Zero and heroic king   作:river01

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王と惚れ薬

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ・・・、ぐぅがぁっ・・・っ!!」

 

 

王軍の砦たるニューカッスル城より少しの距離を置いた場所の、さっそうと木々が生い茂る森林地。

 

人の手に依らぬ森の獣道を、苦悶の呻きを漏らしながらワルドは進んでいる。

 

いや、今の彼のその様は進むというより、這いずるといった形容のほうが正しいだろうか。

 

 

かつての凛々しく精悍たる佇まいは見る影もなく、あるのは傷つき打ち捨てられた無様さのみ。

 

衣服はボロ雑巾のように引き裂かれ、肉体のあらゆる箇所には深い傷が穿たれている。

 

左腕は中途より千切れて欠落し、這いずる毎に地面に鮮血がべったりと張り付いた。

 

下半身のほうは、さらにひどい。

 

両足共に中途より引き千切れ、溢れだした鮮血が下半身全体を赤黒く染め上げている。

 

もはや、どこが肌で、どこが肉塊と化しているのかも判別がつかなかった。

 

 

その自らの下半身の惨状を、ワルドは認識していない。

 

今のワルドには視線を動かすだけでも重労働であったし、感じていた激痛もしばらく前から脳が情報を遮断している。

 

己の身体の無残さを更に自覚せずに済んだことは、ワルドにとっては幸運だっただろう。

 

ただの醜い肉塊と化したこの肉体の姿には、いかに屈強な精神を持つ戦士といえど、発狂を避けられまい。

 

 

(こんな・・・、こんなところで俺は・・・っ!!)

 

 

心中で呻きながら、ワルドは残された右腕のみで地面を進み続ける。

 

常人ならばそれだけでショック死してしまいかねない痛みに曝されながら、なおもワルドを動かすのは貪欲な生への執着である。

 

 

まだだ、まだ死ねない。

 

自分はまだ、何一つ為し遂げていないのだ。

 

このままでは目指した聖地にも、見定めた理想にも届く事無く、ただ徒労のままに自分という存在が消えてしまう。

 

あれだけの年月を重ね、あれほどの努力を費やした自分の生涯が、こんなにも簡単に終わってしまうなど、断じて認められない。

 

そう、こんな結末など認めてなるものか、このまま死んでたまるものか。

 

 

(必ず、必ず生き抜いてやる。そして再び、彼と・・・っ!!)

 

 

生きる―――何としてでも生き延びてみせる。

 

その圧倒的な生の執着が、すでに死に体のはずの今のワルドの身体を動かしていた。

 

 

「―――随分と手酷くやられたようだね、子爵」

 

 

そんなワルドの元に、投げかけられる声があった。

 

頭上よりの声に反応して、ワルドは視線のみをなんとか上げる。

 

そこには聖職者のような格好をした、どこか亡霊じみた面を持つ三十代半ばほどの男が立っていた。

 

 

「しかしながら、君は同時によくやってくれた。君は敵軍の勇将を一人で討つという、めざましい働きをしてくれた。まあ、アンリエッタの手紙が手に入らなかった事は残念だが、それよりも確実にウェールズを仕留める事こそ重要だ。これより一つになるアルビオンに、王家の血筋は邪魔だからね。まずは君に、この功績を讃える言葉を送ろう」

 

 

ワルドの重傷のほどにも構わず、男はペラペラとしゃべり出す。

 

語りがいちいち道化めいたこの男の名を、ワルドは知っていた。

 

 

男の名はオリヴァ―・クロムウェル。

 

かつては一介の司教であり、今はアルビオンを中心とした各国貴族たちによる共和同盟『レコン・キスタ』の明主。

 

そして何より、求心力の根源にもなっている『虚無』を自称する未知なる魔法の使い手。

 

かくいうワルドも、その未知の力に引かれて手を取ったクチだ。

 

突然の自分の王たる者の登場に、ワルドは驚いた。

 

 

「故に、君は何も気に病むことはないよ、子爵。君は立派に務めを果たしたのだ。誇っていい。その負傷は、まあ名誉の傷跡という所であろう」

 

 

ワルドを見下ろしながらクロムウェルはなおも高説を並べていく。

 

だがそんな言葉など、今のワルドには半分も耳に入らない。

 

何しろ、彼は今まさに死の危機に瀕しているのだ。

 

今はどんな称賛の言葉よりも、まずはこの身の治癒こそを欲しているのは言うまでもない。

 

 

だというのにクロムウェルは治癒するでもなく、誰かを呼びに行く様子もなく、いまだに話を続けている。

 

こちらは激痛と死の冷たさに苛まれているというのに、その呑気な様子には正直頭にきた。

 

何か言ってやりたかったが、喉に血でも詰まっていたのか、声を出そうとすると代わりに血を吐き出した。

 

 

ゴホゴホッと吐き出された血が、地面の雑草を赤に染める。

 

その様子を、高説を続けながら眺めていたクロムウェルは、ふとその口を止めた。

 

 

「・・・苦しそうだね、子爵」

 

 

今さらすぎる問いかけに、ワルドは歯噛みする。

 

そんなことは、この姿を見れば分かるだろう。

 

そんな分かりきった事を確認しているヒマがあるなら、早く処置をしてくれ。

 

ご高説は後でいくらでも聞いてやるから、今は一刻も早く治療を・・・。

 

 

「ひどい傷だ。一体どのような攻撃を受ければ、こんな有様となるのか。・・・残念だが、これはもう手の施しようがない」

 

 

そのあまりにあっさりと告げられたクロムウェルの言葉に、ワルドは一瞬呆けた表情を浮かべた。

 

 

「この傷はただの刃で付けられた傷ではないね。こうして見ているだけでも、傷の異常性が分かる。そもそもこのような身となって、どうしていまだに生を保っていられているのか・・・。あるいはそれも攻撃の効果なのかもしれないが・・・、それも長くは保たないだろうね」

 

 

淡々と告げられてくるクロムウェルの言葉に、ワルドの心にふつふつと絶望が浮かんでくる。

 

これまで遠ざけて意識しないようにしていた死に対する実感が、急激に浮かび上がってくる。

 

そしてそれと同時に、死への恐怖にも先じて、激しい悔しさと怒りの念が湧きあがった。

 

その激情は誰に対して向けられたものではなく、このあまりに無様な己の死の結末そのものに対して向けられたものだった。

 

 

「・・・生きたいかね?子爵」

 

 

平静な口調のままに、クロムウェルが尋ねてくる。

 

その問いにワルドは、身を苛むあらゆる激痛を押し殺して、顔を上げてクロムウェルを睨みつけた。

 

 

―――当たり前だっ!!

 

訴えかけるようなギラギラとした視線が、クロムウェルを射抜く。

 

声が出ないからその視線のみで、ワルドは己が生への執着を示した。

 

 

その反応に、クロムウェルはニッコリとこれまで以上に不気味さを感じさせる笑みを浮かべてみせた。

 

 

「いいだろう。では、余が君を救おう。他の者には出来ぬことではあるが、なに、余にとっては造作もないことだ」

 

 

そう言うとクロムウェルは、懐より何かの塊を取り出し、ワルドの目の前に置いた。

 

深く、奥底まで沈み込むような漆黒を湛えたそれは、形容するならば“闇”という言葉を形とした結晶体。

 

その暗闇は見る者に不快感を与えずにはいられない、呪詛めいた何かを帯びている。

 

そんな物が至近に置かれ、ワルドは顔を背けることも出来ずに凝視した。

 

 

「その“種子”を受け入れたまえ、子爵。そうすれば君は助かり、また大いなる力を得る事が出来る」

 

 

甘く囁き掛けるような、クロムウェルの声が聞こえてくる。

 

だが目の前のそれの異形さは、ワルドにそれを素直に受け入れさせるのを躊躇わせた。

 

 

「ぐっ・・・!ゴホッ、ゴホッ!!」

 

 

だがその迷いも、次に起きた吐血で消え去る。

 

先ほどまではあれほど強く感じられていた激痛が今は希薄となり、意識のほうも急速に薄まっている。

 

代わりに身体には、ぞっとするような冷たさが這い上がってきていた。

 

 

ワルドは悟る。

 

自分は今、急速に死に近付いている。

 

恐らく後何秒もしない内に、この身体からはあらゆる生の活力が失われるだろう。

 

眼前に迫った死の感覚を、ワルドはこれまでで最も強く実感した。

 

 

選択の余地などない。

 

目の前の物体がいかに不気味でも、今はクロムウェルを信じてそれに頼るしか生存の道はないのだ。

 

例えそこにいかなる代償があろうとも、命には換えられない。

 

 

決意して、ワルドは最後の力を振り絞って、目の前の暗黒の“種子”へと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タバサのシルフィードに跨って、アルビオンを脱出したギルガメッシュ達。

 

魔法学院へと戻る一行の中、一人ルイズだけは王都トリスタニアに降ろされた。

 

目的はもちろん、アルビオンでの件をアンリエッタに報告するためだ。

 

 

ルイズを一人降ろしたシルフィードは、皆を乗せて一足先に魔法学院へと向かって飛ぶ。

 

自分の帰りは、馬を借りてのことになるだろう。

 

これからアンリエッタにしなくてはならない報告の内容を思いながら、陰湿な面持ちでルイズはそう考えた。

 

 

アルビオンでの内乱の件もあり、戦争が近いと噂もあってか、城の警備はいつもに増して厳重に行われていた。

 

密命ということもあって確かな命令書も何も持っていなかったルイズが取り次ぐ事は困難だったが、途中でアンリエッタが現れてくれたことであっさりと解決した。

 

ルイズはアンリエッタの私室へと連れられ、そこでアルビオンで起きた事を包み隠さずに報告した。

 

 

「そう・・・。ウェールズ様は・・・」

 

 

ルイズの報告を聞き、アンリエッタは表情の深い落胆と悲嘆の色を見せる。

 

 

アルビオンまでの道中の経緯。

 

空賊になりすましていたウェールズとの出会い。

 

ウェールズには亡命を勧めたが、断られたこと。

 

そして『レコン・キスタ』の内通者であったワルドによって、その命が奪われてしまったこと。

 

ただ第一の目的である、過去にウェールズに宛てた恋文だけは取り返したこと。

 

 

アンリエッタの望みを果たせなかったことへの負い目も込めて、一切の虚偽を挟まずにルイズは報告した。

 

 

「申し訳ありません、姫様っ!!私が裏切り者の存在に気付かなかったばっかりに、ウェールズ様は・・・」

 

 

精一杯の誠意を込めて、ルイズは謝罪した。

 

ぎゅっと目を瞑り、深々と頭を下げる。

 

だがそんなルイズの言葉にも、アンリエッタはいつまでたっても答え返そうとはしなかった。

 

 

怪訝に思って、ルイズは顔を上げてアンリエッタの顔を覗き見る。

 

アンリエッタの表情に浮かんでいたのは、ルイズの予想していたウェールズを失った事の嘆きだけでなく、どこか悟ったような自嘲であった。

 

 

「・・・先日、あなたの部屋でお会いした方」

 

 

「え!?」

 

 

唐突に予期していなかった話題を振られ、ルイズは戸惑う。

 

構わずにアンリエッタは言葉を続けた。

 

 

「彼は言っておりましたね。私には王道が無いと・・・」

 

 

言われてからルイズは、ギルガメッシュがしでかしたアンリエッタへの無礼を思い出す。

 

思い出してから、ルイズは慌ててあの時のことも謝罪しようとした。

 

 

「あ、あのときは申し訳ありませんでした!!あいつは、人を立てるってことを知らない高慢ちきでして、今後は私がしっかりと―――」

 

 

「いいのよ、ルイズ。あなたが謝る必要はないわ」

 

 

ルイズの謝罪を、アンリエッタは柔らかな口調で遮る。

 

そうしてからアンリエッタは、表情は変えないままに自嘲的な調子で口を開いた。

 

 

「だって、彼の言ったことはすべて本当の事ですものね」

 

 

「っ!姫殿下!?」

 

 

突然のアンリエッタの言葉に、ルイズは驚いて声を上げる。

 

アンリエッタは自嘲的な口調のままに続けた。

 

 

「私はずっと、この生まれた時より刻みつけられた王族という肩書きが嫌いでした。ただ王族であるというだけで自由にあることも出来ず、自己を殺して振舞わねばならない窮屈さを疎ましく思っていました」

 

 

これまでの己を振り返りながら、アンリエッタは自らの胸の内を吐露していく。

 

唐突に始められたアンリエッタの告白を、ルイズは呆然としながら聞いていた。

 

 

「誰もが私のことを王女として見るばかりで、一人の人間としての私を蔑にしたわ。そんな本当の私を見ようとしない周囲の者達が、私は忌々しくて仕方がなかった」

 

 

これまでアンリエッタが接してきた者達は、彼女の事をあくまでトリステインの王女としてだけ見ていた。

 

彼女の前に立つ者は何においても王女の肩書を意識し、それ以外の個人など見向きもしない。

 

彼らにとってアンリエッタとは王女という名の国の道具であり、彼女の価値はそれだけだった。

 

 

その事が、ずっとアンリエッタには煩わしかった。

 

自分は王女である前に一人の人間であり、断じて国の部品の一つなどではない。

 

みんな自分を王女として見るだけで、誰もアンリエッタという人間を個人としては見てくれない。

 

少しも自分の事を分かろうとしない、そんな者達を信用するなど出来るはずがないではないか。

 

 

ずっと、そう思っていた。

 

 

「けど、それならば私は、彼らの事をきちんと見ていたのかしら?」

 

 

そう、アンリエッタが王女という名の道具ではなかったように。

 

彼女が接してきた者達もまた、王家に仕えるというだけの臣下という名の道具ではなかったのだ。

 

 

彼らがアンリエッタの事を分かろうとしなかったように。

 

アンリエッタもまた、彼らのことを理解しようとはしなかった。

 

自分のことを分かってくれないとふて腐れて、自分から歩み寄ろうとしなかった。

 

自分は相手を理解せず、相手にのみ理解を求め、それが当然だと思っていた。

 

そのような一方通行の関係で、得られる信頼や理解などあるはずがなかったのだ。

 

 

「私を王女としてしか扱わない周囲の者に、私は目を閉じ、耳を塞いだわ。応対する態度にも目を逸らし、向けてくる言葉も真摯に聞こうとはしなかった。フフッ、とんだお笑い草ね。他ならぬ私が信頼を向けていないというのに、信頼に足る臣下など出来るはずがなかったのに」

 

 

「私がいます、姫殿下!!このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、常に姫様の忠臣です」

 

 

「そうだったわね、ルイズ。ごめんなさい、大切なお友達のあなたの事を忘れるなんて、どうかしていましたね」

 

 

きっぱりと告げてくるルイズに、アンリエッタは苦笑して答える。

 

だがそれでも、彼女の表情より自嘲の色が消えることはなかった。

 

 

「そう、私が心から信頼を置けるのはあなたくらい。それ以外の者のことなど、ほとんど顧みたこともなかったわ。

 

だからいつだって簡単に流された。今回も、枢機卿が信頼していると聞いて、自分では大して知りもしないワルド子爵に、あっさりと任務を任せたわ。

 

結果、彼の叛意を見抜けず、ウェールズ様は命を奪われた。私がウェールズ様の命を奪ったも同然ね」

 

 

「・・・いえ。ウェールズ様は最初から故国に残るつもりでした。姫様に責任はありません」

 

 

「そうでしょうね。我が国の名誉と、こんな愚かな小娘一人の懇願とでは、どちらが重いかなど考えるまでもない事柄ですもの」

 

 

「そんなっ!!ウェールズ様は姫様のことを最期まで愛し続けていました。それだけは、絶対に間違いはありません」

 

 

まるでウェールズが国と恋人の価値を天秤にかけたかのような言い方に、ルイズはムキになって声を上げる。

 

そのルイズの感情を納めるように、アンリエッタはぎこちない微笑を面に浮かべて見せた。

 

 

「・・・ありがとう、ルイズ。慰めだけでも、そう言ってもらえると嬉しいわ」

 

 

「これは慰めなんかじゃありません。確かな事実です!!」

 

 

「いいのよ、ルイズ。無理をしなくても、私は大丈夫だから」

 

 

取り付く間もなく、アンリエッタは柔らかな口調でルイズの言葉を拒絶する。

 

外面上は動揺の色も薄いように見えるが、やはりその心中はいまだ混乱と悲嘆の渦中にある。

 

無意識の内にウェールズに愛されていなかったと思いこんで、情愛よりもたらされる嘆きを少しでも抑えようとしているのだ。

 

 

そんなアンリエッタの気持ちは分かるが、しかしルイズにはそれを認めることは出来なかった。

 

確かにウェールズはアンリエッタの亡命の誘いよりも、国と共に滅び逝く道を選択した。

 

愛する人が残されているというのに、どうして自ら死に向かおうとするのか、ルイズはいまだに分からない。

 

一時は、彼の愛を疑ったこともあった。

 

 

だが今は、ウェールズはやはりアンリエッタの事を真剣に愛していたのだと確信している。

 

アンリエッタからの手紙を受け取った反応、彼女の婚儀を知った時の落胆、そして彼女の事を話す時の輝いた表情。

 

例え言葉では聞かずとも、そんなウェールズの態度のすべてが、彼の思いの強さをしかと示していた。

 

 

そんなウェールズの思いを知っているルイズだからこそ、例えそれが恋人を失った女性の嘆きに繋がるとしても、アンリエッタにだけは、彼の真の思いを知っていてもらいたかった。

 

 

「姫様。これを」

 

 

そう思って、ルイズはアンリエッタに一つの指輪を差し出す。

 

アルビオンより、ウェールズの形見として持ち帰った『風のルビー』だ。

 

 

「これは・・・!」

 

 

「今の際、ウェールズ皇太子より託されました。この『風のルビー』を、姫様に渡してほしいと」

 

 

嘘だった。

 

正確には託されたわけではなく、せめてもの形見として死体より抜き取っただけ。

 

ウェールズの言葉も、今ふと思いついただけの適当な台詞だ。

 

 

だがそれでも、ルイズの顔には嘘を躊躇うような迷いはない。

 

それでアンリエッタがウェールズの思いを信じられるなら、主君を虚言にて惑わす価値もある。

 

それにウェールズも、形見を残せるならばきっと同じことを言ったのではと思うのだ。

 

 

「ウェールズ様が・・・私に・・・」

 

 

つぅーと一筋の涙が、アンリエッタの瞳より流れ落ちる。

 

アンリエッタはルイズの手より『風のルビー』を受け取ると、愛おしそうにその表面を撫でた。

 

 

「・・・ありがとう、ルイズ。ごめんなさいね、くだらない愚痴に付き合わせてしまって」

 

 

「いえ、私は、与えられた役目を完遂できませんでした。本来ならお叱りを受けて当然なのに・・・」

 

 

「何を言うの。あなたの働きのおかげで恋文はこちらの手に戻り、同盟破綻の危機は事前に守られました。我が国は無事ゲルマニアとの同盟を果たし、かのアルビオンとも対抗できるでしょう。危機は去りました。

 

ウェールズ様を同盟させろなんて、私は一言も言っていないのだから。本当に、あなたはよくやってくれました。これは本当に誇っていいことですよ。この任務が内密のものでなければ、勲章の一つや二つも与えているところだわ」

 

 

そう言って、アンリエッタは力無く笑った。

 

そのアンリエッタの弱々しい姿に、ルイズは何も言えなくなってしまった。

 

 

「私はトリステイン王国の第一王女。そう、ただ“それだけ”の小娘。王として皆を導く信念も力も無い、弱くてちっぽけな一人の女。

 

こんな力なき王女には、せめて国のための道具として活用されることが相応しい役割でしょう」

 

 

「そんな・・・!」

 

 

あまりにも自分を卑下するアンリエッタの言葉に、ルイズは咄嗟に反論を口にしかけた。

 

ルイズにとってアンリエッタとは、自らが仕える敬愛すべき主君。

 

侯爵家の息女として、主君に不足なく忠誠を捧げることこそ、貴族の本懐と教えられてきた。

 

そんな絶対と信じるアンリエッタの口より自嘲の言葉など聞きたくなかった。

 

 

だが、今のアンリエッタの姿を見ていると、かけるべき言葉がうまく見つけられない。

 

今ルイズが目にするアンリエッタの姿は、絶対性を信じるにはあまりに頼りない。

 

その弱々しい姿は、アンリエッタが自分と同じ人間であることを強烈に実感させた。

 

 

これまでは、アンリエッタの言う事はすべて正しいのだと、理屈もなく信じ込んできた。

 

主君であるアンリエッタの言葉に従い、その通りに行動することこそ、自分が歩むべき道だと確信していた。

 

だがそんな思いは、今のアンリエッタの姿の前に急速に薄れていく。

 

主君であるはずの目の前の人物の姿は、自分が迷いなく付いて行くべき王ではなく、ただの一人の儚い少女のそれだ。

 

そのようなか弱い彼女に強さを期待するのは、むしろ酷な事なのかもしれない。

 

呆れるのではなく、同情的な視線を向けて、ルイズはそう思った。

 

 

「旅の前にあなたに渡した『水のルビー』。まだ持っているかしら?」

 

 

「あ、はい。お返しするのが遅れて申し訳ありません」

 

 

「いえ、それならばどうかそのまま、あなたが持っていて。私はもうすぐゲルマニアへと嫁ぐ身。王家の秘宝たるその指輪は、トリステインに残しておくべきでしょう」

 

 

それだけ言って、アンリエッタはルイズに背を向ける。

 

その後ろ姿には、やはり王としての威厳や強さなど微塵もない。

 

あるのはただ、何も為せぬ自らを恥じ、そして諦観している無力でか弱い少女の背中であった。

 

 

その背中を、ルイズはただ見つめる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルイズらのアルビオンにおける奮闘より一カ月。

 

 

アルビオンでの内乱の結末の報は、またたくまにハルケギニア中に広がった。

 

ニューカッスル城に立て篭もった王軍の敗北、アルビオン王家の崩壊。

 

見事革命に成功した反乱軍は、古きアルビオン王国より名を変え、神聖アルビオン共和国の樹立を発表。

 

その初代神聖皇帝には、『レコン・キスタ』明主オリヴァ―・クロムウェルが就任し、更にその席にて聖地回復のための、ハルケギニアの統一を堂々と宣言した。

 

 

この宣言はハルケギニアすべての者、特にトリステインの人々に衝撃を与えた。

 

それはすなわち、事実上の世界征服宣言。

 

そうなれば真っ先に標的をなるのは、この小国たるトリステインを置いて他に居ない。

 

 

強国アルビオンに攻められてはひとたまりもない

 

いや、近いうちにアンリエッタ王女とゲルマニア皇帝の同盟を前提とした結婚がある

 

ゲルマニアと連合出来れば、アルビオンとて手を出せまい

 

いやいや、アルビオンはそんなに甘い相手ではない

 

そもそもゲルマニアが本当に助けてくれるかなんて保障はないではないか

 

 

様々な噂が人々の間で囁かれ、貴族も平民も関係なく話題の種は決まってそれとなった。

 

あらゆる家で、あらゆる場所で、人々は明日来るやもしれぬ脅威に不安を覚える。

 

トリステインに暮らす誰の心にも暗雲が立ち込め始めていた。

 

 

「ふぅむ・・・良い湯加減だ。なかなかの手際だぞ、シエスタよ」

 

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

しかしそのような暗雲も、唯我独尊たる黄金の王には薄闇の役割にさえなりはしない。

 

像が傾ける瓶より注がれる金色の湯船に浸かりながら、実にリラックスした様子でギルガメッシュは機嫌良い声で言った。

 

 

ギルガメッシュがいるのは、魔法学院の敷地の一角に建てられた彼専用の浴場だ。

 

魔法学院内の敷地の一部を、オスマンより半ば強奪に近い形で譲り受け、労働用の人形達を使って建造したのである。

 

 

魔法学院には貴族用の風呂もあったのだが、そんなものではギルガメッシュは満足しなかった。

 

誤解が無いように断っておくが、貴族達が使用する風呂も決して質素なものではない。

 

浴槽は大理石で作られ、湯には香水が混じった、見事な大浴場だ。

 

だがその基準も、あくまで常人にのみ通用する話。

 

この世の財を集め、贅の限りを尽くしたギルガメッシュの目には、それすらも質素なものと映ったのだ。

 

 

そして築かれたこの黄金の浴場は、もはや人の想像が行き届く領域を超えた極楽の園である。

 

黄金で作られた二十メイルに及ぶ浴槽には魔術的措置が施され、湯の温度調整はもちろん、入浴者の身体にも好影響を与える。

 

浴場の中心に立つ女神像に抱えられた瓶より、湯船に無限に流れ注がれる湯も、単なる水ではもちろんない。

 

それもまたギルガメッシュの宝物庫に貯蔵された宝であり、数多の伝承に存在する傷ついた者の身体を癒す生命の水だ。

 

世界広しといえど、これほどの効能を持った浴場を用意できるのはギルガメッシュをおいて他にはいないだろう。

 

 

「そら、何をしている。主の身の世話をするのが侍従の務めであろう。湯加減の次は我の身を洗わんか」

 

 

「えぇっ!?ははは、はいっ!!」

 

 

ギルガメッシュの言葉に、湯加減の調整を行っていたシエスタが顔を真っ赤にして仰天する。

 

元より力の無い従者に使わせることを前提としていた術式のため、浴槽に刻まれた魔術の調整はシエスタでも可能なのだ。

 

 

それはさておき、ギルガメッシュの下した今の命令にはさすがのシエスタも戸惑いを隠せない。

 

なにしろシエスタは初心な村娘として、男性経験はおろかまともに肌を見た事もこれが始めてである。

 

そんな小娘にはギルガメッシュの身を洗い流すという行為はかなり刺激が強かった。

 

 

とはいえ無論、そんなシエスタの羞恥心でギルガメッシュが自分の言葉を覆してくれるはずもない。

 

覚悟を決めてシエスタはギルガメッシュの後ろに膝を下ろすと、その背を洗い始めた。

 

 

シエスタの手にする絹が、ギルガメッシュの精悍なる肉体に触れる。

 

湯気によって曖昧だった視覚情報も、真近に接近した今でははっきりと脳髄にその光景を映し出していた。

 

神の子として祝福された彼の肉体は一切の無駄なく引き締められて鍛え抜かれ、男性ならではの艶に溢れている。

 

その裸体の薄い絹越しの感覚に、シエスタは羞恥よりも純粋に魅了されて、呆けた表情を浮かべていた。

 

 

「・・・どうした。そんな微力では落ちる垢も落ちんぞ」

 

 

「っ!?も、申し訳ありません」

 

 

どうやら意識が上の空で、手元がおろそかになっていたらしい。

 

気を取り直して、シエスタは背を洗う作業を再開させた。

 

 

「それにしても、素敵なお風呂ですわね。今までは貴族の人たちが入っているお風呂が素敵だと思っていましたけど、これとは比べようもありませんわ」

 

 

何とか緊張を紛らわそうとシエスタは話し掛ける。

 

そうしていないと、また魅惑されて手が止まってしまいそうだった。

 

 

「当然だ。雑種共が浸かる湯船と、我の浸かる湯船。貴人と凡人とでは様式が異なって然るべき」

 

 

「はい。けど、一番素敵なのは・・・」

 

 

と、緊張による混乱のためか、それとも場の雰囲気に当てられたためなのか。

 

 

「貴方様、ですけれど・・・」

 

 

つい、大胆な事を口にしてしまう。

 

 

「・・・ふむ」

 

 

その言葉をどう受け取ったのか、ギルガメッシュは肩越しに振り返ると、シエスタの表情をじっと見つめる。

 

あのモット伯での一件以来敬愛を傾ける人に直に見つめられ、シエスタは羞恥から顔を紅潮させた。

 

そんな彼女の羞恥に追い打ちをかけるように、ギルガメッシュはシエスタの手を掴むとそのまま湯船の中に引きずり込んだ。

 

 

「きゃっ!な、何を―――」

 

 

「何だ?こういった展開が望みではなかったのか?」

 

 

驚くシエスタを正面まで持ってきて、不遜な笑みを浮かべてギルガメッシュは告げる。

 

ギルガメッシュの顔の寸前まで接近し、シエスタは更に面の朱を濃くした。

 

 

「ほう。凡夫の生まれとしてはなかなかに見れる顔立ちと肌艶とは思っていたが、肉付きのほうも悪くはないな。いいぞ、貧相な身体付きでは抱き甲斐がないからな」

 

 

湯浴みの付添という事で、シエスタはいつものメイド服から、薄地の軽装な服を着用していた。

 

湯が染み込み、水分を吸って透けた衣服は、その中に隠されたシエスタの柔肌を浮き上がらせる。

 

慌てて手で覆って肌を隠そうとするが、その手もあっさりと払いのけられた。

 

 

「ちょうどいい。女狐も悪くはないが、同じ女ばかりではいずれ飽きるからな。これからはお前にも、我の夜伽の相手をしてもらうぞ」

 

 

真正面よりじっと瞳を覗きこまれ、ギルガメッシュより宣告される。

 

それはかつてモット伯がシエスタに対して行おうとした事と同じ仕打ちだった。

 

 

だがシエスタの目には、かつての悲壮は見られない。

 

行為は同じでも、口にするのがギルガメッシュならばモットの時ほどの拒絶感は覚えなかった。

 

それどころか、この展開をむしろ喜んでいる自分さえいる。

 

これもギルガメッシュという男の持つ独特の人徳というものなのだろうか。

 

 

「ふむ、初心だとは思っていたが、やはり処女か。だが臆する事な。我の抱擁は奪うだけではない。抱いた相手にもまた同等の快楽を与えよう。お前はただ、この我に身を任せるだけでよい」

 

 

「きゃん♥」

 

 

シエスタの懐いたその考えは、その後の情事の快楽の中に飲み込まれ、いつしかどうでも良いものとなって消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自室のベッドの上に膝を下ろし、腕を組んでルイズは一冊の本と向き合っていた。

 

本の表紙は古びた革の装丁で、相当の年月を彷彿させる。

 

中の羊皮紙のページも色あせて茶色のくすみ、触れればそのまま崩れてしまうのではないかと思わせた。

 

 

本の名は『始祖の祈祷書』。

 

トリステイン王家に伝わる、始祖ブリミルが残した四つの秘宝のひとつである。

 

 

王家より送り届けられたというこの祈祷書を、ルイズは学院長のオールド・オスマンより預けられていた。

 

ルイズは宮廷の作法にそれほど詳しくはないので知らなかったが、王族の婚儀の際には貴族の中から巫女を一人指名する習わしがあるという。

 

指名された巫女は、この『始祖の祈祷書』を手にして婚礼を祝する詔を詠み上げなければならないらしい。

 

そして近日中にゲルマニア皇帝との結婚を控えたアンリエッタが巫女として指名した貴族が、ルイズだったのだ。

 

 

此度のアンリエッタの婚儀には単なる男女の関係だけでなく、軍事同盟の締結という重要な意味合いも含まれている。

 

同盟の締結はアルビオンの侵略の脅威にさらされているトリステインにとって歓迎すべきことだ。

 

ならばこそ、国民中が今回の結婚を祝福している。

 

だがルイズには、他の皆のようにこの結婚を素直に祝福することは出来なかった。

 

 

アンリエッタとゲルマニア皇帝の間には恋愛の感情は無い。

 

親と子ほども年齢の離れた両者の間には、ただ国政のためだけの縁のみがある。

 

常時ならば野蛮と見下すゲルマニアとの結婚と、その見返りの軍事同盟は、トリステインにとっても屈辱の選択だっただろう。

 

そしてそんな苦渋の婚儀に、アンリエッタは政略の道具として捧げられる。

 

それは先日にアンリエッタ本人が言っていた通り、国家のために道具として活用される道に他ならない。

 

 

ルイズにとってアンリエッタは主君であると同時に、幼馴染みであり親友だ。

 

未だ恋人を失った悲しみから抜け出せていないだろう彼女の心中を察すれば、このような国のための政略結婚など祝福できるはずがない。

 

そんな自分が婚礼の巫女を務めるというのは、考えてみれば何とも皮肉なことだった。

 

 

(いえ、駄目よ、ルイズ。姫様は私を信頼して巫女の役に指名してくだされたんだから。姫様のご期待にちゃんと応えないと)

 

 

そう思いなおし、暗雲とした思いを頭の中から振り払うと、ルイズは再び婚儀の場で詠み上げる詔を考える。

 

式の草案はもちろん宮中が考えるのだが、詠み上げる詔だけは台本ではなく、巫女本人が考えなければならない。

 

先ほどからこうして祈祷書と向き合っているのも、何か良い詔が思いつかないか思案しているのである。

 

だが詩の才能を持たないルイズにとってその作業は思った以上に難題だった。

 

 

「何だ、本を相手に唸り声など上げて。ついに呆けたか、ルイズよ」

 

 

その時、部屋のドアを開いて、ギルガメッシュが姿を現した。

 

 

「ああ、戻って来たの。・・・って、何だかアンタ妙にツヤツヤしてない?」

 

 

「湯浴みに行っていたからな。状態は万全だ」

 

 

湯浴みと聞き、ルイズはああ、と思い至る。

 

先週だったか、ギルガメッシュがいつの間にか建造した、貴族用風呂さえはるかに上回る彼専用の浴場の事だ。

 

 

あの浴場の事はルイズの頭にも印象強く残っている。

 

ギルガメッシュが建築したというその浴場の話を聞いた時、早速ルイズはその浴場を自分も利用しようとした。

 

使い魔の物ならば、主人たる自分が使う事に何の問題もないと、そう頭の中で論理を立てて。

 

だがその先で待っていたのは、全身を駆け巡り弾き飛ばした電撃と衝撃の洗礼だった。

 

 

後で聞いてみた所、あの浴場には持ち主の許可の無い者を門前払いするための仕掛けが施されているらしい。

 

この場合での持ち主というのは、言うまでもなくギルガメッシュの事である。

 

ルイズはギルガメッシュに対し自分もその浴場を使えるようにしろと要求したが聞き入れられず、何とか仕掛け抜けられないか試し、三度ほど同様の洗礼を味わった所で、この話をあきらめたのだ。

 

ルイズにとってもかなり苦い経験であったため、今でもはっきりとあの浴場の事は頭の中に刻まれていた。

 

 

「いや、でもなんか、いつにも増して肌艶がいいように見えるんだけど・・・」

 

 

「そんなことより、お前こそ本を相手に何を悩んでいる。それとも、本当に白痴と化したか?」

 

 

「違うわよ。姫様の結婚式で詠み上げる詩を考えていたの」

 

 

ルイズは『始祖の祈祷書』を手に取ると、ギルガメッシュの面前に入るように突き出した。

 

 

「選ばれた巫女は王族の婚儀に立ち会い、この『始祖の祈祷書』を手に、両名に詔を詠み上げるの。これってすごい名誉なことなんだから」

 

 

「『始祖の祈祷書』?確かこの小国に伝わる秘宝であったな。有名が過ぎて贋作だらけと聞くが、それが本物だと?」

 

 

「失礼ね。正真正銘、これは本物よ。王家の婚儀の場に、偽物なんて持っていくわけないでしょう」

 

 

はっきりと、ルイズはそう答える。

 

だが言葉とは裏腹に、内心ではルイズ自身もこの祈祷書が偽物ではないのかと感じていた。

 

 

贋作入り混じりもはやどれが本物なのか判別もつかない『始祖の祈祷書』であるが、この祈祷書は筆跡が似てる似てない以前に、中のページすべてが白紙のままなのだ。

 

これでは偽物であるかどうかの前に、まず本としての体裁さえ取っていない。

 

思わず見栄をはって本物だと口にしてしまったが、実際にこれを本物だと豪語するのはかなり無理があると思う。

 

唯一根拠となりうるのは、王家より直接送られたという事実のみだ。

 

 

「ほう。どれ、見せてみるがいい」

 

 

「ちょっと、年代物なんだからそんな乱暴に―――ぶぎゃ」

 

 

抵抗しようとするルイズをはたき倒し、その手より祈祷書を奪い取る。

 

そのまま簡単にパラパラと本の中身を眺め見て、ギルガメッシュは呆れた表情を浮かべた。

 

 

「なんだこれは。白紙ではないか。確かに魔力はあるようだが、こんなもののどこが宝だと―――」

 

 

そう言いかけた時、ギルガメッシュの額でルーンが輝く。

 

額の輝きが煌めいた後、ギルガメッシュは呆れていた表情を一転させ、興味を引かれたように笑みを見せた。

 

 

「・・・ふん。なるほどな」

 

 

本を閉じ、不敵な口調で独り言ちる。

 

その時、地面にはり倒されていたルイズがフラフラとしながら起き上がった。

 

 

「ぐぐっ・・・。ま、満足したなら、さっさと返しなさいよね。まだ式で詠み上げる詔を考えてる途中なんだから」

 

 

叩かれ痛む鼻先を押さえながら、ルイズは返却を促すように手を突きだす。

 

その手をギルガメッシュはしばらく何気なしに見つめていたが、やがて手の中で本を軽く弄びながら答えた。

 

 

「いや、これはしばらく我が預かっておくとしよう」

 

 

「はあっ!?」

 

 

突然のギルガメッシュの宣言に、ルイズは慌てて手を伸ばす。

 

だが間に広がる体格差はいかんともし難く、本はあっさりと手が届く間合いの外へと行ってしまう。

 

 

「ちょっと、ギルガメッシュ!!どういうつもりよっ!?」

 

 

「なぁに、ほんの気まぐれよ。むしろ光栄に思うが良いぞ。古今東西あらゆる宝を収集し尽くしたこの我が、直々に品定めをしてやろうと言うのだからな」

 

 

もちろんそんな言葉を素直に受け取ることは出来ない。

 

王室よりの大切な預かり物だというのに、そんなギルガメッシュの気まぐれに付き合って、いつ返ってくるかも分からないままにしておけるはずがない。

 

 

何とか取り返そうと必死に手を伸ばして迫るが、それをギルガメッシュは容易く避ける。

 

そのまま窓より身を翻らせて、宙に躍り出て下の地面に降り立った。

 

 

「気が向いたなら返してやる。せいぜいお前は、気の利いた詔でも考えているのだな」

 

 

窓から見下ろす中で、ギルガメッシュはそうとだけ言い残すと悠然と歩み去っていった。

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!!」

 

 

一度そう叫んでから、ルイズは廊下へと駆けだしていく。

 

この部屋と地上までの高さは、ギルガメッシュにとっては苦にならないものでも、『フライ』や『レビテーション』の使えないルイズには十分に身に余る距離だ。

 

結局ギルガメッシュを追うには地道に階段を下りていくしかなく、ルイズは学生寮の廊下を猛然とダッシュしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、嬉しいよ、モンモランシー。まさか君の方から誘いを持ちかけてくれるなんて。ようやく僕の愛が君にだけ向けられていることを理解してくれたんだね」

 

 

学園の中庭に設けられたティーラウンジの席のひとつで、ギーシュは対面に座るモンモランシーをひたすらに褒めちぎっていた。

 

それらの言葉をモンモランシーは視線を横に流しながら物憂げに聞く。

 

気の無い素振りを繕っているが、まんざらでもない様子である。

 

 

かつてギーシュと恋仲であったモンモランシーは、ケティとの二股の事実が発覚した時を境にきっぱりと別れを告げていた。

 

顔はハンサムだが女癖が悪く、おまけに妙に悪趣味な美的感覚まで持っている。

 

そのフラフラと移り気な彼の性格に、好いている自分が振り回されることにうんざりしたのである。

 

それからのモンモランシーは何とか依りを戻そうと迫ってくるギーシュの事も一切相手にせず、冷然と無視を続けてきた。

 

 

だがいかなる心境の変化か、今日のこの席はギーシュからではなくモンモランシーの方からの誘いで設けられた席だった。

 

 

「ケティとは本当に、ただの友人だったんだよ。彼女とは、その、少々散歩で一緒になっただけなんだ。やったことだって、せいぜい手を握るくらいだったし、やましい事なんてひとつもない。僕の瞳が本当に映しているのは君の姿だけさ」

 

 

愛用の薔薇細工の杖を優雅に振るって見せながら、ギーシュは語り続けていく。

 

その仕草にはやはりまだ青臭いぎこちなさが残っていたが、銀の光を煌めかせながら語るその姿は、少しは板についてきた感もある。

 

 

ギーシュの手にする薔薇細工の魔法の杖は、クラスの向上と共に花弁が銀製の物へと新調されていた。

 

『土』系統の魔法『錬金』は、対象とする素材が思い描く物質に近い成分であればあるほど、より練成しやすくなる。

 

『錬金』の媒介にあらかじめ銀を交えさせておくことにより、その呪文の難度や負担を軽減しているのである。

 

 

銀の『錬金』はトライアングルクラスの魔法であるが、だからといってトライアングルメイジならばいくらでも作れるという訳ではない。

 

より純度の高い金属の練成は、高位のメイジがその精神力を費やしても、ごく少量しか生成できないのだ(そのために『錬金』で生み出された贋金の乱立が防止されている)。

 

ギーシュの『錬金』する七体のゴーレムとて、何も全身のすべてを銀によって構成しているわけではない。

 

外見の銀製は、あくまで外面の装飾を彩るのみに用いられている。

 

 

では何ゆえゴーレムの錬金に銀などを用いているかというと、実はあまり実戦的な意味はない。

 

そもそも銀というものは希少な金属という点では優れていても、鎧の材料としては別段優れているものではない。

 

ギーシュのゴーレムの銀は、純粋に見栄えを良くする以外にほとんど効果を持たないのである。

 

 

これをタバサのような、魔法をより実戦的に運用をしていこうとする者にとっては、意味なき愚行と取られるだろう。

 

加えることにメリットは無く、それどころか銀の練成分余計に精神力を消費する行為など、彼女からは何の意義も見出されはしまい。

 

 

しかしその理論は、実戦を生き抜く孤高の戦士であるタバサの視点から下されるものだ。

 

これを戦士ではなく、貴族の視点から考えると、意味合いは全く違ってくる。

 

 

貴族にとって魔法とは、己が権威を表す力の象徴である。

 

故に生粋の貴族が魔法を用いる時、彼らはいかに魔法を見栄えする優雅なもの魅せるかに重点を置く。

 

その魔法の気品性こそが、そのまま貴族本人の品格や評価に繋がるからである。

 

現在でも頻繁に行われている貴族の決闘も、そうした優雅な振る舞いを実践する場のひとつだ。

 

社交性を重んじる貴族の場において、見栄えに労力を費やすギーシュの魔法こそ王道であり、タバサの実戦魔法こそが本来異端なのである。

 

 

「ああ、モンモランシー。君はまさに芸術だよ。何が芸術かというと、あれだ。なんといってもその金髪。まるで黄金の草原のようだよ。ああ、君の美しさの前では、かの水の精霊も裸足で逃げ出すに違いないさ」

 

 

多少ぎこちなさはあるが、こちらを褒めちぎるギーシュの言葉に、モンモランシーはチラリと外していた視線を彼に向ける。

 

その彼女の頬には、ほのかな紅潮の色が見られた。

 

 

ギーシュの魔法の力量の向上に伴い、彼の日常の振る舞いにも変化が起きていた。

 

ナルシストであったのは元からだが、そこに以前には見られない説得力が備わったのである。

 

それは以前の彼の上辺だけの虚勢ではなく、実力に裏付けされた自信の表れだった。

 

 

貴族の権威とは、自己崇拝の精神である。

 

万人の中に置いて、自らがいかに皆よりも優れた存在であるかを誇示することが、貴族にとっての美徳に繋がる。

 

ギーシュの銀製のゴーレムのように、貴族とは自らを高く見せるための労力を惜しまないのである。

 

例えば、ギーシュの実家であるグラモン家も、出征の際には戦とは何の関係もない見栄を張りまくり、自己の威厳をアピールしている(その結果、グラモン家はクルデンホルフ大公家に対して多大な負債を負う事になる)。

 

己を自尊するギーシュの態度は、貴族にとっての徳であるのだ。

 

 

その段階で、モンモランシーは大分ギーシュに対する評価を改善していたのである。

 

ギーシュはあの後も幾度となく自分にアプローチをしてきたし、その事も決して不快ではなく、むしろ嬉しささえあった。

 

そして、再びギーシュに対する好意を再認識する出来事があった。

 

 

それは、ある晩のこと。

 

何気なしにモンモランシーが夜の風景を眺めていると、その視界の片隅に映る人影があった。

 

気になってそちらに目を凝らすと、その人影はギーシュであった。

 

こんな夜更けになにをやっているのかと思い、外に出てモンモランシーはギーシュの様子を窺うと、そこには人知れず魔法の修練を行う彼の姿があった。

 

 

真の威厳とは、上辺のみの態度や能力だけでは決して生まれない。

 

十の成果を期待されたなら、二十の努力を以てそれに挑み、百の偉業を得んとするならば、二百の修練を以て掴み取る。

 

そうして積み上げる自律と克己の精神こそが、その者に真の高貴を芽生えさせるのだ。

 

ギルガメッシュとの決闘を経てギーシュに起きた真の変化とは、能力の向上ではなく、高貴の精神への変革であったのだ。

 

 

そんなギーシュの姿は、モンモランシーの胸をときめかせた。

 

元々付き合っていたくらいだから、嫌いではないのである。

 

そこに以前とは格段に何かが違うギーシュの姿に、有り体にモンモランシーは彼を惚れ直したのだった。

 

 

「モンモランシー、君を花に例えるならば、きっと君は薔薇だろうね。君の容姿は野に咲く薔薇のように可憐で美しいし、ちょっとツンとした態度もトゲのようで魅力だよ」

 

 

すでに歌劇一本分にも相当する量のセリフで、ギーシュはとにかくモンモランシーを褒めちぎる。

 

ただボキャブラリーが貧困なのか、いまいち似たような表現ばかり聞こえてくるのが難点だったが。

 

 

そんなギーシュを横目に見ながら、モンモランシーは適当な方向を指さして言ってみた。

 

 

「あら?裸のお姫様が飛んでるわ」

 

 

「何だって!?どこ?どこだい?」

 

 

真に受けて、ギーシュは食い入るような目付きでモンモランシーを指した方向に目を向ける。

 

そのギーシュの姿に、モンモランシーは改めて嘆息した。

 

 

少し見直したと思ったら、これなのだ。

 

確かにギーシュもいろいろと変わったようだが、肝心の女癖の悪さはまるで変わっていない。

 

仮にこのまま縒りを戻したとしても、遠くない内にまた浮気に走るに決まっている。

 

 

(やっぱり、これを使わないと駄目ね)

 

 

ギーシュの意識がずれている間に、モンモランシーは袖に隠した小瓶を開けて、ギーシュの前に置かれているワインの杯の中にそっと垂らす。

 

小瓶より零れ落ちた無色の液体は、違和感なくワインの紫の中へと溶け込んだ。

 

 

モンモランシーが取り出した小瓶の中身、それは惚れ薬である。

 

『香水』の二つ名を持つ『水』系統のメイジのモンモランシーは、趣味として魔法の薬、ポーションの作成を嗜んでいる。

 

今回彼女が用いた惚れ薬も、そんな彼女の趣味が生み出した産物の一つだ。

 

 

惚れ薬と言えば聞こえはいいが、要は精神改変の麻薬である。

 

使われた材料も通常のポーションとは比較にならないほど高価だし、精製自体が国の法律で禁止されている。

 

貯金のほとんどを叩いて作ったポーションではあるが、モンモランシー自身も実際に使うことになるとは思っていなかった。

 

 

だがこれでギーシュが常に自分だけを見てくれるならば、使う価値はある。

 

少々病んだような思考で、モンモランシーはそう思った。

 

 

「冗談よ。ちょっとからかっただけ」

 

 

「やだなぁ、驚かせないでくれたまえよ」

 

 

ヘラヘラと笑うギーシュに、微笑んでモンモランシーは言う。

 

そのままテーブルに置かれた杯を手に持ち、乾杯を勧めようとし―――

 

 

「やや、これは陛下」

 

 

モンモランシーの後ろに視線を向けながら、ギーシュは唐突に立ちあがって一礼する。

 

彼の視線を追うと、そこにはルイズに使い魔として召喚された黄金の王、ギルガメッシュがいた。

 

 

「ギーシュか。ほう、逢引きの最中か」

 

 

「いや、まあ、ははは・・・」

 

 

あの決闘の日を境に、ギーシュはこの男に対して並みならぬ敬意を抱いている。

 

どうしてそこまで敬うのか、その辺りの理由はモンモランシーもよく分からなかった。

 

 

「ふむ、よいぞ。男子たる者、女の一人か二人、いつでも侍らせておくくらいの心持ちでなくてはいかん。この我のように、というのは酷であろうが、まあ精進するのだな」

 

 

「ありがとうございます。無論、そのつもりであります」

 

 

間のモンモランシーを取り残して、ギルガメッシュとギーシュは会話を始めてしまう。

 

しかも会話の内容が何というか、まるで浮気することを推奨しているように聞こえて、モンモランシーはおもしろくなかった。

 

今日の席は自分とギーシュのためのものなのに、これでは自分だけが除け者のようではないか。

 

 

「おや、陛下。何やら喉の調子が芳しくないようですね」

 

 

「ん、ああ。確かにちと渇きを覚えるな」

 

 

浴場で十分の暖まりシエスタとの情事を楽しんだ後、ギルガメッシュは一度も水分を口にしていない。

 

受肉を果たした現在の肉ある身体は、正直に自らの欲求を脳に伝えていた。

 

 

そんなギルガメッシュの様子を見てとったギーシュは、ごく自然な動作で自分のものだったワイン入りの杯を差し出した。

 

 

「よろしければ、このワインをどうぞ。まだ口をつけておりませんので」

 

 

「おう。気が利くな」

 

 

そしてギルガメッシュもまた、差し出されたその杯をごく自然な様子で受け取り、喉へと流しこんでいった。

 

それを見たとき、モンモランシーはあッ、と低い声を上げた。

 

 

言うまでもなく、ギーシュのワインには先ほどの惚れ薬が入っている。

 

それを口にしたが最後、次に視界に映った者に対して強烈な恋愛感情を抱くのだ。

 

ギルガメッシュの立ち位置から考えて、次に視界に映るのは恐らくギーシュだろう。

 

 

ふと、モンモランシーはこれから起きるであろう展開を想像してみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギーシュ・・・お前は、我が物となれ」

 

 

「そ、そんな!いけませぬ、陛下。僕らは男同士ではありませんか」

 

 

「性別など、この我からすれば障害にもならぬ些事に過ぎぬ。同性の情事は、経験はないか?案ずるな。お前は大人しく、我に身を任せるだけでよい」

 

 

「ああ、陛下・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あは~、ちょっといいかも・・・♥って、いやいやいや)

 

 

脳内に沸いた淫らな妄想を、モンモランシーは振り捨てる。

 

だがそうしている間に、ギルガメッシュは杯に注がれていたワインの半分ほどを飲み干していた。

 

 

杯より口を離し、ギルガメッシュは再びギーシュを視界に納める。

 

 

(あああああ~~~)

 

 

思わずモンモランシーは目を覆った。

 

あの惚れ薬の効力は半端なものではない。

 

異性のみならず、目にしたならば同性であろうと例外なく作用するのだ。

 

効果の持続は一カ月ほどだが、その間にいかなる腐女子向けおピンクシチュが展開されるかは想像するに、いや妄想するに難しくない。

 

 

だがギルガメッシュの口より紡がれた第一声には、モンモランシーが妄想するような甘い声音は含まれていなかった。

 

 

「安酒だな。喉を潤す水程度の役にしかたたん。こんなもの、王の口に勧めるだけでも不敬に当たるぞ」

 

 

「も、申し訳ありません。いや、でも、それは結構いいワインだと聞いているんですが・・・」

 

 

「それはお前が王の舌というものを知らぬからだ、たわけ。かつて我が振舞ってやった神創の美酒、あれくらいでなければ我に勧めるには足りん」

 

 

「い、いや、あれはちょっと・・・。僕にはとても手が届きません」

 

 

お互い平然とした様子で、ギルガメッシュとギーシュは会話を続けていく。

 

その様子には、別段変った所は見られない。

 

 

(あれ?)

 

 

モンモランシーは首を捻った。

 

あの惚れ薬の効力は即効性のはずだ。

 

口にして次に誰かを目にしたならば、問答無用でその人物の事が好きになってしまう。

 

だがギルガメッシュの様子に変わりはなく、とてもギーシュに対する好意を増幅させたようには見えない。

 

 

(材料の配合、間違えたのかしら?)

 

 

調合時のことを思い返しながら、モンモランシーは疑問符を上げる。

 

その時、場に新たな声が響き渡った。

 

 

「や、やっと見つけたわよ、ギルガメッシュ・・・っ!!」

 

 

ギーシュとギルガメッシュ、モンモランシーの前に、ゼイゼイと息を切らしたルイズが飛び込んでくる。

 

彼女は周りのギーシュやモンモランシーなど視界の片隅にも入れず、ギルガメッシュのみを睨みつけていた。

 

 

「さ、さあ、今スグに、王宮から預かった祈祷書を・・・ゲホゲホッ」

 

 

息が切れた状態で話したためか、ルイズは激しく咳込む。

 

ルイズは近くで目に付いた飲み物―――ギーシュのもので、先ほどギルガメッシュが半分ほど飲んだワインの杯を手に取り、残りの中身を一気に飲み干した。

 

 

「気を取り直して。さあ、観念しなさい、ギルガメッ・・・シュ・・・!」

 

 

喉を潤し、改めて怒声を轟かせようとギルガメッシュを睨み据えて、ルイズはハッとなった。

 

みるみる内にその面貌に宿っていた怒気が喪失し、代わりに恋慕の念が浮かび上がってくる。

 

そして怪訝な顔をしているギルガメッシュの胸に、ルイズは泣きじゃくりながら飛び込んだ。

 

 

「どうしてそんなに意地悪ばっかりするのよ。私はこんなにギルガメッシュの事が好きなのに、ギルガメッシュはいつも私をいじめてばっかり。うえ~~~ん」

 

 

「な、なんだ、これは?」

 

 

いきなりのルイズの変貌ぶりに、さすがのギルガメッシュも戸惑いを露わとする。

 

その様子を、モンモランシーはあちゃ~、と頭を抱えていた。

 

 

「どうして私に優しくしてくれないのよ。いつもいつも、ひどいじゃない、うえ~~~ん」

 

 

ギルガメッシュの胸の中で、なおもルイズは泣きじゃくる。

 

その在り様はまさしく、感情に振り回されて悩み惑う、恋する少女のそれであった。

 

 

そしてギルガメッシュの驚きも最初の内のみ。

 

ルイズの変貌の質を読み取ると、何かを企む悪魔的な笑みをその口元に浮かべて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、トリステイン魔法学院二年の教室は、異様な空気に包まれていた。

 

授業を行う教師も、それを受ける生徒たちも、皆一様に沈黙し、信じられないものでも見るように呆然としている。

 

全員が押し黙るその教室は、ある一箇所の空間から醸し出されるものによって、全体の空気そのものまで決定されていた。

 

 

「はっはっは。どうだ、ルイズよ。この我が用意してやった新コスチュームは」

 

 

「とっても素敵♪だってギルガメッシュが用意してくれたものだもん。素敵に決まってるんだもん」

 

 

教室中から集まる視線など露ほども気にせず、ルイズとギルガメッシュは高らかに甘い会話を繰り広げる。

 

二人のその妙な甘々な空気もさることながら、皆が呆然とさせられているのはルイズの纏う格好そのものだった。

 

 

身体の要所を黒の毛皮で申し訳程度に隠すのみの、異様に露出度の高い服装。

 

いや、それはもはや服を呼べるものではなく、単なる仮装である。

 

 

胸にはバンドを、腰にはパンツのみをはき、そこに黒の毛皮をくっつけたのみの衣装。

 

靴にももちろん黒毛皮が付けられ、お尻からは尻尾まで下げるという凝り具合。

 

そして極め付けなのが、頭に乗せた黒いネコミミ付きのカチューシャである。

 

 

もはや言うまでもなく、それは黒猫を模して作られた衣装であった。

 

 

「最初この発案を聞いた時はどうしたものかと思ったが、なかなかどうして愉快ではないか。デルフリンガーめ、たかが剣如きの分際で、何とも武器に似合わぬことを。そうは思わんか、ルイズよ?」

 

 

「は~い♪」

 

 

普段の彼女からは想像できないデレっぷりで、ルイズはギルガメッシュの言葉に応える。

 

それはツンがデレに移行した、というよりも、ツンの部分がすべてそのままデレに入れ替わったかのような変貌ぶりだった。

 

 

無論それは、昨日口にした惚れ薬の弊害である。

 

 

「こらこら、ルイズ。今のお前は猫であるのだぞ。猫が主人に、人の言葉で答えたりはしまい」

 

 

「はぁい。ごめんなさい、にゃぁ~ん♥」

 

 

ラブラブバカップルのみが展開できる桃色固有結界を張り、ギルガメッシュとルイズは周囲の目など無いものとして振る舞う。

 

その光景を、教師も生徒もただ呆然となって見つめるしかない。

 

あまりに己の認識を超えた事態に、彼らの思考がうまく追いついてくれないのだ。

 

 

いや、それでも通常時であるなら、教師辺りが注意するなり何かの対応が出来ただろう。

 

だがその対応すらも、ルイズの隣にあるギルガメッシュの存在が許さない。

 

すでにギルガメッシュの事は学院中に知れ渡り、彼がどれだけ常識を逸脱した存在であるのかはもはや周知の認識である。

 

そのギルガメッシュを前にしては、いかに教師とて大きくは出れないのだ。

 

 

「そら、雑種。口が止まっておるぞ。授業はどうしたのだ?」

 

 

「は、はい。で、ですが、その、ミス・ヴァリエールの格好は・・・」

 

 

『土』の授業の担当であるシュヴルーズが、おずおずといった口調でルイズの格好を指摘しようとした。

 

一応彼女にも、教師としてのプライドのプの字くらいはあるのである。

 

 

「この我が採用した服装に、何か文句があると?」

 

 

「い、いえいえいえ!!滅相もない!!とても素敵な服装だと思いますわ」

 

 

だがそんな一文字は、ギルガメッシュの一睨みによってあっさりと吹き飛ぶ。

 

教師であるシュヴルーズが引きさがっては、もはや誰も文句など口には出来ない。

 

タイミング悪く、普段からギルガメッシュと親しいキュルケがいない事もその事実に拍車をかけていた。

 

 

もんもんと甘苦しい雰囲気で授業を侵食する、ギルガメッシュとルイズ。

 

そんな二人の姿を、モンモランシーは隅の席から青ざめた表情で窺っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、本当にどうしたんだろうね、ルイズは」

 

 

訪れた部屋の中で、ギーシュはモンモランシーにそう話題を切り出した。

 

二人がいるのは二年の学寮にあるモンモランシーの自室。

 

昨日はルイズの豹変の一件で、縒りを戻す話がうやむやとなってしまったため、改めて話し合おうとしたのだ。

 

その前段階の話題として、今日の授業のルイズの奇行を話題に上げたのである。

 

 

「僕のワインを飲んでからだよね。ルイズがおかしくなったのは。ひょっとして、何か毒でも入っていたのかな?」

 

 

何気ない様子で、ギーシュはそう口にする。

 

その指摘に、モンモランシーはビクリと肩を震わせた。

 

 

「ははっ、冗談だよ。あれは元々僕が用意したワインだったからね。怪しいものなんか入ってないよ」

 

 

はっはっは、と気楽に笑うギーシュだったが、モンモランシーの顔は青ざめていくばかり。

 

その様子はあからさまに怪しいのだが、どうにも鈍いギーシュはそのことに気が付かない。

 

成長はしているのだが、やはりどこかが足りないギーシュであった。

 

 

その時、部屋のドアが開き、新たな来訪者が現れた。

 

 

「あれ?陛下。このような所にどうされたので?」

 

 

現れた来訪者はギルガメッシュであった。

 

話しかけてきたギーシュに、ギルガメッシュは一瞥のみで答える。

 

 

「ギーシュか。今はお前には用は無い」

 

 

それだけ言うと、ギルガメッシュはギーシュよりあっさりと視線を外す。

 

そして先ほどから滝のように冷や汗を垂らしているモンモランシーへと目を向けた。

 

 

「そこな雑種。貴様、あのワインに何を盛った?」

 

 

ギルガメッシュの言葉に、モンモランシーは先ほどのギーシュの指摘の時以上に動揺して、身をギクリッと震わせた。

 

 

「ど、どういうことですか、陛下!?モンモランシーが何かを盛ったなどと」

 

 

「反応を見れば丸分かりであろうが。というか貴様、本当に気が付かなかったのか?」

 

 

その問掛けに、ギーシュはガーンと相当なショックを受けていた。

 

どうやら彼は、心底からモンモランシーに対して疑いなど懐いていなかったらしい。

 

彼のその純粋さというか、鈍感さは、ひょっとすれば彼の長所と言えるのかもしれない。

 

 

「・・・惚れ薬よ」

 

 

ギルガメッシュの追及を受け、逃れられないと観念したのか、弱々しい声音でモンモランシーは認めた。

 

答えを受け取り、ギルガメッシュはふん、と鼻を鳴らす。

 

 

「惚れ薬、か。まあ、そんなところだろうとは思っていたが。大方、ギーシュ辺りにでも飲ませるつもりでいたのだろうが、つまらん真似を・・・」

 

 

「モ、モンモランシー。君は、そんなに僕のことを・・・」

 

 

何やら感動した面持ちで、ギーシュは呟く。

 

それに対して、モンモランシーは頬を朱に染めながら、照れ隠しするように言った。

 

 

「だ、だって、しょうがないじゃない。あなた、すぐに浮気しようとするし。このまま縒りを戻したって、どうせすぎに―――」

 

 

「しないさ。僕は永久の愛の奉仕者だよ。そして僕が生涯を通して奉仕するのはモンモランシー、君しかいない」

 

 

高らかに言い放って、ギーシュはモンモランシーを抱きしめた。

 

そのままキスを求めるように顔を近付けると、モンモランシーもまんざらではない様子でそっと目を閉じ―――

 

 

「この我の眼前で我の存在を無視するとは、なかなかいい度胸をしているな」

 

 

底冷えするようなギルガメッシュの声を聞いて、その行為を中断した。

 

熱が付いていた感情も一気に冷め、二人はおずおずと身体を離す。

 

 

「あれ?けど、陛下。たしか昨日、陛下も同じワインを飲んでいましたよね。でも、陛下は特に変わったようには見えなかったのですけど・・・」

 

 

ふと思って、ギーシュは疑問を口にする。

 

確かに昨日の席で、ルイズが惚れ薬入りのワインを飲む前に、そのワインをギルガメッシュ自身も口にしていた。

 

飲んだ量もルイズと同等くらいで、十分に効果があっておかしくはない。

 

 

だがそんな疑問を、ギルガメッシュは鼻で笑って一蹴した。

 

 

「ハッ!くだらん。たかが雑種共が生成した薬如きで、我をどうにかできると思うのか。我の精神を侵したくば、あれの万倍の濃度を持ってこい」

 

 

数多の伝承に伝えられるすべての宝具の原型を所持し、逸脱した財宝の貯蔵量を誇る人類最古の英雄王ギルガメッシュ。

 

その自尊心は他の一切を省みる事は無く孤高、その魂の比重は常人の数十万倍に届く。

 

そんな彼の頑強なる精神に、たかが人の手によるポーション如きで干渉するなど不可能だ。

 

 

「おお、さすが陛下。けど、それならルイズのことは、その、どうされたのです?何と言いますか、あの、随分と楽しんでいた様子でしたが」

 

 

「まあ、せっかく得た珍しい趣向だからな。存分に楽しませてもらっている。得た機会は最大限に活用する。それが我の流儀だからな」

 

 

「なら、いいじゃない。別に惚れられて困ることなんてないんだし、効果だってどうせ一ヵ月くらいなんだし」

 

 

どこか開き直ったような口調で、モンモランシーは言った。

 

犯罪行為がばれたと思っていたが、予想よりも話が穏便な方向に進んで、安心したのだ。

 

 

だがそんなモンモランシーの安堵は、次のギルガメッシュの言葉で脆くも崩れ去る。

 

 

「たわけ。あんなものは物珍しさ故に楽しめるだけだ。一ヵ月も飽きることなく続くなどあり得ん」

 

 

冷淡に突き放すような口調で、ギルガメッシュは言い放つ。

 

彼からしてみれば、ルイズの一件は、自分のお気に入りの玩具を他人の手で勝手に改造されたようなもの。

 

ギルガメッシュがわざわざ自分からモンモランシーの部屋へ足を運んだのは、決して穏やかな理由からではないのだ。

 

 

「このようなつまらぬ瑣事に我が財を用いるなど馬鹿らしい。奴の解毒薬は貴様が責任を持って用意せよ。我の所望を裏切るような真似をすれば・・・どうなるか分かっているな」

 

 

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!!解除薬の生成には、惚れ薬と同じ秘薬が必要なの。けどそれはすっごい高価で、もう私の持ち合わせじゃあどうにもならないわよ!!」

 

 

今回のポーションの製作で、モンモランシーは貯め込んでいた貯金のほぼ全額をつぎ込んでいる。

 

ポーションのための秘薬の購入にかかった費用は700エキュー。

 

平民が五、六年は問題なく暮らせるほどの額であり、領地もない学生が右から左へポンと用意出来るような安い金額では断じてない。

 

 

だがそんなモンモランシーの都合など、傲岸不遜の王たるギルガメッシュが考慮するはずもなかった。

 

 

「王の意向は、何においても優先されるべきもの。世界に属し、国に奉公すべき民草は、あらゆる労を費やしてでも王の求めに応えるものだ。

 

―――金がない、だと?ならば、その身を売ってでも金を作らんかっ!!」

 

 

情け容赦なく、ギルガメッシュは言い放つ。

 

その宣告に、モンモランシーは全身から血の気が引いていくように真っ白となっていった。

 

 

「期日までに、我が所望する解毒薬を用意せよ。我が望む時に求める物を献上出来ねば、それが貴様のこの世の見納めとなるだろう」

 

 

「あ、あの、期日までって、いつのこと・・・?」

 

 

おずおずと、モンモランシーは尋ねる。

 

その問掛けに、部屋のドアへと向かっていたギルガメッシュは立ち止まって肩越しに振り返り、簡潔に答えた。

 

 

「我が飽きるまで、だ」

 

 

すべての要件を済ませ、ギルガメッシュは部屋を後にする。

 

後に残されたのは、取り残される形となってただ呆然としているギーシュと、生きた心地がしないほどに真っ青になりながら、だくだくと冷や汗を流すモンモランシーだけだった。

 

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