持たないアンリエッタに、その後どのような末路が用意されているのか、想像するのは難しくない。

 

それを考えるなら、ウェールズをトリステインに迎え入れるという選択は、王の立場から言えば酌量の余地なき愚策としか言えなかった。

 

 

「だが、あの小娘はある一点において正しくもある。王としてではなく乙女としてならば、ただ愛する者の生存を願うその在り様には確かに一抹の正しさが存在するのだ。元より、感情の世界とは利害を以て語るべき場ではない。感情のままに行動する様は、少なくとも我の好みだ。

 

王としての貴様の在り方には確かに誤りはない。だが、国をも省みず、ただ己の事を愛してくれる女の願いを、踏み躙っているのもまた事実だ」

 

 

王としての立場、国を取り仕切る役割として、ウェールズを迎え入れるという選択は百害あって一利なしの愚策でしかない。

 

だが王としてではなく、一人の人間としてのならば、アンリエッタの行動は間違いだと言えるだろうか。

 

愛する者の事を想いその者の死を良しとせず、生きていてほしいと願う純粋で尊い行為を罪だと言えるだろうか。

 

 

言えはしないはずだ。

 

例えその結果として多くの民の血が流れる事になるとしても、行動そのものに悪はない。

 

アンリエッタはトリステインの王女である前に、一人の人間の女であるのだから。

 

 

「国と共に誇りを全うするのが王の本懐ならば、愛のためにすべてを投げうち、その想いを遂げるのが男の本懐であろう。あの小娘は、恐らく貴様が一声かければ迷う事なく今ある地位を捨てて、貴様と共に歩む道を選ぶだろう。そうまで貴様を想う愛を切り捨てて、ただ誇りのために死に向かう選択に、貴様は何の後悔もないのか?」

 

 

もしここでウェールズが、手紙に記されているように亡命の道を選択すれば、それは今日まで付き従ってきてくれた臣下達に対する、重大な裏切りだ。

 

今日までの戦いで、王家のためにその命を散らした者達に申し開きも出来ない、私情に走った不義理と取られても致し方ない。

 

 

だがそれでも、その道は確かにウェールズの前に存在する。

 

例え臣下の皆を裏切る形となろうとも、アンリエッタの向ける汚れ無き想いに対して報いる事は出来る。

 

愛こそ至上と懐くなら、その選択肢を選びとることも、王としてではなく男子としての正しさであるはずだ。

 

 

「名誉も権勢も、恥も外聞も捨て去り、ただ愛のために生きる。それもまた、一つの尊き正しさ。

 

ウェールズよ。義務だなんだとお題目を掲げる前に、その選択肢を恐れることなく突き進むことこそ、真の愛の証明と言えるのではないのか?」

 

 

心変わりを誘発するようにギルガメッシュは甘く囁き掛ける。

 

さながらそれは、人を禁忌へと誘う悪魔の諫言のように。

 

人の宿業を最大の娯楽とする英雄王は、この王子が国を切り捨てるという業を背負い、なお己の情愛に殉じる茨の道を選ぶのを心待ちにしているのだ。

 

 

やがてギルガメッシュの言葉に、ウェールズは答える。

 

だがそこにギルガメッシュの期待する迷いはなく、決然たる意志のみがあった。

 

 

「・・確かに、私はアンリエッタの願いを踏みにじった。誇りのため、王族の義務のためと言い繕った所で、その事実までは覆せないのだろう。

 

そして今も、私は自分の意志を変えるつもりはない。それがアンリエッタを悲しませる結果となる事を理解してなお、だ」

 

 

「ふむ。つまり貴様は、男としての愛を切り捨て、王としての誇りを取るという訳か」

 

 

「それは違う。私がアンリエッタに向ける想いは変わらない。だが愛するが故に、身を引かねばならぬ時もあるということだ」

 

 

傲岸不遜の英雄王に正面から向き合いながら、ウェールズは淀みなく堂々とそう言い放った。

 

その言葉に、ギルガメッシュは僅かに眉をひそめた。

 

 

「なんだと?」

 

 

「私がトリステインの亡命に走れば、アンリエッタは喜んでくれるだろう。例え国家という枠組みが、我々の愛を許してくれずとも、ならばすべてを投げ打ち、ただ愛する人のためにだけ生きるという道も、私の前には存在しているのだろう。

 

本当に、せつないほど、心からそう出来ればどれほど良いかと思うよ。だがそれは、きっと選んではいけない誤りなんだ」

 

 

自らの胸に手を置き、己の中の恋慕の感情を慈しむように、ウェールズは語る。

 

どこか遠い所を仰ぎ見るようなその瞳に映っているのは、ギルガメッシュではなく、彼が今も変わらぬ愛を捧げる姫君だ。

 

 

「嘘偽りなく言えば、私は差し迫る死が怖い。明日死ぬと分かっているこの場所から、今すぐにでも逃げ出したという感情は、確かに存在する。

 

それでもなお、私がこの場所に臆する事なく立っていられるのは、その死以上に受け入れられない事があるからだ」

 

 

「興味深い意見だな。死以上に、何をそれほど禁忌とする?」

 

 

「私がこれまでに歩んできた生き様。その過程で積み上げられてきた私の抱いた想いのすべて。それらの価値を否定することは、死に比してなお見過ごす事は出来ない」

 

 

ギルガメッシュの問いかけにも、ウェールズに迷いは無い。

 

彼の抱く意志は、ギルガメッシュの想像さえ越えて揺るぎない強固な物だった。

 

 

「私がアンリエッタの手を取るという選択肢は、すなわち彼女を敗者の闇へと引きずり込むということだ。あの汚れ無きアンリエッタを、私が愛した清潔な彼女を、私の我儘で濁らせるなど、断じて出来ない」

 

 

愛という感情は、永遠であると人は言う。

 

それだけが答えだなどと傲慢は言わないが、確かにその言葉にも一つの真理が存在する。

 

だがその愛を永遠たらしめるのは、両者の思いだけでなく彼らの周囲の状況にも大きな要因がある。

 

 

ここでもし、ウェールズがアンリエッタと共に、王族としての名を捨てて、愛のみの駆け落ちをしたとしよう。

 

その行為、二人の想いの成就は一時彼らに幸福を与えるかもしれないが、その先には何が待っているのか。

 

王の名に束縛されつつ、同時にその名によって守られてきた二人。

 

その名を捨て、国を捨てた裏切り者の烙印を押された彼らに待つのは、日々の追手に怯えながら暮らす日陰の世界だ。

 

そのような状況、日々に怯え、人目を憚らねばならないそんな毎日が、人の精神にとって健全であると言えるだろうか。

 

追い詰められ、疲れ果てていく精神状態で、なおも高潔な愛を貫けるだろうか。

 

 

否、だ。

 

人の心とはそれほど強くはない。

 

精神のささくれはその要因である愛までも穢し、やがてはその感情も摩耗して喪失するだろう。

 

 

「ここで私が死を選びとることをアンリエッタは嘆くかもしれない。いや、間違いなくそうなるだろう。だがここでこうすることで、私は私の抱いたこの愛の純潔だけは守り通す事が出来る。こうして今も、一切の曇りなく思い馳せられるこの気持ちを、穢すことなくそのままで。

 

彼女を汚せば、それは私達の抱いた愛さえも汚すということだ。例えどちらかでも、その在り方を歪ませる重石でしかない愛ならば、私は欲しくない。自らの弱さを露呈し、その傷を舐め合う関係など、真の愛情なものか。そんな物に我々の愛を貶す事など、認められるはずがないだろう」

 

 

思い返すのは、遠く懐かしい日の『誓約の精霊』の住むラグドリアン湖での愛の誓い。

 

アンリエッタに永久の愛の誓いを求められる中で、ウェールズは誓いの言葉を口にすることが出来なかった。

 

その愛の誓いが、アンリエッタに致命的な弱さを作ってしまうことを知っていたから。

 

 

権勢とは、増せば増すほどに誠実からは遠ざかっていくものである。

 

その頂点たる王の座は、常に嘘と偽りが渦巻く、権力のせめぎ合いの世界だ。

 

様々な者達と接し、その態度の裏に隠された真意を見抜き、多様の悪意に対抗していかなくてはならない。

 

そのためには、国家のためという大義のため、時に己自身も不実に手を染める事を辞さない強い覚悟が必要だ。

 

事実、ウェールズが誇りとするアルビオン王家とて、そのための非道を行った事がある。

 

それによって生み出された憎悪も受け止めて、それでも前に進んでいかなくてはならないのが、王の道だ。

 

 

それを可能としていくのは、確固たる自立の精神。

 

誰かに縋りつく事の無い、自分の足で真っ直ぐと立っていられる強い信念が必要だ。

 

逆にそれなくして、王権が招きよせる得体の知れぬ悪意たちから身を守ることは出来ない。

 

精霊に掛ける夢想じみた愛の誓約は、アンリエッタにとって、ただ精神に妄信の惰弱を生み出す結果にしかなるまい。

 

ウェールズが惹かれたアンリエッタの汚れ無き純粋さは、彼女の最大の美徳であると同時に、最大の危うさでもあるのだから。

 

 

だからウェールズは、自分がアンリエッタに愛を誓うとしたら、それは夜間の密会の中などではなく、輝ける太陽の元だと決めていた。

 

臣下にも衆目にも、誰の目も憚ることなく堂々と、自分達の愛を宣言したかった。

 

王子と王女として出会った自分達の愛を築くのは、そんな光の中こそがふさわしい。

 

そうして自分達は初めて、永久に続く真実の愛を手にすることが出来る。

 

 

残念ながら、その願いが叶うことはなかったけれど。

 

無念でないはずはないが、だからといって苦渋から愛を堕落へと貶すような真似など出来るはずがない。

 

例えどちらかが命散らそうと、あの時に懐いた美しく温かかった気持ちは、決して覆る事の無い本物なのだから。

 

 

「彼女には日の光が当たる場所で、颯爽と輝いていてほしい。あの愛らしいアンリエッタに、日陰の中など似合わないさ。陰に隠れることなく堂々と光の中にあってこそ、私達の愛は純潔のままでいられる。

 

ああ、いま分かったよ。それを守るためならば、私は喜んで死に向かおう。いや、私に限らず、人は愛する何かのために命を懸ける事に、後悔などしないのだとね」

 

 

静かなる決意を以て、ウェールズは断言してみせた。

 

そこにあるのは、死を受け入れた者だけが懐ける確固たる決死の覚悟。

 

逃避や陶酔から向かう死ではなく、その結末を確かな恐怖と感じながらも、なおそこに臆せず歩んでいける尊い決断。

 

誇りと愛と、二つの掛け替えのない物を守るためにその結末を受け入れたウェールズの心に、迷いの入り込む余地など最初から無かったのだ。

 

 

禁忌の極限たる死をも迎え入れたウェールズの覚悟の強固さを、ギルガメッシュは理解する。

 

この王子が、自分の望むような私欲に従った業深き道を選択することは決してないことも。

 

それを理解して彼は、実につまらなそうに顔から熱をなくした。

 

 

「ふん。やはりこの宴席は我の性に合わんな」

 

 

そうとだけ呟いて、ギルガメッシュはその場を発った。

 

 

「ギルガメッシュ殿。どちらへ?」

 

 

ウェールズのその問いかけにも答えることはなく、ギルガメッシュは祝宴の行われるホールより立ち去っていく。

 

ウェールズには見ることが出来なかったギルガメッシュの表情は、この場のすべてに対する関心を完全に失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

客人用に割り当てられた部屋へ向かう途中、ギルガメッシュはワルドと出会った。

 

向き合う形で歩いていた両者は、ちょうど三歩分ほどの距離まで近づいた所で立ち止まった。

 

 

「ワルドか。先刻より姿が見えなかったが、何をしていた?」

 

 

「明日、このアルビオンを去る前に、王子殿下に私とルイズの婚姻の媒酌をお願いしておりました」

 

 

「・・・ほう」

 

 

ウェールズと話してから、そこはかとなく不快気だったギルガメッシュは、ワルドの言葉に悦の笑みを戻した。

 

 

「死に逝く者に婚儀の祝福を頼むとは、また凝った趣向を思いついたものだな」

 

 

「死に逝くならばこそ是非とも、と思いまして。私のような戦いに身を置き、そこを居場所とする者が行う婚儀ならば、あの勇敢なるウェールズ皇太子にこそ仕切りにふさわしいでしょう」

 

 

「ふふん。ふさわしい、か。確かにふさわしいかもしれぬな、お前には」

 

 

ウェールズの時のつまらなげな表情とは打って変わり、ワルドと話すギルガメッシュの声は随分と弾んで見えた。

 

自分の話に、やや機嫌を良くするギルガメッシュに、ワルドは尋ねた。

 

 

「・・随分と容易に受け入れるのですね」

 

 

「うん?何がだ?」

 

 

「私とルイズの婚儀の件です。今の彼女はあなたの所有物であるのだと認識しておりましたから」

 

 

主が使い魔を所有するのではなく、使い魔が主を所有するという矛盾に満ちた言葉を、ワルドは口にした。

 

だが言葉の上では矛盾していても、言葉通りのルイズとギルガメッシュの関係に、ワルドは初見から何の疑いも抱いていなかった。

 

 

そしてその認識は、ギルガメッシュもまた同様であった。

 

 

「無論だ。だが、あれが我を魅せるに足る器を有しておらぬならば、わざわざ手の内に置いておく価値はない。この程度の事で己を見失うようならば、今後もたかが知れておるしな。お前にあれが手懐けられるならば、応とも、遠慮なく持っていくがいい」

 

 

自身のマスターを切り捨てる発言を、ギルガメッシュは臆面もなく言い放つ。

 

現在のギルガメッシュがルイズに向ける関心など、それくらい容易く手放せるほどのものだった。。

 

とりあえず彼がこのハルケギニアで出会った者の中では一番かもしれないが、それも他の雑種と比べれば、というほどの認識でしかない。

 

故にギルガメッシュは、ルイズに対して関心は懐いても執着は懐かなかった。

 

 

「むしろ今のところは、お前にこそ我は関心を傾けておるのだぞ。ワルドよ。お前はまだ、この我を楽しませる見所を用意しているのだとな」

 

 

「はて?おっしゃる意味がよく分かりませんが」

 

 

空とぼけて、ワルドは言ってみせる。

 

その様子に、ギルガメッシュは更に愉悦の笑みを深めた。

 

 

「せいぜい強かに立ち回れよ。我が楽しめるようにな」

 

 

そう言って、ギルガメッシュはワルドの横を通り過ぎる。

 

ギルガメッシュが数歩ほど先へ進んだ所で、その背中にワルドが問いをかけた。

 

 

「明日の私の婚儀、あなたは出席されますか?」

 

 

「さて、な。まあ、気が向けば足を運ぶかもしれん」

 

 

言葉を残して、ギルガメッシュはワルドの視界より歩き去って行く。

 

その姿が見えなくなった頃に、ワルドは言葉を投げかけた。

 

 

「・・心からお待ちしておりますよ。ギルガメッシュ殿」

 

 

瞳に闘争心を漲らせて紡がれたその言葉は、誰の耳にも届くことなく闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

割り当てられた部屋に着くと、そこには一足先にルイズの姿があった。

 

部屋の窓は開かれていて、月明かりが部屋内に差し込んでいる。

 

その窓際で光に照らし出されるルイズは、その顔をふにゃりと崩して涙ぐんでいた。

 

 

「いやだわ・・・、あの人たち・・・、どうして、どうして死を選ぶの?わけわかんない。姫様が逃げてって言ってるのに・・・、恋人が逃げてって言ってるのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶの?」

 

 

普段は貴族の誇りうんぬんと口にしていても、やはりルイズはまだまだ経験不足な十六歳の少女に過ぎない。

 

ウェールズの気高い覚悟を理解するには、精神も信念もあまりに幼すぎた。

 

 

「私、ここ嫌い。自分勝手で、お馬鹿さんな人達がいっぱい。あの王子様だって、自分の事しか考えていないんだわ。早く帰りたい。トリステインに帰りたいわ」

 

 

ポロポロと涙をこぼしながら、ルイズは漏らすように呟いていく。

 

死を以てこそ誇りと愛に報いる最上の手段であるというウェールズの決意の意味を、ルイズには理解出来ない。

 

理解できないが故に、ルイズの目にはウェールズの行為は、アンリエッタを置いてきぼりにする愚行にしか映らなかった。

 

 

そんなルイズの心情はギルガメッシュにも理解できたが、しかしそれをわざわざ諭してやる気にはならなかった。

 

そもそもウェールズの事など、ギルガメッシュにとってはもはや何の関心も懐かない雑事に過ぎない。

 

そんな雑種の在り様を長々と説くなどという浪費をわざわざしてやる理由など、ギルガメッシュにはありはしなかった。

 

 

「奴らはすでに命の引き際を心得ている。死を享受した者の事を考えた所で、所詮は徒労であろうよ」

 

 

故に、ギルガメッシュは簡潔な言葉のみでウェールズを始めとするアルビオンの人々の事を語った。

 

その様子は本当ににべもなく、込められた感情などありはしない。

 

そのあまりに淡白なギルガメッシュの言葉に、ルイズは即座に反発した。

 

 

「何よそれっ!!姫様は本当にウェールズ皇太子の事を想ってるのよ。それをどうして、そんな簡単に言えるのよっ!?」

 

 

激昂して、ルイズは言い放った。

 

ともすればアンリエッタに対する侮蔑とも受け取れるギルガメッシュの言葉を、彼女が受け入れられるはずがない。

 

それではまるで、王子の身を案ずるアンリエッタの気持ちが全く無駄な物だと言っているようではないか。

 

 

そんなルイズの怒りを受け取りつつ、しかしギルガメッシュは全く動じない。

 

表情に浮かぶ無関心さはそのままで、ルイズに向ける目も、ただ煩わしいという感情しか無かった。

 

 

その様子が、ルイズに更なる怒りを湧かせた。

 

 

「アンタなんかに、残される人の気持ちなんて、分からないわよっ!!」

 

 

声の限り叫んで、ルイズは走りだす。

 

そのまま部屋の扉辺りに立つギルガメッシュの横を走りすぎて部屋から出て行った。

 

 

後には、ギルガメッシュがただ一人残される。

 

ルイズが走り去っていった方を僅かに見つめていてから、ギルガメッシュは月の光が差し込む窓際へと歩み寄る。

 

 

『残される人の気持ちが分からない』

 

 

先ほどルイズが言い放ってきた叫び。

 

動じた様子を表に出すような未熟はなかったが、その一言はギルガメッシュの内面にひとつの波紋を生じさせていた。

 

他者の存在の無い室内、月明かりの幻想的な光に照らされながら、ギルガメッシュはその波紋から過去の記憶を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある、男の話をしよう。

 

最古の英雄王ギルガメッシュの人生を語る上で切って離す事は出来ない、一人の男の話を。

 

 

男の名はエンキドゥ。

 

創造の女神アルルが手に掴んだ泥より作り出され、英雄王に対抗できる者を願った民の祈りより誕生した人ならざる不遇の出生を持つ男。

 

 

当初のエンキドゥは、獣同然の存在であった。

 

力には優れていても知恵がなく、他の獣達と共に草をはみ、水場で水をすすっていた。

 

ギルガメッシュも狩人より噂くらいは聞いてはいたが、おもしろ半分で聖娼を遣わした後は、さして関心を懐くことなく忘れ去っていた。

 

 

だがエンキドゥはギルガメッシュも知らぬ間に知恵を身につけ、姿も在り方も人間に近いものとなっていた。

 

自分が遣わした聖娼シャムハトに導かれ、エンキドゥは人の文化と心を学びながら、英雄王が治めるウルクへと向かっていった。

 

さながら、運命という名の糸により、両雄が手繰り寄せられているように。

 

 

ちょうどそのころ、ギルガメッシュは夢の中である御告げを聞いた。

 

近い未来、自分の前に自分に対抗できる者が現れる、と。

 

 

予知夢の眠りより目覚めた時、ギルガメッシュはその予言を一笑の元に笑い捨てた。

 

自分こそは神の血筋を受け継ぐ、この世の絶対者たる英雄王。

 

その自分に対抗できるものなど存在するわけがないと、彼は自信を持って確信していた。

 

事実、彼の横暴に対し挑みかかってきた無謀者はいくらでもいたが、一人の例外もなく死の運命を与えられていたのだ。

 

 

そして、ついにギルガメッシュとエンキドゥの両雄は対面する。

 

君臨者たる自分の娯楽の邪魔をしたその男に、ギルガメッシュは当然不快を露わとし、エンキドゥに向けて刃を振るった。

 

だがエンキドゥは、あらゆる雑種共を薙ぎ払う英雄王の力にも倒されることはなく、それどころか互角の力を以て対抗してきた。

 

 

その時、ギルガメッシュが最初に感じたのは戸惑いだった。

 

これまで立ち塞がる者を圧倒して捩じ伏せるのみだった彼には、互角の戦いそのものが初めての経験であったのだ。

 

そんなギルガメッシュにとって、この目の前に立ち塞がる男はまさしく未知なる存在だった。

 

 

そして次に感じたのは怒りだ。

 

絶対者である自分にこうまで対抗してくる男の行為は、次第に傲慢なる英雄王の目には自らの強さを愚弄する所業に映っていった。

 

生じた怒りに、それまでに抱いていた慢心も油断も捨てて、ただ沸き上がる憤怒の殺意に従い力を振るった。

 

 

国中を震え上がらせ、大地を震撼させる両雄の対決は長きに渡り続いたが、ついに明確な決着がつくことはなかった。

 

闘争の後、烈火の如く噴き上がっていた怒りも戦いの中で萎ませていたギルガメッシュは、踵を返してエンキドゥの前より立ち去ろうとした。

 

だがその去って行くギルガメッシュの背中に、エンキドゥは英雄王の強さを称える讃辞の言葉を投げかけた。

 

 

ギルガメッシュからしてみれば、その称讃は完全に不意打ちだった。

 

エンキドゥより向けられた称讃は、下々共が阿りながら述べる讃辞とは質の違う、真に対等の位置にいなければ告げられない友愛の言葉。

 

そんなものを、天上に君臨する英雄王たる自分に対して向けてくるその男に、ギルガメッシュは興味が沸いた。

 

 

それからギルガメッシュは、懐いた好奇心に従って、エンキドゥを自らの傍らに置くようになった。

 

ちょうどその頃は、世界のあらゆる娯楽をやりつくして退屈を持て余していた時期。

 

この妙な身の程知らずの男も、退屈しのぎくらいにはなるだろう。

 

そんな気まぐれじみたギルガメッシュの考えから、二人の関係は始まった。

 

 

ギルガメッシュにとってエンキドゥは、本当に奇妙な存在だった。

 

いかなる時でも自分に対して謙ることなく、共に笑い、共に謳い、そして時に自分の身勝手な欲望に対して毅然と糾弾を述べてきた。

 

自身の欲の妨げとなりながら、しかしなぜか不快に感じることはなく、自分でも驚くほどの寛容さを見せてそれらの言葉を受け入れた。

 

それらのエンキドゥの仲裁が欲望の歯止めとなり、結果としてギルガメッシュはいつしか民草に称えられる名君となっていた。

 

 

それからもエンキドゥとギルガメッシュは常に共にあった。

 

誰もが持て余す英雄王の気まぐれじみた蛮行に、エンキドゥだけは臆することなく苦笑まじりに付いてきた。

 

エンキドゥと共に為すことすべてに退屈せず、不思議な居心地の良さを覚えた。

 

超絶の力を有した神々の魔獣と相対した時も、エンキドゥが隣にいれば敗北など感じず、ただ勝利のみを確信できた。

 

そんな愉快な時間の中で、自分がエンキドゥに向ける感情が単なる好奇心ではなくなっていた事に、ギルガメッシュ自身も気づいていたが、あえてその感情の正体を追及するような事はしなかった。

 

その頃には、エンキドゥが傍らに在る事は当然の事だと感じられていたからだ。

 

 

だが、そんなギルガメッシュにとって最も充実していた時間も、唐突に終わりを告げる。

 

 

ギルガメッシュの傲岸不遜な振る舞いにより、二人が殺害した神の送りし魔獣達。

 

香柏の森の番人フンババ、女神イシュタルが差し向けた天の牡牛。

 

これら二頭もの神の使いを殺めた二人の所業に、ついに天に君臨する神々は裁きを与えることを決定した。

 

 

その天の神々の決定を聞いても、ギルガメッシュは不敵な様子であった。

 

元より、この世のすべてを所有すると自負するギルガメッシュには、天より自らを見下ろす神々の存在は快いものではない。

 

神どもの挑戦であるならば、いかに煩雑な試練であっても受けて立ち、その不遜の鼻をへし折ってくれる。

 

実に英雄王らしい不遜さを以て、ギルガメッシュは自らに下されるであろう神の裁きを待ち構えていた。

 

 

だが、神々がその裁きの矛先を向けたのは、欲望の根源たる自分ではなく、その傍らに在るエンキドゥであった。

 

神々は同じ神の血と肉を持つギルガメッシュではなく、泥から生まれたまやかしの生命の分際で、神の使いを手に掛けたエンキドゥこそを咎人としたのだ。

 

神が手にした泥より生み出されたエンキドゥは、同じ神の呪いによって倒れた。

 

 

許容しきれぬ理不尽を強いた天上の神々に、ギルガメッシュは怒りのままに侮蔑と糾弾の言葉を叫ぶ。

 

それよりギルガメッシュは神を嫌悪し、自らの中に流れる神の血肉さえも否定した。

 

 

末期の床、エンキドゥは泣き濡れながら失われようとしている自らの命を惜しんでいた。

 

初めて見せるエンキドゥの嘆きの様に、ギルガメッシュは問いかける。

 

なぜ泣くのか、我の傍らに身を置いた愚かさを、今になって悔いるのか、と。

 

 

そうではない―――と、エンキドゥは答えた。

 

 

「この僕の亡き後に、誰が君を理解するのだ?誰が君と共に歩むのだ?朋友よ・・・、これより始まる君の孤独を思えば、僕は泣かずにはいられない・・・」

 

 

ギルガメッシュがその傍らに置いた男は、その最期の時まで彼を飽きさせることはなかった。

 

自分の死すら省みず、よりにもよってこの君臨者たる英雄王の身を案じるとは、なんという埒外の行いなのか。

 

 

最期までエンキドゥは自身に迫る死の運命を嘆きつつ、静かに息を引き取った。

 

常に自らの傍らにあった男を失い、唯一人残されてからギルガメッシュは、自らが懐いていた感情の正体にようやく思い至る。

 

不遇の身の上でありながら、この自分と対等の地点に並び立ったこの男こそ、自らの唯我独尊の人生において最上の価値を示した、唯一人の朋友であったのだと―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国中すべてに嘆かせたエンキドゥの葬儀の後、ギルガメッシュは所有する莫大な財も王位の座も捨てて、その身一つで荒野に出た。

 

かつては彼を魅せ、彼自身も愛でていたあらゆる財宝や権力も、エンキドゥが居なくなった途端、急に色褪せて見えたのだ。

 

いかに眩き至宝であっても、エンキドゥという最上の財を失った後では気休め程度の価値しか無い。

 

まるで出来の悪い贋作を見ている気分となり、ギルガメッシュは感情のままにそれらの財を捨て去ってしまっていた。

 

 

所有するのは我が身のみとなって、エンキドゥの事を思いながら荒野を彷徨う内に、ギルガメッシュの中にふとした思いが沸き上がった。

 

あの強く勇敢で、自分を飽きさせなかったほどのエンキドゥも、死の運命には抗することが出来なかった。

 

あれだけの強靭な男も、死だけは他の雑種と等しく逃れ得ぬ運命であったのだ。

 

 

そう思った途端、ギルガメッシュの中に死に対する猛烈な拒否感が芽生えた。

 

自分もまた、いずれは死ぬのか。

 

エンキドゥのように、この世に対して未練を残しながら、単なる生者の記憶の中のみの存在にまで貶められるのか。

 

 

否―――断じて否である。

 

我が身こそはこの世にはびこるあらゆる雑種の生命を超越した英雄王ギルガメッシュ。

 

その自分が、雑種のように死を逃れえぬ運命と諦め、やがて来るその結末を甘受して受け入れるなどという弱気を見せるなどあり得ない。

 

この世のすべてを手にいれ支配して見せた自分ならば、死をも超越して逃れ得ぬ運命さえも蹂躙して見せよう。

 

 

決意したギルガメッシュは、身一つで荒野を渡り、不死の生命の探究を始めた。

 

かつては蓄えた古今東西の至宝によって万能に近い力を有していたギルガメッシュも、それらすべてを捨て去った身の上では、その道中は苦難に溢れた。

 

過去のあらゆる挑戦者たちを飲み込んだ数々の難関、その行く先々で出会う賢者達の説得。

 

屈強な精神をも追い詰める恐怖と苦痛、その所々でもたらされる賢者の理に適った救いの言葉。

 

圧倒的に心を揺らがせる、絶望という名の破滅に対する心身の疲労と、それより救済する希望という名の安息への誘い。

 

明暗分かれる二つの誘惑に曝され続ける旅路は、凡夫共は無論のこと、例え英雄と呼ばれし強者たちでも成し遂げる事は出来なかっただろう。

 

 

だがギルガメッシュは、それらのどれにも揺らぐこと無く、初心の決定を覆さずひたすらに不老不死の法を探し求めた。

 

度重なる苦痛にもめげる事無く、与えられた退路も選べなかったのではなく、自らの意思で選ばなかった。

 

あらゆる難関を突破して進み、旅の終わりを勧める賢者の説得をも論破して、不死への探究道を押し通した。

 

そうまで見せるギルガメッシュの不老不死への執着は、彼自身も旅の終わりまで気付かなかったが、死に対する拒否だけが源泉ではなかった。

 

 

誰もが焦がれ求めた老いを知らぬ不滅の生命。

 

世界に君臨する自分でさえ未だ得た事の無い至宝中の至宝。

 

未だ見ぬその宝ならばあるいは、エンキドゥを失った事で生じたこの身を苛む虚無感を埋める事が出来るのではないか。

 

あらゆる宝を所有し尽くした自分の財の中にも、エンキドゥの代わりとなり得る価値を持つ宝など一つとして無かったのだから。

 

 

苦難の旅路は長きに続き、ついにギルガメッシュは求め欲した不老不死の秘法へと辿り着く。

 

誰もが為し得なかった偉業の達成に、ギルガメッシュの心にエンキドゥを失ってから久しかった充実感が訪れた。

 

求めていた充実を手にし、ギルガメッシュは歓喜する。

 

 

だがそれも、ほんの一時のみの充実であった。

 

時間と共に達成感の熱も冷め、再びギルガメッシュの心に空虚が舞い戻ってくる。

 

己が手にある不老不死も、もはや彼に何の感情も沸かせることはなかった。

 

 

手に入れたその瞬間には、確かに自分を魅せるに足る価値をそれは有していた。

 

だが一度所有してしまった以上、それはもはや誰もが望む理想ではなく、単なる当たり前の現実の産物へと貶められてしまったのだ。

 

夢想の価値を喪失した不老不死は、すでに他の財宝と同様に、ギルガメッシュの目には色褪せて見えていた。

 

 

この世のすべてを極めつくした者のみが辿り着ける頂に、ギルガメッシュは孤独なままに立ち尽くす。

 

もはや何の価値も見出せなくなった、誰もが求め欲した不老不死の秘法を見下して、欲望の限りを極めた英雄王はようやく悟る。

 

 

自分は、この世のすべてを手に入れた。

 

もはや世界には、自分を魅せ得る価値を有したものなど、何一つとして残されていないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過去への追憶から意識を現実へと戻し、ギルガメッシュは気の無い様子で息をつく。

 

 

こうして思い返してみれば、ちょうどあの頃からだったか。

 

それまで雑種如きと見向きもしなかった人間を玩具と見たて、その人生そのものに娯楽の価値を見出し始めたのは。

 

 

人間という生き物の生涯は、それぞれが一つの壮大な物語だ。

 

野に蔓延る獣共とは違い、知恵と欲望を身につけた人間の行動には常に条理と不条理が充ち溢れ、一切の妥協なく展開されていく。

 

あらゆる努力や才能も運命という名の荒波の前には容易に飲みこまれ、代わりに凡庸なる者が天の幸運に恵まれて栄誉を手にする場合もある。

 

その理不尽にして容赦のない生々しさは、空想では決して表せない新鮮な楽しみがある。

 

 

手にした不老不死をあっさりと捨て去ったあの時より後、ギルガメッシュは様々な人間の生に触れてきた。

 

凡庸なる在り方をそのままに、命果てるその時まで何も為さずに終わるつまらない雑種。

 

自らの器を弁えず、己の野心そのものに喰い殺される愚昧な阿呆。

 

そして、人の身に過ぎた大望を懐き、我が身を焼きつくされながら理想を追い求める尊き愚者。

 

 

それらのどれもが、ギルガメッシュにその生命の終わりまで価値を示し続ける物語だ。

 

特に最後の一例は、抜きん出てギルガメッシュを魅せつける価値を有している。

 

 

人の身に余る大望を懐いた者は、大抵はその結末を悲哀の嘆きによって彩っている。

 

度を過ぎた理想は、当然ながら辿り着く事は容易なことではない。

 

故に大半の者は、理想に届く前に敗北の運命を与えられ、志半ばにして膝をつく。

 

その散り際、溢れる才能を持ちながら、それでも届かぬ大望の前に敗れた者達は、皆等しく悲嘆を見せるのだ。

 

 

理想を求めんとする者の生涯は脈動に溢れ、生命の時間を無駄に扱う事はない。

 

自分のすべてを費やして築き上げた生涯であるからこそ、そのすべてが無に帰する事はいかなる者でも容易くは受け入れられない。

 

夢想した理想が高ければ高いほど、彼らは突き付けられた死の結末に対して嘆きを以て叫ぶのだ。

 

 

こんなはずではなかった、と。

 

この結末は道理の通らぬ間違いであるのだ、と。

 

 

その悲嘆と後悔を、往生際の悪い無様な姿としか映らないのなら、それは単に彼らの駆け抜けた生涯の価値を理解出来ていないだけのこと。

 

凡夫には真似できぬ生涯を送る英傑は、その存在の大きさに比例して自らの命に大きな価値を見出している。

 

彼らにとって自身の生とは、容易く捨て去り納得できるほど軽い物では断じてないのだ。

 

 

そして彼らが流す慟哭の涙こそが、ギルガメッシュの眼には最も眩しく見える至宝の輝きである。

 

彼の朋友がかつて見せたその輝きを求めて、ギルガメッシュは多種多様の物語の中から真に価値ある逸品を探し続ける。

 

それこそがこの世のすべてを手に入れたギルガメッシュが、新たに見出した欲望の形だった。

 

 

「フン。ウェールズめ、つまらぬ結末を見出しおって・・・」

 

 

その英雄王の感性からすれば、ウェールズの選びとった選択は全くもって期待外れもいい所のものだった。

 

 

王としての誇りを守り、同時に懐いた愛にも応えようとするウェールズの決意は、確かに正しい選択なのだろう。

 

だが元より物事の正しさなどというものは、価値観の違いのひとつで容易く変動する曖昧なものでしかない。

 

ギルガメッシュにとってそんな物事の正しさなど、人々の業をより深くするための道具程度のものだった。

 

 

時代の中の人々によって築かれた倫理感、その狭間で苦しむ人間の姿は、傍から見ていて実に楽しめる。

 

いかなる時代の凡人も才人も、常に正しさという言葉によって振り回されていく。

 

その葛藤は、業を娯楽とする英雄王の趣向と実に相まっている。

 

そしてその倫理の鎖を突き破って、己の欲望のままに突き進む姿もまた、英雄王を興じさせるのだ。

 

 

そのギルガメッシュの感性から見たウェールズの選択は、生の機会が残されているにも関わらず、早々に己の生に見切りをつけたつまらぬものとしか映らない。

 

完結する前から終わりの見えた物語など、これほど興醒めなものが他にあるだろうか。

 

 

「いや、そもそも凡庸な雑種如きに、過大な期待を託すほうが誤りであるか」

 

 

呟きながらギルガメッシュは、つまらなそうに肩を竦める。

 

 

新たに見出した欲望といっても、所詮はそれも彼の無興を慰めるための退屈しのぎ程度の価値でしかない。

 

考えてみれば、それも当然の事。

 

いくつもの人生を見定めた所で、結局のところエンキドゥに匹敵するほどの価値を持った人生など、存在するはずがないのだから。

 

 

少なくとも、かつての世界、かつての時代にはエンキドゥに並ぶ価値を示す人生は存在しなかった。

 

このハルケギニアという異世界の地には多少の期待を持ってはいるが、それも結局は不老不死の時のような失望を覚えるだけかもしれない。

 

事実、アルビオンという空想の中のみの産物であった浮遊大陸も、現実に目にしてしまえば飽きるのもすぐだった。

 

それを思えば、いかに強大無比の英雄王でも、溜め息のひとつも漏れようというものだ。

 

 

この身を最も苛むのは、ポッカリと胸の内に開いた空虚なる無興の念。

 

一人残されたこの浮世で、この途方もない退屈さをどうにかしていく事こそ、ギルガメッシュが唯一懐く懸念の種だった。

 

 

「まったく、人の域を逸脱せし超越者の性というのも、なかなかに度し難いものだな」

 

 

まさしく末期の床でエンキドゥが言っていた通りの現状に、ギルガメッシュは苦笑する。

 

 

二つの月が照らしだす、ハルケギニアの夜空。

 

かつての世界とはまるで異なるその星空の光景は、この異界の地に降りてからのギルガメッシュの心を魅了し続けている。

 

いまだ飽きぬ異界の月と星の煌めきを眺めつつ、ギルガメッシュは不覚にも夢想した。

 

 

この美しい夜空を、かつて傍らにあった友と共に眺めることが出来たなら、それはどれほど素晴らしい事だろう、と。

 

 

「・・・エンキドゥよ。お前のいない世界は、退屈が過ぎるぞ」

 

 

誰も居ない月明かりの元、ギルガメッシュは胸の内にある空虚を僅かに吐き出した。

 

 

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